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最終章#56 入江家(序)

 SIDE:友斗


 季節は巡り、時は否応なしに流れる。

 父さんと義母さんに結婚の挨拶をしてから数日が経っていた。父さんと母さんは結局俺たちの関係を後押ししてくれることとなり、より具体的なことは独り立ちするときに話し合うということでまとまった。


 ただ一つ出された条件は、今後家族旅行の際には大河も誘うこと。

 義母さんとしては、四人のうち一人とだけほとんど面識がないのは不服らしかった。


 感謝祭の方は、想像よりも遥かに順調に進んでいる。やはり冬星祭の型を転用する形でイベントに落とし込んでいるのが効いたのだろう。入江先輩の人脈と人望によって着々と有志発表や協力者は集まり、当日の運営も恙なく行える見込みだとか。

 二匹の珍獣、もとい二人の先輩を指揮している大河曰く、


『ちょくちょく二人とも話しているようです。放っておくと二人ともやりすぎでて規模を大きくしてしまうので、それを留めるのが私の仕事になってます』


 とのこと。

 色んな面で大変な役回りをさせてしまっているな、と思う。


 サークルには慣れてきたし、馴染んでも来た。伊藤の家に行かずリモートで話すことが多いが、進捗の致命的な遅れはない。伊藤のテストがヤバそうなことと、メインライターの蝉しぐれが新作ゲームにドハマりしたことがやや難点だが。


 それと――


「そういえば一瀬くん。ライブの曲、そろそろ完成してもらわないと衣装とかも困るのだけれど」

「うっ……」


 隣でハンドルを握る入江先輩は、まるで俺の思考を読んだかのように痛いところをついてきた。

 ライブの曲は、まだ書けていない。

 書けなさでは誰にも劣らないほどに書けていない。

 俺がつい顔をしかめると、入江先輩は、はぁ、と溜息を吐いた。


「十瀬くん、まだ書いてないの?」

「書いてないんじゃなくて、書けてないんですよ」

「それ普通、言い訳としては逆じゃない?」

「言い訳ではなく自己弁護なので」

「弁護できていないけれどね」

「ぅぐっ……」


 ごもっとも。全く弁護できていない。


「もう2月も終わりよ? 感謝祭がいつだか分かっているの?」

「……3月14日ですね」

「残り三週間であの子たちに新曲を歌わせるの? 正気?」

「耳と心と鼻が痛いです」

「折られるような天狗鼻、もともとなかったでしょうに」

「後輩に冷たすぎませんかねぇ……」


 だが入江先輩の指摘は何一つ間違っていないから言い返せない。

 伊藤は一晩で曲を作ってみせると言っているし、三人も間に合わせるから焦るなとは言ってくれている。しかし、口で何を言っても、現実的な問題はあるわけで。


 俺は、後部座席で寄り添っている三人を見遣った。

 今日は澪と雫が大河を挟んでいた。三人で何やら動画を見ているらしく、仲良さげにわいわい話している。時折澪と大河がケンカしているのはご愛敬だ。


「そんなことで、今日は本当に大丈夫なの? 四人で行くなんて、どう考えても火に油を注ぐような真似だと思うのだけれど」


 入江先輩の言葉で、きゅっと意識が引き戻された。

 今、俺たち四人は入江先輩が運転する車に乗っている。もちろんただのドライブではない。入江家に向かっているのだ。


 2月も終わりに近づいた祝日。

 入江先輩が両親や家と連絡をし、とうとう入江家への挨拶に行くことになった。

 父さんと義母さんには挨拶をしたから、今日の挨拶が終わればひとまず俺たちが義理を通さねばならない相手はいなくなる。

 報告しに行かねばならない人はいるが――まぁそれだけだ。


 まぁ、そんな大切な話なのに入江先輩からの信用を失ってる時点で色々とアレなんですけどね?


「……大丈夫ですよ。考えはあります。尊敬する大人二人と話して、大丈夫だ、と確信しましたから」

「へぇ?」


 父さんと義母さんへの挨拶を先にしたのは、今日の予行練習のような意味もあった。

 俺たちを本気で心配してくれる大人の言葉。その鋭さを、鈍さを、痛さを、ちゃんと実感しておきたかったから。


「っていうか、そっちはどうなんです? ちょっとは上手くやれてるんですか?」

「そこそこね」

「あー。終わった後、二人でカフェとか寄ってるんでしたっけ?」

「っ、どうしてそれを知っているのかしら?! というか、それは違うから。打ち合わせで一緒にいるだけだから」

「あの。怖いんでちゃんと前見ておいてくださいね」


 何はともあれ、少しずつ終わりは近づいている。

 だからこそ一つずつ、一人ずつ、誠実に話していきたいと思う。

 毎秒毎秒の全力で。


 大丈夫だ。

 話し方も伝え方も、ちゃんと考えてある。


 ――そう、思っていた。



 ◇


 入江家の屋敷に到着すると、入江先輩を含めた俺たち五人は入江先輩の案内で以前と同じ部屋へと向かった。

 やはり異質な空気が漂っている。具体的に言うと、殺人事件とか起きそうなイメージ。色んな人の思惑が絡み合うせいで正しい証言が得られず、一つずつ探偵が謎を解くことで真実が明かされ、犯人に辿り着く系のミステリーに出てきそうだ(中並感)。


