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最終章#43 〈水の家〉会議

 SIDE:友斗


「はい、じゃあ友斗先輩が好きなホームビデオ的感動展開も終わったところで、割と真面目なお話をしましょっか」

「すげぇ……たった一言で全部台無しにしたぞ。別に俺、ホームビデオ的な感動展開が好きなわけじゃないからな?」

「あー、はいはい。人たらされさんは黙っててくださいね」

「その呼び方、広がってんのかよ?!」


 玄関でのやり取りを終えて。

 荷物を部屋に置いて着替えてきた俺は、リビングに降りてきていた。昨日はあの後、普通に三人を家まで送って帰ったからな。話すべきことを全部今日に丸投げした分、今日は会議をせねばなるまい。


 それはそれとして、人たらされって呼び方はそろそろ廃止したいところだ。晴彦が考えた言葉ってのがムカつくし、まるで俺がチョロい奴みたいで腑に落ちない。

 何かいい手はないものか。

 むぐぐ……と考えながら適当なところに腰を下ろす。

 すると、澪と大河が俺を挟んで座った。


「……な、なぁ澪、大河。いつもと違くね?」

「さあ、どうだろうね」

「ずっと家出していたユウ先輩に『いつも』を語られたくありません」

「いやそれ、つまんない事情で家出て一人暮らし中のトラ子に言われたくはないでしょ……」

「つまらない事情じゃないです。というかあそこの家も誰かが住んで手入れをしなきゃいけないので、ただ家を出ているわけじゃありませんから」

「片付けできないトラ子にそれを言われてもね」

「で、できないわけじゃないですから!」

「ふぅん? でもこの前も――」

「俺を挟んでケンカすんのやめてくんないっ?! あと絶対距離が近いよな? なぁ?!」


 どうしてこの子たちはすぐに言い争いを始めるのでしょうか。

 しかも澪も大河もグイグイお互いに距離を縮めていくので、結果的に挟まれてる俺との距離も縮まるという……。

 胸とか胴体とか腕とか、そういうのに触れてしまい、実に心臓に悪い。


「ま、寒いからね。うちはこたつないし、こうやって固まってた方があったかいでしょ」

「環境を考えた結果ですね」

「二人とも何を言ってるのかな? っていうかこれだと雫が――」


 雫が一人になっちゃうだろ、と。

 そう言うより先に、雫は俺の前にちょこんと座った。

 は??????


「じゃあ、私は友斗先輩の前を貰っちゃいます♪ ふふー、いつでも後ろからぎゅっとしてくれていいですからね?」

「なっ、はっ、はぁ?」


 俺を椅子の背もたれのようにして寄り掛かり、首だけを回して俺の方を向く雫。

 にししーと悪戯っぽく笑うその顔には、媚び甘えるような色も見え隠れしていて、マジで小悪魔って感じがしてヤバい。


「む……雫ちゃん、策士」

「前……そっか、そういうのもあるんだ」

「ふっふっふー♪ 萌えシチュの知識なら、数ある作品を制覇してきてる私が有利だもん♪ 一人だけあぶれた方が逆に正妻感があるでしょ!」

「言われてみれば確かに」

「完全に盲点だった…流石雫ちゃん」


 わいわいと楽しそうに話す三人。

 ヤバい、可愛すぎて死んでしまう。頬肉が筋肉痛で笑うたびに悶絶するはめになってしまう。

 右は澪、左は大河で、前は雫。

 三方向から彼女に挟まれ、残る後ろにはソファーくんが構えている。逃げ場はなかった。逃げるつもりも、あるはずが――


「――って、そーじゃねぇ! っぶねぇ、流されそうになった……! これから真剣な話するんだし、これじゃどう考えても話にくいだろうがっ!?」

「ちっ、バレたか」

「バレるわ普通! いいから三人とも離れろ。ちゃんと話し合うんだから」

「むぅ……友斗先輩のけちんぼ」


 不服そうにむくれる澪と雫。

 めっちゃ可愛いことこの上ないんだけど、ここは心を鬼にする。節分は何もせず終わったけどな。


「ケチでもなんでもない。つーか、大河。お前が唯一のツッコミ要員だろうが」

「うっ……だってしょうがないじゃないですか。私だって、たまにはユウ先輩と密着したかったんですもん」

「――っっ!?」


 だーかーら!

 そういうのはズルいって言ってるよね? ……いや言ってねぇな。一言も言ってないわ。言えるわけもない。負けを認めてる感じになっちゃうし。


 けぷんこぷんと咳払いをしてアピールすると、三人は渋々といった感じで離れてくれた。離れたら離れたで名残惜しくなるんだけどな。四人で雑魚寝とかできたら幸せだろうなぁ……。

 と、そんなことを考えつつ、四人で卓を囲む。


「あー。じゃあ第一回〈水の家〉会議を始めます」

「そのダサい名前はやめて」「真顔でその名前を言うのはやめてもらっていいですか?」

「辛辣すぎる……」

「どんまいです、友斗先輩。私はナイスな名前だと思ってますよ!」


 あっ、そう……。

 雫のクソダサいセンスで共感されると複雑だ。こほん、と俺は仕切り直す。


「ま、じゃあ家族会議を始めるぞ。議題は今後どうするか、だな」

「アバウトすぎる」

「しょうがないだろ、考えなきゃいけないことが山ほどあるんだ。なお、考えなきゃいけないことを増やしたのは俺だが、それに関する批判コメントは一切受け付けないのでそのつもりで」


