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最終章#34 バレンタインイベント①

 SIDE:友斗


「ふぅ~、マジで疲れたぁ……」


 2月13日。

 晴彦たちと買い物をしてから一日挟み、諸々の準備を終わらせたバレンタイン前日。俺はめちゃくちゃな疲労を感じながら放課後の訪れを報せるチャイムを聞いていた。


 授業がきつかったわけではない。

 むしろ頭は冴えている。どこに進むのかを決めたからだろう。自分でも驚くほどに思考はクリアで、授業の内容をスポンジみたいに吸収していけた。数学の難問も手に取るように解法が分かったしな。


 じゃあどうして疲れたかと言えば、


「くくっ、あの程度で疲れるなんて友斗もまだまだだな!」

「うるせぇ……休み時間ごとに女子に囲まれてからそれを言え!」

「あ、うん。中学校で経験してる」

「それはそれでムカつくな」

「理不尽!」


 イメチェンの反響が想像以上に大きいせいだった。

 イメチェンの方向性が決まったのは一昨日のこと。昨日は野暮用で忙しかったためにイメチェンに気を取られているわけにはいかず、今日、イメチェンの効果を惜しげもなく利用する形になった。


 するとどうだ?

 朝はリア充どもにめっちゃ絡まれるし、授業が終わるごとに色んなクラスから女子がやってきて、あれやこれやと話しかけられ、やっとのことで抜け出した昼休み以外はちっとも休めなかった。

 モテ男も大変ね……と、鬱陶しいことを思っていられたのも最初のうちだけ。途中からは対応することの面倒さと休めないことへのフラストレーションの方が上回ってしまった。やっぱり俺、根はぼっちだわ。


 ちなみに、そんな風になっている俺を親友としてサポートしてくれた晴彦は全然疲れていないっぽい。流石は友達百人。マジで真似できんわ。


「まー、いいじゃん? その分イメチェンが成功してるってことなんだし」

「そりゃ、確かにそうだが……ちょっと過剰すぎな気もしてな。言うても、眼鏡と髪型変えただけだぞ?」


 イメチェンの目的の一つは、素の俺だけでは集めきれない耳目を集めることにあった。それこそ初陣補正である。

 だからそういう意味ではこの状況は願ったり叶ったりではあるのだが、如何せん想定の範疇を超えすぎている。


 晴彦は苦笑交じりに、あー、と頷く。


「俺も自信はあったし、友斗がいい感じになってるのは事実だけど……。でもそもそもの話、友斗って三学期に入ってから割と注目されてたからな」

「俺が注目?」

「そーそ。冬星祭であの三人が言ってたのは友斗じゃないのか、って噂になって。その噂が冬休みの間に微妙に薄れた中で、友斗がいつも以上に身だしなみに気を遣い始めたから、女子の間では密かに人気を集めてたんだよ」

「なる、ほど……?」


 なんだその、量産型WEB小説の中盤みたいな人気の出方。主人公のいいところを自分しか知らないと思ってたヒロインが嫉妬し、そのおかげで自分の気持ちに気付きそうな流れじゃん(適当)。

 俺が眉をひそめていると、くしゃっ、と晴彦は笑った。


「諸々のシナジーでイメチェンが大成功してるってことだな。まぁこの時期だし、バレンタインのために張り切ってイメチェンしてきたイタイ奴に見えなくもないけど」

「あ゛」


 晴彦に言われ、ハッとした。

 そうじゃん! この時期のイメチェンとかマジでチョコ狙いの純情ボーイみたいじゃん! うっわ、意識したら急に恥ずかしくなってきた。どうしよう、眼鏡外そうかな。髪クシャクシャにする?

 恥ずか死にそうになっていると、晴彦はけたけたと可笑しそうに肩を震わせた。


「ったく、それ今になって気付いたのかよ……」

「うっせぇ。しょうがないだろ、好きな子にかっこいいって言ってもらうことしか考えてなかったんだよ」

「中学生じゃん」

「やかましい」


 恋愛偏差値が低いことなんて分かってんだよ、ばーか!

 つーか晴彦だってうぶだろうが。経験値だけで言えば俺の方があるからな?


