最終章#51 サークル活動
SIDE:友斗
差し入れをスーパーで買い、俺たちは伊藤の家に向かった。伊藤の家には一度来たことがある。夏休みのときの記憶を辿り、通い慣れているらしい雫に案内してもらって辿り着いた伊藤の家の玄関で、俺は伊藤から眼鏡を渡された。
ただの眼鏡ではない。
鼻眼鏡である。
「百瀬くん、どうしても見えないってほど視力がヤバいわけじゃないんでしょ?」
「えっ? そうだけど……」
「じゃあここにいる間はそれつけて」
「何故に!?」
「うちのサークル、全員女子だからね~。男子は受け付けないから、入るならネタキャラじゃないと」
「なんだそれ……」
男人禁制なら俺以外に頼めよ……。
俺は思わず苦笑するが、そんな事情があっても俺を頼る選択をしてくれたんだ、と好意的に捉えることにした。受け取った鼻眼鏡をつけていると、雫が伊藤とごにょごにょ話をし始める。
「あの、鈴先輩。シーラカンスさん、ちゃんと服着てますか?」
「服……? あ゛っ」
「ちょっと! 先に帰った意味ないじゃないですかぁ!」
「うっ、ご、ごめんって!」
「むぅ。私、先に行って服を着てもらうように頼んできます。鈴先輩だと罵倒されて終わる気がするので」
「ウチへの信用のなさ!! うぅ、よろしくね~」
……服?
え、なに、服着てないメンバーがいんの? 女子校に夢見るなとは言うけど、女子オンリーのサークルもそんな感じなのか? サークルの活動ではなく人間関係の面で不安が残るんですけど。
とたとたと先に伊藤の部屋の方へ行く雫を見送った後、伊藤はこちらを振り向いた。
「さてっと。じゃあ行こっか」
「……なぁ伊藤。ちゃんと説明はしてくれてるんだよな? 部屋行ったら速攻で拒絶されるとかないよな?」
「ん~、それはないよ~。4分の2は他人にほとんど興味がない社会不適合者だから」
「お、おう……一気に不安感が増したんだが」
「だいじょーぶだいじょーぶ! ウチがいるし、サークル代表はまともだから」
「前者が信用できねー」
「酷くない?!」
創作では絶対的に信じているが、常識の面で伊藤を信じることは難しい。特にここは創作の場だし、ねじが二、三本緩んでる気がするからな。
春先にはギャルっぽい女子としか認識してなかったんだけどなぁ。人間ってやつは分からないものである。
そんなことを考えながら、部屋に到着する。
「もしも~し。しずちー、終わった~?」
「なんとか、ギリギリ。はぁ、はぁ、はぁ」
「オッケー、入るね」
何故か息を切らした雫の声が返ってくる。
伊藤に続いて部屋に入った。
ここには、一度来たことがある。夏休みに脚本会議をしたのはまさにここだし、ぼんやりと部屋の空気を覚えているつもりだった。
然して、今眼前に広がっているのは。
カオスと呼ぶほかない光景だった。
「ぁ……」
「あれ、百瀬くん?」
「あ~。ツッコミ役としてツッコミが一気に頭に浮かびすぎた結果、軽くパンクしちゃってるみたいですね。あと5秒くらいローディングを待てばだいじょぶです」
「百瀬くんはロボットか何かなの!?」
まさに混沌。
まず右手奥にはベッドがある。そこには布団を使ってヤドカリと化している少女がいた。首と手以外は一切出ておらず、器用にゲームをプレイしていた。いや、サークル活動じゃないのん?
部屋のど真ん中では、旧式スク水を来た少女が体育座りをしていた。何かを描いているらしく、タブレットにもくもくと向き合っている。その姿はクリエイターっぽいのだが、如何せんスク水が謎すぎる。
スク水女子の視線の先にいるのは雫だ。ちょこんと可愛らしく女の子座りをし、手でうさ耳を作っていた。そこには恥じらいがなく、馴染んでいる。
勉強机には、体が大きくてガタイのいい女子がいた。学ラン姿とぐちゃぐちゃに乱れた髪が印象的である。他二人に比べるとまともかもしれん。が、鉛筆の走音は異様に大きく、ちょっとそれが怖い。
「…………帰っていいか?」
「ダメだよ!? 今日からウチら四人を取りまとめてもらうんだから!」
「このメンツをまとめる?!」
まとまりの『ま』の字も見当たらないんですけど?
