最終章#64 Shall we dance?
SIDE:友斗
「……こんなところか」
立ち上げの時点で時雨さんと入江先輩に入ってもらったこともあり、感謝祭は俺の当初の予想以上に順調に進んでいた。
有志発表は盛り上がるし、合間合間のダンスタイムも割とノってくれてる奴が多い。こういう言い方はあれだが、アニメの最終回っぽい空気でちょっとアがる。
「そうね。百瀬くん、ひとまずお疲れ」
「おう。まだ前半が終わっただけだけどな」
前半の有志発表が終わり、やっと一時間弱のダンスタイムに突入する。
この時間は基本的に音楽流しっぱなしで軽食にだけ気を配ればいいため、実質的な休憩時間だ。
パイプ椅子に座って、ふぅ、と一息つく。
「まさかこんな無茶苦茶な行事が本当に成功するとは思わなかったわ」
「それな。俺もここまで上手くいくとは思ってなかった」
「なのに新聞部と先生を巻き込んで情報出す辺り悪徳よね……」
「うっせ、自覚はしてるっつーの」
それでも上手くいったのだから結果オーライだろう。
ぼんやりと外を見遣れば、ぽつぽつと雨粒が窓を叩いていた。案の定降ってきたらしい。予報では晴れって言ってたし、天気雨だと楽なんだが……。
「折角の感謝祭だし、私も晴彦と踊ってこようかしら」
「そうだな。お前らって人のことばっかり気遣って全然自分たちが進展する気配ないんだし」
「気遣いたくなるほど危ういことばっかりやった人がなんか言ってる」
如月が恨みのこもったジト目を向けてくる。
べっ、と舌を出して誤魔化すと、呆れたような溜息が返ってきた。
「というか、私たちだって進展はしてるのよ? 最近はデートの後にキスできるようになったんだから」
「……それ、凄いのか?」
「凄いに決まってるわ。百瀬くんは好きな人とキスしたことないから分からないだけ」
キスはしたことあるし、その先だって経験はある。
でも――好きな人と、って但し書きをつけると事情は変わってくる。
キスもその先も、結局は粘膜や体の部位の接触でしかなくて。
その印象を変えるのは『好き』の魔法なのだから。
「そうだな」
素直に首肯すると、如月はくすりと笑った。
パイプ椅子を立ち、如月はダンスに興じる『みんな』に混じっていく。
ノリのいいポップソングが名に恥じぬように跳ね、かと思えばメロウなジャズが色っぽく流れる。
安売りのミラーボールは豪華に幾つも会場に飾られ、万華鏡のように世界を彩っていた。
――ぶるるるっ
ダンスタイムが半分ほど過ぎた頃、ポケットの中のスマホが振動した。
取り出して確認すると、〈水の家〉にメッセージが投下されている。
【MIO:第一会議室に来るように】
それは唐突な呼び出しだった。
が、予想外かと言えばそうでもない。あの三人はこのダンスタイムに、第一会議室を使って化粧や着替えを済ませる予定だった。何らかのタイミングで声をかけてくれるだろう、とは思っていたのだ。
「んじゃ、行きますかね」
自分でも思っていたより腰が軽くて、それだけ三人のライブを楽しみにしているんだ、と自覚する。
楽しみに決まってる。
俺にとって最高の詞に、伊藤が才能を詰め込んだような曲をつけてくれた。それを大好きな子たちが、これでもかと着飾って歌うんだ。
逸る気持ちを抑えて、廊下を歩く。第一会議室は第二会議室と違い、一階にある。普段は教師やPTAが使うらしいが、今回は体育館に近いため、使わせてもらっている。
窓を叩く雨を見て、あの日も雨が降ってたな、と思い出した。
どうか、この雨が哀ではなく愛に満ちたものでありますように、と。
苦しくて流れる涙ではなく、嬉しすぎて零れる涙でありますように、と。
あえかな祈りを抱きながら第一会議室の戸を開くと、
「あれ……?」
部屋には誰もいなかった。
ただ衣装はきちんと用意されており、化粧とかの道具も机に置かれている。いないのは足りないのは、着飾る側の美少女三人だけだった。
「――って、そういうことかよ」
キョロキョロと辺りを見渡すまでもなく、俺は三人が仕掛けたトラップに気付く。
テーブルに置かれていた一枚の紙。
そこには赤いルージュで、
【Shall we dance?】
と伝言が残されていた。
「ったく、古典的なことを!」
類は友を呼ぶ、という言葉が正しいのか、それともただ一緒にいる時間が長いから思考回路が似通っただけなのか。
手に取るように、どういう意味なのか理解できた。
わざわざここに呼び出し、今一度会場に戻らせるような真似をする意味がない。いやまぁ、それを言い始めたらこれ自体に意味があるかも不明なんだけど。今はそんなことは置いておく。
彼女たちは俺にメッセージを残した。
踊りましょう、と。
ならば――
「――三人のお姫様に逃げられちゃったみたいだね」
