最終章#32 主人公補正×初陣補正
SIDE:友斗
「友達百人でお馴染み超リア充の晴彦とその彼女にして根っからのオタクでもある如月の手で、俺を最高のイケメンにしてほしいんだ」
「「は?」」
駅前にて。
もう集合してから10分ほど経っているのだが、俺たちはまだここから移動できそうにない。何せ、3分の2が首を傾げちゃってるからな。
やれやれ、これだから最近の若者は。とりあえず挑戦してみる、ってことを知らないんかね。失敗することで得られることだってあるだろうに(この件とは無関係)。
「百瀬くんの気持ちは分かったし、暗いやり取りを続けたくないのは同意だけど……流石にそれは退くわよ?」
「ま、まあ落ち着けって白雪。友斗のことだし、あえてふざけた言い方をしてるだけなんだって。そうだよな、友斗?」
如月と俺の間に入り、縋るように俺を見てくる晴彦。
イイヤツダナーとわざとらしい棒読みを心の中でしつつ、俺はいい笑顔で答える。
「いや、言葉通りの意味だぞ。俺をイケメンにしてほしい。二次元も真っ青で、なんならモデルになれそうなぐらいにそれっぽくしてくれると助かる。素材が若干足りないかもしれないから、そこはセンスでカバーしてくれ」
「も・も・せ・く・ん?」
「友斗?!」
晴彦が絶叫した。
あー、うん、ちょっとからかいすぎたか。このノリが楽しすぎて調子に乗ったが、そろそろ移動しなくてはなるまい。
俺はこほんと居住まいを正し、不足している説明を加える。
「実は最近、視力が落ちてきてな。この際だし、二人と同じく眼鏡キャラになろうと思ったんだよ。コンタクトレンズは怖くてつけられねぇし」
「……ふぅん?」
「で、折角なら上手いことイメチェンをしたいなぁと思ったわけだ。眼鏡だけじゃなくて出来れば髪型も弄りたいな。色々と気分を変えたいから」
「お、おう?」
「そこで二人の出番だ。晴彦は眼鏡イケメンだし、当然センスはいいだろ? 如月も眼鏡美少女だし、ついでに生徒会で俺が眼鏡をつけてるところを見てるはずだ。イメージもつくと思ったんだ」
「「…………」」
俺が言い終えると、二人は目をぱちぱちさせた。
顔を見合わせた後、頬を引きつらせた晴彦が手を挙げる。
「な、なあ友斗。マジでなんでこのタイミングでそんなことするんだ? もっとやるべきことがあると俺は思うんだけど」
「なんでって、合宿の後だし、イメチェンするには割といいタイミングだと思うんだが」
「……それって、あの三人のことは諦めたからイメチェンしてモテてやろう、ってことなの?」
如月が毒を帯びた言葉を吐いてくる。
何ともまぁ、明け透けな物言いだ。
俺はそれに、やれやれと肩を竦めて応じる。
「如月は読解力がまだまだ足りないな。誰もそんなこと言ってないだろ」
「……じゃあ、何のためにこんなことをするの?」
言われて、俺は小指を口の端にかけて引っ張った。
ニィと力いっぱいに作った笑顔のまま、俺は言う。
「初陣補正で厄介なお姫様を三人とも落とすためだよ」
「「えっ」」
「これまでの俺は完全に防戦一方だったからな。オタク的に言うなら……ここからはずっと俺のターンだ」
たとえば、ツインテールだった子がサイドポニーになったり。
たとえば、ミディアムボブの女の子が黒髪ロングになったり。
たとえば、金髪ロングの女の子がショートカットになったり。
イメチェンがどれほどの効果を持つのか、俺はよくよく知っている。だからこそ最後に変わるのが誰なのかと言えば、それは俺以外にいなくて。
「頼む。雫と澪と大河を――銀河一素敵なあの三人を落とすために、俺を最高にかっこいい男に変えてくれ」
俺ははっきりと告げ、頭を下げる。
