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最終章#59 伝えて

 SIDE:友斗


「英雄色を好む。私は前々からそう思っていたが……ハッ。英雄でなくとも色を好むようだな」

「…………」

「何を言いだすかと思えば……試練を女に肩代わりさせて、自分はのうのうと女に囲まれて……挙句の果てに孫ごと四人で生きる? 百瀬、お前は何を考えている?」


 或いは、彼の睥睨の矛先は俺ではなかったのかもしれない。

 何度も、何度も、何度も実感する。

 俺が言われることは、いつだって何一つ間違っていない。間違っているのは俺で、それなのに間違いを通すために手練手管でその場限りの策を弄する。

 大河とは真逆。

 俺は真っ直ぐになんてやれない。

 だから、大河に傍にいてほしい。

 だから、四人で生きていきたい。


「私が……そんなふざけた考えを許すと思ったのか?」


 だから、俺は。

 彼の問いに即答した。


「思うわけ、ないじゃないですか。こんなことを認めてくれる人の方が少ないんです。俺だって自分の親に反対されましたよ」

「なら――っ」

「だから、最初は隠してしまおうと思ってました。俺と大河が結婚する。その事実だけを伝えて、俺と他の二人はあくまで『義理の兄妹だから仲がいいんです』とでも言い訳をして、あなたを騙すことを考えましたよ」


 俺も、三人も、入江先輩も、俺と大河の結婚をそういう形で使おうとしていた。

 けれど、それはダメだ、と気付いた。

 家族に触れて、四人での未来を考えて、そういう騙し方をしても意味がない、って気付かされた。


「でもあなたは家族だ。社会にも世界にも認められないとしても、家族には認めてもらいたい。祝福されたい。そう思ったから、こうして正直に話してるんです」

「だから祝福しろ、と言いたいのか? 祝えるようなことでもないのに」

「言いますよ。俺はあなたが前に言ってくれたような人間じゃありません。むしろ最低な部類の人間なので――言うだけじゃなくて、あなたを脅します」


 無理やりでいい。

 最低でいい。

 今はそれ以外に、信じてもらう方法がない。

 当たり前だ。俺はこの人を知らないし、この人は俺のことも、俺たち四人のことも知らない。俺たちがどれだけ幸せなのかを知らない。俺たちだってどこまで幸せになれるのか見当がついてない。

 だから、


「いいですか? ここであなたが俺たちを認めなければ、大河が傷ついても彼女はあなたの手の届かない場所にいることになります。祝ってもらなければ子供な大河は拗ねて、大人になるまであなたやこの家と距離を取るでしょう」

「…っ」

「自分の知らないところで大切な誰かが傷つくことの怖さは、長く生きてるあなたなら分かるでしょう?」


 最低最悪の切り札を使う。

 祝え、と全力で脅す。


「俺は知ってます、自分にはどうしようもないところで大切な誰かを失うことの怖さを。大切な人の死が全く自分の手の届かないところで起きてしまうことの怖さを、俺は知っています」

「ッッ」

「ここで認めてくれないなら、あなたはその怖さに怯え続けることになる。大河はあなたを失ったとき、その怖さを思い知ることになる。あなたにそれができますか?」


 できないだろ、と暗に告げる。

 当主は顔をしかめ、唇を戦慄かせて、


 ――できる


 と言おうとした。

 だから、


「できるわけないですよね。だってあなたは家族大好き人間なんですから」

「なっ、何を――」

「あなたはただ子供や孫を守りたいだけですよね。古臭いルールに縛られているのは、そのルールを守ってさえいれば最低限、子供や孫が傷つかなくて済むから。大河の父親の結婚に反対したのも、周囲の声で傷つくかもしれないと恐れたから。違いますか?」

「そっ、それは……」


 違わないはずだ。

 この人は、不器用だし間違いだらけだが、子供や孫を傷つけたいわけではない。ただこの人の中での幸せの観念が更新されていないだけ。


 女は大学に行かなくていい。いい婿を見つければいい。早くお見合いをするのがいい。外国人を選ばない方がいい。金髪はチャラくてよくない。

 そんな風な古い観念を信じていて、それ以外を知らないだけ。


 祖父ちゃんは言っていた。


『あいつはなァ、古いし不器用でつまんねェ奴なんだが、家族思いなんだ。自分にできないことが多くことを知ってるから、幸せにしてやろう、とは思ってねェ。ただ、絶対に守ってやるって思ってるんだ』


