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最終章#30 初恋と向き合って②

 SIDE:友斗


 ファミレスにて。

 俺は頭の中を整理しつつ、父さんに話を始めた。


「話は変わるんだけど。実は俺、澪や雫と元々知り合いだったんだよ」

「へ?」

「いやほら、顔合わせのときは初対面みたいに振舞ってただろ? でもあれ、嘘なんだ。元々俺たちは知り合いだった。ううん、知り合いってレベルじゃないな。俺は多分、あの頃からあの二人に恋をしてた。自覚してなかっただけでな」

「そ、そうなのか……え、ストップ。実は美緒とお前の話の時点で割とお腹いっぱいなんだけど、まだ衝撃的な事実があったりする?」


 まだ話し始めたばかりだと言うのに、父さんはへなへなぁと情けない顔をした。

 俺は堪らず破顔し、その上で意地悪く返す。


「おいおい、恋愛相談に乗ってくれるんじゃなかったのか? 父親のくせに情けないぞ」

「うるせぇ! 友斗が爆弾発言しまくってるからだろうが! 実の妹との恋の次は、義理の妹二人に元々恋してたって、お前な……!」

「好きになったんだからしょうがない。そう言ったのは誰だっけ?」

「うぐっ……それを言われると弱る」


 父さんがぐぬぅと愉快に顔を歪めた。

 この調子なら俺が澪とセフレだったことをバラしたらぶっ倒れそうだな。流石にそこまで生々しい話をするつもりはないけども。


「ま、そんなわけで、俺は雫と澪のことが好きなんだけどさ。もう一人好きな子がいるんだよ」

「それって……よく家に来てるあの子か?」

「ご明察」

「正解したのが嬉しいのか自分でも分からないレベルで複雑なんだが」

「それ、父さんが再婚するだろうなって予想が当たったときに俺が思ったことだから」

「ぐぬぬ……さっきから卑怯だぞ。俺がダメすぎて何も言えないじゃないか」

「うん、だから父さんに話してるんだよ」


 世界でただ一人、父さんだけは俺を責める立場にいない。

 だって俺の気持ちを無視して再婚を決めたわけだし。その後も年頃の女子と俺を一つ屋根の下暮らさせるとかいうエロゲかラノベみたいな仕打ちをしてくるし。

 渋笑う父さんに、俺は追い打ちをかけるように言う。


「雫とは小学校の頃からの幼馴染でさ。めちゃくちゃ可愛いんだよ。ギャルゲーが好きで、小悪魔ヒロインを演じてみたりしてんの。あの子の笑顔が死ぬほど可愛いんだわ、これが」

「お、おう」

「澪とは中学校からの腐れ縁な。こっちは卑怯なくらいにかっこいい。絵を描くこと以外何でもこなす超人で、しかも強欲。あの子のドヤ顔が意味分からんぐらい可愛いんだよ」

「お、おう……? え、これ何の話?」

「大河とは高校で出会った。不器用なんだけど真っ直ぐで、俺のことを心から信じて期待してくれるんだ。だからこそ叱ってくれることもあって……ふっと笑う顔が、最高に可愛い」


 いっそ父さんに、惚気まくってやりたい。

 あの子たちの可愛さを布教しまくって、俺にどれだけ勿体ない素敵な子たちなのかを教えたい。

 けどそんなことに意味はないから、こほん、と話を区切る。


「だから俺は三人のことを同じぐらい愛してる。それで――あの三人も、俺のことを愛してくれてる」

「そう、なのか」

「うん。それだけじゃない。あの三人さ、意味分からないことに『ハーレムエンド』がいい、それ以外はダメだ、って言うんだよ」

「…………は?」


 打ち明けると、父さんはぽかーんと口を開けた。


「えっと、すまん。意味が分からないんだが」

「ほんとそれな。俺も意味が分からない」


 考えても、到底理解できないことだった。

 しかし、ありえない、なんて遠ざけるべきではないのだと思う。


「この前の合宿で、これ以上なあなあな関係が続くことがないように、三人から一人を選んで告白したんだよ」

「……お、おう」

「三人のうちから一人を選べるわけなんてないのに、すげぇ悩んで選んでさ。それで告白したのに――断られた。選んでほしいなんて頼んでない、って。泣かれて、殴られて、拒絶された。あの三人は『ハーレムエンド』じゃないと納得しないんだと。都合がよすぎて意味が分かんないだろ?」