すると、はぁぁぁぁぁ、と深い溜息が頭上で聞こえた。
「「そういうことは早く言え」」
親友と友達の力強い声。
頭を上げると、二人はニターっと笑い笑顔を浮かべて、言った。
「んじゃ、お言葉に甘えてやりたい放題にやってやるよ♪」
「そうねぇ~♪ あの三人のキュンキュンしてるところは見たいし、晴彦に負けないくらいイケメンにしてあげる」
◇
――と。
『百瀬友斗をかっこよくする会』は、頼もしいアドバイザー二人がノリノリになったことでワイワイと賑やかに行われた。
イメチェンと言っても、流石に髪を染めたりパーマをかけたりするわけにはいかない。眼鏡とそれに合わせた髪型を考えるだけなので一時間もかからないと思っていたのだが……気付くと夕暮れ時になっていた。10時くらいに集まったはずなのに。
とぷんと日が暮れ、カラスの鳴き声でも聞こえそうな時間帯。
俺たちは駅の近くのカフェでそれぞれ飲み物を注文し、一息ついていた。
「なんか、思ってた以上に時間がかかったな……めっちゃ疲れたんだが」
「そりゃそうよ。眼鏡選びを舐めすぎ。髪型とか肌の色とか頭のサイズとか、色んなことをトータルで考えてようやく選択肢が絞れるんだから」
「そーそ。しかも友斗は元々普通に悪くない方だし、最近は身なりにもかなり気を遣ってたからな。インパクトのあるイメチェンをするってなると、めちゃくちゃ難易度が高ぇんだから」
「それを簡単に言って……百瀬くんは自分のポテンシャルを過信しすぎじゃない? ナルシストか何か? 『眼鏡を外したら急にモテるようになった』的なラブコメでさえ現実的じゃないのに、その逆なんて更にないわよ」
ぐうの音も出ねぇ……そりゃそうですよねぇ。
いや違うんすよ。ちょっと前に暇だからと思って見てたアニメで、付き合い始めた彼女の格を落とさないために眼鏡を外してイメチェンした主人公が出てきましてね? あんな感じにいけるかなー、とか軽く考えてたんすよ。
と、言い訳したところで意味はなさそうなので、代わりに俺は弱音を吐くことにした。庇護欲と同情を誘う作戦である。
「お前らめっちゃ言うじゃん……そろそろ泣くぞ?」
「急に呼び出されて一日中イメチェンに付き合ってやった俺たちに何かも文句があんのか?」
「…………何でもないっす、はい」
一応ここは奢りなんだが、それだけじゃ今日の借りは返せないらしい。
ちぇっ、高くついたな……。
まぁその分色々と相談に乗ってもらったからいいんだけどな。
結局俺たちは眼鏡ショップで一時間ほど悩んだ後、まず髪型を大きく変えようってことで美容院に行った。一時間ほど待ってから髪を切ってもらい、その後、昼を食ってから眼鏡を選んだ。
ついでに如月からメンズメイクについてアレコレと指導を受けて、今に至る。
いやー、なんか一気に容姿ステが上がった気分。まぁときめきをメモリ合ったことはないんだけどさ。
「俺が言うのもあれだけど……これでイメチェンになると思うか? 色々変えはしたが、かっこいいかどうかはイマイチ分かってないんだよ」
「それ、今言う?」
「いや、そう言われても……いざ色々と終わって思い出すと不安になったんだよ」
美容院も眼鏡もそれなりに高くついたし、値段に見合うだけのものではあると思う。だがそれが俺に似合うかどうかは微妙なところ。
不細工だと思ってはいない。むしろ顔はそこそこいい方だろう。あの三人に好かれている以上、そこに疑問を持つのは失礼だ。
だがイメチェンするとなると、それは別問題で。
ああ、と今更ながらに気付く。
あの三人もきっとこんな気持ちだったんだ。
ツインテールからサイドテールに変えたり、伸ばしてみたり、ポニーテールにしたり、思い切って短くしたり……。あの子たちは幾度と変わっていた。
