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最終章#36 バレンタインイベント③

 SIDE:友斗


 くり抜き終えたクッキーがオーブンに呑み込まれる。

 幾つかのオーブンを管理するのはお菓子研究会のOGと澪。折角作ったクッキーを焦がすわけにはいかないため、かなり真剣な様子だ。まぁ、慣れている二人のことだし、心配することはなかろう。


 ぶっちゃけこれを手作りチョコと言っていいのか、と思っていた。綺麗なクッキーより、不恰好でも頑張った形跡が見られるクッキーの方が男子は喜ぶだろ、と。


 しかし、いざこうして一緒に作る側になってみると、そういう問題じゃないということが分かる。

 プレゼントをする側からすれば、幾ら不恰好でいいと言われたって、不恰好なクッキーを渡すのは嫌なのだ。それが理由で嫌われてしまったらと思うと怖くてしょうがないし、よく見られたいって考えるのは当然だろう。


 求められているものが分かっていたとして、そのニーズに応えればいい、と思うことができるなら、端から恋なんてしていないのだ。


 ――なんて。

 こんな気恥ずかしいことを考えているのも、一生懸命な女子の熱とか部屋いっぱいの甘い香りとかに中てられたせいだろう。


 クッキーをくり抜き終えた俺たちは、焼き終わるのを待つ間にメッセージカードを書くことになっている。

 用意された便箋の中から好きなものを選び、好きな人への想いを綴るのだそうだ。何ともまぁ、気恥ずかしいことこの上ない。


「ここまでくると、流石にキミでも居た堪れなさそうにするんだね?」

「っ、びっくりしたぁ……なんだ、時雨さんか」

「『なんだ』って酷くない? 一応、キミの元カノだよ?」

「それ、あの人の前で絶対に言わないでね。絶対睨まれるから」

「ん~? 心配しなくても、キミとボクの関係は伝えてあるよ。ホテルに行ったことも知ってるし、ボクがどうしてそんなことをしたのかも説明してる」

「最悪なんだよなぁ……俺が死んだら犯人はあの人だと思ってね」


 折角気恥ずかしいから他のメンツと離れていたというのに、時雨さんに見つかってしまった。ちゃっかり俺の隣に座ると、俺の手元の便箋を覗こうとしてくる。


「まだ何にも書いてないよ」

「それは知ってるよ。ただ、《《何枚便箋をとったのかな》》と思って」


 時雨さんは俺のことなんてお見通しらしい。

 流石は時雨さん――と思いかけて、いや違うな、と考え直す。

 時雨さんは既に幾つも読み違いをしている。この人は何でもできるわけじゃないし、何でもかんでも分かってくれてると思ってはいけない。


 だからこそ、一つ一つ伝えていこう。


「ピースじゃ足りない数だよ」

「素直に答えてくれるんだ?」

「もちろん。その代わり、時雨さんが取った便箋の枚数も教えてくれるんでしょ?」

「策士だね」


 べっ、と舌を出して笑って見せる。

 時雨さんはくつくつと笑うと、照れ笑い混じりに言った。


「ボクは一枚も取ってないよ。メッセージカードはちょっと恥ずかしいからさ」

「えぇ……あの霧崎時雨がそこだけ日和るんだ……」

「む。失礼なことを言わないでほしいな。日和ってないよ。メッセージカードの代わりに、とびきり素敵なラブレターを用意してるつもりだから」


 ぱちん、と時雨さんはウインクした。

 息を呑むほど魅力的なその顔を見て、ありがちな惹句を思い出す。


 ――恋する女の子は可愛い


 今の時雨さんは、そこはかとなく女の子だった。

 普通とはちょっと違う気もするけど。


「それ、霧崎時雨として言うのは恥ずかしいから壬生聖夜に逃げてるだけでは?」

「…………」

「大丈夫? 伝わる? 割と拗らせてない?」

「――ッ! キミに言われたくないからねっ?!」


 そりゃそうだ。

 俺が肩を竦めて見せると、時雨さんは不服そうにむぅと頬を膨らませた。元カノとか言ってたけど、俺の前でそんな顔したことなかったよね? とツッコみたい衝動をぐっと抑える。


「ま、拗らせてる者同士、やりますか」

「……だね」


 きっと祖父ちゃんと祖母ちゃんの血を継いでるのが悪いんだな、うん。

 逆にそれがいいまであるんだけど。



 ◇



 焼き上がりを報せるオーブンの音にキッチンタイマーの囀りがダブった。

 期待と不安が入り混じったような嘆息が聞こえる。焼きたてクッキーの香ばしい匂いが、ぷかぷかと調理室をいっぱいにした。さっきから匂い嗅ぎて犬になれそうである。わんわんっ。


 クッキーの粗熱が取れてから、参加者それぞれにクッキーが渡される。白い紙皿に乗っかった六枚分のクッキーは、実に美味しそうに焼けていた。

 数色分のチョコペンが回ってくると、説明係のスタッフがレクチャーを始める。

 文字を書くときは中のチョコが固まり始めるのを待つ方がいい、とか。その辺の話をうんうんと頷きながら聞き、作業が始まる。


 だが……うーん。

 チョコペンでデコレーションとか言われても、どうすればいいのか分からん。ぶっちゃけこのまま渡した方がいい気がする。チョコペン程度じゃ味が変わるとも思えないし、イラストも得意ではないし。