 ぐちゃぐちゃにしたのが俺だという自覚はあるし、その行動に正当性があるかと問われれば答えられない部分もある。

 しかしながら、それはそれ、これはこれである。

 やってしまったものはもうしょうがないのです。


 感謝祭と、感謝祭内での三人のライブ。

 どちらも目下の課題であり、話し合うべきことは幾らでもあるだろう。

 けれど、それよりもまず、考えるべきことがあって。


 今までなら、逃げていたかもしれない。

 他にすべきことがあるから、と。

 まずはそれを先に終わらせて、それからゆっくり考えよう、と。

 だがそれは、他でもない自分に対する裏切りだ。俺は俺の在りたい自分であると決めた。俺が欲しい幸せのために、俺は切り出さなきゃいけない。


「まずはやっぱり、俺たちのこれからについて話したい。いいか?」


 三人が、それぞれに息を呑んだ。

 大河は険しい顔をし、澪は覚悟を決めたように頷き、雫は期待の眼差しを向けてくる。


「俺たちは、普通の人と違うことをしようとしてる。誹られてもしょうがないし、倫理的には許されないことだ」

「「「……っ」」」


 これは認めなくてはならない。

 『ハーレム』とは、アラビア語の『ハーラム』に由来する言葉であり、その意味は『許されないもの』。一夫多妻制の国もあるが、そういった国の場合、『ハーレム』を許しているのではなく、理由があって取り入れているに過ぎない。

 だから『ハーレム』を築きたければ一夫多妻の国に行け、という考えは誤りだ。


「けど……同時に、複数人での恋ってのは、概念としてはあるんだ。ポリアモリーって言うんだけど、三人は聞いたことあるか?」


 これは、時雨さんが書いていた新作に出てきた言葉だ。

 少し前から知られ始めている言葉で、複数人での恋愛を指す。ちなみに一人と恋愛関係を結ぶことをモノアモリーと言ったり、制度上でモノガミー、ポリガミーと別れるのだが、この辺の細かい定義はどうでもいい。

 掻い摘んで三人に説明し、俺は話を進める。


「重要なのは、その概念がどうこうって話じゃない。ぶっちゃけそんなのはどうでもいい。型にはまらないやり方をしてるくせに、今更、はまる型を探すのも馬鹿馬鹿しいしな」


 同性愛にも色々あるし、複数愛も多種多様だ。

 もちろん自分がどんな属性なのかを知ることで見えることもあるだろう。しかし俺たちは、そういうのとは少し違う。


「だからまず確認。俺は三人を同じくらい好きだし、誰が一番かなんて選べない。合宿のときのあれは、完全なる打算だ。四人で何となく一緒にいられそうな選択をした」

「そう聞くとマジでサイテーですよねー。私、泣いてもよくないです?」

「うっ……それは本当に悪かったと思ってる。けど雫を世界一好きなのは本当だぞ。澪と大河と1位タイなだけでな」

「昨日の日和り方が嘘みたいに饒舌なんだけど。なんなの?」

「これは、仕切りたがりのスイッチが入ったんでしょうね……ユウ先輩、なんだかんだ自分が主導権を握ると調子に乗るタイプですから」

「それ。ほんとそれ」

「はいはい、三人揃って俺への文句で話に花を咲かせるんじゃない」


 ハーレムって、男が針の筵になるだけなんだよなぁ。

 ま、その分最高な彼女たちを可愛がれる特権があるわけですが。


「それで、三人に聞きたいんだが……三人は俺にどうしてほしい?」

「えっと、どういうことです?」

「つまり……俺は誰かを特別扱いするつもりはない。でもそれは義務的な平等じゃないし、計算して均等になるように接する、とかをするつもりもない」


 そもそも、そんなシステミックな関係が続くとは思えないしな。


「ただ、それはあくまで俺の考えだ。結果論として誰かに偏ってしまう可能性はあるから、三人が嫌だと思うなら意見を聞きたい」

「なるほど……平等にしてほしいことがあれば言ってほしい、ってことですか」

「そういうことになるな。ちょっと上から目線に聞こえるけど、男一人で女三人な以上、避けては通れないから」


 二人の恋人でさえ、コミュニケーション不足や視野狭窄で不和が起こることはある。結婚していてさえも、それは変わらない。離婚率の高さを見ればそれは明らかだ。

 四人で生きる俺たちは、他の何倍も言葉を交わすべきだ。

 話して、すり合わせをして、すれ違うことがないようにしたい。


 んっと、と考えてから口を開くのは雫だった。


「特に友斗先輩に配慮してほしいとは思わないです。その代わり、満足いかなかったら拗ねますし、甘えます。当然嫉妬だってするので、友斗先輩がその度にきちんと埋め合わせしてください」

「お、おう……拗ねるし嫉妬するのか……」

「当たり前じゃないですか~。大河ちゃんもお姉ちゃんも、嫉妬はするよね?」

「う、うん。ヤキモチはやきますよ?」

「当然じゃん。ま、それ込みで好きなんだけどさ」

「なるほど……?」


 こいつらはこいつらで割と拗らせてるな?

 首を捻っていると、あっ、と雫が続けて言った。


「安心してくださいね。拗ねるし嫉妬もしますし、怒ることも不貞腐れることもあると思いますけど……でも絶対、離れてあげませんから」

「なっ……!?」

「わ、私もです。ユウ先輩のこと、絶対に離したりしませんから」

「ん。私もそのつもり。絶対に離れていかない都合のいい美少女三人に捕まってよかったね?」

「その代わり振り回す気満々なんだよなぁ……」


 それ含めて最高の三人なんだけどな。

 俺は口許をもにょらせつつ、話を進めた。

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