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最終章#46 新訳:三分の二の縁結び伝説

 SIDE:友斗


「まずそもそもの話をしよう。うちには三大祭と呼ばれる行事がある」

「体育祭と文化祭と冬星祭、ですよね?」

「今はそういうことになってるな」

「今は?」


 澪が目ざとく俺の言葉を拾う。

 俺はニヤリと笑い、頷いて見せた。


「《《今は》》、だ。つまり昔は違ったんだよ。そもそも、おかしいと思わなかったか? 冬星祭はつい最近今の規模のイベントになったんだ。それなりに伝統があるだろう『3分の2の縁結び伝説』にカウントされるのはおかしい」

「あー……言われてみればそうかも」

「そーいえば、『3分の2の縁結び伝説』は30年くらい前から続いてる、って担任の先生が話してた気がします。そうなると変かもですね」

「ああ、そうなんだ」


 俺がこれに気付いたのは、先日父さんと話したときのことだった。

 何を隠そう、父さんはうちの学校の卒業生。

 恋愛相談を終えてぽつぽつと雑談をしているなかで、『3分の2の縁結び伝説』の話になったのだ。何でも、父さんと母さんもまさに縁を結んだ二人なのだとか。


 冬星祭の成立時期を照らし合わせ、俺は矛盾に気付いた。

 そもそもおかしいとは思っていたのだ。3分の2と銘打つのであれば、全学期に3分の1ずつ割り振るんじゃないか、と。まぁ文化祭と冬星祭は離れてるし、違和感を無視してたんだけどな。


 父さんから話を聞き、生徒会室で過去の資料を漁り、俺は答えに辿り着いた。


「『3分の2の縁結び伝説』が生まれた頃、冬星祭はなかった。代わりに感謝祭があったんだよ。三年生への別れと、一年間のお礼を込めた行事だな」

「そうだったんですか……」

「あぁ、これは資料にもあったから確実な情報だ。いつからか規模が縮小されて謝恩会になって、代わりに冬星祭が三大祭にカウントされ始めたんだけどな」


 だから、感謝祭自体は突拍子のない話ではないのだ。

 『3分の2の縁結び伝説』の時点で伏線は引かれていた。俺を含め誰も気付いていなかっただけで。


「まぁそんなわけだからな。どうせなら四つ目の三大祭、本当の『後の祭り』ってやつをやってやろうって思ったんだよ」

「そのダサいキャッチコピーはやっぱり友斗なんだね」

「ダサくないだろ我ながら思いついたときは天才だと思ったんだからな!?」

「あー、はいはい」


 澪は、面倒くさそうにぬらりくらりと俺の言葉を躱す。

 その反応は泣くよ?

 まぁこの際、キャッチフレーズはどうでもいい。今日の学校での反響を見るに、昨日の号外新聞の効果はあったようだしな。


「それでユウ先輩。感謝祭が昔あったことは分かったんですが……今わざわざやる必要があったんですか? というか、できる気がしないんですけど」

「それな。俺も気持ちは分かる。俺たちだけでどうにかできるとは正直思ってない」


 鮭を小さく切り、口に運ぶ。

 ご飯を口いっぱいに頬張って咀嚼した後、それでも、と話す。


「それでも俺は感謝祭をやりたい。三人ときっちり『3分の2の縁結び伝説』を完遂したいし……それに、時雨さんとか入江先輩をちゃんと送り出したいんだよ」


 入江先輩は俺にとって唯一無二と言えるほど心底尊敬している先輩だ。

 時雨さんは俺にとってかけがえがない従姉であり、尊敬すべき師匠だ。

 ならばこそ、感謝を伝えたい。


「ま、人の恋路をさんざん弄り回したあの人たちに仕返し(恩返し)したいとは思うけどね」


 俺が考えていると、澪がぼそりと呟いた。

 なんとも明け透けな言い分だが、雫も大河も似たようなことを考えていたらしい。くすっと笑い、うんうん、と頷いた。


「入江先輩の恋のお手伝いもしてあげたいよねー!」

「卒業後に根に持つと絶対面倒なので、できれば卒業するまでに決着をつけさせたいです」

「でしょ」


 どうやら三人とも、入江先輩が好きな人を知っているらしい。合宿のときに恋バナでもしたのかもしれないな。

 誰が好きなのかは……まぁ、あの人の態度を見ていれば分かるし、わざわざ聞くつもりはない。


「それは俺も同意だ。けどあの二人は俺たち並みに面倒だし厄介だからな。何か用意してやらないと、絶対にくっつかない」

「ってことは――」

「生徒会室で話した二枚目の切り札は入江先輩だ。時雨さんと入江先輩の二人で生徒会を手伝ってもらう」


 時雨さんのスペックは言うに及ばず。あの人は二年間で色んなことを変えたし、人望もある。教師からも非常に信頼されているため、ぶっちゃけあの人に任せればどうとでもなるだろう。

