三章#04 バースデーパーティー2
「気を取り直して、プレゼントタイムですねっ!」
俺に加えて澪にもからかわれた雫の頬は、まだほんのりと赤い。苺味の白い恋人みたいだな、と思ったら愛おしくなる。
それはそうと……さっきからこうも何度もプレゼントと言われ続けると照れるよな。いい年こいてはしゃぎすぎでは、とか冷静な自分が顔を出しそうになる。
楽しそうな雫を見ていたら、そんな無粋さを奥の方に押しやれてしまうけれども。
「じゃあまずは私から……でいいよね、お姉ちゃん?」
「うん。彼女さんより先に渡す気はないかなぁ。何なら渡さなくてもいいかな、って思うくらい」
「うぅ……またからかう~」
にんまりと微笑む澪と対照的に雫はむっくりと膨れている。
苺大福みたいなほっぺだ。
澪もプレゼントを用意してくれてたのか、と今更ながらに思ったが、口にするのはやめておく。また雫に説教を食らいそうな気がするし。
んんっ、と雫は自分のペースを取り戻すように喉を鳴らした。
そしてこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
「それじゃあ先輩。後輩としてじゃなくて、彼女としての最初のプレゼントです。どうぞ」
「お、おう。ありがとうな」
雫が渡してきたのは、青空色の包装紙に包まれた箱だった。
さほど重くはないが、なんだか随分と箱がしっかりしている。
「開けてもいいか?」
「はいっ、ぜひ! むしろ私が開けましょうか?」
「なんでだよ。大丈夫だ、自分でできる」
前のめりな雫に苦笑しつつ、丁寧に包装紙を剥がす。
ただのラッピングだと分かっているけれど、それすらぞんざいに扱いたくはなかった。
包まれていたのは黒くて立派なケース。その中に入っていたのは――時計だった。
ただ時計とだけ表してしまうのは少し語弊があるかもしれない。
それは懐中時計だった。シックなチェーンが実に大人っぽく、かちかちとゆっくり時を刻む姿はそれだけで重厚感がある。
「懐中時計、か」
「やっぱり普通の腕時計じゃないと使い勝手悪いですよね……」
「あー。いやまぁ確かに単純な使い勝手で言えばそうかもしれないけど。でも腕時計なら持ってるし、これはセンスがあるから嬉しいよ」
「ほんとですかっ? よかったぁ」
プレゼントしてもらったのはこちらだというのに、雫は申し訳なくなるくらいに嬉しそうな顔をする。
こういうところが人に好かれるんだろうなぁ、と感じた。
「けどなんで懐中時計? これ、結構高かっただろ」
「それは……何となく先輩のイメージに合ってるかなって」
俺ってどんなイメージなんだろう。懐中時計が似合うのはアニメとかに出てくる執事か紳士くらいのものだと思うんだが。
それに俺、懐中時計の使い方とかよく分からないぞ。とりあえずズボンのポケットにでも入れておくことになるだろうが……。
「使い勝手の悪さは分かっているので、使わないようならぜひ飾っちゃってください。そうやって大切にしてくれるのでも私は全然いいですから」
強がりや気遣いではなく、本気でそう思っているのだろうと分かった。
そっか、と呟いて続ける。
「まぁスマホで時間を確認するのも芸がないしな。これを機に懐中時計が似合う男でも目指すことにするよ」
「それは三十年くらいかかりそうだけど」
「俺をディスるために口を挟むのはやめてね?」
三十年かかっても懐中時計が似合うかっちょいい男になれる気はしない、っていうツッコミはさておいて。
嬉しそうな雫をよそに俺をディスってきた澪の方に向き直る。
「それで……綾辻は何をくれるんだ? 黒い稲妻?」
「その発言のせいでバレンタインになってもブラックサンダーすら渡さないことが確定したね」
「ひでぇ……」
「先輩が、ですけどね」
反論できないので、大人しく話を進める。
今一度、それで? と目を向けると、澪は水玉模様のラッピングがされてたプレゼントを渡してくれた。
ありがとう、と感謝をして受け取る。
「先に言っておくけど、開けていいよ」
「同じ流れを焼き直すのが面倒なのは分かったけど、それにしても俺への対応があんまりじゃない?」
「娘を取った男への対応だと考えたら妥当じゃないかな」
「娘じゃねぇだろ妹だろ?!」
けたけたと笑ってから、改めてプレゼントに手をつける。
包装紙から出てきたのは――眼鏡ケースだった。ふたを開ければ、その中には眼鏡も仕舞われている。
「眼鏡……?」
「うん。度は入ってなくて、ブルーライトカットのやつ。生徒会でパソコンとかタブレットをよく使ってたからさ」
「あぁ、なるほど」
確かに学校行事の準備に際してはパソコンやタブレットで行う作業も結構多い。体育祭ですらそうだったのだから、もっとインドアな行事になれば更に増えることだろう。
「へぇ……お姉ちゃん、よく見てるんだね」
「そうでもないよ? 私は雫と違って百瀬のこと、知らないから。渋々ヒントを探しただけ」
多分嘘だ。
だって前々から眼鏡買おうか迷ってたし。下手なものを買うと逆に目が悪いだろうって思って、色々と調べていたわけで……澪は、そのことに気付いていたんだろう。二人で一緒にいるときにもちょくちょくスマホで見てたからな。
だからといって、ここでその秘密を白日の下にさらす必要はない。
ありがとう、と今一度強く思っておこう。
「先輩先輩! 着けてみてくださいよ」
「ん? ああ、そうだな。笑うなよ?」
色々調べたけど、眼鏡が似合うかどうかは分からなかった。眼鏡屋に行って試着するのもそれはそれで気恥ずかしいから、どうするべきか迷ってたわけだし。
雫に促されるままに眼鏡を着ける。
視界は大して変わらない。着け心地もいいし、生徒会とかの仕事で使う分にはよさそうだ。
気になるのは似合っているかどうかだが――。
「あの、二人とも? 何か言ってくれないと気まずいんだけど。似合わないなら似合わないで笑ってくれ」
笑うなと言いはしたが、何も言われないよりは笑われた方がいい。
雫と澪の方に目を向けると、二人は顔を見合わせてこくこくと頷いていた。
「先輩。私があげた懐中時計を持ってもらえますか?」
「え? えと、別にいいけど……」
やけに真剣な声だったので言われた通りにすると、雫の瞳がキラキラ輝いた。
「いい! いいですよ、先輩! 超かっこいいですっ!」
「ん。これはちょっと写真が欲しいかも」
お世辞というわけではなさそうだ。
へぇ、ふぅん、ほーん……そ、そっか。似合ってるんだ。
悪い気はしない。むしろ結構気分がいいまである。褒められることってなかなかないし。
「えっと……ありがとな、二人とも」
こういうのは慣れないし、恥ずかしいし、ムズムズするし。
ちっとも俺らしくないと思うけれど。
今日は一年で一度きりの特別な日だから。
別にいっか、と思った。
――ちなみに。
この後父さんの部屋にあったジャケットに着替えてコスプレ感覚で写真を撮られまくった挙句、寝る前に自分の痛い言動が恥ずかしくなったりした。
調子に乗りすぎましたね、はい。