「それは……かもしれないな。友斗のどこにそんな魅力があるんだ……?」

「おいこら親だろあんた」

「いや、だってさぁ……お前、女をたらせるほど器用じゃないだろ? 俺に似て顔はいいけどな」

「ぶん殴ったろか?」


 まぁ概ね同意なんだけどな。

 俺は三人に求めてもらえるような人間じゃない。

 だがそれは逆に言えば、《《妥協の延長線上にある》》『ハーレムエンド』を選んでまで手にしたい存在じゃない、ってことで。

 逆説的に考えて、彼女たちが求める『ハーレムエンド』は《《妥協ではなく真の願い》》だと言えるはずだ。


「そ、それで……? 俺はその話を聞かされて、どうすればいいんだ?」

「あっ、うん。ここまではぶっちゃけ自慢かな。美緒含め、最高の美少女四人に好かれる俺って凄いっしょ、みたいな」

「…………」

「自分の息子を哀れみの目で見るのやめない? 言いたいことは分かるから」


 俺がツッコむと、父さんはくつくつと肩を震わせた。

 ドリアを頬張り、もごもごと咀嚼するのを見ながら、俺は話の続きを口にする。


「俺は昔も今も、普通じゃ絶対に認められない恋をしてる。美緒との恋は当たり前だし、複数の相手との恋だって不倫だの浮気だのと言われて当然だ」

「…………かもな」

「俺は昔、美緒を色んなものから守り切る自信がなかったから遠ざけた。好き合ってるのを自覚しながら、その気持ちが間違いだ、って決めつけた」

「…………」

「今も、自信がない。俺のせいで傷つく三人を守る自信がない」


 それだけじゃない、と俺は自己嫌悪をぶつけるように続ける。


「歪でしょうがない美緒との恋で、俺は終われなかった。その後にあの三人のことを好きになった。だからあの子たち三人を愛するって証明ができない。だって、《《歪で特殊な恋が最後の恋になるとは限らない》》って知ってしまってるから」


 青春ラブコメはいい。

 苦しんで、もがいて、たどり着いた先にある気持ちがどうしようもなく本物だと信じることができる。その恋が永遠に続き、主人公もヒロインも他の誰かに目移りしたりしない。


 けど俺は?

 俺にはそんな保証がない。

 歪で絶対無敵な初恋をしてもなお、俺は三人もの女の子を愛せているのだ。


「だから父さんに聞きたかった。俺は、どうすればいいと思う? 守る自信も、三人だけを好きでいる保証もない俺は、それでも三人といていいと思うか?」


 俺は真っ直ぐに尋ねた。

 父さんの瞳を見つめて、居住まいを正す。

 こんなこと、もう一生父さんには話さない。親子で恋の話をするなんて恥ずかしいし、居た堪れないし、どんな顔すればいいか分からない。

 それでもこの答えは、父さんだけが持っていると思った。

 父さんの口にした答えでなければ、俺は他の誰が用意した答えでも納得できないと確信していた。


 からん、と父さんのグラスの中の氷が揺れる。

 半分ほど食べ終えたドリアを一瞥し、父さんはふぅと息を吐いた。


「美琴さんは、俺が由夢さんを失って仕事に逃げてしまったときに、俺のことを受け止めてくれた人だった。恋をしなくてもいい、でも愛をしよう、ってな」


 以前、義母さんと話したことがある。

 確かあのとき言っていたっけ。

 楽しさや嬉しさを共有することに愛はなくてもいい。友情だって充分だ。けれど哀しみを共有するためには愛が要る、みたいなことを。


「俺の哀しみを受け止めてくれた人だった。一緒に泣いてくれて、一緒に逃げてくれた人だった。だからこそ、だろうな。好きになったって気付いたときも、その気持ちをなかなか告げられなかったんだよ。こんな簡単に人を好きになれるなら、美琴さんに色んなものをぶつけた俺はなんだったんだよ、って思えてな」

「あー、なるほど」

「立ち直れなくて逃げ続けるくらい愛していたはずなのに別の人を好きになれるなんて……一途じゃないし、不純だ。しかも好きになった後でも、まだ由夢さんのことは愛してたからな。最低だ、って自分を責めたよ」


 それは、或いは俺と酷似した状況なのかもしれなかった。

 ただ一つ、新しく生まれた愛の不純度が大きく異なるのだけれども。


「でも考えて、考えまくって、気付いた」


 父さんは、ニィ、と笑って言う。


「俺は由夢さんのことを愛してる。それにだけは自信がある。そんな俺を惚れさせるくらい、美琴さんは素敵な人だった。そこまでの人が俺の人生如きで何人も現れるはずがない。だから心配をする必要がない、ってな」