 首を捻っていると、ふとハロウィンのことを思い出した。

 そういえばあのとき、三人はチョコペンで絵を描いたクッキーをくれたんだっけ。デフォルメされた動物の絵と、綺麗な絵と、よく分からん生き物の絵。三者三様のお絵描きクッキーは、どうしようもなく幸せで、甘かった。


「ははっ」


 思い出したら、我ながら滑稽で笑えた。

 あのときから解は出てたのに、俺は気付きもしなかった。どこかから持ってきた『ずっとこのままじゃいられない』って言葉をまるで錦の御旗のように振りかざして、自分の気持ちにも自分以外の気持ちにも、きちんと向き合おうとはしていなかった。


 だから、今度こそ――。


「なーにやってるんですか、先輩っ♪」

「うおっ……びっくりしたぁ。そんなことやって心臓が止まったらどうするんだ? 冬の心停止はマジで怖いんだぞ」

「急にガチめなお説教!?」


 考え事をしていると、ちょんちょん、と肩を突かれた。

 振り返れば、ツインテールが眩しい雫がいる。俺のガチ説教にドン引きした様子を見せたかと思うと、くすくすっと笑った。


「先輩って、こーやって不意に声をかけられること多いですよねー。もうちょっと周りに気を配ったらどうです? 戦場で生き抜けませんよ?」

「安心しろ。戦場で先に逝くのは良い奴だからな。俺や雫は最後まで生き残る」

「確かに私たちはクズですし――って、私も入れないでもらえます?! 私はちょーいい子なんですからねっ!」


 ぷんすか、とむくれる雫。

 その姿はいつも通りで、この前の合宿のことなんて忘れているように見える。

 だからこそ――余計にその姿が胸を締め付ける。

 あそこまでのことがあって、いつも通りでいられるはずがないのだ。いつも通りでいるのだとすれば、それはいつも通りに振舞うことを強いているだけ。


「こほん……それで? 先輩はぼーっとペンを眺めて、何をやってるんです? 早く描かないと時間なくなっちゃいますよ?」

「そう言われてもな……いざ描こうと思うと、何を描けばいいのか分からねぇんだよ。『きゅんです』とか描いとけばいいのか?」

「先輩、絶対バカにしてますよね、色んなものを」

「否定はしないな」

「うわー、サイテーだぁ」


 何でも『きゅんです』文化はどうかと思うよ、うん。ちなみにもう若干廃れてきてる今こんなことを言い始めてる時点で、俺が如何に若者カルチャーに遅れているかが分かる。ああ哀しきかな。

 お湯に入ったままのチョコペンに触れながら、んー、と雫は思案する。


「まぁ無難なところで動物の絵とかじゃないです? あとはバレンタインらしくハートとか、メッセージとか」

「なるほど……けどハート型のクッキーだし、メッセージカードも書いたしな。となると、動物とかか」


 バレンタインとはやや離れる気もするが、ハロウィンのときの意趣返しにはなるかもしれん。動物なら割と簡単そうなのを選べるしな。

 澪は狐でいいだろう。大河と雫は……うーん?


「雫、動物って何が好きだ?」

「……私ですか?」

「おう。やっぱり熊か? それとも兎?」

「先輩は私のこと絶対バカにしてますよね?!」

「えっ、じゃあ違うのか?」

「いや兎好きですけど」

「ならいいじゃん」

「とりあえずあざと可愛い動物を挙げようとするその性根が気に入りません!」

「兎はどっちかっつうの地雷系な気もするけどな」


 寂しいと死んじゃうの、とかプロフに書いてそうなイメージ。

 俺が言うと、雫がむすぅと不服そうな顔をした。


「まったく、ほんっとさっきから酷いですね……だいたい、何なんですかその眼鏡と髪! そんなに女の子からチョコが欲しいんです?」

「え゛。やっぱりチョコ目当てに見える?」

「違うんですか?」

「あー…………まぁ、間違いじゃねぇな」

「えっ」


 間違いじゃないのは事実だ。

 本命チョコを貰いたい女の子がいる。しかも三人。甘くて、ほろ苦くて、その苦さすら幸せだと思えるようなチョコが欲しい。


「似合ってるだろ?」


 聞くと、雫はくるりと後ろを向いた。

 あはは、と枯れた笑みを零した後に言う。


「似合ってるんじゃないですか? 朝もモテモテでしたし、きっといい彼女さんができますよ」

「朝って――あっ。あれ見てたのか」

「見てましたよ。みんなの中心にいて……先輩も変わったんですね。かっこよかったです」


 ってことは、肝心なところは見られてないってことだよな……?

 折角昨日からバカみたいに働いて仕込んだのに、それが無駄になったらマジでシャレにならないからな。よかった。

 ほっ、と安堵している間に雫は言う。


「私、他の人のとこにいきますね。先輩も頑張ってください」

「……おう、頑張るよ」


 自覚的にすれ違う。

 絶対に雫が勘違いしてるって分かってるくせに、わざと誤解を解かずに放置する。

 最低でどうしようもない自分に苦笑しながら、俺はクッキーにペンを入れ始めた。


「大河は……雫とお揃いでいいか」

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