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最終章#47 夜は甘く愛も甘いなら

 SIDE:友斗


「とゆーわけで! 第一回チョコバトルを始めたいと思います!」

「第一回って、次もあるのかよ……」

「当たり前じゃないですかぁ! 来年も再来年もずっとずぅっとやりますよ? 私たちはずっと一緒にいるんですから」

「すげぇ。くだらないことなのにいいこと言ってる風にまとめやがった」

「くだらないとは何ですか! 大事なことですよ!」

「大事なことだと思うなら、なんで俺はまた縛られてるわけ!?!?」


 ……さて。

 紳士淑女の諸君。一年の間に三度も縛られる経験をしたことはあるだろうか? 変態紳士変態淑女の諸君であればあるかもしれないな、うん。俺の問いが間違っていた。ぜひそういう諸君は清く正しく変態ライフをエンジョイしてほしい。


 変態ではない諸君に言いたい。

 どうして!! 俺は!! 誰かとシてるわけでもないのにこんなに縛られなくちゃいけねぇんだよ??? これプレイじゃないんだよね? いやプレイでも縛られるのは趣味じゃないけども!


 と、いうわけで。

 俺は当然のように手首足首を縛られていた。今回は割と抵抗したんだが、澪がマジで強くてビビった。本気で暴れて怪我させるのも……とか躊躇った瞬間に捕獲され、今に至る。


 鼻孔をくすぐる甘いと雫の言葉からして、これからチョコを食べるのだ、ということは分かる。めっちゃいい匂いだし、恙なくバレンタインを楽しめるのは彼氏の特権だよ?

 だが、


「俺を縛る意味とは??」


 縛られてバレンタインを過ごす男子高校生がどこにいるというのか。

 まぁ前と違って床に転がってるんじゃなくて、ソファーに座っている部分は救いがあるのかもしれないけども。


 はぁ、と溜息を吐くのは澪だった。


「だって、縛らなきゃ選ばないでしょ?」

「縛ったら選ぶって思われてんの? 俺そんな変態じゃないぞ?!」

「あ、それは知ってる。どっちかって言うと縛る方が好きだもんね」

「じ・ちょ・う・し・ろ!」


 視線をスライドさせると、雫がぶつぶつとうわ言を口にしていた。大河は知識不足ゆえか、逆に平気そうである。うぶすぎてそれはそれで心配になるな……。

 こほんと咳払いをした大河は、澪の代わりに説明をしてくれた。


「私たちは考えたんです。どれを誰が作ったかを明かしてしまうと、少なからずユウ先輩が配慮をしてしまうんじゃないか、と」

「なるほど……うん、まあ、それは分かった。一番を選べって言うなら気を遣うつもりはないが……確かに、無意識に色々と考える可能性はあるしな」

「はい。なのでユウ先輩にはアイマスクをつけてもらって、私たちが食べさせることになったんです」


 一見すると妥当な案であるように思う。

 だが実際には妥当でも何でもない。ただ大河が言うからそれっぽく聞こえてるだけだった。


「なぁ二つほどいいか?」

「どうぞ」

「一つ、手足を縛る意味なくね?」

「アーンをしようとするとユウ先輩がいちいち抵抗して話が進みませんからね。今回は遅くならないよう、強引な手段に出ることにしました」

「嘘つけ澪辺りはただ縛りたかっただけだろ!」

「ちぇっ、バレたか」

「澪先輩!?」


 アホかこいつら……。

 あとサディスティックな趣味に目覚めすぎだろ、澪。元々Sっ気がある奴ではあったが、大河の存在で一気に加速している節がある。

 まぁいいや。

 それで、と言って二つ目の指摘を口にする。


「そもそも誰が作ったか分からせないだけなら、誰が作ったのか言わずに目の前に出せばいいんじゃね、って思うんだけど?」

「「「あっ」」」


 今思いつきました、って感じで三人揃って声を上げた。

 こいつらの方がよっぽど変なところで抜けてるだろ。ジト目を向けると、大河は恥ずかしそうにそっぽを向き、澪は誤魔化すようにひゅーひゅると口笛を吹いた。

 残る雫は、むむむ……とむくれて言う。


「友斗先輩、こーゆうときにマジレスしちゃダメなんですよ? 私たちはアーンがしたいんです。あと身動き取れなくて視界も塞がれてる友斗先輩にいたずらもしたいんです。その気持ちを汲んでください」

「おい待て後半おかしくね?!」

「念願の恋愛成就なんです! バレンタインくらい甘えたっていいでしょ!?」

「まさかの逆ギレ?!」


 だが、そう言われると弱る。

 甘えられてるのか……アーンしたいのか……いたずらもしたいのか……やべ、鼻血出そう。この子たち可愛すぎてヤバい。急に甘すぎません?

