表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
476/478

最終章#69 永劫の刹那を

 SIDE:時雨


 ゲームは、ボクの負けだった。

 彼は見事に三人を見つけて、ボクは滑稽なほど読み違えた。

 それ自体はどうでもいいことだ。ゲームの勝敗に興味はない。ボクの手元には、敗北よりも色濃く苦い事実があるだけだった。


「もうすぐ彼女たちのライブ、始まるわね」


 ゲームの最中、ずっとボクについてきていた恵海ちゃんが呟く。

 ステージ上ではアイドル部の一年生が、一生懸命に歌って踊っている。前半でライブをした上級生へのYELLにも見えるその出し物は、素敵な惜別に満ちていた。


 これが終われば、三人のライブだ。

 『スリーフェスティバルガールズ』。雫ちゃんと澪ちゃんと大河ちゃんが彼のために組んだユニットだ。冬星祭での彼女たちのライブが彼を恋に落としたように、きっと今宵も記憶に残るライブをするのだと思う。


 ああ、と思った。

 痛いほどに眩しい。目が眩みそうだ、と『山椒魚』のように思う。


 何でもできる、と愚かにも思っていた。

 逆だということはずっと前から分かっていた。

 ボクは何もできないのだ。何もできないからできたふりをして、自由に舞って、『できない』の鎖に囚われないようにしているだけ。


 ボクには人の心が分からない。


 そんなありきたりなことを言うつもりは毛頭ない。

 人の気持ちはある程度分かる。ただいつも読み違えて、汲み取りかねて、大事なところで分からなくなってしまう。


 恋とは、愛とは、何なのだろう。

 彼に抱いた気持ちはそうではなかったのか。

 恵海ちゃんに抱く気持ちはそうなのか。


 ボクには――


「時雨さん。感想戦、しようよ」


 思考を遮るように、声が聞こえた。

 顔を上げれば、彼がいる。眼鏡をつけて、髪型を変えて、彼女らのために姿ごと変えた彼。美緒ちゃんが知らない彼の姿だからだろうか。彼を見る度に、本当はじくじくと胸が膿む。


「感想戦……?」

「そう。あの三人のライブまではまだ時間があるし。時雨さんも、まだ納得できてないでしょ?」

「それは……」

「俺の勝利条件は三人を見つけることじゃない。時雨さんの問いに答え切ることだ。あの三人がここまでお膳立てしてくれたんだから――冬星祭のときの決着は、ここでつける」


 冬星祭のときの……?

 首を捻って、はたと思い至った。

 ミスターコンで、ボクと恵海ちゃんは彼ら四人と戦った。結果は引き分け。飛び入り参加の恵海ちゃんがグランプリの座を彼に譲ることで勝負は終わったけれど、彼はあのことを覚えていたらしい。

 彼はボクの隣にいる恵海ちゃんを見遣る。


「いいですよね、入江先輩?」

「えぇ……けれどあのときの決着と言うのなら、私が参戦してもいいのかしら?」

「構いませんよ。三人に、とびきりかっこつけてくるよう言われたんで」


 にっ、と彼は勝気に笑う。

 ……っ。

 ねぇキミ。キミの瞳にはもう、美緒ちゃんが映ってはいないの?


「それじゃあ、まず私から質問しても?」

「どうぞ。時雨さんは相手してくれなそうですしね」

「なら……はっきり聞くわ。あなたは《《美緒ちゃんを今でも愛している》》のかしら?」

「恵海ちゃんっ?! どうしてそんなこと――っ!?」


 そんなことを聞いたら、決定的になってしまう。

 ありえないのに。

 結ばれたはずだったのに。

 赤い糸がほどけてしまっただなんて、認めるわけには……ッ。


「あんな意味のないゲームをして、何となく気付いてはいるんでしょう? なら曖昧にしておいてもしょうがないわ。そんな玉虫色の目のままで、一体何が見えるの?」

「っ、それは――」


 何が見えるか。

 そんなの、見えないに決まってる。

 眩しくて、そもそも瞼を開けることができないのだから。

 ボクの静止も空しく、彼はふっと微笑んで、恵海ちゃんの問いに答えようとする。


「愛してますよ、今でも」

「――っ!?」

「けど今の俺の一番じゃない。今の俺の一番はあの三人なんです」


 ぷちん、と。

 赤い糸が切れた音がした気がした。


「それって……キミの瞳に、美緒ちゃんは映ってないってこと?」

「そうだなぁ……瞳には映ってないかもしれない。俺は今傍にいてくれる人を見ることにしたんだ」

「――っ、どうして?!」


 気付けば、彼に一歩近づいていた。


「キミはあの日、言ったじゃん。キミと美緒ちゃんの恋は死程度じゃ分かたれないって、言ったじゃん……!」

「言ったよ」

「なら、どうして、そんな哀しいことを言うの? どうでもよくなったの? 死んじゃった人とは話せないから、生きてて素敵な女の子たちが近くにいるから、そっちでよくなったの? そんな簡単に終わっちゃうの?」


