最終章#54 結婚の報告
SIDE:友斗
勉強会の翌日、日曜日。
俺は数週間ぶりのオキ寿司に来ていた。
ここに来たのは、この一年だと二回だけ。一度目は父さんと義母さんの再婚の話をしたときで、二度目は先日の時雨さんのお祝いのときだ。
もうすぐオープンしてから六年になるわけだが、やっぱり潰れる気配はない。儲かっているんだろうな。
そんな場所に、俺一人で来るはずもなく。
俺のほかに澪と雫と大河も来ているのだが――
「なぁお前ら。他のお客さんの邪魔になるしそろそろ座ろうぜ?」
「それは分かってるんですけど! でもやっぱり友斗先輩の隣は譲れないじゃないですかぁ~!」
「そうそう。だって《《結婚の挨拶》》なんだよ?」
「だからこそご両親とお会いしたことがない私を隣にしてほしいんですが……」
「隣じゃなくたって変わらないでしょ。それに家に何度も来てるんだから今更だし」
「あっ! それなら私が友斗先輩の膝の上に――」
「乗りません」
席順で揉めており、未だに座れずにいた。
まぁ長い話になるかもしれないと思っていたので、夕食時よりやや早めに来てるし、他の客の迷惑になることもないと思うけど。
それでも、いつまでもアホみたいなことで争っていてもしょうがない。
やれやれと頭を抱えてた俺は、渋々ながら間に入ることにした。
「澪は一番奥な。どうせ食うんだし、その方が便利だろ」
「ん……それもそっか」
「で、その隣が雫。わさび食えないんからさび抜き注文しなきゃいけないし、タブレットに手が届きやすい方がいいだろ」
「あっ、確かに! わさび無理なの私だけですもんね~」
「その隣が俺で、一番外側が大河な。大河は二人と話したことないわけだし」
「ありがとうございます……隣、やった」
いちいち可愛いうちの彼女たちにニヤケそうになりつつ、席に座る。
雫が入れてくれたお茶を口にし、ふぅ、と人心地ついた。
俺たちがこんな風に揉めながらもオキ寿司に来た理由は――今、澪が言っていたな。
俺たちは今日、父さんと義母さんに結婚の挨拶をするつもりだ。結婚というか、四人で一緒になるつもりです、みたいな報告だけど、上手い言い方がないので『結婚の挨拶』ってことで認識することにしている。
父さんには事情を話したが、義母さんとは年末年始以来話せていない。
この機会に俺の口からきちんと俺の考えを話そうと思って連絡したところ、今日この場で話そう、と提案されたのだ。
家じゃなくてここを選んだのは、それだけ大切な話だと察してくれたからだろう。
霧崎家の三人と来たときの記憶が上書きされるような感覚に、ふっ、と笑みが零れた。
「緊張します」
まったりしつつ適当な皿を取ろうとすると、ソワソワした様子の大河が呟く。その表情はいつも以上に硬く、生徒会選挙のときよりも緊張しているのが分かった
「ふっ、トラ子はまだまだだね。この程度で緊張してるようで来週大丈夫なの?」
「来週は私の身内なのでまだいいんです。最悪、嫌われたところでどうとでもなりますから……というか、澪先輩はくつろぎすぎです。結婚の挨拶の前に悠々と茶碗蒸しを食べますか普通」
「茶碗蒸しいいじゃん、何が悪いの?」
「お姉ちゃん、さっききつねうどんも食べようとしてたじゃん……緊張を紛らわすために食べるのはやめなよ」
「うっ、べ、別に緊張してないし」
雫に言われ、澪はばつが悪そうにそっぽを向いた。
あっ、緊張してるのね……まぁそりゃそうか。たとえ相手が両親でも、結婚の挨拶をするのは照れるもんな。
私たちは好き合ってます、って公表するようなものだし。
そう考えると結婚式で公開キスできる奴ってすごいな。
「まぁ基本は俺が喋るから大丈夫だ。反対はされない気がするしな」
「ママはそういうの寛容だしね」
「……そういえば前々から思ってましたけど、澪先輩ってそのキャラで『ママ』呼びなんですね」
「なんか文句あるの? 二音で済んで楽じゃん」
「文句はないですよ。可愛いなと思っただけで」
「バカにしてるでしょそれ。いいよ、今から表に――」
「出ないから! あと私もお姉ちゃんのキャラで『ママ』呼びは可愛いなって思ってたから!」
「なっ……!?」
「俺のこと、『兄さん』呼びじゃなくて『お兄ちゃん』呼びだったし、澪ってそういうところあるよな」
「~~っ!!」
澪が言葉にならない声を漏らして、ばたんと突っ伏した。
澪が攻められてるのは珍しいな。雫と大河と顔を見合わせ、三人でくすくすと笑う。
そんなこんなで話していると、
「すまん、待たせたな」
「ごめんなさいね~。ちょっと仕事が長引いちゃって」
と言って、父さんと義母さんがやってきた。
こうして二人でいるのを見ると、何だかんだいい夫婦だよな。バリバリ仕事に力を入れてるキャリアマン&キャリアウーマンって感じだ。
二人は俺たちと反対側に座る。雫が二人分のお茶を用意すると、二人はずるずるとお茶に口をつけ、ほうっと溜息を吐く。
