最終章#44 〈水の家〉会議②
SIDE:友斗
「雫の意見は分かったんだが……澪と大河も、同じ考えなのか?」
第一回家族会議中。
一つ一つ丁寧にすり合わせすべく、俺は澪と大河を見遣った。澪のことを一瞥してから、あの、と大河が手を挙げる。
「私は……雫ちゃんや澪先輩のようには上手くできないかもしれないので、もしダメダメだったら、そのときには構ってほしいです」
「っ、そうか」
「はい。あと、雫ちゃんや澪先輩と一緒に可愛がってもらえると嬉しいというか……私、雫ちゃんや澪先輩と一緒に恋するの、嬉しいので」
「あっ、私もそれは同じ! さっきみたいに三人で取り合うのとか楽しかったし!」
「折角四人なんだし、四人じゃないとできないような贅沢な愛し方はしてほしいよね」
不器用な大河に、雫と澪が追従する。
まぁ言わんとしてることは分からんでもない。妥協ではなく理想の追及の果てに四人で幸せにあることを選ぶ以上、四人だからこその関係を築きたいとは思う。
……思うんだけど、
「やっぱりお前ら、ちょっと拗らせてるよな。性癖歪んでるっていうか」
「友斗のせいでね」「友斗先輩のせいですから!」「ユウ先輩が歪めたんです」
「あっ、そう……」
「そこで嬉しそうにするあたりが友斗だよね。キモイ」
「うっ」
しょうがないでしょ? 俺が歪めたとか言われたらクるんだよ、色々と。
ぷいっとそっぽを向くと、澪はくすくすと笑い、自分の考えを口にした。
「私はさ、雫とトラ子には言ったんだけど、女の子もいけるクチなんだよね」
「……は?」
「恋とそれ以外の比率が割とバラバラってだけで、雫とトラ子のことも割と恋愛的な意味で好きなの」
「は、はあ……?」
突拍子もない告白にぼーっとしてしまう。
雫と大河を見ると、こくこく、と頷かれた。どうやら冗談ではないらしい。
「だから四人でするのが楽しみなんだよねぇ。絶対気持ちいいし、可愛いじゃん? 雫が可愛いところは見たいし、トラ子がぐちゃぐちゃに――」
「澪先輩、それ以上はセクハラだと思います」
「この時点でセクハラだろ……」
「三人で話してて、大河ちゃんもちょっと慣れてきちゃってるんですよ」
俺の呟きに、雫がぼそぼそと答えた。
そうか…慣れてるんだ……こいつら、仲良すぎだろ。
「だいたい、澪先輩はすぐに下ネタに走るのをやめるべきです」
「別に下ネタじゃないし。恋人同士ならそういうことだって考えるべきでしょ?」
「そっ、それはそうかもしれないですけど……」
「こういうことをきちんと話さず、なあなあで過ごしていくのを避けるためにこうやって話し合ってるんだよ」
「なぁ澪。それ今理論武装してるだけで、さっきのは割と遊んでたよな?」
「え、そうだけど?」
「澪先輩!? これだからあなたという人は……!」
怒る大河を見て、澪がくつくつと楽しそうに肩を竦める。
それからこちらを見て、悪魔じみたウインクをしてきた。可愛い。
「あー、もう、はいはい。ケンカは終わり! 話進めよ?」
「う、うぅ……だって澪先輩が!」
「そだねそだね、お姉ちゃんが爛れてるね。いい子いい子」
雫が大河を抱きしめ、よしよし、と頭を撫でる。
慈母のような微笑みにほっこりしていると、頬杖をついた澪が言ってくる。
「――と、こんな感じで、トラ子のことも雫のことも好きなわけ。まぁトラ子は後輩としてのニュアンスが強いし、雫は天使だから当たり前だけどね」
「天使て」
概ね同意だけどな。
それでさ、と澪は続けて言う。
「平等とかはどうでもいいし、欲しいものは欲しいって言うし、ムカついたら無理やりにでもこっち向かせるつもりだからいいんだけど……私も二人のこと好きだし、友斗が一方的に愛でる立場だと思わないでおくように。いい?」
なるほどな、と思った。
澪の言いたいことは分かる。二人と二人と二人の関係じゃない。俺はあくまで四人なのだ。《《あの頃》》とは違う。
「分かった。澪に取られないように頑張るわ」
「ん」
これでひとまず、話はまとまった。
雫と大河のやり取りにも一区切りついたようなので、ぱんぱんと手を叩いて話を進める。ぶっちゃけ、今のは前提みたいな話だ。