 そんなはずがない。

 だってキミたちが結ばれたって気付いたから、ボクは贖罪しなくていいって思えたんだ。キミたちの恋が絶対無敵だって思い知ったから、ボクは――


「終わってなんかないよ。どうしてそういうことになるの?」

「っ、だって――」

「美緒は三人の次に好きで、けど二番目の『好き』を恋って呼ばないことに決めた。だから今の美緒は俺にとって“大切な妹”だ。どうしてそれが、終わったことになるの?」

「っ…ぐ、……なるよ。それは愛が薄れちゃったってことじゃん。いつか終わってしまうってことじゃん。そんなの、そんなの……っ!!」


 あれだけ好きだったはずなのに入れ替わっちゃうなんて。

 そんな哀しいことが、あっていいはずがない。


「だったら永遠の愛はどこにあるの? そんな簡単に終わるものが本物なの? それとも……美緒ちゃんとの愛は偽物で、三人との愛は本物だ、って……そう言うのっ?」


 ぽつ、ぽつ、ぽつ。

 気付けば涙が零れていた。

 口の端から入ってくる涙は妙に苦く感じて、うじうじと心が膿み続ける。


「これ、使いなさい。こすったら腫れるわよ」


 手で目元を拭おうとしたら、恵海ちゃんがハンカチを渡してくれた。

 ありがとう、と掠れた声で告げて、自分の声の汚らわしさに気持ち悪くなる。


「あのさ、時雨さん」


 彼は優しくそっと、言の葉を紡ぐ。


「永遠の愛があるかどうかは……きっと永遠の愛の定義の仕方なんだと思う」

「……?」

「えっと、たとえばさ。永遠の愛がただ延々と続く愛だって言うなら、きっとある。全ての愛がそうだとは限らないけど、俺は一生美緒を愛してる。親から子への愛とかは、永遠だったりすることも多いんじゃないかな」


 でもね、と彼は続ける。


「ずっと一番で()()()()()()なんてない。あるとすれば、永劫に一番に()()()()()()だけだ」

「――っっ」

「だって俺たちは生きてるんだよ。生きていく限り人は変わる。色んなことを経験して、相手への印象も変わるし、相手をどれだけ好きなのかだって変わる。たとえその愛が薄れなくとも、色褪せなくとも、他の愛は塗り重ねられるし、輝きを増していく。だから相対的に薄れたように見える」


 彼は眼鏡の位置を整えるついでに目頭を摘まんで、迷ったように息を吐いた。


「たとえば時雨さんは俺のことが好きだったかもしれない。でも俺は時雨さんに好かれる努力をしなかった。愛を塗り重ねようとしなかった。その間に他の誰かが愛を塗り重ねていたなら……相対的に俺への愛がちっぽけになるのなんて当たり前なんだよ」

「……っ」

「俺の一番はあの三人だ。あの三人の一番も俺だ。もしもそれが揺らいでも、俺たちは四人だから簡単には離れない。離れずにいるうちに、何度だって一番に返り咲く。何千何万って愛を塗り重ねる。だから――美緒はもう、俺の一番じゃない。俺の大切な妹だ」


 彼の言葉が、冬の終わりの雨のようにじとじとと降った。

 それは冷たいのか、温かいのか、ずぶ濡れになったボクに分からなくて。

 ただ彼の言いたいことだけは理解できた。


「逆にさ。出会う人のことを好きになれないまま過ごすなんて、美緒が怒ると思わない? 出会う人たちを軽んじて、昔の『好き』がずっと一番で在り続けるなんて、そんなのは生きることの放棄だよ」

「でも……それじゃあ、哀しいよ。美緒ちゃんが可哀想だよ。そんな風に終わっちゃうなんて――」

「違うよ、時雨さん。終わりじゃない。死んだところで、終わりじゃないんだ」


 彼は、ふるふると優しく首を横に振る。


「次がある。次の次がある。ずっとずっと続いていく。始まって終わって、その次にまた始まるんだ」

「それ、は……」

「永遠の愛も、本物の愛も、意思の問題だよ。永遠に刹那を刻み付ければいい。点が繋がれば線になる。鮮烈な刹那を偽物だなんて言える奴、いるわけがない」


 ステージではアイドル部のライブが終わり、とうとう彼女たちのライブが始まろうとしている。

 彼はふっと笑んで、びしっとボクを指さした。


「単刀直入に言うと――甘ったれんなよ、霧崎時雨。何も努力せずに続く永遠の愛なんてあるわけないだろ。惚れさせ続ける努力をしろよ。惚れさせ続けてくれるって信じろよ。人の恋路に口出す暇あったら、好きな人に愛してるって叫べよ」


 ずくん、ずっくん、と熱が伝わってくる。


 ――ちゃんとして、時雨さん


 美緒ちゃんの声が残響する。

 ボクは……ボクは……ずっとこうして、叱ってほしかったんだ。


「ぅぐ……キミ、ありがとう」

「うん」

「でもね、キミはボクに恋させ続けてくれなかった。だからもう、キミはボクの一番じゃないよ」

「うん。それでも少しの間、俺を一番にしてくれてありがとう」


 ボクの初恋は、やっぱり友斗くんだった。

 けど今はもう、一番じゃない。

 だって友斗くんより強く、ボクの心を掴んでくれた人がいるから。


「ねぇ恵海。後で、話があるんだ」

「…………えぇ。ライブが終わったら、聞いてあげるわ」


 今のボクの一番好きな人がボクの手をそっと握った。

 ボクよりも大きくて、友斗くんよりも華奢な手を握り返すと恵海の肩が少し跳ねた。余裕ぶってるけど、本当はドキドキしてくれてるんだね。そう思ったら……嬉しくて、愛おしかった。


『最後にお送りしますのは、「スリーフェスティバルガールズ」さんたちによるスペシャルステージです。冬星祭にて「スリーサンタガールズ」としてライブをしたお三方が歌います。感謝祭を、そしてこの冬を締めくくる歌をどうぞお楽しみください』


 いよいよ、彼女たちのライブが始まる。


「そっか……そういうことだったんだね」


 彼女たちが歌い上げる歌の名は。

 『Dear sister』。

今日中に完結する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