「こうして顔を合わせるのは年始以来ね。仕事がばたばたしてて、いっつも放置しちゃってごめんなさい」
「いえ、今日来てもらっただけでも嬉しいです。こっちこそ急に連絡しちゃってごめんなさい」
「ううん、いいのいいの。子供が親に連絡しないで誰が連絡するのって感じだもの。何か困ったことがあったら言ってくれていいのよ? っていうか、眼鏡にしたのね? すっごくかっこいいじゃない。乙女ゲーの隠しキャラみたい!」
俺はイメチェンしても隠しキャラらしい。
あはは、と苦笑していると、澪が口を開いた。
「違うよ、ママ。友斗は乙女ゲーの隠しキャラじゃなくてギャルゲーの主人公だから」
「へぇ……? そうなんだ?」
「っ、ま、まぁ。今日はその辺のことを話すつもりです」
澪の一言で、義母さんが俺に興味深そうな目を向けてきた。
父さんには先週、ある程度事情を話している。今日メインで話すことになるのは義母さんだ。俺がごくんと息を呑んでいると、義母さんの視線が俺の横にスライドする。
「それじゃあまず、そこの金髪だけど全然ギャルじゃなくてむしろ真面目すぎて周りから倦厭されてるけど優しいところもあって、そんな一面を先輩の男子に見抜いてもらってコロっと惚れちゃいそうな子は?」
「お母さん!? 間違ってないけどそーゆこと言わないで!?」
うわっ、それも懐かしいな。
あと間違ってないとか認めちゃ可哀想だろ。実際、間違ってない気もするけども。
当の本人はと言うと、イマイチ何を言われているのか理解できていないらしく、はてと首を傾げていた。
「えっと、入江大河と申します。雫ちゃんの友達で、澪先輩の後輩で……ユウ先輩の彼女をさせてもらってます」
戸惑いつつ、大河はぶっちゃけた自己紹介をした。
彼女をさせてもらってます、か……いいな。
っと、違う違う、こんなことばかり考えていたらバカップルみたいになってしまう。こほん、と咳払いをした。
「大河ちゃん、ね。えぇ、あなたのことは知ってるわ。よく家に泊まってるんだって?」
「あ、はい。お邪魔してます」
「いいわねぇ~。雫も澪もお泊まりするような友達はいなかったから、私嬉しいわ」
そこまで言ってから、それで、と義母さんは目の色を変えた。
お喋りでいい母ではなく、大人然とした母として。
義母さんは俺を真っ直ぐに見つめた。
「それで……大河ちゃんと友斗くんが付き合っている、というのは本当なのかしら?」
その言葉は言葉以上に重い響きを伴っていた。
隣で父さんが息を呑んでいる。
事情をどこまで説明しているのかは正直分からない。父さんにだって全てを話しているわけじゃないしな。
俺は湯呑に一度口をつけてから、口を開いた。
「本当ですが、正確じゃありません」
「というと?」
「俺は澪と雫と大河……三人と付き合っています」
「っ……そう」
目を見開き、義母さんが小さく呟いた。
その瞳には困惑の色がありありと浮かんでいる。
「三股、ということ?」
「言葉の上ではそうなります。ただあくまで四人で交際しているつもりです」
「……ハーレム。そう言いたいのね?」
こく、と俺は頷いて見せた。
義母さんの反応は芳しいものとは言えない。雫を看病するために修学旅行を休んだときのような、険しい表情だった。
テーブルの下で、雫と大河が俺の手を掴もうとしてくれる。
大丈夫だ、と首を振って二人に伝え、俺は続けて言った。
「一度、今日話したいと思っていたことを一気に話してしまってもいいですか?」
「えぇ……そう、ね」
一度深呼吸をし、俺は言う。
「俺たちは四人で幸せになろうと思ってます。『ハーレムエンド』ってやつです。三人ともそのことに同意してくれてますが……もちろん、ただ一緒にいるだけってわけにはいかないのも分かってます」
「…………」
「四人で話し合って、将来的に俺と大河が結婚して、四人で戸籍上の関係を持とう、という話になりました。戸籍の上では澪や雫とは義理の兄妹になりますが、俺は三人を等しく妻だと思うつもりです。だから――今日は結婚の挨拶に来ました」
ここまではっきりと告げるのは、初めてだと思う。
正直どう反応されるのはか分からない。けれど俺たちの関係を隠すつもりはなかった。大河と俺は結婚して、澪と雫はあくまで義理の妹。そういう体で話を進めて騙すことはできるし、もしかしたら、それが間違った関係を呑み込むために必要なことなのかもしれない。
それでもやっぱり、嘘はつきたくなかった。
「孝文さんは……このこと、知っていたのよね?」
「ん、あ、あぁ。友斗から相談を受けて、こうなるんだろうな、と思っていたよ」
「賛成か反対かで言えば――」
「賛成だ。というか、俺の立場で反対なんて言えない」
「そうよね……じゃあ、私が言うしかないのね」
「あぁ。ごめんね、美琴さん」
「ううん、いいの。孝文さんは孝文さんで、彼と話したんでしょうから」
義母さんは父さんとそう話すと、再び俺を見つめた。
何かを堪えるように唇を噛んでから、
「友斗くん、私は反対よ」
と、はっきり言った。




