最終章#41 感謝祭のために
SIDE:友斗
バレンタインデーでも、当然だが授業は行われる。
そも、近年のバレンタインデーは好きな人にチョコを渡すイベントという以上に、友チョコを楽しむような意味合いが強くなっているように思う。休み時間にチョコ菓子を食べたり、昼食にチョコ味の焼きそばを食べたり、何だかんだ遊びのニュアンスが強くなっていると言えよう。
しかし、恋の色が薄まっているかと言えば、そういうわけでもなくて。
大河たちが考えたバレンタインイベントによって本命チョコを渡しやすい空気ができたらしく、校内では割と頻繁にそういったやり取りが見受けられた。特に二年生は修学旅行や先日の合宿で成立したカップルが多いため、鬱陶しいことこの上ない。
ちなみに、隣の席の眼鏡イケメン野郎は忠告したにもかかわらず、きちんとチョコのやり取りをしていた。昼休み、いつもとは違うしおらしい雰囲気を出してるときは茶々を入れてやろうかと本気で迷ったものである。
一方で、バレンタインとは違うトピックもそれなりに話題になっていた。
それは、ずばり感謝祭だ。
例年生徒会が開いている謝恩会の拡大版イベント。このイベントは、俺が一昨日死に物狂いで準備したものだ。いや、準備したって言っても、先生に話を通したうえで新聞部に号外の作成を依頼しただけなんだけどな。
もちろん、生徒会には事前に相談している。
如月経由で花崎と土井に話をしたし、書記クンには俺が話にいった。三者ともに快諾ではなかったが、俺の絵空事に渋々ながらも乗っかってくれた。マジで感謝してる。
してるんだけど――
「で、ユウ先輩! 昨日は完全に流しちゃってましたけど、感謝祭はどうするんですかっ!?」
「お、落ち着け大河。まず椅子に座らせてくれ」
「大丈夫です。そのまま正座していてください」
生徒会で絶賛説教を受けてる俺に誰も助け船を出してくれないのはどうかと思うんだ。
そんなわけで、2月14日の放課後。
生徒会長によって久々に生徒会室に強制招集された俺は、勝手にあらゆる方向に根回しをした罰として、正座で大河のお説教を受けていた。
しかしこうするとあれなんだよな……目のやり場に地味に困る。大河が怒っているせいで動きが激しく、スカートがいつも以上にヒラヒラするから尚更だ。ぶっちゃけ、もう恋人なわけだから自重する必要もないですし? そうなるとやっぱり、色々と考えちゃうよな。
「ユ・ウ・せ・ん・ぱ・い? ちゃんと話聞いてますか?」
「き、聞いてません」
「開き直らないでください。そして反省してください」
「くっそぅ……あのなぁ、大河。こういう昭和スタイルの指導方法は時代にそぐわないと思うんだが」
「何か言いましたか? 生徒会長に黙って他の役員に根回しをし、負担の大きいイベントを告知したクーデター犯さん」
「目が怖ぇよ」
あながち言ってることは間違いじゃないので反論できないのが痛いところ。
そうなんだよなぁ、やってることはクーデターのそれなんだよなぁ……。
あはは、と苦笑していると、傍からむすぅと拗ね笑うような声が聞こえる。
「まったく……眼鏡でイメチェンした挙句チョコ貰ってデレデレしてる暇があったら、しっかりしてほしいよね、大河ちゃんっ」
「うぐっ。そ、それは違うって言っただろ?」
「ん~? 違うって、なんなんですか~? ばっちり本命チョコ手渡しされてるとこ見たんですけどぉ」
「いや、それは、うん……まぁ事実だけど」
「ユウ先輩は一生そこで正座しててください」
「慈悲がない!」
そして、やっぱり間違ったことは言っていないので反論できないのが痛い。
むすっと眉間に皴を寄せる大河の隣で、《《雫はけらけらと俺をからかうように笑っていた》》。大河はともかく、雫は絶対拗ねてるんじゃなくて拗ねたふりして遊んでるだけだな……。
