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最終章#63 感謝祭

 SIDE:友斗


 形式的な卒業式は、例年通り恙なく終わった。うちの高校は自由な校風だし行事でも割とやりたい放題だが、卒業式でやらかすような奴はいない。問題を起こせば大学()への入学に差し支えるし、当然だろう。


 まぁそれでも、やはり別離の空気は胸にクるものがあった。


『三年生の先輩方には、様々なことでお世話になりました。春には新入生歓迎会で、高校生活に期待を抱かせてもらいました。5月には体育祭で努力する姿を見せてくださり、中学校との違いを強く実感したのを覚えています。他にも――』


 卒業式では、生徒会長である大河が送辞を担当していた。

 涙は流さず、しかし、刻んだ思い出を真っ直ぐに口にする姿には、送られる側でない俺ですら感動してしまった。

 いやぁ、ほんっとね、最近は涙腺が弱くて困る。うちの彼女が健気すぎてやばい。


『――他にも、たくさんの思い出をこの一年で作ることができました。見せていただいたかっこいい背中を、私たちが今後後輩に見せることができるのか、まだ自信はありません。それでも先輩方のようになりたい、と強く思います。だから、あえて失礼を承知で言います。……先輩方も、頑張ってください。挫けそうになることも、立ち止まってしまうこともあるかもしれないけれど、頑張ってください。前へ前へと進む先輩方の背中を追いかけて、ずっと届かないって思わせてください。届かないと分かっていても手を伸ばしたくなるような月でいてください』


 途中からその声が熱っぽくなっていたのは気のせいじゃないと思う。

 入江先輩に、そして時雨さんに。

 大河の全身全霊のエールは届いただろうか。

 あの二人の胸の内は俺には分からないからな。どうか届いてくれ、と願うばかりだ。


 卒業式が終わると、昼休憩を挟んでから感謝祭が始まる。

 感謝祭は立ち位置こそ謝恩会の拡大版だが、その対象は三年生に限らない。一、二年生も対象とし、今年一年を共にした仲間や先生への感謝を告げるための祭典ということになっている。

 冬星祭のときと同じく一度帰宅して着替える者も多い。まぁ、感謝祭は冬星祭と同じく自由参加なため、そのまま帰る奴もいるんだけどな。


『ユウ先輩、ダンス部のスタンバイはどうですか?』


 考えていると、インカムから大河の声が聞こえた。

 すっかり会長なその声に、俺は苦笑する。春には俺が出しゃばって指揮をしまくっていたものだが、今はその必要はなくなっているらしい。

 ならまぁ、自分の持ち場に集中するとしますか。


「今確認する。少し待て」

『了解しました。こちらは時間通り進んでいるので焦る必要はありません』

「うい」


 感謝祭は十ほどの団体の有志発表と、その合間を繋ぐダンスタイムによって成る。

 中でも全体としては大雑把に前半と後半に分かれており、前半と後半の間には長めのダンスタイムが取ってある。だいたい50分ほど。その間に後半の準備をしたり、各自手洗いなどを済ませる。


