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最終章#57 入江家(破)

 SIDE:友斗


 入江家当主と話すうえで、俺は事前に祖父ちゃんに相談していた。

 当主がどんな人物なのか、昔馴染みの視点で話を聞いておきたかったのである。そこから得た情報のおかげで当主への警戒度は、やや下がった。俺が考えたやり方なら上手くいくだろう、と確信していたのである。


 していたのだが――その確信が揺らぎつつある。

 だって、


「さて、億瀬。君にはここにある料理を完食してもらう。食べ終わる前では話を聞くつもりはないぞ」

「…………は?」


 こんな無茶なことをしてくる人だとは聞いていなかったのだ。

 堅苦しさはどこにいった? なんか一気に孫の結婚にケチつけたいだけの祖父バカみたいになってない?


「ええと、意味が分からないんですが。それが試練ってことですか?」

「うむ。たくさん飯を食えない男に甲斐性があるはずがないからな」

「いや普通に関係ないでしょ……飯めっちゃ食うヒモ野郎とかもいると思いますけど」

「例外を計算に入れてはしょうがなかろう?」

「言うほど例外じゃない気がするんですけどね」


 食欲なんて人それぞれだろ……。

 俺は苦笑を浮かべるが、当主は意見を変える気はないようだった。


「食わぬなら話は聞かん。それだけだ。逃げるのならそれでもいいが?」

「…………」


 切り札は用意してある。

 だがそれは最後の最後だからこそ効力を持つカードだ。こんな早期に、こんなくだらない詰まされ方をするとは想定していなかった。

 どうしたものかと迷っていると、とんとん、と肩が叩かれた。


「友斗、私がやる」

「へ?」

「事情は後で説明しますが、彼の話は私にも関係あるんです。聞いてもらうために私が食べるのは問題ないですよね?」


 澪は俺の代わりに前に出て、当主に言ってのけた。

 当主は僅かに目を見開き、俺を一度見遣ってから、うんと頷く。


「構わぬ。だが一人で食べるのだぞ。他の者の分は別に用意してある」

「もちろんです」


 澪は当主とどんどん話を進めていく。

 さも当然のように話はまとまるが、俺たちは置いてけぼりだ。呆然としていると、澪がこちらを一瞥する。


「……なに?」

「え、いや何って言うか……大丈夫か? 結構量あるぞ?」


 フードファイターじゃないと食べれないほどの量ではない。だがどう考えても一食分の域を超えているし、そもそもあっちは男が食うと想定していたわけだから、どう考えたって量は大きい。

 澪はムスッとし、頬を赤らめて返してきた。


「別に。最近はムラムラを発散するために運動量を増やしてるし。今日はお昼抜いたし、朝だって忙しかったから軽めだったし」

「は?」

「だから一度大食いするぐらいじゃ太らないから。もし太っても速攻で絞るから」

「「そっちなんだ!?」」「気にするところそこですか!?」


 堪らず、俺たち三人のツッコミが被った。

 不服そうに見つめてくるので、あのなぁ、と澪に言う。


「あの量を食い切れるのか、って心配をしてるんだからな? カロリーの話とかしてないからな?」

「そんな心配する意味ないじゃん……ってか、太るかどうかの方が問題だし。私は友斗に最高の体で抱かれたいの」

「――っ」

「お姉ちゃん、ブレないね……」

「慣れてしまっている自分が嫌です」

「あなたたち、緊張感の『き』の字をどこかに忘れてるわよね」


 三人で呆れてるというのに、入江先輩は俺たち四人を括って言いやがった。

 違うでしょ? 今緊張感ぶっ壊したのは澪だけでしょ?


「ま、そういうわけだから。普通にお昼食べてないんだし、早く食べよ。お腹空いた」

「お、おう……そうだな」


 人生って、本当に予測しきれないよな。

 俺はしみじみと思った。



 ◇



「なぁ雫」

「何ですか、友斗先輩」

「澪って昔からこんなに食ってたのか?」

「ん~。割と食いしん坊さんではありましたね」

「そうなのか……全然印象になかったんだが」

「我慢してましたからね」


 出してもらった昼食は、素直に美味しかった。

 試練(?)に挑んでいる澪以外は、常識的な量を既に完食し、澪が食べ終わるのを待つのみとなっていた。

 澪は別に早食いなわけではない。

 だが幾ら食べても箸を進める速度が変わらないため、相対的に早食いのようになっていた。既に出された八割ほどを完食し、未だその手は止まる気配がない。


「澪先輩って、時々霧崎先輩や姉さんを超える化け物ですよね」

「ほんとそれな……あっ、箸を置いた」


 まだ二割弱残っている。

 もしかしてここでギブか……? と思っていると、澪が雫の方を見遣った。


「雫、ヘアゴム貸して」

「えっ?」

「髪邪魔だから束ねたくて」

「あ~。じゃあ、はい」

「ん、ありがと。……もうちょっとで終わるから待ってて」

「お、おう」


 雫からヘアゴムを受け取ると、澪はそれを口に咥えて髪を束ね、ゴムでまとめた。

 すげぇ……男子がときめく仕草ランキングで上位に入る仕草をここまで男前に決めるとは思ってなかったわ。


「たまに時々、ユウ先輩より澪先輩の方がかっこいいときってありますよね」

「……自覚してる」

「ちょっとときめいた自分が憎いです」

「ときめいたのか……」


 それはそれで妬ける。

 だが、妬けるのに嫌な感じはしなかった。これが三人の抱えてる感情なのだろうか。だとしたら倒錯しすぎじゃね……?