 

「べ、別に、バレンタインじゃなくても好きに甘えればいいだろ。俺はお前らの彼氏なんだし……つーか、バレンタイン以外でも俺は甘えてほしいし」

「「「…………」」」


 絞り出した言葉は、自分が思っていたよりも情けない響きを伴っていた。

 三人は目をぱちぱちさせ、ぽっ、と頬を朱に染める。


「………………それ、絶対私たち以外に言っちゃダメですからね」

「言うわけねぇだろ。お前ら以外に甘えられても嬉しくねぇし」

「……トラ子、アイマスク」

「はい」

「何も言わずにそれ!? そんなにキモかった!?」

「あんまりうるさいようなら口にもはめるけど?」

「何をはめるかを言わなかったことを褒めるのと、はめられるものを持ってるのかよって言いたい気持ちと、それじゃあチョコ食えないだろってツッコみたい衝動がせめぎ合ってるんだが?」

「お喋りな口をそんなに唇で塞いでほしい?」

「…………黙ります」


 この流れでキスされたら死ぬ。

 むぐりと口を噤んで眼鏡を外すと、大河がアイマスクをたどたどしい手つきで俺に着けた。一気に視界が暗くなる。

 見えなくなると、一気に世界から自分が断絶されたような気分になった。

 何だこれ、変な気分に――


「ふぅっ」

「ひゃうっ!?」

「ふふっ、友斗先輩ってば、かっわいい~」

「っ」


 変な気分どころの騒ぎじゃない?!?!

 耳に吹きかけられた生温い息がこそばゆくて、どくん、どくん、と体が疼く。

 体の芯の温度が急上昇していくのを感じていると、ぺた、と誰かの手が俺の胸に触れた。


「っっ」

「ユウ先輩……ドキドキしてますね。心臓の動きが速いです」

「そう、かよ……」

「私もドキドキしてます。こんな風になれて嬉しいです」

「――っ!?」


 今日だけでどれだけ幸せ過多になればいいんだろう。

 甘やかな言葉のせいで頭がくらくらした。


「友斗、息、荒いね。興奮してるんだ?」

「――ッッ!!」

「友斗もたくさん我慢してたもんね。こんな程度の軽い刺激でもきついんでしょ?」

「ぅぐ、ち、ちげぇよ」


 澪の毒々しいほど甘美な誘惑が、とくん、と鼓動を加速させる。

 刺激的すぎる。

 こんなの、俺は――


「あっ、ちょ、鼻血!?」

「やば。やりすぎちゃったか」

「澪先輩、一体何を言ったんですか?! 雫ちゃん、ティッシュ!」

「う、うん! 二人はアイマスクとか全部外してあげて!」


 ――耐えられなかったようです。

 そんなこんなで、俺はチョコを食べる前に三人の彼女に介抱されることと相成った。

 我ながらなさけねー。



 ◇



「……え、えぇっと。すまん、世話かけたな」

「い、いえ。私たちも少しやりすぎてしまったので」

「ですです。ごめんなさい、調子に乗りすぎました」

「ん……ごめん。はめ外しすぎた」


 鼻血が止まって暫く。

 流石に鼻血まで出ると反省するらしく、三人はシュンとなっていた。特に澪は『私がやりました』という紙を首からかけており、反省の色が……いや逆に見えねぇな。

 だがまぁ、三人を気に病ませるのは本意ではない。


「いや、あの、なんだ……最近は三人と離れて過ごしてたからな。幸せに慣れてなかっただけだし、三人が気にする必要はない。多分、世界で一番俺が幸せだなーって実感したし」

