最終章#31 出すぎた悔いは、杭の如く。
SIDE:友斗
長く続いた休みと、その後にあった合宿が終わって。
合宿の後の休むすらも今日で最後になっていた。今日が終われば、いよいよ本格的に2月の学校が始まる。3月の中旬には学校が終わるから、もう俺が高校二年生として過ごす日々もあと少しということになる。
ふと、どうして青春ラブコメの主人公は高校二年生が多いんだろう、と考えてみる。
答えは幾つもある。
後輩キャラと先輩キャラがどっちも出せて便利だから、とか。一年生のときの話を使って物語を動かすことができるから、とか。三年生だと受験が忙しくてラブコメどころじゃないから、とか。
あとは……『高校二年生が多い』って思っているせいで多く感じているだけ、ということだってあるだろう。
それでも強く実感する。
この一年は、まさしく青春だった。
後輩がいて、先輩がいて、同級生がいて、二年目の幾つもの行事を満喫して、一部をあえてサボったりもして。
だからこそ心残りもある。
たとえばそれは、自分から友達を遊びに誘えなかったこととか。
クリスマスプレゼントを買いに行ったとき。
本当は俺が晴彦を誘って、一緒に行くつもりだった。男友達としてワイワイしながらクリスマスプレゼントを選ぶなんて、結構いいだろ?
でも晴彦に先手を取られてしまった。
スマホでプレゼントを色々と見ている俺に、
『あっ、そうだ。クリスマスプレゼントまだ選んでないなら一緒に行かね?』
と声をかけてくれたのだ。
俺の意見なんて求めてなかったくせに、俺が頼りやすいようにしてくれた。
嬉しかったし、晴彦が悪いわけがない。
それでも俺は誘いたかった。自分で誘って、友達と遊びに行きたかった。
“関係”を介さずに誰かと関わり始めて、いつかはしようって思っていたことだったから。
「――というわけで。今日は二人に買い物に付き合ってもらおうと思う」
「いや、どういうわけだよ?!」
「はぁー? やれやれ、聞いてなかったのか?」
「聞いてなかったんじゃなくて言ってなかったんだからなっ!? つーか、今来たばっかりだし!」
日曜日。
それなりに人通りの多い駅前に集まった晴彦は、珍しくツッコミ役に徹していた。まぁ普段ツッコミ役をやってる奴がボケに徹しているせいではあるんだけど。いや、ツッコミ役を自称するのってかなりイタイけどね?
と、そんなことはどうでもいい。
あのなぁ……? と呆れたように俺を見ながら、晴彦は言ってくる。
「だいたい、前日の夜にいきなり遊びに誘うか? せめてもうちょっと前に連絡するもんだろ」
「そうなのか? リア充って当日に『うみいこーぜ!』みたいなノリで集まって湘南の海を制覇するんじゃねぇの?」
「リア充への偏見が酷すぎる……! そのノリ、むしろ友斗の方が近いだろ。あとなんで湘南の海?」
「ふっ、晴彦よ。ツッコミどころ全部にツッコんでるうちはまだまだだぞ」
「だったらツッコミどころで塗れてることを言うんじゃねぇよ!? 急にどうした!?」
「本当ね……まるで『青春ラブコメ』と銘打ってるくせにコメディ要素が足りないと叩かれたから急に作風に合わない駄々滑りなコメディ展開を入れてきた作品みたいよ」
「如月は、今日の一言目がそれで本当にいいのか……」
「それ、そのまま百瀬くんに言いたいわ」「俺たちがさっきから思ってることだぞ」
如月と晴彦の声が被る。
あらあら、息ぴったり。妬けちゃうわね~。
なーんて、お節介おばさんみたいなことを考えて、けらけらと笑う。戸惑い半分で笑う晴彦とは対照的に、如月は明らかに口数が少なくて機嫌も悪い。
「よくあの合宿の後にそんなテンションで私と話せるわね……。晴彦は百瀬くんの味方かもしれないけれど、私はあの三人の味方よ?」
レンズの奥の眼は、俺を鋭く睥睨していた。
選挙のときの如月を彷彿し、懐かしさやら嬉しさやらで頬が緩んだ。
「味方ってことは、あの三人が何を考えて何を望んでるのか、如月は知ってるってことか?」
「そうね……知ってるし、応援したいとも思ってる。私には理解できない部分もあるけど、それでもあの子たちの背中を押したいの」
だから、と如月は真剣な顔で言う。
