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二章#20 ゴールデンウィークが明けて

 ゴールデンウィークが明けると、校内は二つの色でいっぱいになる。


 一色目は、ゴールデンウィークを懐古するもの。長い休みの間に誰と何をしたかという話は、グループの絆をより強固なものにする。この時期にグループに入れていない者は、夏休みまでゲスト的な立場にならざるを得ないだろう。


 かくいう俺も、八雲に誘われて一度出かけた。シンプルなカラオケ大会だったし、ぶっちゃけあんまり記憶に残ってないんだけどな。パリピだなぁとは思った。


 二色目は、未来へと向かうもの。差しあたっては最初の三大祭である体育祭に向けた活力のようなものが、校内で躍動していた。

 うちの学校は、学校行事にも結構前向きだ。

 体育祭では毎年バチバチに勝敗を争っている。競技それぞれで見るとふざけたものも多いんだけど、最終的には要所要所でめっちゃ盛り上がるんだよな。


「じゃあ俺は行くから」

「おー。今日も美少女二人とお昼か。いいよなぁ」

「うっせぇ、彼女持ち。っていうか今日は一緒じゃない。ちょっと用事があってな」


 そんなわけでゴールデンウィーク明け初日の昼休み。

 八雲に別れを告げ、俺はある場所へ向かっていた。

 いや『ある場所』とか意味ありげに表現する必要もないな。今日これから向かうのは生徒会室だ。

 と言っても、屋上の鍵を取りに行くわけじゃない。いつもは朝のうちに鍵を取りにいってるし、今日は雫とみおの二人とは別に食べることになっている。


 今日の目的は――


「「あっ」」


 どうしてここに訪れたのかを考えていると、生徒会室への訪問者と目が合った。

 そいつは、しまった、とでも言いたげな仏頂面を作る。ったく、久々に会ったってのに遠慮のない奴だな……。


「おう、どうした妹子。生徒会室に何か用か?」

「先輩風を吹かせた感じの喋り方がムカつきます。馴れ馴れしいですよ」

「ぐっ、容赦ねぇなお前……」


 俺の友好的な態度をバッサリと切り捨てたのは、妹子こと入江妹である。性格と名前と容姿的にタイガーと呼んでもいいのだが、オタクのノリを一般人に適応しても痛いだけでなのでやめておく。

 妹子呼びも十分痛いじゃんという指摘は黙殺の方向で。


「で? お前、なんか生徒会室に用事あんの?」

「用事というか……先輩が言ったんじゃないですか! 話は通しておいてやるって。まさか忘れたんですか?」


 ムカムカというオノマトペでは優しすぎるほど、入江妹は不機嫌に言った。


 ――そういうことなら今度、放課後にでも生徒会室に来ればいい。話は通しておくから


 そういえばゴールデンウィークに入る前、新入生歓迎会のときにそんな会話をした。もちろん忘れていたわけではなく、あの日の片付けのときには時雨さんにそれとなく話してある。