「はぁ……私たち、何を見せられてるのかしら」
「本当ですね。百瀬先輩、一切反省してませんし」
「でも入江さんが楽しそうだし、いいんじゃないですか?」
「そうねぇ……ま、尊いからよしとしましょうか」
「そこの女子三人、話は全部聞こえてるからな」
俺が指摘すると、如月、花崎、土井の三名は仲良さげに音の鳴らない口笛を吹いた。
俺がいないところで生徒会メンバーが仲良くなりすぎて辛い。ちなみに書記クンは、俺が貰ったチョコの量を見て、一度だけ舌打ちを打っていた。俺も同じ立場なら絶対に同じことをやってると思うので文句が言えない。
さて、それはそれとして、流石にこのカオスな状況にピリオドを打つとしようか。
こほん、と咳払いをし、俺は雫を見遣る。
「で、雫はどうして生徒会室にいるんだ?」
そう、本日の生徒会室には生徒会役員でない生徒がいるのである。
俺が言うと、あれ? と雫は首を捻った。
「言ってませんでしたっけ? お姉ちゃんもバレンタインイベントを手伝ってたんですよ」
「いや、まぁそれは何となく察してたけど……じゃあどうして今日はいないんだ?」
「あっ、それは単純に私がジャンケンに負けただけです。事後処理と夜ご飯の買い出し、どっちに行くかさっきジャンケンしたんですよ」
「軽っ!? 生徒会を罰ゲーム扱いすんなよ……」
「イベントの事後処理は罰ゲームみたいなものですから」
大河が苦笑する。
生徒会長がそれを言っていいのか、と思わないでもないが、本当のことしか言ってないのでツッコまないでおく。おふざけはここら辺でやめにしとかないと、色々と間に合わなくなるしな。
「それで。真剣な話、ユウ先輩はここからどうするつもりなんですか?」
真面目なトーンで大河が聞いてくる。
そりゃそうだ。約一か月先の感謝祭は、大河にとって完全なる青天の霹靂。生徒会長として懸案するのは当然だろう。
「分かった、大河。今更嘘をついてもしょうがないし、正直に言うよ」
「……はい」
「どうすればいいのか俺もほとんど目処は立ってない」
「……はい?」
大河の眉間にきゅっと皴が寄る。
俺は慌てて言葉を続けた。
「ぼんやりとした企画のイメージ以外は目処は立ってないんだが……そこは安心していい。全部をどうにかできる切り札を二枚、用意してる」
「……一気に胡散臭さが増しました」
「俺への信頼とか信用とかなさすぎじゃね?」
「どうしてあると思ったんですか?」
「ひでぇ……けど納得しかないわ」
「納得しちゃうんですかっ?!」
こめかみに手を添える大河の一方で、雫がやや引き気味で驚く。
そりゃ納得するに決まってる。今回ばかりはめちゃくちゃなことをしてる自覚はあるのだ。『3分の2の縁結び』のためなら、もっと別のやり方はあった。
今回こんな無茶をしたのは、三人に告白するためだけじゃない。俺の望みを全部叶えるのに、これが一番効率がよかったのだ。
「まぁ信じられないだろうけど信じてくれ。俺が下手に動かなくても、この切り札を使えば絶対に感謝祭は成功させられるからな」
「そこまで言うのでしたら、切り札が何なのか教えてください。そんなにユウ先輩が信頼するなんて……さぞ素敵な方なんでしょうから」
「入江さん、またヤキモチやいてるし」
「絶対ヤキモチやくところじゃないのにね」
「花崎さん、土井さん、静かに」
「「はぁーい」」
仲いいな、こいつら。
俺が苦笑しながら答えを口にしようとすると、はいっ! と雫が元気よく手を挙げた。
「私、その切り札が誰なのか分かりました!」
「ほーん? じゃあ誰なのか言ってみ」
「えっとですねぇ」
びしっ、と名探偵ばりに指さしてくる雫。
にひっと口の端を挙げると、雫はそのまま切り札一人目の名前を口にした。
感謝祭実施のためのワイルドカード。
その一人目の名前は――。