「あの日、百瀬くんが悩んで答えを出したことは分かってるし、その答えが間違ってるとは思わないけど……それでもやっぱり、私はあの三人を応援したい。贔屓したい。そういう気持ち、分かるでしょ?」
如月の言葉を聞いて、ふと思う。
もしかしたらあの合宿の後、如月と晴彦は揉めたのではないか、と。だって俺に選ぶよう言ったのは晴彦だ。晴彦のせいにするつもりはないが、晴彦自身が自分を責め、白雪に懺悔した可能性はある。
あー、だからか……? 微妙にこいつら、距離あるもんな、さっきから。いつもなら手を繋いでくるくせに、今日はバラバラだったし。
つくづく友達思いな奴らだ。俺には到底真似できない。
が、まぁそんなカップルの不和など俺の知ったことじゃない。勝手に仲直りして絆を深めてろ。
俺はにたーっとピエロみたいに笑って、返す。
「なぁ如月。前にも言った気がするけど、ギャグ枠の如月が真面目ぶると一気に全体の空気が重くなるからやめようぜ」
「なっ……ふざけないで」
「やだね。ふざけるに決まってんだろ。ここ最近シリアス続きすぎてこっちは飽きてんだよ! 三人と離れて魘されまくる日々の後に入院して、挙句の果てに合宿で泣かれて殴られて別れ告げられてんだぞ!? これ以上のシリアスとかありえねぇから! こちとらちょっとストレス展開が来るとすぐに嫌気が差す日々に疲れ切った現代人なんですけど?」
「「は、はあ……?」」
「俺が欲しいのは青春ラブコメであって胸が痛くなる青春群像劇じゃねぇんだよ。そんなのライト文芸でやってろ! 俺はライト文芸よりラノベ派だ。萌えイラストと楽しい超展開で夢をお送りしてもらいたいオタクなんだっつーの!」
「お、落ち着け友斗」
まるで荒ぶるペットを落ち着けるかのように、どーどーとやってくる晴彦。
むぐぐ……俺はめちゃくちゃ冷静だし落ち着いてるんだが? まぁ、あんまり捲し立ててもしょうがないし、いいんだけどさ。
ひとまず俺は、こほん、と咳払いをして話を進める。
「如月の言いたいこともよく分かる。ここ最近は暗い空気だったし、合宿の後にこのテンションなのは変かもしれない。でも、もう《《そういうのはやめだ》》」
「やめ、って……」
「ここからは重い展開も哀しい展開も辛い話も、バッドエンドもメリバエンドもグッドエンドもベストエンドすら許容しない。俺がやりたい放題やるって決めたんだ。文句があっても黙ってろ。俺は百人の友達と五人の親友のどっちかを選んだりしない。俺が掴んでいたい奴を好きなだけ掴んでおく人間だからな」
俺が見下していた昔の俺が、とっくの昔に見つけていた答え。
俺が神聖視していた昔の俺が、確固として否定した答え。
その交点を握り締めて、ここから始めるのだ、何もかも。
如月は俺を見つめ、はぁ、と溜息をついたかと思うと、呆れたように肩を竦めた。
「まったく……言ってることは全然分からないのに、どうして信じたくなるのかしらね」
「そんなの俺が主人公だからに決まってるだろ」
俺が言い切ると、如月は晴彦と顔を見合わせ、ぷくっと笑った。
「何それ、お腹痛い!」
「マジでそれなっ! 白雪のこと言う前に、まず自分がギャグ枠だってことを自覚した方がいいよな!」
「そうそう、本当にそう! 絶対遅れてきた中二病よね」
「人のこと好き勝手言いすぎじゃねっ!?」
「いや妥当だろ」「妥当でしょう?」
「息ぴったりに言うんじゃねぇ!」
俺がツッコみ、三人でぷふっと吹き出した。
けらけら、けらけら、頭のねじが緩んでるみたいに笑う。
暫く笑った後、くくっと口角をつり上げながら、晴彦がこほんと咳払いをして言ってくる。
「そんでさ。友斗の意気込みは分かったけど、今日は結局なんで集まったんだ? つーか、何するつもりなわけ?」
「あー、うん、それな。まぁ簡単に言うとあれだ」
正直、自分で言うのはどうしようもなく恥ずかしいし、絶対に呆れられるって分かってる。意味分からないと言われること間違いないだろう。
けれどこれは、俺にとって絶対に欠かせないステップだから。
俺は言った。
「友達百人でお馴染み超リア充の晴彦とその彼女にして根っからのオタクでもある如月の手で、俺を最高のイケメンにしてほしいんだ」
「「は?」」