「だがおかしいな。俺の記憶だと、放課後と告げたはずだぞ」

「いいえ、違います。放課後《《にでも》》と言ったんです。放課後でないとダメ、という意味にはならないと思います」

「……ごもっとも」


 クソ真面目で細かい奴め。

 恨みがましい視線を向けると、それと咎められていると思ったのか、入江妹はしょぼしょぼと続けた。


「今日から体育祭準備で放課後は忙しくなるだろうと思ったので昼に来たんですが、迷惑でしたか? もしそうなら出直します。私の方が急用なわけではないので」

「あー……」


 入江妹は相手の事情を鑑みれないほど愚かではない。

 すんなりと退こうとしてくれるところに心地よさを覚えつつも、俺は首を横に振った。


「いや、ちょうどよかった。俺も今日は用事があったし」

「用事があるならむしろ出直した方がいいんじゃ……」

「それがそうでもないんだな、これが。とりあえず入れって。中にいる時雨さん……生徒会長が微笑ましげに見てきてるから」

「『時雨さん』で結構ですよ。先日、雫ちゃんからお二方の関係は聞いたので」

「あっ、そう……了解」


 竹をぽきぽき割りまくったような性格だなぁ、こいつ。



 ◆



「それで二人はどういう関係かな? 場合によってはボクも応援するよ」

「初っ端から下世話にも程があるんだよなぁ……こんだけ距離を取られてて、色っぽい関係だと思う?」

「うーん、ギリギリ? ツンデレだと思えばいけるかな」


 生徒会室に入って早々、時雨さんがけらけらと楽しそうにからかってくる。

 ノリが義母さんに似てるんだよなぁ……と密かに苦笑しつつも、今は別のことだと気を取り直す。


「ええっと……妹子。今のは時雨さんの冗談だからな?」

「そんなこと百々承知しています。私が冗談も分からない偏屈な人間だと思いましたか?」

「そう見えたから言ってるんだけどね? でも機嫌を損ねたら面倒だから言わないでおくね?」

「言ってるじゃないですか! ……でも気を遣ってくれたことは感謝しておきます。甚だ不服ですが」


 出た、謎律儀。

 俺たちのやり取りが可笑しかったのか、時雨さんはくつくつと笑っている。

 眉間に皴を寄せながらも、入江妹は生徒会室を物珍しそうに見遣った。


「えっと。他の方は?」

「ん? あぁ他の子は今日は来ないよ。何しろ明日から忙しくなるからね。今日は彼と打ち合わせをするつもりだったから来なくていいって話をしておいた」

「そうなんですか……」


 時雨さんの話を聞き、やっぱり帰った方がいいかな、と言いたげな顔をする入江妹。

 帰る帰らない論争を繰り広げるのはめちゃくちゃ不毛なので、先んじて話を進めることにした。


「それで時雨さん。本題に入りたいんだけど」

「うん、そうだね。とりあえずご飯食べながらにしようか。ええっと……」

「入江大河と言います。生徒会に興味があって来ました。ですがもしお邪魔なら――」

「時雨さん、こいつにもいてもらうけどいいよね?」


 入江妹の話を遮って言うと、時雨さんは不敵に笑った。

 俺も同じような顔をしているのかもしれない。いや『かも』じゃないな、絶対にしてる。

 戸惑う入江妹を心の中で笑いながら、ひとまず席につく。雫から受け取っていた弁当箱を広げてると、入江妹も不承不承といった感じで俺に倣った。


「……結構しっかりした弁当だな。自分で作ってるのか?」

「それをモモ先輩にお話する必要がありますか?」

「割と一般的なコミュニケーションの一環だと思うんだが。円滑に進めていこうぜ。これからも上手くやっていかなきゃいけないわけだし」

「……? 私にはモモ先輩と上手くやっていく必要性を感じません」


 はっきりとした拒絶の意だったが、真っ当な意見ではある。

 雫の想い人が俺だからといって、入江妹が俺と仲良くやる必要はない。こんだけ言い争いになるわけだし、本質的に相性が悪いと思われている可能性は高いだろう。


 俺はニヤーっと笑い、


「そうでもないんだよなぁ」


 と言った。


「どういうことですか?」


 入江妹が怪訝な顔をする。

 俺はそちらを向くことなく、雫が作ってくれた弁当を口に運んだ。

 雫とみおでは、玉子焼きの味が異なる。雫は甘い玉子焼き、みおはしょっぱくて夜祭とかも入れた玉子焼きを作ってくれるのだ。

 俺は師匠()と同じく甘いやつを作る。まぁ俺の弁当は半分以上サンドウィッチだけど。


「それを話す前に、ちょっと色々前段が必要になる。まずは食いながら話そうぜ」

「……分かりました。早まってしまってすみません」

「いんや、別に謝らなくていい。意地悪してる自覚はあるしな」

「モモ先輩、そういうところは最低ですね」

「謝ったと思ったらすぐに罵倒するな!」


 切り返しが速すぎるからね、君。

 心の中でもツッコミつつ、いただきますと手を合わせてから、ふりかけのかかったご飯を口に運んだ。


 こほん、と一つ咳払い。

 どう話そうかと考え、空っぽになった口を開いた。


「妹子が言っていたように、今日の放課後には学級委員会がある。学級委員は生徒会の下位組織だからな。当然だが生徒会もそこに参加する」

「今回はキミが委員長になってくれたから、話を進めるのはお任せできちゃうけどね」


 頭の回転が遅いわけではないらしい。

 ふむふむ、と入江妹は頷いている。


「体育祭は三大祭の中じゃかなり楽な方なんだけど、何しろテストも近い。迅速に進めるためにも、俺と時雨さんは予め進め方を打ち合わせしようと思ってたんだよ」

「なるほど……大変なんですね」

「そう! 大変なんだよな、真面目な話」


 実際にはそれほど大変ではないだろう。

 体育祭で主に稼働するのは生徒会。学級委員は生徒会の下で動くので、学級委員長としてはせいぜい毎日放課後に働くくらいでいい。

 しかし、生徒会の方も込みで考えると、ちょっとばかし俺のやることが多くなる。時雨さんは外部との折衝がメインになるからな。


 すっかり生徒会の核になるレベルで出しゃばっているよな、という思いは隅に押しやる。他の生徒会メンバーだって色々やることがあるんだからしょうがないじゃん?


 ともあれそんなわけで俺は忙しい。

 だからこそ時雨さんと打ち合わせをしてスムーズに進めていこうと思っていたわけだし。


「そんなときに妹子が現れた。それで俺は思いついたわけだ」

「思いついた……?」

「あぁ。妹子は生徒会に興味があるんだろ。なら暫くの間、俺の補佐って形で働いてみないか?」

「えっ」


 俺の予想外の提案に、入江妹はぱちぱちと瞬いた。


「それってどういうことですか?」

「文字通りの意味。もっと端的に言うなら、俺の部下にならないか、って話」


 鳩が豆鉄砲を避けたみたいな顔を見て、俺の心はちょっとだけ満たされた。

 ……やだ、後輩をいじめる楽しさに目覚めそう。

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