 清々しいその言葉を聞いて、かはっ、と喉を息が通った。

 開き直りも甚だしい。

 ちっとも誠実ではなく、考え得る限り最低と呼んでもいいだろう。それでも父さんは、バカみたいに笑うのだ。


「俺が信じたなら、後は簡単だ。男が女に愛を信じさせる方法なんて、頭じゃなくて本能が知ってるからな」

「……それ、実の息子に言うこと?」

「親子だからこそこういうことはきちんと教育しないといけない、ってこの前テレビで言ってたぞ」

「あっ、そう……」


 俺は苦笑し、でもそうだよな、と納得する。

 単純で頭の悪い答えが、結局のところ一番正しかったりするんだから。


「ま、だからこれから先ハーレム要員が増えるかも、なんて心配をしてるんだとしたら哂ってやるよ。友斗如きの人生にこれ以上ヒロインが現れるわけねぇだろ、ってな」

「そっか」


 ああ、そりゃそうだ。

 主人公が攻略できるのはヒロインだけ。ヒロインが三人しかいないんじゃ、ハーレムに誰かが加わるわけがない。

 だとすれば―――うん、そうだな。


「あとは……なんだ、守る自信だっけか?」


 父さんが確かめるように言うので、俺は頷く。

 すると父さんはヘナヘナと脱力して答えた。


「友斗も分かると思うけど、俺は美琴さんを守ったりしてないからなぁ……守ろうって気概もないし」

「あ、うん、だろうね」

「即答されるのも複雑だな……。まぁ真面目な話、男が女を守る、なんて時代はとっくに終わってる。辛いことも一緒に乗り越えればいい、みたいな綺麗事しか俺には言えない」


 けど、と父さんは父らしく俺を見つめた。


「こっちの方はもうとっくに答え見つけてるだろ? だから背中を押してくれ、って言ったんだろうし」


 んだよ、お見通しかよ。

 自然と頬が緩んだ。


「まぁな。とっくの昔に答えは見つかってた」

「そりゃそうだ。だって、父さんの子だぞ?」

「あー、はいはい、そうだね」

「その流し方は酷くね?!」


 うるせぇ、恥ずかしいんだからいいだろ。

 俺はそっぽを向いて、それから、ありがとう、と一言告げた。



 ◇


 ――面白かった。

 その一言と共に添えられた花丸が、俺に答えを教えてくれた。


 幼い俺が紡いだ物語の名は『泣かないエラ妃』。

 シンデレラの物語の続きを書いた、『ブルー・バード』や『八面鏡の白雪姫』と同じ、童話の二次創作的な物語だった。


 あらすじは簡単だ。

 誰もがよく知る、シンデレラの話。

 そこで王子様に選ばれたシンデレラこと少女エラは、王子様と結婚した。彼女は王太子妃として日々を過ごすが、やがて上流階級の世界で孤独を感じるようになる。

 国内には王太子妃になったからこそ気付く不平等が蔓延り、哀しい顔をした子供も多い。けれども自分ひとりでは何もできず、何かをしようとすればますます孤独になる。


『私は彼に選ばれた。でもそれすらも……あの人の魔法がなければ成しえなかったこと。彼が探してくれなければ自ら名乗り出ることもできない臆病者なんだ』


『彼には私よりふさわしい相手がいる。魔法の名残(ガラスの靴)でしか彼と繋がることができないのに……この恋が本物だってどうして言えるんだろう?』


 ラノベやアニメに触れて生きていた小学四年生の男子らしい拗らせ方だったと言えよう。

 そうして苦しんでいくエラ。

 しかし終盤、彼女のもとに王子様が現れる。


『エラが偽物なら、私の方が偽物だ。生まれながらに持っていたものしか私にはない。むしろ私にはエラが輝いて見えるよ』


『たくさんの人と会ってきた。幾人もの美女に誘われてきた。そんな私だからこそ、エラが世界で一番奇麗だと分かるんだ。私だけしか分からないエラの輝きを……私は、心から愛している』


 エラは王子様と真に結ばれ、後に王を支える賢い王妃として名を馳せる。

 『めでたしめでたし』の結び言葉で、『泣かないエラ妃』は締めくくられる。


 最後のページ。

 赤い文字で書かれた、


 ――面白かった。


 の一言。

 それだけで俺は、あのときの美緒のことを思い出せた。

 あの子は泣いていたのだ。静かに、つーっと涙を零していた。その顔を見て、俺は初めて確信を持つことができた。


 ――ああ、美緒を救えた


 って、生まれて初めて思えたんだ。

 どの言葉が美緒に刺さったのかは分からない。本当に救えていたのかも分からない。

 けれどそのとき、生きてていいんだ、と心の底から思えた。

 できないことばかりがあって、何が起きるかも分からなくて、苦しいことでいっぱいのこの世界で生き続ける意味を見つけられた気がした。


 だからそのときから俺の願いは変わってなんかなかった。

 けれどそれを願うことのおぞましさを幼い俺ですら理解できていて。

 美緒を遠ざけて、美緒を失って、願いごと記憶を捨てた。


 ならばこそ、認めよう。

 百瀬美緒という少女(初恋)と本当の意味で向き合って、《《乗り越えて》》、きちんと後悔をして。

 俺の願いを、認めよう。


 俺の望みは―――。

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