 っと、そんなことを考えてる場合じゃない。

 時計を一瞥し、こほん、と咳払いをする。


「そろそろ行くわ」

「あー、もう時間か」

「遅れたら面倒だしな」


 肩を竦め、俺は席を立つ。

 晴彦はニィと口の端を上げ、言った。


「決めて来いよ」

「おう」


 こつん、とグータッチ。

 かっこつけすぎてイタイな、と苦笑しつつ、俺は教室を出る。

 向かう先は――調理室。

 バレンタインイベントの会場だ。



 ◇



 生徒会主催のバレンタインイベントが告知されたのは、俺が退院した日だった。

 元々その前後に、生徒会のSNSアカウントに何件かDMが届いていた。文面は様々だったが、その内容はごく単純な形で纏められる。

 曰く、『バレンタインで好きな人に手作りチョコを渡したいけどどうすればいいか分からない!』とのこと。


 こんな相談を生徒会にすんなよ、とは思う。が、時雨さんの自由さと大河の真摯さが理由で相談しやすい空気が醸成されていると考えると、責める気にはなれなかった。

 と、話が逸れたな。

 そんな相談を受け、生徒会は急遽バレンタインイベントの開催を決定した。


 大河が忙しくしていたのはそれが理由だったのだろう。実施までたった二週間しかないギリギリなイベントを成功させるために澪も手伝っていたのだと思う。

 ――と、いうところに頭が回ったのが父さんと話した日のこと。

 俺はこのイベントを利用するために諸々の準備をし、仕込みが終わったところで、生徒会庶務としてイベント実施会場である調理室にやってきたのだが、


「……どうして《《百瀬先輩》》がここにいらっしゃるんですか?」


 主催者である生徒会長に、部屋の前で睨まれていた。

 俺と彼女が上司と部下ですらなかった頃の呼び方をされ、チクリと胸が痛む。

 分かってはいたことだが、それでもやっぱり堪える部分がある。

 ピンと張り詰める空気を感じつつ、俺はにかっと笑って言った。


「どうしても何も、俺は生徒会の庶務だからな。生徒会のイベントに参加するのは当然だろ?」

「生徒会の庶務は、生徒会役員が必要だと考えたときにのみ招集します。今回は百瀬先輩の助力が必要ない、と私が判断しました」


 大河は唇をきゅっと引き結び、気を張った表情で告げてくる。

 ったく、明確すぎる拒絶だ。

 ここにお前の居場所はない、だからとっとと帰れ。

 そう言われているような気がしてくる。


 あー、でも、やばいな。

 こんなの状況なのにドキドキしてる。声を聞くだけでニヤケそうだ。可愛い顔だし、愛おしすぎて抱き締めたい。


「……あの。何か言ってもらっていいですか?」

「おっ、おう、すまんすまん。ちょっと大河成分を補給してた」

「へ?」


 って、やべ、うっかりキモイことを言ってしまった。

 しれっとなかったことにしつつ、こほん、と咳払いをする。


「それで、俺は必要ない、だったか」

「え、あ、はい。その通りです。人員は足りていますし、ゆ……百瀬先輩のお手を煩わせることはありません。むしろ何も知らないのに参加されるのは迷惑です」

「何も知らせなかったのは大河だけどな」

「それはさっきも言った通り、庶務の助力が不要だと判断したからです」

「よく言うよ。元々は当日俺を呼び出すつもりだったくせに」

「――っっ」


 図星を突かれ、大河が眉間に皴を寄せる。

 一瞬切なそうに目を伏せると、ギィ、と睨んできた。


「確かに人員が足りなければ雑用をしていただくつもりでした。でも《《こんな即席のイベントに、正しく在ろうとしている百瀬先輩を巻き込むわけにはいきません》》。お帰りください」


 まさかここまで言われると思ってなかった――なんてこと、あるわけないだろ?

 あまり俺を舐めるなよ、入江大河。

 俺はお前のことが大好きなんだ。

 何を言われるかなんて、だいたい予想がついている。

 だから、


「分かったよ。そこまで言うなら、手伝うのは諦める」

「っ…そうですか。では、さような――」

「――だが、参加しないとは言ってない」

「は?」


 俺は分かったうえで、知ったことかと無視をする。

 ここからずっと俺のターンだって言っただろ?


「バレンタインイベントに男子が参加しちゃダメ、なんてルールはない。だから俺はスタッフじゃなくて参加者としてここにいる。生徒会長が一人の生徒の学校行事への参加を拒む正当な理由、あるか?」

「……ッ、屁理屈を!」

「屁理屈だって立派な理屈だ。それをこねなきゃいけない理由があるなら、俺は幾らだってこねてやるよ」


 で、何か文句あるか?

 視線でそう尋ねると、大河は小さく何かを呟くと、ぎゅっと拳を握り締めた。


「……分かりました。そういうことであればこちらから言えることはありません」


 何かを堪えるように頷いて見せた大河の姿は、どこか痛ましくて。

 俺は胸の奥で燻る炎がどこまでも歪なことを再認識した。

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