最終章#70 Dear sister
SIDE:友斗
――これは一か月前。
2月13日のことだ。
◇
「…………」
「「「…………」」」
「…………大好き。大好きだ」
「私も……大好きです。世界で一番、愛してます」
「大大大大大好きですよ、友斗先輩♡」
「ん。私も…………好き」
三人と互いの愛を確かめ合った後。
俺は無茶苦茶な羞恥心を抱えながら、三人と帰路についていた。大河も含め、三人はこれから百瀬家に帰るらしい。
話すために立ち止まった道端は、本当にただの道端でしかなくて、百瀬家までまだ距離がある。三人は時折バッグからクッキーを取り出してはニヤニヤとこちらを見てくるので、こんなことならタイミングを窺って話を切り出せばよかったな、と後悔する。
見上げれば、雪月が綺麗に浮かぶ。
スノームーンの光は冷たくて、けれどきっとこの冷たさを来月味わうことはない。
冬はもうじき終わり、やがて春になる。
春の象徴的な出来事は幾つでもある。卒業式だって春の一部と捉えてもいいのかもしれない。けれど俺にとって一番の『春』はこれからずっと、4月2日になる。
4月2日――美緒の命日。
「あれ……?」
ふと美緒に思いを馳せて、違和感に気付く。
胸の痛みも、心の軋みも、恋しさも、前ほどではなくなっている。
っていうか――最近の俺は美緒とほとんど話してなくないか?
「ん、友斗? どうしたの?」
「えっ、あ、えっと……いや」
「ん~? 早くしないと遅くなっちゃいますよ?」
「ユウ先輩も、今日は早く帰るつもりだったんじゃないんですか?」
「あ、あぁ……そうだな」
立ち止まった俺は、自分の胸に触れる。
胸に手を当てて考える、なんて言うけれど、まさにそれだった。
そもそも霧崎家には仏壇がない。それでも家から美緒の写真を持ってきて、机に簡易的な仏壇のようなものを作り、手を合わせていたはずだった。
でも前のように長時間話すことはなくなった。声を聞くこともなくなった。
美緒との繋がりが、途切れてきている……?
さっき永遠だの本物だのとのたまっておいて、結局はそんな簡単に美緒への気持ちも捨ててしまえるのか?
そんな安っぽくて陳腐な気持ちを、俺はあんなにも偉そうに語ったのか?
『その代わり、残り全部を三人にやる。店主ですら存在を忘れてるような掘り出し物がどっかにあるかもしれないからな。少ない在庫をどう扱うのかは三人に任せる。好きに見つけて、シェアするなり奪い合うなり、勝手によろしくやってくれ』
自分が口にした、恥ずかしくイタい台詞が頭によぎる。
ああそうか、と納得した。
「なぁ。やっぱり俺は、『ハーレムエンド』じゃ嫌だ」
「は?」「えっ」「……ユウ先輩?」
「あっ、勘違いしないでくれ。四人でいるのが嫌なわけじゃない。俺は三人のことが好きだ。大好きだ。選ぶつもりも微塵もない」
「じゃあ、何なの?」
雫と大河の分もまとめて、澪が聞いてくる。
俺は今しがた気付いたばかりの自分の気持ちを整理しつつ、三人に言った。
「ずっと、『ハーレムエンド』って言葉がしっくりこなかった。違和感があった。だから誰かを選ぶのが正しい、って……そう思ってたけど、違った」
美緒への気持ちが消えたわけじゃない。
ただ三人が俺に何度もぶつかってくれたから、美緒への気持ちを超えてしまった。
今までは四人が1位タイだったけど、いつの間にか三人で1位タイになってしまった。
だからきっと、
「俺は『俺たたエンド』がいい」
「『俺たたエンド』……?」
「きっと俺は『ハーレムエンド』じゃ、三人に甘えすぎる。好きになってもらうことを怠って、一緒にいるのが当たり前の存在になる。それも素敵だし、いいことだと思うけど……俺は嫌だ。俺が好きなのは日常系じゃないんだ。ラブコメなんだ。一生三人に取り合われていたい。仕事で忙しくなっても、親になっても、しわだらけの後期高齢者になっても、一生恋してたい」
永遠の愛はどこにもない。
人々が永遠の愛だと思うものは、永劫に連鎖し続ける刹那の愛なのだ。
「なんて……こんなの、くだらない言葉遊びだな。忘れてくれ」
「「嫌です」」「嫌」
バカバカしいことを言ったな、と首を横に振ったとき。
三人は口を揃えて、拒絶の意を示した。
澪と大河と顔を見合わせ、雫が俺に告げてくる。
「友斗先輩の本当に欲しいもの、忘れてあげたりなんてしません。『俺たたエンド』、いいじゃないですか。私も大好きです。私だって、そういう意味で『ハーレムエンド』を使ってましたよ?」
「あ、あの。『俺たたエンド』? とかそういう言葉には疎いので何とも言えないのですが……私も、ユウ先輩の言っていることには同意します。幾つになっても、夫婦になっても家族になっても、ずっとずっと恋していたいです」