「じゃあ……お互いの認識を確認したうえで。真面目な話をするぞ」
「真面目な話、ですか?」
「あぁ。いやまぁ本当ならこれを一番話すべきなのかもしれないんだけど…………俺たちの関係の話。どうやって四人で一緒に生きようか、って話だ」
「「「…………」」」
正真正銘これが本題で、これが核。
空気がピンと張り詰めた。
この話をするのには、幾分か勇気が要った。間違っていると思われ、拒絶される可能性だってないわけじゃない。むしろ高いと言えよう。
それでも口にすべきだ。
今更この程度のことで揺るぐはずがない、と信じているから。
「あの、ユウ先輩。……私の家のことは、二人にも話しました」
「そっか……なら、話は早いな」
それでもなお、この三人は『ハーレムエンド』を目指してくれてたんだな。
つくづく自分に嫌気が差す。この子たちの覚悟を、俺は全然汲み取れていなかった。
ふぅ、と息を吐き出して、俺は言った。
「俺は三人と“関係”を定義して、“関係”を介して関わることしかしようとしなくて……あの夜に、それをやめようって決めた。“関係”とかを気にせずに色んな人と関わって、たくさんのものを得た。だから四人でいられるなら、“関係”なんてどうでもよかった」
三人がこくりと頷いた。
俺は彼女らを見つめ、でも、と話を続ける。
「一緒に生きていくには“理由”がいる。誰もが認める“関係”がなきゃ、できないことはある。幾ら俺たちが歪んでていいって開き直っても、秩序やルールを無視できるわけじゃない」
「……うん」「そう、ですね」
澪と大河が肯った。
これは、大河の家のことがなくとも変わらない。
事実婚は現在でも浸透しているが、それだって望んで事実婚をしている人ばかりではない。夫婦同姓・別姓の問題とか、その他のこととか、色んな事情で不便さに耐えて事実婚のままでいる人たちだっている。
「でも……友斗先輩はヒーローになってくれるんですよね?」
雫は、真っ直ぐに俺を見て、そう告げた。
俺を射貫くのような視線に、俺はくしゃっと笑って見せる。
「もちろんだ。一緒に生きるには“関係”が要る。じゃあどうするかって考えたら――答えは自ずと出てくる」
間違いだらけのヒーローでいい。
この子たち専用のヒーローでいい。
だから俺は、考え抜いた答えを口にする。
「俺は、大河と結婚する」
「へ?」「えっ?!」「は?」
三人は間抜けな声を漏らした。
「何言ってんだこいつ?」みたいな澪と雫の視線を受けつつ、一番間抜けな顔で口をパクパクしている大河と向き合う。
大河はふぅぅぅぅぅと大きく息を吐き、言ってきた。
「あの! ユウ先輩、どういうつもりですか!? 私の家がああだからと言って私を選ぶようなことは――」
「別に、大河を選んでるわけじゃないから安心しろ。つーか、あんだけ三人に言われたのに同じ轍を踏むわけないだろ」
「じゃ、じゃあどうして……?」
尋ねられ、どう説明するのがいいだろうか、と頭を掻いて言葉を探す。
元々、時雨さんが俺たちの『ハーレムエンド』を後押ししようとしていた以上、現実的な問題を打破する何らかの方法はあるはずとは思っていた。あの人は常識の枠に囚われない人ではあるが、常識を計算に入れないわけじゃない。
何らかの方法はある。そう仮定して考えれば、答えは簡単に出た。
「俺は三人と離れてる間、家族ってなんだろうな、って考えてたんだよ。時雨さんの家はうちよりも典型的な家族って感じだったからさ」
「「「…………」」」
「家族のカタチなんて人それぞれだ。じゃあ俺にとって家族であることの証はなんだろうって考えたら……それは名前だった」
夫婦別姓と言われている時代に、名前にこだわるなんて愚かしいことなのだろう。
けれど俺にとって『百瀬』という名前は大切なものだ。そう、気付いた。
「死んだ美緒と母さんと、今傍にいる父さんと義母さん。四人とも俺にとっては家族なんだ。だから俺にとって『百瀬』って名前は、多分、名前以上に大切な存在と繋がるためのツールなんだと思う」
「……だから私と結婚、ですか?」