「なんか雰囲気があるね」

「ん、人が死にそう」

「おいこら澪。俺も思っただけで口にはしてなかったんだから我慢しろよ」

「……ユウ先輩も大概ですよ」

「結婚の挨拶をしにきたのに締まらないわねぇ~」

「締まらないのはお姉ちゃんのせいですけどね」

「それな」

「澪先輩はこの中でギャグ枠ですからね」

「そっち系の文脈で話すのに慣れてなかったはずのトラ子に言われるのは最高にムカつくな……そもそも、ギャグ枠じゃないから。下ネタ枠だから」

「自覚してたんだ!?」「自覚してたのか……」

「はぁ」


 と、以上は廊下でのやり取りである。

 先導してたのが入江先輩でよかったなーって思いました。家の人に案内されてたら、その時点で叩き出されていそうだし。


 そんなこんなで、俺たちは部屋に到着する。

 部屋には何人か大人がいて、ピンと居住まいを正してこちらを見てきた。訝しげな視線がチクチクを刺さり、否が応でも気まずくなる。


 その中でもやはり、大河や入江先輩の祖父は圧倒的な存在感を放っていた。

 黒い着物と渋い顔。

 入江先輩がその人の前で正座をするので、俺たちもそれに倣った。


「お爺様、お久しぶりです」

「うむ」

「今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」


 まず頭を下げたのは大河だった。

 続いて俺たち三人も頭を下げ、そして顔を上げてから二人の祖父と対面する。まどろっこしいし、当主とでも呼ぶことにしよう。当主みたいな制度があるのか知らんけど。


「元旦ぶりです。その節はお世話になりました」

「おお、久しぶりだな、億瀬!」

「人の名前を百万倍するのはやめてもらっていいですかっ?! ていうかあなた、前は『孝仁の孫』としか見てませんでしたよねぇっ!?」


 折角丁寧な挨拶をしたのに、一瞬で台無しにする当主。

 ついツッコんでしまうと、大人たちが眉間に皴を寄せた。これは俺が悪いの? ボケたこの人が悪くない?

 当主はむっとした顔をしつつ、澪と雫の方に目を遣った。


「ふむ……それで、その二人は?」

「『綾辻澪と申します。恵海先輩や大河さんと同じ高校の二年生です』」

「あ、綾辻雫です。大河さんの同級生、です」


 流麗な大和撫子のお面を被る澪と、たどたどしくも丁寧に挨拶をする雫。

 当主は二人を見て険しい顔をし、僅かに首を横に傾けた。


「何故二人がいるのかは分からぬが……聞くところによると、君は大河とのこととで話があるんだったな?」

「はい。正確には――」

「だが、ただで話を聞くつもりはない」

「は?」


 正確には俺と大河とだけの話ではない。

 そう訂正しようとした俺の言葉を遮って、当主は思いもよらないことを言う。

 ただで話を聞くつもりはないって……なに、金とるつもり? そういうがめつさが家をでかくするの?


 俺が目を細めると、当主はフッと不敵に笑った。


「だいたい何を話すつもりなのかは察しがつく。私もそこまで鈍くはないからな」


 あっ、多分察しがついてないです。間違ってます。


「だからこそ、話す前に幾つか試練を設けようと思う。この家の娘と契りを交わさんとする男はみな乗り越えてきた試練だ。この試練を乗り越えられないのであれば、君の話は聞かぬ」

「は、はぁ……? いやあの、ちょっと待ってもらっていいですか?」

「君は将棋をやったことがないのか? 『待った』はできぬぞ」

「これは将棋じゃないですから!」


 まるで将棋のようだな、とか言い始めたらどこぞの異世界モノみたいになるぞ。

 このまま暴走されてはいけないので、げふん、とわざとらしい咳払いをして強引に話の主導権をぶんどる。


「この前、俺に婿入りしないか? とか仰いませんでした?」

「うむ、言ったな」

「ご自分が誘ったのに試練を与えると?」

「当たり前だろう。この家のしきたりのようなものだ」

「くだらないしきたりすぎません!?」


 絶対それ、娘の結婚話を聞きたくなかった誰かが言い出したことが続いているだけだと思う。

 本気か……? と大人たちの様子を窺ってみると、何故か憐憫のこもった視線が返ってきた。え、さっきの突き刺すような視線はどこいったの? そんなに試練って辛いの?

 まずい、《《情報と違う》》。


「まあ試練といっても、特別なものではない。どこの家でもやっているようなことだ」

「いや絶対あなたここの家のルールしか知らないでしょ……」

「君、私の扱いが急に雑になったな……?」

「性分なんです、許してください」


 ツッコミどころが多いあんたが悪い。

 と言いつつ、平静を取り戻す。試練と言っても、別に人間離れしたようなものではなかろう。こっちは現在進行形で修羅場を経験している若者なのだ。ある程度のことには耐えられるはず。


「……で、何をやればいいんですか?」

「まずは昼を食べよう。四人が来るとは聞いていなかったが……問題ない。《《多めに》》作らせているからな」


 何故そこを意味ありげに言う?

 首を傾げながらも、当主の後を追う。前もご馳走になったし、昼を抜いてくるように言われたからご馳走してくれるんじゃないかとは思っていたけど、何か引っかかるな……。

 そうして到着した部屋のテーブルには、様々な料理が並んでいた。昼食にしては随分と豪華である。前は出前だったが、今回は手作りらしいしな。


 でも、ちょっと待てよ。

 この人数で食べるにしても《《量が多すぎないか》》?


「さて、億瀬。君にはここにある料理を完食してもらう。食べ終わる前では話を聞くつもりはないぞ」

「…………は?」


 ちょっとマジで待て。

 祖父ちゃん、話が違うんですけど?!

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