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二章#33 リレー

 SIDE:友斗


「なぁなぁどういうことだよ! お前はマネージャーじゃなかったのかっ?」

「この裏切り者めっ! 一緒に八雲のクソ野郎を呪おうって約束した仲じゃないか!」

「ええい、うるさい! そもそもマネージャーじゃねぇよ!」

「俺を呪おうと約束したってのも嘘だよなッ?! なぁ友斗ッ!」


 体育祭ももうすぐ終わる。

 最後の競技である選抜リレーに向かおうをと思っていたら、クラスの男子共がうじゃうじゃ待ち受けていた。さっきまで本部にいたからって、今更借り物競争の話を持ち出すとか、こいつらアホだろ。


 とはいえこいつらの気持ちも分からないではない。


 先ほど行われた借り物競争。

 例年大喜利大会の様相を呈しているこの競技で雫が引いたお題は『大切な人』だった。それなら澪なり入江妹なりを連れて行けばいいものを、雫は俺の手を引いてゴールまで向かったのである。


 少し雫らしくない行動だな、とは思う。

 小悪魔な後輩を装う雫だけど、こういう攻め方をする子ではなかった。まるで答えを急かしているようで、先月の発言と矛盾しているように見える。


 何か心境の変化があったのか、それとも祭りの熱気にあてられたのか。

 まぁどちらでも構わない。

 むしろ好都合とすら思える。これで後夜祭を一緒に過ごすことも容易になった。


「と、まぁ冗談はさておき」

「おっと今の皆のシャウトを冗談で片付けるのはよくないと思うぞ。少なくとも八雲を呪う気持ちは本物だから」

「「「そーだそーだ」」」

「珍しく話をまとめようとしている俺にその仕打ちは酷くない?!」


 ちょっとくらい許してほしい。こいつらをここに連れてきたのは間違いなく八雲だし。

 ともあれいつまでもカオスな状況を続けていくわけにもいかない。

 なんだ? と八雲に話の先を促した。


「んんっ。色々と思うところはあるけど、俺たちはお前を応援しに来たんだよ」

「それこそ冗談だろ……」

「いやこれはほんとだって」


 それにしてはやたらと敵意むき出しじゃん? それに俺なんかを応援ってのも、なんというか……。

 微妙に口ごもっていると、クラスメイトがこくこくと頷いているのが視界に入った。


「……マジで?」

「マジだよ。だってこのリレーで勝敗決まるんだぜ。しかも友斗、なんだかんだリレー任されたんだろ?」

「ま、まぁ」


 選抜リレーは学年混合で行われる。なかなか練習時間を取れない俺のことを知った三年生がバトンを受け取るだけでいいアンカーに俺を置いてくれたのだ。しかも練習しやすいよう、俺にバトンを渡すのもうちのクラスの女子になっている。おかげで必要な練習は半分になったので、マジで先輩様様だ。