 とか言っている間に、澪がバクバクと食べ進める。

 そして、


「ご馳走様でした」

「お、おぉ……まさか本当に全て食べ切るとは。小さいのに凄まじいな」


 完食すると、当主はちょっと引いた感じの声を漏らした。

 若干頬が引きつっているのは気のせいではないと思う。

 っていうか……。


「小さいって言うのは、あんまり――」

「友斗、眠い。膝貸して」

「へっ?!」

「いいから貸せ。それとも食べられたい?」

「このタイミングですげぇなお前?!」


 サークルの奴ら並みに本能の赴くままだぞ?

 俺のツッコミも無視して、澪は俺の膝を枕に使った。くふぁぁと大きく欠伸をし、頬を擦り付けてくる。なんだこいつ可愛すぎないか?


「澪先輩! 食べた後にすぐ眠ると牛になりますよ」

「ん…知らないの? 寝たら胃や腸の働きが低下するけど、睡眠状態でさえなければ問題ないんだよ。肝臓に流れ込む血液量は横になっているときが最も多いの」

「ほほう。大食いな上に博識なのか。その少女は只者ではないと見える」

「「「…………」」」


 意外とこの爺さんはチョロいんじゃないだろうか。

 俺と大河と雫は顔を見合わせ、うんうん、と頷き合った。

 澪は俺たちのことも当主の声も気にはせず、気持ちよさそうに膝枕を満喫していた。


「大丈夫。起きてはいるから」

「あっ、そう……すみません。こいつ、こういう奴なので」


 可愛いからいいかなって気になってしまうのは惚れた弱みなのかもな。

 俺は苦笑しながら当主に言うと、上機嫌にかぶりを振った。


「いいや、構わぬ。試練は達成したのだ。君の食いっぷりを確かめられなかったのは口惜しいが、その少女に免じて許そう」

「さいですか」


 達成と見做してくれるのならよしとするか。こんなくっだらないことで詰む方がバカバカしいしな。

 澪の尊い犠牲は忘れない。本人はご満悦って感じで最高に可愛いけど。


「お姉ちゃん、膝枕ズルい……」

「澪先輩、こういうところありますよね」


 それな。

 苦笑しつつ、俺は当主の方に向き直る。


「それで? 話を聞いていただけますか?」

「ん? 何を言う。今のは第一の試練だ。試練はまだある」

「まだあるんですか……」


 いやまぁ、ある気がしてたけど。

 入江家の人って試したがりなところあるよな。

 その典型である入江先輩に目を遣ると、肩を竦めて返された。今日はあくまで引率者兼傍観者の立場らしい。


「体力の次は知力を見ようと思う」

「……なるほど」

「というわけで――百人一首だ。うちの者たちと百人一首をして、三勝したら試練は達成とする」

「……なるほど?」


 百人一首ってのは、この家の空気に合っているかもしれない。THE和って感じだしな。けどこの人、『知力を見ようと思う』とか言っただろ……?


「ちょっと待ってください」

「君はしょう――」

「そのやり取りはさっき済ませましたから! 大人しく質問を受けてください!」


 ツッコミどころが多すぎてもう疲れたよ俺。

 やれやれと額に手を当て、俺は質問をすることにした。


「百人一首で知力見れますか? 瞬発力と記憶してるか否かしか分からないと思うんですけど」

「…………作戦とか色々あるだろ」


 大会とかならともかく、身内の遊び程度で作戦も何もないだろ。

 そうツッコむのはやめておいた。だって、当主が目を逸らすんだもん。

 そうこう言っている間に、部屋の隅で百人一首の準備が完了する。相手は大人たちのようだ。五人いるってことは――敗北が許されるのは二回だけ。


「さぁどうする? 今度こそ逃げるか?」

「…………」


 言いたいことは山ほどある。

 だがこの人は自分の発言を撤回しないだろう。意味のない試練だとしても、一度言ったからには譲らないはずだ。


「花札じゃダメですか?」

「ダメだ、やったことがない」

「……めんこ」

「ダメだ」

「将棋」

「チェス派だ」

「オセロ」

「白黒つけるのは後にしよう」


 詰んだ。

 何せ俺は百人一首をやったことがない。古文の勉強で何首か頭に入れたが、それだけだ。五戦三勝できる自信は――


「その勝負、私がやります!」


 考えていると、隣にいた少女が手を挙げた。

 ツインテールを揺らす兎のような少女()は、すっと立ち上がる。


「今度は君が……?」

「ですですっ。と言ってもそれじゃあ友斗先輩の知力が確かめられないかもですし……代わりに、私が五勝したら達成ってことでどーですか?」

「五勝、か」


 当主の眉がぴくりと動く。

 雫はこくと肯い、にししと笑う。


「こんな小娘に負けるのが嫌だっていうならやめてもいいですけど。ど~します?」

「……流石の私も『小娘』とは呼ばないぞ」

「あれっ?!」

「だが、その心意気は気に入った。いいだろう。五戦五勝したら試練は達成と見做す。話を聞こうじゃないか」


 当主は深々と頷く。

 ……そういうわけで。

 第二の試練・百人一首は雫がやってくれることになった。


「これでいいのか、色々と」

「私も祖父に抱いていた印象が崩れて始めて、戸惑っている最中です」

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