 正しいとは言わない。

 庇うつもりは微塵もない。

 古いよ、その考えは。消極的すぎるし、あまりにも時代に合ってない。視野狭窄に陥りすぎている。傷つけまいとした結果、自分が傷つけてるんじゃ意味がない。

 でも――何かを守ろうとして自分の掌しか見えなくなる感覚だけは、俺にも痛いほど理解できるんだ。


「あなたは俺のことを信じられないでしょう。大河が傷つくとしか思えないでしょう。白状すれば、俺は大河を何度も傷つけました。これからも傷つけます」


 それは確定的な事実だ。

 たった一年でこれだけ傷つけたのに、これから先傷つけないなんて言えるわけがない。

 それでも言えることは、


「その分、幸せになります。あなたも分かったでしょ。大河には俺以外に二人も大切な恋人がいる。どちらも素敵な女の子ですし――俺は、大河含め三人に好いてもらえる程度には大した男です」

「…………」

「英雄色を好む? 違いますよ。この子たちが俺の英雄なんです。だから俺は、三人のヒーローになりたくて足掻くんです。それ以外のことは何にもできない悪い男に大河を任せきりになりたくないなら――認めて、祝って、嫌われないようにしておいた方が賢明だと思いますよ?」


 信じろ、とは言えないから。

 信じられないなら対策しとけ、と俺は言う。


 法律には、両性の合意さえあれば婚姻は可能だ、とある。

 今は成人していないからできないが、成人さえしてしまえばこの人たちの同意など要らないのだ。

 じゃあ何故、多くの人が結婚の挨拶をするのか。親に認めてほしいと思うのか。

 それは、


「大河はあなたに祝ってほしいんですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。思うところはたくさんあって、大好きとまでは言えないかもしれないけれど、それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――…ッ!?」

「孫のことが大好きならそんぐらい気を遣って譲歩してやれよ! あなたが守りすぎて傷つけるくらい大切に思った大河は、自分の幸せすら見極められないガキなのかよ?!」


 家族でいたいんだ。

 家族に祝ってほしいんだ。

 好きな人と家族になってほしいんだ。

 だから反対されて揉めるかもしれないと分かっていても報告をするんじゃないだろうか。


「…………」

「…………」


 俺と当主の視線がぶつかる。

 もう俺に届けられる言葉はない。

 俺に使えるのはその場限りの詐術だけ。いつか解けるシンデレラの魔法よりも酷い虚飾は、本物とはかけ離れているのだろう。

 だがそれでもベストは尽くした。

 これでダメなら、再挑戦するまでだ。毎秒毎秒変わっていって、いつか届く日を祈るしかない。


 果たして、


「……なぁ大河」

「はい。なんでしょうか、お爺様」

「私は、小さい人間だ。この街しか知らない。時代にも取り残されているし、きっと考えも間違っている。そう自覚していた」

「……はい」

「だから言ってほしかったんだ。間違ってると思うなら間違っていると言ってほしかった。反抗してほしかった」


 男は問うた。


「私は、そんなやり方では大河は幸せになれないと思う。早いうちに一人の男と結婚する。それが幸せだと思う。四人で、と言われても私には分からない。それでも――」

「――幸せになるって誓います。四人でも幸せになれるんです」


 娘は言った。


「私は母が好きです。母から受け継いだこの髪も好きです。染めるつもりはありません」


 言い続けた。


「できないことはあっても、それは母のせいでも髪のせいでもありません。大学にもいきます。お爺様の考えは時代遅れで、男尊女卑的です」


 いつも通りに、間違っていると思っていることを、間違っていると言って。

 そして頭を下げた。


「今までありがとうございました。こんな間違ったことを言う娘になってごめんなさい。そして――『これからもよろしくお願いします』って言わせてください」

「……っ」


 当主は何かこみ上げるものを我慢するように口元を覆うと、視線を逃がすように俺を見つめた。

 僅かな瞑目の後、尋ねてくる。


「一つ、問おう。子供はどうするつもりだ?」

「「「…………」」」


 それは、決定的な問いだった。

 入江先輩も義母さんも父さんも問うてはこなかったけれど、頭の片隅にはあったはずで。

 だから義母さんと話した日の夜、俺は三人と話した。


「分かりません」

「分からない?」

「作らないかもしれないし、三人のうちの誰かに産んでもらうかもしれません。そのときは結婚しているわけですし、大河に産んでもらう可能性が高いかもしれませんね。もしかしたら、養子を取るかもしれません」