「色々思うところはあっても応援はきちんとするのが友達だ……って、なんかこういう言い方するとダサいか」


 八雲がくしゃっと髪に触れるので、俺はぷっと吹き出した。


「本当だな。すっげぇダサい」

「だから俺の扱いが酷いって……」

「けどそういうダサいの、悪くないよな。だから勝ってくる。もし勝てたら今度は俺も……あれだ。打ち上げって言うか、親睦会って言うか。そういうの参加させてくれよ」


 今度は八雲が笑う番だった。


「当然! 友斗のせいで負けたら、打ち上げは友斗の奢りで焼き肉な」

「全員野菜だけ食うなら考えなくはない」


 ぶーぶーとブーイングを食らいながら、俺は入場門に急いだ。



 ◆



「位置について~、よーい」


 パン、と甲高いピストルの音が鳴った。

 その瞬間、第一走を務める選手がスタートダッシュを切る。かさかさ、と砂を蹴る音が聞こえた。


 ドっ、と歓声が押し寄せてくる。

 空は茜色に染まり、西日がギラギラと熱い。いつもなら授業が終わって帰るくらいの時間なのに、まだまだ誰もが元気たっぷりのようだ。


 自分の番を待ちながら、先ほどの八雲たちとのやり取りを思い出す。


 あんな風にクラスメイトと友達のようになれたのは初めてだった。

 ううん、違う。

 美緒が死んで以来、と言うべきだろう。


 去年のように生徒会の助っ人をしているだけではこうはならなかった。

 雫に言われて、澪と昼食を食べてもおかしくない状況にしようとして。

 たまたま隣になった八雲に相談して、学級委員になった。そうしてクラスメイトと関わる理由を手にできたから、今こうやって友達みたいになれている。


「百瀬がたそがれてる……ちょっとゾワっとしたんだけど」

「腕をすりすり擦って鳥肌を主張するな、綾辻」

「いやだって実際ゾワっとしたもん」


 ぼそぼそと歓声に紛れて呟くのは澪。当然だが今は周囲に人がいるのでクラスメイトのままでいる。

 何故澪がここにいるのかと言えば、俺にバトンパスする予定だった女子が足を捻って走れなくなったからだ。補欠には持久走に走った生徒も入れるということで、クラスで一番足の速い澪が出ている。


「百瀬、楽しそうじゃん」

「……まぁな。楽しいよ。綾辻がいて、雫がいて、クラスの奴らとも仲良くなれて。ついでに時雨さんとか、他にも色んな人にも囲まれてる」


 今までの俺にとっては澪も雫も時雨さんもクラスのことも、全て別カテゴリーでしかなかった。

 けれどこの体育祭では一つに集約されている。

 ぎゅっとまとまったせいでカオスになったりもするけど、めちゃくちゃ楽しい。


「よかったね」


 お兄ちゃん、と澪が口の形だけで言った。

 挑発的な笑みは、すしゃっと砂が擦れる音と共に霧散する。


 ああそうだな、と思う。

 何よりこの場には義妹がいる。

 美緒がいた運動会を思い出して。

 澪がいてくれる体育祭が更に輝きを増す。


「あ、次は私か。……頑張るから、頑張って」

「おう。任せろ」


 軽く屈伸をすると、澪はテイクオーバーゾーンの中に入った。


 すぅ、と深呼吸。

 刹那、澪を包む空気が澄んだものに変わったように錯覚した。

 瞑目、その後――もう一度深呼吸。


 そしてバトンを受け取る姿勢に変わり、前走者がやってくるのを待つ。


 綺麗だ、と零れそうになる。

 かしゃ、すさ、すー。

 グラウンドの砂を蹴る音が大きくなり、やがて赤色のバトンが澪に渡る――ッ。


 疾風迅雷。

 いつだったか、澪の走る姿をそう形容したっけ。

 美緒との乖離を苦々しく思うことも、美緒に被せようとしていることへの罪悪感もなしにちゃんと眺める彼女のフォームは、これまでよりもずっと綺麗で力強く見える。


 白組の方がリードしていたはずなのに、気付けばほとんど差がなくなっていた。


 なら、俺も本気で走らなくちゃな。

 澪のおかげで見えた勝ちをちゃんと掴まなくちゃ。


 他の物を掴むのは下手な俺だからこそ。


 澪が近づいてきて、グングンと距離が縮まってくる。あいにく澪とはバトンパスの練習をしていないから、どのタイミングでリードを取ればいいのかも計算できてない。

 けれども分かった。

 ここだ、というタイミングで地面を蹴る。澪を気遣うことはせず、自分のペースで加速していく。

 テイクオーバーゾーンのギリギリで最高速度を出すことだけを考えて――


「行ってッ」


 全力疾走を終えた澪のバトンを受け取った。

 本当にギリギリだったけど反則の旗は上がっていない。バトンパスのおかげで白との差もほぼゼロになった。


 後は走るだけ。

 いけ、いけ、行け……ッ。


 ――パンっ!


 そして。

 天に向けられたピストルが、もう何度目かも分からない音を響かせた。

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