 だが今回は規模が規模だし、時雨さんはラノベ作家としてデビューをするために忙しくしている。具体的な締切は聞いていないが、春までには書き終えなきゃいけない、みたいなことは話していた。あの人だけに投げるのは危険だろう。


 そこで入江先輩の登場だ。

 あの人はあの人でスペックが高いし、人望や人脈の広さだけで言えば時雨さんを凌ぐ。生徒会の仕事には不慣れだろうが、仕事の振り方次第で十二分に活躍してもらえるはずだ。


 ちなみに、さっき時雨さんから感謝祭の大雑把な企画書が送られてきた。

 大枠は冬星祭を踏襲しつつ、一部を感謝祭の趣旨に沿ったものに変え、実現可能な形にしていくつもりのようだ。俺も似たような考えだったので、やっぱり従姉弟だな、と苦笑した。


「あの二匹の珍獣を飼いならすのは大河に任せる。俺はちょっと別件で動かなきゃいけないからな」

「別件ってもしかして、私たちのライブのことですか?」

「…………まぁな」


 ちぇっ、バレたか。

 俺は肩を竦めていると、ねぇ、と澪が言ってきた。


「感謝祭が実行可能なのは、まぁ、なんとなく分かった。感謝祭をやりたい理由も理解できた。じゃあ――なんで私たちにライブをやらせようとしてるの? それだけは全然分からないんだけど」

「ぅぐ……それ、言わなきゃダメか?」

「言わなくてもいいけど、言わなかったら私は歌わない」

「あっ、じゃあ私も。そもそも友斗先輩に好きになってもらうためのライブだったしね~」


 意地悪な笑みを浮かべる澪と雫。

 できれば言わずに済ませたかったのだが、そうもいかないらしい。大河に視線で助け船を求めるが、ぷいっと目を逸らされてしまう。

 はやく、と澪に急かされ、俺は顔をしかめる。

 くっそぅ……言わなきゃダメなのかよ。


「――から」

「え、なんて?」

「……三人のステージをもう一回見たいからだよ! 三人だって分かってんだろ? 俺は冬星祭のあのライブを見て、初めて俺が恋してるって自覚したの! そんぐらいあのライブが衝撃的で忘れられねぇんだよ!」


 あの日、俺は恋心を自覚した。

 それほどまでにあのライブは奇麗で、心を鷲掴みにされたんだ。

 だからあのライブをもう一度見たい。今度は恋人として、全てを締めくくるようなライブを見たいんだ。


「…………だから、このことは正当な理由が一切ない俺のわがままだ。新聞部の号外にも、こっちの情報は不確実だって書いてもらってる。忙しいのは分かってるし、妥当性もないし、三人が嫌なら断ってくれていい。断って三人が傷つくことがないよう、手は打つ」


 感謝祭だけでは足りないと思ったから、三人を狙い打つような情報を流した。三人を引っ張り出せた以上、新聞部に情報を流してもらった目的はちゃんと果たせている。

 だから断ってもらっても構わない。

 だけど、


「やだ、絶対やる」

「へ?」

「もちろんだよね、お姉ちゃん♪」

「私は忙しくなりますけど……ユウ先輩にそう言ってもらえるなら絶対にやりたいです」

「そ、そうか……?」


 三人はちっとも断る気がないようだった。

 俺がぽかーんとしていると、澪が不敵に笑う。


「ふふっ。知らないの? 私たち、好きな男に言われたら何でもできちゃうくらいにはチョロい女なんだよ」

「そーゆうことです♡」「好きですからね」

「――っ!?」


 はぁ? なにそれ可愛すぎんだろ。マジでズルすぎるし、もうちょっと正々堂々と戦ってくれませんかねぇ?