思考を遮るように、後ろから声が聞こえた。
振り向けば、時雨さんと入江先輩がドアの近くに立っている。
愉快そうに口の端をつり上げる入江先輩とは対照的に、時雨さんの表情は不確かだ。何を思っているのか、汲み取ろうとすることすらできない。
「本当だよ。まぁ、逃げるお姫様を追いかけるのも王子様の役目だからね」
「……そう。でも、捕まえられるのかな。王子様はシンデレラを逃がしちゃうんじゃなかったっけ」
時雨さんの瞳は、蜃気楼のようにゆんわりと揺れていた。
まるで俺を試すような目だ。
いや、『まるで』も『ような』も不要なのだろう。
「ねぇキミ。永遠の愛って、あると思う?」
「……時雨さんはどう思うの?」
「あるって信じてる。キミと美緒ちゃんの愛がそうだ、って思ってるからね。けど、恵海ちゃんは違うって言うんだ」
「そっか」
なるほどな、と理解した。
俺が知らないだけで、最後のかくれんぼの伏線は敷かれていたらしい。入江先輩を見遣ると、人差し指と中指を立ててきた。
「二度も気付くタイミングがあった。いつのことか、聞きたいかしら?」
「……いいや、いいです。察しはついてるんで」
屋上で話したときと、この前入江家まで連れていってもらったとき。
別にわざとバレるように振舞ったつもりはないが、そもそも隠してることではない。自分でも少し戸惑っていた、ってだけ。
俺的にはこんなことをしなくても、三人のライブを見てもらえれば伝わると思ってたんだけど……あの三人はそれだけじゃ足りないと思ったのだろう。
…………まぁ、絶対《《その前から企んでたな》》、とは思うけど。
「残る時間は20分ちょっと。校舎を走り回ったら三人とも見つけられるかもしれないけど、それじゃあ芸がないし、何の証明にもならない」
「……かもね」
「ボクは、キミに証明してほしい。永遠を、本物を、キミの答えを見せてほしい。……なんて、わがままかな?」
「まさか」
時雨さんがいなきゃ、俺は生徒会にいない。
中学校の頃の経験程度では限界があったから、感謝祭なんて実施しようとも思わないし、サークルを手伝うこともなかった。夢は見つからず、人との繋がりを手にすることもできず、普通の青春を歩むことすらできなかったに違いない。
「それが俺からの卒業祝いになるなら」
弟から姉へ。
師匠から弟子へ。
アラジンからランプの魔人へ。
感謝を告げるべきだ。それが感謝祭だから。
「どうすればいい?」
「ゲームをしよう。ボクも彼女たちがどこに行ったのか知らない。でも《《推測はできる》》。だから恵海ちゃんに、それぞれ三人がどこにいるのかを三つずつ予想して伝えて、その場所に向かう。もちろん予想は伝えてるんだから、それ以外の場所に行ったらダメ。恵海ちゃんは三人がどこにいるか知ってるからね。嘘を吐いても意味はないよ」
「なるほど」
そんなの、俺が有利に決まっていた。
あの三人は俺との思いが詰まった場所にいるはずなんだから。
それでも時雨さんがこんなルールにしたのは、時雨さん自身もどうすればいいのか迷っているからだろう。
なら、
「いいよ。けど、一つルールを変更だ」
「なにかな?」
「俺は三つも候補を挙げない。どうせどこにいるのか分かってるし。もちろん時雨さんは候補を三つ挙げていい。どうせ時雨さんには当てられないから」
「へぇ……?」
俺なりの伝え方で、俺なりのやり方で、俺なりの解法で、証明してみせる。
「分かった。それでいこうか」
「うん。じゃあ……はい、時雨さん。これに書こう。一枚につき一人ってことで」
会議室に残っていたプリントを六枚手に取り、三枚を時雨さんに渡す。
裏返せば、そこには『推薦希望調査』と書かれている。三年生用の、推薦してほしい学部を第一希望~第三希望まで書くプリントだ。刷りすぎたらしく、だいぶ余っている。
「分かったよ。じゃあ――」
と言って、時雨さんはペンを取る。
俺はそんな様子を一瞥し、胸ポケットに入れっぱなしだったシャーペンを走らせる。
答えが分かってる――わけじゃない。
当たり前だ。
俺にだって知らないことは山ほどある。傷つけても、助けても、あの三人の全てを知ることなんてできっこない。
時雨さんがあの三人に突き付けた課題とやらを知らないし、その課題をあの三人がどう乗り越えたのかも知らない。もしかしたら胸のうちにはまだ蟠りを抱えているのかもしれないし、そもそもこの件だって知らなかった。
知らないことだらけだ。
パズルが完成することは、多分、絶対にない。
それでも、
「終わったみたいだね」
「そっちも、ね」
間違ったピースをはめている時雨さんよりは答えに近いと確信できる。
「さあ始めようか。最後のゲームを」
向かうとしようか、三人のお姫様のお迎えに。




