【完結】 腐れ縁のセフレと小悪魔な後輩が義妹になったんだが、どうすればいいと思う？

第二部 三章『あわてんぼうの織姫様』

三章#05 体育祭打ち上げ１

　誕生日の翌日。

　体育祭の疲れがすっかり抜けているのは、まだ若い証なのだろう。朝飯を昨日残ったケーキで済ませた俺は、シャワーを浴びてから出かける準備をした。

　打ち上げの集合は１１時。

　今のところ、三十人ほどがくるらしい。あんまり多いのでカラオケの部屋が確保できるのか心配になったが、その辺りは八雲がきっちり手配してあるとのこと。流石に抜かりがない。

「つーわけで、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、です。楽しんできてくださいね」

「おう」

　こうしてわざわざ見送られるのは不思議な感じがする。ゾワゾワと背筋を這う感覚に肩を竦めていると、雫がにやーっと笑った。

「もしかして先輩、『なんか新婚っぽいな』とか思いました？」

「そこまでは思ってねぇよ！」

「ふむふむ。つまり『彼女と同棲してる気分だぜ』くらいのことは思ったと」

「…………行ってくる」

　気分じゃなくて実際に同棲してるだよなぁ。

　二人っきりじゃなくて、三人っきりだけど。

　ぷいっと雫に背を向けて歩き出すと、いってらっしゃーい、と雫が送り出してくれた。ったく、最初からそれで留めておけよ……。

「お兄ちゃんがニヤニヤしてる」

「合流して開口一番がそれってのはあんまりじゃないか?!」

「だって事実だし」

　家から少し離れた、多摩川駅。

　俺より先に家を出ていた澪はやや低めの声でそう言った。

「いいんじゃない？　初彼女でにやけるのは当然だし。雫は可愛いしね」

「うっ……ま、まぁな」

　まるで玄関でのやり取りを見てきたかのように……って、この状況でにやけていたら予想出来て当然か。

　気を取り直し、俺は澪の恰好に目を向けた。

　今日の澪は、ミントグリーンのパーカーを着ていた。背中側についている三つのリボンがガーリーで、白いロングスカートとよく合っている。

　おしゃれには疎いので多分という但し書きをつけなきゃいけないのが情けないところだが。

「似合ってるな、その服」

「でしょ。この前買ったんだよ。お兄ちゃんはこういうのが好きかなって思って」

「……っ、そ、そうか」

　宣言通り、もう美緒らしくするつもりも、想いを止めるつもりもないらしい。

　ほんの少し動揺するけど、それは決してマイナスなものではなかった。

　大丈夫。

　澪に想いをぶつけられても、関係性は揺らがない。澪は美緒じゃないから、もう乖離を気にする必要はないのだ。兄が好きな義妹なんてどこにでもいるしな。

「こんなところで話してたら電車に遅れるし、そろそろ行こ」

　そうだな、と頷いた。

　改札へと向かう澪の背中を見て、ふと思う。

　まるでデートみたいだ、と。

　本当は別々に家を出る必要なんてなかった。澪は雫ほど化粧やらヘアセットやらに時間をかけるわけじゃないし、今日の目的地が同じことは雫も知っている。

　それなのに、どちらから言うでもなく、自然と駅で待ち合わせすることになった。

　俺がついてこなかったからだろう。

　澪がこちらを振り返り、てくてくと近づいてきた。

「何やってるの、お兄ちゃん」

「いや、なんでもない。ちょっとぼぅっとしてただけだ」

「ふぅん」

　それならいいけど。

　そう呟いた澪は、手を差し出してきた。耳の先だけがほんのサーモンピンクに染まっている。

「義兄妹なんだから手を繋ぐくらい、普通でしょ？」

「……そうだな。美緒ともよく繋いだ」

　はぐれないように、って。

　守らなきゃ、って。

　あ(・)の(・)日以外は、ちゃんとその手を握っていた。

　手を握らなかった結果があの事故なのだとすれば、なんて。

　嫌な方に行きそうだった思考をぐちゃぐちゃに丸めて、ぽいっと捨てた。今考えるべきは、目の前にいる義妹のことだから。

「じゃあ、繋いで？」