「……そですか」

「私たちに気を遣わなくていいですよ? 嫌なことは嫌って言っていただきたいです」

「なら、こんな俺の情けなさのせいで甘えるのをやめられる方が嫌だね。俺は兄ちゃん体質だからな。好きな女の子には甘えられたいんだよ」


 言うと、三人がパァと明るくなった。

 あーくそ、めっちゃ可愛いな。

 ぽんぽん、と雫と大河の頭を撫でると、唯一頭を撫でられなかった澪が俺をじぃと見てきた。


「友斗、私は?」

「澪は割とマジで刺激的すぎるのでもうちょっと自重する方向で。()()は図星だし、我慢できなくなるから」

「うっ……わかった」


 あ、結構本気で反省したな、これ。

 身を縮こまらせて俯く姿は怒られてばつが悪そうにする犬を彷彿とする。

 ったく、しょうがねぇな……。

 澪の頭も撫でると、ふぁっと可愛らしい笑顔が返ってきた。


「んんっ。あー、そんなことより、チョコもらってもいいか? さっきから遠回りしすぎな気もするんだけどさ」

「あっ、そーですね。じゃあ……お姉ちゃん、一緒に摂りに行こ」

「ん、そうだね」

「なら私はコーヒー淹れてきます」

「おう……あ、大河。今ちょっとカフェイン控えてるから、コーヒーじゃなくて紅茶にしてもらってもいいか?」

「分かりました」


 カフェイン断ちってほどじゃないが、暫くはコーヒーに頼らない生活を送るつもりだ。ガムは手放せないけどな。

 暫く待つと、紅茶とお菓子が運ばれてきた。なんかどれもこれも豪華で、何も作っていない俺が居た堪れなくなってくる。いやクッキーは渡したんだけどね?


「あーっと。目とか隠さなくていいのか?」

「さっきのでいたずらは満足したし、勝負するのも面倒になったしね」

「あっ、そう……」


 まぁどうせ三人から選べなくて悩んでただろうからいいけどな。


「えっと……じゃあ食べてもいいか? それとも、順番とかある?」

「好きに食べちゃってだいじょーぶですよ♪ 私たちを美味しくいただいちゃってくださいっ」


 雫の小悪魔な発言など、澪と比べれば可愛いものである。可愛いから悶えはするけど、堪えることはできた。

 いただきます、と告げてから、俺はまず目についたものを食べることにする。


「これって……チョコプリンか」

「ん。割と簡単ではあるんだけどね」

「とか言いつつ、舌触りがよくするのは難しいし、お姉ちゃんその辺抜かりないけどね~」

「ま、ね」


 チョコプリンを作ったのは澪、と。

 てっきり和風で攻めてくるのかと思ったが、バレンタインはそういうわけではないらしい。スプーンで掬ってみると、程よい甘さとほろ苦さが口の中で蕩けて、めちゃくちゃ美味かった。


「めっちゃ美味いわ。ありがとな、澪」

「ん」


 半分ほど食べて、スプーンを置く。

 紅茶を一口飲んで口をリセットし、他のお菓子に手をつけた。


「こっちはガトーショコラだな」

「はい。甘さは控えめにしたので、少し苦かったらすみません……」

「んっ、んっ……いや、全然大丈夫だぞ。ちょうどよく苦甘い」


 ガトーショコラを作ったのは大河のようだ。

 フォークで何口か口に運べば、程よい苦さと様さによって頬が緩む。ぶっちゃけ空気だけで甘いし、甘さ控えめでも凄い助かる。


「うん。美味い。ありがとな」

「お口に合ったならよかったです。えへへ」


 最後は雫だな。

 ガトーショコラも半分食べてからやめ、残る一品に手を伸ばす。

 最後の一品はいわゆるグラノーラバーと呼ばれるお菓子だった。


「んぐ……うまい」

「ほんとですか?」

「こんなことで嘘つかねぇよ……センスがあざとい気もするけどな」

「むぅ……否定できないので何も言いませんけど」

「ま、でも美味いからな。さんきゅ」

「最初からそれだけ言えばいいんですっ! ふふー」


 満足そうに笑う雫。

 彼女に続くように、澪と大河もほぅと安堵の息を漏らす。

 ゆらゆらと漂う紅茶の香りにつられて、俺もほっと吐息を零した。


 幸せだな、と心底思う。

 ハロウィンのときにも思ったし、四人でワイワイしているときにも何度も思った。

 でも改めて三人と結ばれて――強く、強く、その幸せを実感する。


 ――ずっとこのままで、なんてありえない。

 誰もが口にするその言葉は、きっと間違いじゃない。ずっとこのままではいられない。俺たちは大人になって、色んなものを経験していく。


 それでも、ずっとこのままでいられるだろう、と矛盾したことを思った。

 赤い糸は結ばれた。

 固く固く結ばれた。

 在り方は変わったとしても、俺たちは傍にいられる。

 傍にいるために、全力を尽くそう。


 甘くてほろ苦いチョコレイトを味わいながら。

 俺はそんなことを思った。



 ――ちなみに。

 この後三人がそれぞれの分のチョコを持ってきてチョコパーティーになり、三人は俺に一番を選ばせようとしたことを強く反省していた。

 だよね、どれもめちゃくちゃ美味しいもん。

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