二章#24 中間試験まで
「はぁ……今日もこれで終わりだな」
「ですね。思っていたより大変なんですね、生徒会って」
週末。
あと四度ほど眠れば試験が訪れてしまう今日この頃。空っぽになった第二会議室の戸締りをしながら、俺と入江妹は疲れを吐き出すように話していた。
この一週間、学級委員会と生徒会は共に体育祭に向けて稼働し始めた。
試験前だから放課後はなるべく早く解散という形にしたかったけれど、やっぱり今日も6時過ぎになってしまっている。
まぁしょうがないことではあるのだ。
うちの体育祭は規模がでかいから、生徒会は外部の人と色々話し合いをしなきゃいけない。後夜祭ではキャンプファイアーをしようとしてるので、その辺の許可とかも取らないとだしな。
その分、学級委員会には様々な仕事が回ってくる。
動き出し始めの今は競技のシミュレーションだとか動線のチェックだとか、色々とやらなくちゃいけないことが多い。テストが明けると各競技の練習ができるようにしなくちゃだし。
「悪いな、遅くまで。まだ生徒会でも何でもないのに」
「私を補佐にしたのは先輩ですが、それを受け入れたのは私です。まるで自分のせいのように語られるのは気分が悪いのでやめてください」
入江妹の直球な言い方にもだいぶ慣れてきた。
そうだな、と肩を竦めて苦笑う。
「けどテスト前だからなぁ……こんなことを言うのはあれだけど、大丈夫か?」
「心配してくれてありがとうございます。でも準備は億万です。安心してください」
「万全の『万』だけじゃなく、『ぜん』まで繰り上げるほどなのか」
「えぇ。私、勉強は得意なので」
誰かさんのように、えっへん、と胸を張ったりはしなかった。
元気そうなポニーテールがちょっとだけ誇らしげだ。
そういえば、とふと思い出す。
入学式で新入生代表挨拶をしていたのは入江妹だった。
「私のことを心配するくらいなら、他に心配してあげるべき人がいるんじゃないですか?」
「うん?」
「雫ちゃん。まずいってわけじゃなさそうですけど……広報班で頑張ってるわけですし」
「あぁ」
なるほどね、と納得する。
確かに雫は今週、結構頑張ってくれていた。去年から持ち越しで使ってる体育祭用のHPの更新は地味に大変だったはず。一年生ながら広報班をまとめようともしていたし、小学校の頃のあいつを知っている俺としてはちょっと感慨深かった。
「そうだな。土日にでも声かけてみるよ」
「それでモモ先輩が赤点を取ったら笑っちゃいますけどね」
「さいですか」
第二会議室の戸締りを終える。
今日はもう、これで解散だ。
「じゃあこれで。送っていく……必要はないか」
「当然です。まだ全然明るいんですから」
「ごもっともで」
入江妹の言う通り、空はまだ明るい。夏に近づいている証拠だ。
「また来週な」
「はい、また来週」
モクモクと白い雲は、たんぽぽみたいに綺麗だった。
◆
「なぁ雫。お前、勉強どんな感じなんだ?」
食卓にて。
我ながら切り出し方が下手だなぁと思いつつも口を開くと、案の定雫はくすっと笑った。
「先輩。もしかしてそれを言うタイミングを探して、さっきからジロジロ見てきてたんですか?」
「うっ……べ、別にそんなんじゃないんだからね!」
「あ、ごめんなさい。それは普通にキモいので結構です」
「冷たい声ぇ……俺のボケに対して辛辣すぎるだろ」
自分でもキモいとは思ったけどね?
無言でキンキンに凍えた視線を向けてくるのはやめてほしいな、みお。せめて何か言ってぇ……。
気を取り直す代わりに、ずずずっと味噌汁を飲む。ほっこりと胸が温まるのを感じながら話を元に戻した。
「それでどうなんだよ。来週からテストだぞ。勉強してんのか?」
「んー。勉強はしてますよ。最近は血の涙を流しながらゲーム我慢してますから。先輩が一緒にやってくれないので」
そういえば、と思い至る。『フレイム・チェリー3』は、まだ全ルート攻略できていない。トゥルールートを見れていないのだ。
てっきり雫一人で進めているのかと思ったが、最後まで俺と一緒にやるつもりでいてくれたらしい。
「でも、そうだね。雫が勉強頑張ってるのは私も知ってるよ。この前も部屋を覗いたら一生懸命やってたし」
「ほーん。そうなのか」
「そうなんですよ~、先輩! 私ってば頑張り屋さんなんです」
「いやそれは知ってるんだけどさ」
「あうっ……知ってるとか言われるのもそれはそれで恥ずかしいのでやめてほしいんですけど」
普段から自分で言っているくせに何を今更。
みおと顔を見合わせ、二人でふっと微笑んだ。
居た堪れなくなったのか、雫はんんっ、と小さく咳払いをする。
「というか、どうしてそんなこと聞いてきたんですか?」
「ん……いや、どうしてって言われてもな。学級委員の仕事も忙しそうだったし、勉強が疎かになってないか不安になっただけだよ」
「ふぅん……?」
疑るような視線を向けてくる雫。
ってか、どうして俺は嘘をついてるんだ。普通に『勉強見てやろうか?』とか言えばいいだろうに。
いやでもどうだろうな。このタイミングでそれを言うのは、勉強しようとしてる子供に『勉強しなさい』って言っちゃう鬱陶しい母親みたいな感じにならないか? 雫は一人でもちゃんと頑張れる子だし。
そんなことを悶々と考えていると、はぁ、と溜息が聞こえた。
ふと見遣れば、雫が小馬鹿にし腐ったような顔をしている。
「まったく先輩は。そういうとこ、ほんっと不器用ですよね~」
「なっ……どこがだよ」
「大丈夫ですよ、先輩。私は先輩のこと、ちゃんと見つけてあげますから」
芯の通った声だった。
強いな、と場違いに思う。
眩しくて強くて、そういうところがちょっとだけ美緒に似ている。
悪い意味や妄執ではなく、いい意味で。
「先輩は私のことが心配で心配でしょうがないんですよね。だから勉強を見てくれようとしてたのに私が頑張り屋さんだったから『俺なんかが手を貸してもどうせ……』みたいな感じで迷っちゃってるんですね?」
「ぐっ……」
こんにゃろう、完全に図星じゃねぇか。
どうして分かるんだよこいつ――って、分かって当然か。雫ほど俺の面倒臭いところを把握している人間もいないだろう。
俺の性格を知ったうえで離さないように掴んでくれているのが雫なのだから。
気恥ずかしくて視線をスライドさせると、みおが儚げな微笑を湛えている。
箸を置いた彼女は少しだけ伸びた髪を耳にかけた。
「二人は本当に仲がいいね。いいじゃん、明日と明後日は二人で勉強しなよ。家事はやっといてあげる」
「えっ。いいのか?」
思わぬ一言に尋ねると、うん、とみおが頷いた。
「私は結構余裕あるし。むしろテスト前は家事とかした方が落ち着くからいい結果出せるんだよね」
俺と雫に気を遣ってくれたのだろう。
家事をやってもらうのは気が引けるが、かと言ってみおの厚意を突っぱねるのも心が痛む。ここは素直に受け取っておくか。
分かったよ、と俺は答えた。
「そういうことなら明日と明後日は任せる。その分テスト期間中は俺がやるから」
「私もやります! お姉ちゃんありがとっ」
「……うん」
そういうわけで、俺は土日で雫と勉強会を行うことになった。