「そうだな。もちろん大河の家のこともある。結婚しなきゃ満足しなさそうだし、それならそうするしかないだろ――ってのもあるにはある。諸々の現実的な問題も、戸籍上で家族であれば解決できる部分は多いしな」
ただこの方法には、問題もある。
それは、完全に俺のエゴだ、ということ。三人の思いはほとんど考慮していない。あくまで現実的な問題に終始する。時雨さんも考えたであろうやり方は、どこまでも人の心を無視している。
「けど……雫や澪にそれで納得しろ、とは言わない。嫌なら言ってくれ。結婚はやっぱり大きいことだしな。その場合は幾らでもやり方を考える」
結婚の意味は様々だ。だが、公的に夫婦と認められるか否かは、どうしたって無視できない意味合いを持つ。
「結婚ってさ」
と言い始めたのは澪だった。
「まぁ色々と意味はあるだろうけど……やっぱり、一番大きいのは『簡単に別れられない』っていう契約だと思うんだよね。他の誰かと関係を持っていたら訴えを起こす権利が保障されてるわけだし」
「そうだな。そういう側面は多分ある」
「なら……別に私は、どうでもいいや。興味ない。どうせ友斗は私を手放せないし、私も友斗を手放さない。分かってもらいたい相手には関係を明かせばいいだけだしね」
「そ、そうか」
「ん。それに……名前でマーキングしてくれるなら、それで私は充分」
「…っ、ま、マーキングって言い方はどうなんだ……!?」
「事実だし。呼ばれるたびに『私は友斗の女なんだ』って実感するのはいいよね。ゾクゾクする」
「――っっ」
この不意打ちはエグイ。
どうしてこいつはこういうことを平気で言うかね……?
逃げるように雫の方を向くと、何故か雫は目をキラキラさせていた。
「あのですね! 私、常々思ってたんですけど! 義兄妹モノで『義理の兄妹は結婚できるんだ……』みたいな展開、要らないと思うんですよ!」
「お、おう……?」
「だって名前一緒で、好き合ってるんですよ? 仮に結婚できなくても実質夫婦じゃないですかー!」
「それはそれで色々と違くないか?!」
と言いつつ、雫が言いたいことは理解できる。
もちろん、結婚のメリットは大きい。義兄妹のままではどうしても兄妹感から脱せないし、誰もが認める夫婦でいなければ子供とかそういう点で問題が生じる。婚姻制度を軽んじるべきでないのは事実だ。
それでも―――それぞれのやり方は、きっとある。
「まぁそういうわけなので、私も全然オッケーです。むしろ大河ちゃんと家族になれてお得ですよね♪」
「お得って……軽いな」
「むぅ。別に軽く言ってるわけじゃないですよ?」
雫は頬を膨らませ、びしっと俺を指さした。
「友斗先輩が夏に間違えたからこそ、今こうして信じられるんです。“関係”なんて関係ない、って分かるんです。もしもあの夏がなかったら、きっと信じ切れてなかったと思います」
「――っ……そっか」
「はいっ!」
ぽっ、と胸が温かくなる。
そうか、と今更ながらに気付かされた。
どんな道を通っても、俺はこの子たちを好きになっていたかもしれない。けど俺たちが確かに刻んだ歴史以外のIFでは、ここまで辿り着けはしなかった。
『もしも』の世界でも結ばれる、なんて思考放棄でしかない。
俺たちは《《この》》IFだけを歩んできたし、《《この》》IFでしか繋がれなかった。
帳尻が合うなんてこと、絶対になかったんだ。
「じゃあ後は……大河だな」
俺は大河と向き合う。
真っ直ぐに目を見つめ、俺は言った。
「結婚とか言っておいてなんだが、プロポーズを今するつもりはない。そういうのはもっと気が利いたシチュエーションで、三人にしっかりやりたいからな」
「……はい」
「大河との結婚を、ある意味では道具みたいに使っちゃうことになる。でも俺は大河とも家族になりたい。だから――繋がってくれないか?」
俺は、大河に手を差し出す。
大河ははっと息を呑むと唇を噛み、それから……小さく、うん、と頷いた。
「よろしくお願いします。私も、家族にしてください」
「もちろんだよっ、大河ちゃん!」「また私よりデカい家族ができた……」
斯くして。
子供じみていて間違っているのかもしれないけれども。
それでも俺たちは、四人で一緒にいるための“関係”を結んだ。