「喜んで。……打ち上げをばっくれようとしても困るしな」

「それならちゃんと握っとかなきゃ、だね」

　ぎゅっ、と握った。

　普通の繋ぎ方じゃ足りないから、指を絡める方で。

「澪って体温低いよな」

「義妹にセクハラ？」

「過去の経験から言ってるわけじゃないからな?!」

　冬になったら手袋をあげよう。

　なんとなく、そんな考えが湧いた。

　◆

「電車ってさ、何気に乗るとき緊張しない？」

「分からなくはないな。電車通学じゃないし」

「小学校の頃から徒歩通学続けてきた弊害だよね。雫は中学校に電車通学してたから慣れてるみたいだけど」

　俺たちの家は多摩川駅と田園調布駅の間にある。

　この辺の地理に詳しくない人に言っても伝わらないだろうけど、多摩川駅は小さい割に便利な駅だ。

　数分で武蔵小杉に行けるし、渋谷や目黒に行くのもさほど手間ではない。俺は田園調布という街は好きじゃないが、この利便性だけはやはり捨てがたいと感じている。

　今日の目的地は蒲田だ。

　多摩川線に乗ったら、あとはガタゴトと揺られるだけ。乗り換えの手間がないので戸惑う要素なんてないはずなんだけど、電車慣れしていない澪は不安になっているらしかった。

　かくいう俺も電車通学じゃないから電車に慣れてないんだけどな。

　英検を受けに行ったとき、めちゃくちゃソワソワしたのは記憶に新しい。

「…………」

「…………」

「……ん」

　沈黙が続く。

　そもそも俺と澪はノリノリで話すようなタイプではないのだ。とりわけ電車のような密室空間では、周囲の目が気になって全く話さなくなってしまう。

　こういうところも慣れてない証拠なんだろうな。

　電車だけじゃなくて、人との関わり方とかにも、俺たちは慣れてない。

【ゆーと：カラオケ、澪も歌うのか？】

　一度黙り込むと再び口を開くのにすら躊躇してしまうから、子供っぽいと理解しつつもＲＩＮＥでメッセージを送る。

　澪は通知に気付くと、こちらを一瞥した。そういうことね、とすぐに俺の考えを汲んでくれる。

【ＭＩＯ：歌ってほしい？】

【ゆーと：さぁ。そもそも上手いかどうか知らないからな】

【ＭＩＯ：ふぅん】

　澪は、にぃと挑発的に口の端を上げた。

【ＭＩＯ：お兄ちゃん、覚えてないんだ】

【ゆーと：何を？】

【ＭＩＯ：合唱コン。中学のときの】

　あー、なるほど。同じクラスだったんだし、中学のときには一緒に歌っているはずなのか。

　言われて、思い出す。

　そういえばうちのクラス、誰かさんのソロパートが無茶苦茶人気だったんだよな。一年生の頃に三年生を差し置いて最優秀賞と取っちゃったもんで、一時期そこそこ話題になっていた。

【ゆーと：思い出した。めっちゃ上手かったよな】

　少し誇らしげなインコのスタンプが返ってきた。

【ＭＩＯ：まぁ二年生からはセーブしたんだけどね。面倒だったし】

　俺がさっきまで忘れていたのもそれが理由だろう。

　澪らしいな、と苦笑した。

【ゆーと：ま、安心しろ。今日は人数が多いから歌わずに済ませられそうだし】

【ＭＩＯ：別に歌わないなんて言ってないけど】

【ゆーと：面倒なことになるかもしれないぞ？】

　あくまでクラスの打ち上げでしかないが、澪は今や入江恵海に並ぶ校内２位の美少女になっている。

　そんな俺の懸念を知ってか知らずか、澪はふっと微笑んだ。

【ＭＩＯ：大丈夫】

【ＭＩＯ：そのときはお兄ちゃんがどうにかしてくれるし】

　…………。

　絶対雫に悪い影響を受けてる気がするんだよなぁ、澪。

「妹の彼氏に何を期待してるんだか」

「シスコンなくせに何を言ってるんだか」

　ぷっ、と二人で吹き出す。

　周囲の目は、もう気にならなくなっていた。

「歌うならあれがいいな。この前、車で聞いてたやつ」

「成人ゲームの曲を義妹に歌わせるとか、本格的に最低」

「そっちじゃないから。アニソンの方だから」

　訂正。

　やっぱり周囲の目はめちゃくちゃ気になるので、誤解を受けるような発言はやめてほしいです。