その度に一抹よりも多い不安と、一抹未満の期待を抱いていたのだろう。
なんだそれ、最高に可愛いじゃねぇかよ。
「うわっ、友斗がちょっとキモイ」
「その笑顔は絶対にしない方がいいわよ。私たちの努力が台無しになるから」
「うっせぇ、しょうがねぇだろ……あの三人のことを考えたらこうなるんだ。それくらい好きなんだよ」
「開き直ったし……」
はぁ、と晴彦と如月が呆れたような笑みを浮かべる。
それはどちらも陰鬱さや鬱屈さとはかけ離れていて。コメディ寄りなその表情に、ほっ、と安堵を覚えた。
「けれど百瀬くん。正直、もうこれだけでどうにかなるとは思えないわよ? 所詮はイメージを変えただけ。合宿で、大切な何かを百瀬くんは壊した。それは揺るぎのない事実」
「それはもちろん分かってる」
「私には――ううん、私たちには――こんなことに意味があるとはやっぱり思えない。惚れさせるも何も、あの子たちはもう百瀬くんに惚れてるんだから」
「お、おう」
「この流れで照れる友斗がピュアすぎる」
「うるさいぞ晴彦」「うるさいわよ晴彦」
「えぇ……俺が悪いの?」
戸惑う晴彦をよそに、如月は視線で尋ねてくる。
何か考えがあるのか、と。
俺はこっそりほくそ笑み、こく、と頷く。
「安心しろ如月。そこは考えてある。何しろ俺は時雨さんの弟子だからな。時々めちゃくちゃ天才なんだ」
「その言い方、物凄く信用できないのだけど……大丈夫?」
「大丈夫だいじょうぶ」
何も心配は要らない。
昨日父さんと話した後、深夜テンション気味で考えた名案だからな。
まだ不安そうにしている如月に、ところでさ、と俺は切り出す。
「聞いたところによると、なんだか面白そうなことを企画してるらしいな?」
「…………」
沈黙は雄弁。
如月のそれは、分かりやすく肯定の意を示していた。
「さて副会長殿。不肖庶務からいい提案があるんだけど、聞いてくれないか?」
「……何を考えているの?」
「まぁ、まずは話を聞け」
言って、俺はまだ絵空事にすぎない話を如月に聞かせる。
案の定と言うべきか、如月は目を見開き、終始信じられないとでも言いたげな顔をしていた。
話が終わり、
「バカなの?」
と、素で言ってくる。
うんうん、と晴彦が隣で首を縦に振っていた。
「詳しくは分かってない俺ですらバカだって分かるわ。そんなやり方をする意味、どこにもなくね?」
「えぇ、正直意味が分からないわ。もっと簡単に元に戻れるはずなのに、どうしてこんな拗らせるようなことをするの?」
レンズ越しに、二人分の瞳が俺を映す。
俺は二人にとって忘れられない友達で在れますようにと祈りながら、答えた。
「男の子ってのは、好きな女の子のために一番頭の悪いやり方をする生き物なんだ。知らないのか?」
「「かっこつけ」」
「かっこつけて何が悪い? かっこつけまくって惚れさせまくらなきゃ、すぐに誰かに取られるだろうが」
もしも嫌われる日が来たとして。
そのとき、しょうがないな、って納得できるぐらいには毎秒かっこつけていたいから。
二人は肩を竦め、うんうん、と頷き合う。
「まぁそういうことなら一応手は貸してあげる。でも私よりずっと戦力になる人がいるんじゃない?」
「あぁ、分かってる。その辺にもおいおい声はかけるつもりだ。絆の力を集めて大団円、ってやつだな」
「うさんくせぇ……」
ほんと、それな。
我ながら胡散臭い詐欺めいた手法すぎて笑えてしまう。もっとスマートで賢くて分かりやすい方法があることは自覚しているのに、それをあえて無視してるんだから。
でもしょうがないだろ?
だって――《《こっちの方が俺がかっこよく在れるんだから》》。