 どんなに背伸びをしても、想像しても、子供である俺たちには大人である俺たちのことは分からない。

 だから大人として、親として、今言えることはあるはずがない。


「どんな在り方でも……子供を授かるなら、その子には血の繋がらない親ができるんだと思います。法律的にはややこしくなって、迷惑をかけてしまうかもしれません」


 それでも言えることは、


「俺には母が二人います。一人とは血が繋がっていませんが――血の繋がりがなくとも、心から愛してもらえています。血が繋がっていても愛せない親はいるし、血が繋がっていなくても愛せる親もいる。だったら俺たちは後者になります。四人で愛を伝えて、家族になっていきます」


 血が繋がっていなくても親になれる、ということだけ。

 親になったことがないけれど、子供にはなったことがあるから言える、子供視点での言葉だけ。


「…………」

「…………分かった。そこまで言うなら、私は認めよう。何も言うことはない」

「っ、本当ですか?」

「あぁ。但し――年齢的にまだ結婚できないはずだからな。夏とか年末年始とか……いつでもいい、時間ができたときには来なさい。大河を幸せにできるよう、お前を叩きなおす」


 当主は――もとい、お爺様は。

 そうして、俺たちの関係を渋々ながらも認めてくれたのだった。



 ◇



 屋敷を出ると、辺りはもう昏くなっていた。

 とぷんと落ち始める夕陽は切なげで、しかし、今日の挨拶の成功を祝うかのようでもある。

 今日は泊まっていってもいいと言われたが、あいにくと俺たちは明日学校がある。だからこそ無駄な試練を挟まずさっさと話したかったんだが……今になって文句を言っても仕方あるまい。いや、やってる最中にも言ってたけどね。


「友斗、美緒ちゃんのところには寄ってかなくていいの?」

「今日はいい。もう暗いし、そのために来たわけでもないからな」

「……ん。そっか」


 そんなやり取りをしながら車に乗り込み、入江先輩に運転してもらう。

 僅かに揺れる車内は程よく睡魔を誘い、10分もしないうちに後部座席の三人は眠りに落ちた。


「寝ちゃったわね、三人とも」

「ですね……なんか、色々ありましたから」

「ふふっ、そうねぇ……なかなかカオスで見物だったわ」


 うつら、うつらとなりながら、俺は睡魔を振り払って入江先輩と話す。

 入江先輩の表情はどこか晴れやかだった。


「一瀬くんはあれね。簡単に『面白い子』とか言いたくない相手ね」

「何ですかそれ……っていうか、気に入った相手にすぐそういうこと言うのやめた方がいいですよ。うざがられますから」

「おあいにく様。私みたいな女王の言葉はなかなか煙たがれないのよ。私、カリスマ性はあるから」

「さいですか」


 まぁライオンって感じだもんな。

 それにこの人の場合、普通に上手く立ち回ることもできるはずだ。その程度の器用さを持っていないはずがない。


「考えてみれば、私も大河も、家では何も言わなかった。言っても無駄だろう、って放棄していた。ちゃんと話せば、それでよかったことなのにね」

「簡単なことが当事者には一番難しい、なんてよくあることですから。それこそ選挙のときだってそうでしょ?」

「そういえば……そうかもしれないわね」


 結局、全てのことはそこに通ずる。

 話してぶつかって、それでダメなら話し方を考える。そうやって伝え方を変えるしかないんだ。

 ハンドルを握る入江先輩の横顔を見つめ、俺は尋ねる。


「少しは参考になりましたか?」

「そう、ね……確かに詐欺の参考にはなったかもしれないわ。最初に脅して、その後に優しく相手の心情を慮り、最後にキレるのね?」

「やったことは間違ってないですけど詐欺の参考になるかは知りませんからね?」


 っていうか、詐欺の参考になんてなりようがないと思う。

 こんなやり方、二度と通じない。

 そういう手段ばかりを取っているのだから。


「…………まあ、参考にはなったわ。何事も、伝えなければ始まらないものね」

「そういうことです。あとは伝え方ですよ。そうすれば伝わります。そう……信じてます」

「そのあなたなりの伝え方の一つが、詞なわけね」

「ま、そういうことです」


 だからこそ、どう伝えればいいのかが分からないのだけれども。

 窓の外を見遣れば、夕方と夜の間の街が流れていく。


「後輩が手本を見せてくれたんだものね。私も、かっこいい先輩でいられるように頑張るわ」

「そうしてください。俺、入江先輩のことは本気でかっこいいって思ってるんで」


 からんころん、と胸の奥で何かが鳴る。

 すぅ、すぅ、と三人分の寝息が微かに聞こえた。

 こういう素敵な音を拾い集めて詞にできたらいいのに。


 そんなことを思った。

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