これが天才たちの遊び場だというのか……(厨二感)。
「まぁまぁ。友斗先輩はとりあえず私の隣に座ってください。ぴょんぴょんっ」
「雫は雫で馴染みすぎだろ……なぁ、その人はどうしてスク水を着てるんだ?」
「服を着てると集中できないらしいです。交渉の結果、スク水で妥協してくれました……あっ、でも本当にスク水しか着てないので、ジロジロ見るのは禁止です! ぷんすかですからねっ」
「あっ、そう……いやジロジロ見る気にもならねぇよ」
行動が宇宙人すぎて、女子として認識できるかすら危うい。こんな相手を色っぽい目で見れるはずがない。
じゃあ、と言って、俺はベッドの方に目を向ける。
「そっちのヤドカリは?」
「極度の寒がり&面倒くさがりらしいです。私も生身を見たことはないですねー」
「あっ、そう……」
ついつい、同じ反応をしてしまう。
雫の手のことは……何も言うまい。絵のモデルになってるっぽいしな。
と、考えている間に、伊藤が勉強机の学ラン少女に声をかけていた。学ラン少女は機嫌が悪そうに振り向くと、ふぅ、と深呼吸をしてからこちらを向く。
「おぉ、君が今日からこのゴミ虫共を飼ってくれる新人か」
「ゴミ虫……」
クレイジーだった。
ははっ、と顔を引きつらせると、学ラン少女は俺のところまできて、手を差し出してくる。握手をしようってことらしい。つーか、背でかっ。入江先輩よりでかいな……。
「オレはサークルのリーダーで、君の前任者ってことになる」
「あ、ああ、あなたが……」
「オレのことは猿と呼んでくれ」
「猿っすか……あ。俺は百瀬友斗です。好きに呼んでもられば」
「じゃあライオンで行こう」
「…………うす」
何故にライオン、とかツッコむのはやめておく。
雫に視線で助け船を求めると、あははー、と苦笑された。
猿は、部屋を見渡しながら続けて言う。
「絵を描いているのがシーラカンス、ベッドにいるのが蝉しぐれだ。それぞれイラスト全般とメインライターを担当してる」
「なるほど……え、じゃあもしかしてこの四人だけでやってるんですか?」
「そういうことになるな」
「ウチは楽曲と企画と演出をやってるんだよね~。シナリオもたまにやるけど、それは猿ちーと蝉ちーに基本任せてる」
「ほーん」
何となくそれぞれの立ち位置は理解できた。
同時に思う。
「猿センパイ、苦労人っすね……」
「分かってくれるか? 分かってくれるかっ?!」
「えぇ、もうそれは嫌というほど」
最初こそヤバい奴だと思ったが、伊藤含め宇宙人みたいな三人をまとめてきたのはこの人なのだ。そう思うと、同情と共感を禁じ得ない。猿などと呼び捨てするのは申し訳ない。センパイと呼ぼう。
こう考えると、時雨さんはまともに人間やってんだなぁ……。
「このゴミ虫たちは如何せん天才だから捨てられなくてタチが悪い! 今まではオレがリードを握っていたが、少しシナリオに集中したくてな……」
「それで俺に話が来たわけですね」
「そういうことになるな。ま、話は座ってから――と、おいそこのメスガキ」
「うげっ……」
猿センパイはゲームをしようとしている伊藤に声をかける。
伊藤は苦虫を噛んだような顔で振り向く。
「曲作れ。もしくは各イベントのプロットを書け。蝉しぐれはともかくオレは詳細に詰めたものがないと書けん」
「うっ、うぅ……分かってるよぉー!」
伊藤は頭を鷲掴みにされ、半泣き状態で作業を始めた。
おっふ、まさに修羅場……。
◇
「――と、やってもらいたいことはこんなところかな。理解できたか?」
「まぁ、だいたいは」
サークルでの俺の仕事について説明を受けること一時間弱。
俺はひとまず、おおよその業務内容とこのサークルの空気感を理解するに至っていた。
「要するに全体の進捗管理と雑用をやればいいってことですよね?」
「そういうことになる。真デッドライン自体はまだ遠いし、そこそこ緩いサークルではあるからシビアじゃなくていいんだが……締切を設けずダラダラやってもいいものはできないからな。適度に締切を設けているから、オレ含め全員の手綱を握ってもらえると助かる」
「は、はあ……」
確かに、締切があるからこそいいものができる、と聞いたことがある。課題だって締切がなければダラダラとやってしまうし、リミットを設けるのは大切だろう。
雑用の方は……ま、このメンツを見れば必要性を理解できるので何も言うまい。クリエイターにはモノづくりだけをさせるべきってことだろう。
「すまないな、面倒な仕事を頼んで」
「いや、それは全然いいですよ。俺も伊藤に仕事を依頼してるんで」
「仕事?」
伊藤は、俺がサークルを手伝うことになった経緯を詳しく話していないらしい。一瞬迷ったが、まぁいいか、と話してしまうことに決める。
「学校で雫と、あと他女子二人の三人グループでライブをやることになりまして。その曲を作ってもらうことになったんです。……まぁ、厳密には曲を選んでもらおうとしたらオリジナル曲がいいって言われただけなんですが」
「ほう?」
「あっ、すみません。おたくのサークルメンバーを無償で働かせようとしちゃって。俺も無理だろうとは思っていたんですけど――」
「いいや、そこは大丈夫だ」
謝ろうとすると、猿センパイはふるふると首を横に振った。
「むしろありがたいな。まさか君だったとは」
「えっと……何がですか?」
「あの詞を書いた少年だよ。鈴は一時期、君の詞にご執心でね。『この詞を書く男になら抱かれてもいい』とかのたまっていたくらいだ」
「そこまでですか……?」
詞について褒められた記憶がほとんどないんだが。
俺が顔をしかめていると、猿センパイはくつくつと笑って続けた。
「オレも読ませてもらったが、キモくて最高だったぞ」
「酷くないですか?」
「キモかったんだからしょうがないだろう? 我が強くて、童貞臭くて、幼稚で……恋とか愛とか、そういうのを真顔で歌うギタリストみたいだった」
「その褒め言葉、マジで複雑っすね」
だが褒めてくれているんだろう、ということはよく分かった。
「オレたちは恋だの愛だのって呼ばれるようなものが分からないからな。君の書いた詞は眩しかった」
「そう、ですか」
「だから一度会ってみたかった。まぁ、まさか一緒に仕事をすることになるとは思わなかったがな」
猿センパイは、ニヒルに口角をつり上げた。
その横顔を見て、ああこの人もクリエイターなんだな、と実感する。
「ま、そんなわけだから。いい詞といい仕事を期待しているぞ」
「うす」
俺はこんなかっこいい人たちが戦い続ける世界でやっていけるだろうか。
その答えは分からないけれど。
戦いたい、とは思った。