 でもって今は、ダンス部は前半の三団体目。全体の3分の1、いや4分の1が終わっていると見ていいだろう。

 俺はダンス部の代表に確認を取ってからインカム越しで大河に言った。


「ダンス部、準備完了だ」

『でしたら移動をお願いします。あと5分ほどでフォークソング部は終わりです』

「うい」

『あと、さっきから思ってましたが仕事中の返事は「はい」です。「うい」なんて返事はありません』

「細かっ……それ、今言う? ほら空気感とかあるじゃん?」

『公私混同はよくありませんので。私の将来の旦那様ならしっかりしてください』

「っ……はい」


 公私混同はよくないんじゃねぇのかよ。

 咄嗟に出かかった反撃をやっとの思いで呑み込んだ。こんな不毛な争いをしてもしょうがない。これ、俺と大河以外にも聞いてる奴いるしな。


「あ~。じゃあダンス部のみなさん、移動をお願いします」

「「「「うぃーす」」」」

「あ、返事は『はい』でお願いします」

「百瀬くん、何言ってるの……?」

「ジョークですジョーク」


 と、ダンス部のクラスメイトにツッコまれつつ。

 ダンス部を舞台袖に誘導したら、そこから先は舞台袖で待機している大河に引き継ぐ。

 彼女も流石にダンスタイムに制服で移動するのは興を削ぐと思ったらしく、それっぽい服装に着替えている。


「次はアイドル部だったっけ?」

「ですね。外で最後の確認をしてるそうなので、お願いします」

「はいよ」


 言われた通りに外に出て、アイドル部に声をかける。

 何だかんだアイドル部も頑張ってるんだよなぁ。冬星祭でもクリスマスライブやってたし。それなのにうちの彼女たちがいいところを奪ってしまって申し訳ない。

 ま、エモエモで応援したくなる度で言えばアイドル部が勝ってるので頑張ってほしい。寒そうな衣装で百合百合しく話してるのを見たら、なんかそんなことを思った。


「アイドル部、準備完了だ」

『了解です。まだ時間はあるので待機でお願いします』

「了解、っと……ふぅ」


 ようやく一息つけるってところだろうか。

 いやまぁ、軽食の準備とか、ダンスタイムの音楽周りとか、色々と気を遣うことは山ほどあるし、現在進行形でインカムで情報が飛び交ってはいるんだけどな。

 花崎といい、土井といい、一年生はいい感じに動いてくれている。如月や書記クンも先輩らしいところを見せられるように頑張っている。


 時雨さんと入江先輩は、今日だけ運営側から抜けてもらっている。

 やはり三年生には感謝祭を楽しんでほしいしな。何より、あの二人がダンスタイムに一緒にいてくれるだけで華があって盛り上がる。


「あっ、友斗せんぱ~い」

「友斗、何やってるの?」


 会場での二人に想いを馳せていると、別の二人が声をかけてきた。

 雫と澪は、大河と同じように、感謝祭にいておかしくないような服装に着替えていた。ライブはトリだし、それまで衣装に着替えるわけにもいかないからな。


「何って……見れば分かるだろ。仕事だよ、仕事」

「私にはサボってるように見えましたけど」

「ね。ぬぼーっとしてたし」

「酷いなっ?!」


 まぁ、今この瞬間だけで言えばサボってたかもしれないけどさ。

 それでも大きく括れば仕事には変わりない。


「三人のライブは絶対に見に行くから」


 だがそこだけは譲れないから、きちんと言い切っておく。

 父さんの血を継いでるし、義母さんのかっこいい姿に憧れてもいるし、何より“そっち側”で戦うことに強い憧憬を抱いてしまっている。だから仕事が忙しくて三人を疎かにせざるを得ないことも、きっとこの先あるだろう。

 それでも大事なときに、『好き』を手放すような真似は絶対にしない。

 握り続けると約束を――


「なんかいいこと言ってる感出してるけど、それ当然だからね」

「ってゆーか、今のはむしろ見れないフラグ立てちゃってますし」

「うっ……ごもっともで」


 ははっ、と苦笑する俺。

 そうだな、今のは言うまでもないことだった。今日は祭り。三夜の後の祭りに、重い空気なんて要らないのだ。


「じゃあ、私たちは行きますね~」

「おう。ライブ、楽しみにしてるから」

「ん。楽しみにしてるといいよ、色々と」


 言って、二人は会場に向かう。

 まだ準備するには早いし、感謝祭の空気を味わいに行くのだろう。二人にだって感謝を告げたい相手はいるはずだから。


『ユウ先輩、アイドル部移動お願いします』

「かしこまり」


 ちょうどよく、大河の声がインカムから聞こえた。

 アイドル部に声をかけ、先導する。

 ふと見上げた空は、澄み渡った晴れには程遠い。


「これは……一降りくるかもな」


 頭の中で、某青春アニメのテーマ曲が再生された。

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