雫に続いて、大河も言葉を紡ぐ。
その言葉はとくんと胸に響いて、更に『好き』が加速する。
澪が、こほん、と咳払いをしてから言った。
「まぁくだらない言葉遊びっていうのは事実だよね」
「お姉ちゃん!?」「澪先輩!?」
「ん、だって事実でしょ? 『俺たたエンド』とかややこしい言葉使わず、ただ一言言えばいいんだよ。『一生俺を惚れ直させ続けろ。俺もお前たちを惚れさせ続けてやるから』って」
銃弾のようなその言葉に、はっ、とさせられた。
そっか。
そうだな。
それだけでいいんだ。
「なぁ澪、それ二言じゃね?」
「…………うっさい」
◇
ステージは、眩く輝いていた。
スポットライトを浴びる三人のお姫様は、舞台袖で見るよりも何倍も奇麗だった。
たった10分そこらしか経っていないというのに、またあの子たちは俺を惚れ直させてくれた。
とく、とくとく、とくとくとく――。
心臓が動いてる。
生きてる。恋してる。
「皆さんこんにちは。『スリーサンタガールズ』改め、『スリーフェスティバルガールズ』ですっ♪」
雫は、前よりもちょっとだけ慣れた感じで笑った。
ひゅーひゅー、と歓声が上がる。
冬星祭の彼女たちのライブが印象に残っている者は多い。大志はその一人だし、三学期になってからもチラホラと話を聞いた。中には俺に直接聞いてくる奴もいて、結構堪えたんだよな。
だからこそ、彼女たちの再ライブの情報は強い影響力を持った。
感謝祭の情報だけではここまで漕ぎつけられなかっただろう。
そしてそれゆえに、観客の反応も大きい。
「まぁこのユニット名はダサいなって思ってるんですけど……それはいいとして」
「うんうん、やっぱり前のユニット名の方がよかったよね」
「雫ちゃん、前のも酷かったよ」
「大河ちゃん!?」
三人とも思いのほか余裕があるらしく、舞台の上でコミカルなやり取りをしていた。
それはプリンセスじみた彼女たちの装いとは食い違っているけれど、それが高校生らしくて、煌びやかな舞踏会も青臭い謝恩会も贅沢に一挙両得してしまいそうな、そんな魅力に満ちていた。
「こほん……二人とも、話を戻すよ」
「あっ、そーだったね」「失礼しました」
「んっと、私たちがトリってことで、先に言っておきます」
澪はマイクを握って、会場中に告げる。
「アンコールは受けられません。前歌った曲の音源は用意してないですし、これから歌えるのはずぶの素人と同人活動中のセミプロが合作した、拙さとか素人感とか色んなものが漂ってるオリジナル曲のみです」
えぇ~、と残念そうな声が上がる。
正直俺だって同じ反応をしたくなるし、アンコール用に前の曲を練習したらどうか、とも声をかけた。
けれどあの三人は一曲だけで勝負すると言った。
この曲が好きだから、と言ってくれた。
「誰も知らない曲を歌う、特に凄いわけでもない私たちが最後を飾ってしまってすみません。もしかしたら盛り下がってしまうかもしれません。先に謝っておきます」
「でも、この曲は私たちが大好きな人が私たちに作ってくれた曲です。だから、私たちが世界で一番この曲を上手く歌います」
ステージを彩る光の色が変わる。
ぱちんと会場の電気が消えて、光の全てが彼女たちに集まる。
「拝啓、大切な友達へ」
と雫。
「拝啓、お世話になった先輩へ」
と大河。
「拝啓、この一年を駆け抜けたあなたへ」
と澪。
「「「拝啓、私たちの愛する人へ」」」
そして、
「「「拝啓、親愛なる私たちの義妹へ」」」
と三人が告げた。
「「「聞いてください。
――『Dear sister』」」」
音楽が流れ始める。
同時に世界が音で溢れる。
世界と自分が繋がった実感。
一瞬にして絶頂へ跳ねあがる世界の空気に自分が綯い交ぜになって、自分と自分以外との境界が失われるみたいな錯覚を受ける。
なのにあの子たちは当然のように俺を捉えた。
君が見てる。
君たちが見てる。
君たちを、見てる。
だから俺は俺で在れる。
一、二、三、四、五――。
一、二、三、四、五――。
一、二、三、四、五――。
世界で一番贅沢なその時間。
誰とどんな順番で縁を結んだのかは、どうでもいいことだった。
俺が好きになったのは三人だから、他の人のように真っ先に誰かに駆けていくことができない。どうしたって順番ができてしまう。一番に駆け寄る相手を意図せずとも選ぶことになり、他の人のようにはできない。
でもそんなこと、関係ない。
だってあの三人は知っている。
俺が選べないことを、知っている。
俺の瞳に三人が映っていることを知っている。
映り続けるために努力する自分たちを、心の底から愛しているから。