 悶絶するあまり、残る食事中はずっと三人の顔を見れなかった、とだけ記しておく。



 ◇



「それでさ。別にライブをするのはいいんだけど、歌う曲とかって決めてるの?」


 夕食を終えて。

 俺たちはリビングでまったりしながら会議を再開していた。現在の議題は三人のライブのことである。

 澪の質問を受け、あー、と俺は声を漏らした。


「歌う曲か。考えてなかったな。前に歌ったのは……流石に無理か」

「だと思います。あの曲はクリスマスの印象が強いですし」

「私も友達に『今度は何歌うの?』って聞かれちゃいましたからね~。もう、みんな新しい曲を歌うだろう、って思ってるみたいですよ」

「そうなのか……」


 それを言ったら『スリーサンタガールズ』ってユニット名もクリスマスの印象が強く気がするんだが、それはそれ、これはこれってことだろう。

 当日はクリスマスから三か月ほど経った日なんだし、クリスマスソングを歌うのは流石に無理がある。


「んー。そーゆうことなら、とりあえず鈴先輩に相談してみるのはどうです?」

「伊藤か。そういや、伊藤には色々手を借りたんだっけか」

「ですです。歌った曲も鈴先輩が提案してくれましたし、音響とか当日のことを考えても一回相談しておいた方がいい気がするんですよねー」

「なるほどなぁ」


 確かに、文化祭のときにも伊藤が演出全般を監督してくれた。前のライブで手を借りたのなら、今回も頼りたいところではある。

 だが――


「鈴ちゃん、今ってサークルで忙しいんじゃなかったっけ?」

「そこなんだよな」


 何せサークルで忙しくて合宿に来てなかったくらいだ。授業中はぐーすか寝てるからテストにも不安が残るし、なるべく負担をかけたくないのも事実。

 だから俺たちで決め、音響などもこちらで済ませるのがベターだと思う。曲に関しては失念していたが、少なくとも他のことは俺がやるつもりだった。


「ん~。でも鈴先輩、忙しいかどうかとか、そーゆう現実的な計算はあんまり好きじゃないと思いますよ~」

「えっと……つまり?」

「やりたいことは絶対やりたい! って人だと思うので、ちゃんと声かけないと逆に怒られちゃうんじゃないですかね~? それこそ友斗先輩は絶交されちゃうかもです

「そうなのか」

「そうなのです。鈴先輩については私の方が詳しいんですから」


 えっへん、と雫が誇らしげに胸を張る。

 サークルに何度か行ったらしいし、一理あるのか……? 澪に視線で尋ねると、肩を竦めて返された。


「ま、一度連絡してみたら? 無理なら無理って言うでしょ。鈴ちゃん、そこで嘘つく人じゃないし」

「それもそっか。じゃあそうする」


 スマホを取り出し、ぽちぽちとRINEで連絡する。

 前にRINEで話したのは文化祭のときだ。トーク画面を見れば、締切催促のメッセージが並んでいる。

 あのときは苦しかったけど……作家を目指すなら、きっとあのときより苦しい日々を送るんだよな。


 いいなぁ、と思いながら、メッセージを送ると、即座に既読がついた。


【ベル:ちょうどよかった!】

【ベル:明日ちょっと話そ!】


 ……即答なのが怖いんだけど。

 まぁありがたいことだと思っておくけど。


「伊藤とは明日話してみることになった」

「お~! じゃあ後は衣装ですね!」

「衣装? ……あ~、そういえばそれもあったか」

「ユウ先輩ってやっぱり変なところで抜けてますよね」

「うっせ、いいんだよ。そのときは大河が埋めてくれるんだから」

「っ、そ、そうですか……」


 大河が毛先をくるくると弄り、ふにゃりと笑った。実に可愛らしい。冷静になると、弟子に頼り切りな師匠ってヤバくね、って感じだけどね。

 ――青は藍より出でて藍より青し。

 よく聞くことわざが身に染みるぜ。


「で、前は衣装ってどうしたんだ?」

「姉伝手で演劇部からお借りしました。今回も連絡してみましょうか?」

「いや、そういうことなら俺が明日いっぺんに話すわ。借りられないようならレンタルを検討するか……あえての制服でもありだな」

「うわっ、性癖」

「性癖とか言わないでねっ!?」


 言葉を選べ、言葉を。

 澪をじとっと睨むと、べっ、と舌を出してくる。これやられるとそれだけでノックアウトしそうになるんだよなぁ。

 まあ、何はともあれ、これで決めるべきことはだいぶ決まったんじゃないだろうか。


「他になんか決めることあるか?」

「えっと……今のところは、特には思いつきませんね」

「私も」

「私も……あっ! でも一つ、友斗先輩が決めなきゃいけないことはありますよ!」

「俺が?」


 聞き返すと、うんうん、と雫が悪戯っぽく笑って言った。

 うんっと、急に嫌な予感がしますね?

 雫は蕩けるように甘ったるい声で、ニヤぁっと笑って、答えを口にした。


「誰のチョコが一番美味しいか、ですよ♪」

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