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最終章#22 やましいこと

 SIDE:友斗


 かまくらの中は、思っていたよりも暑かった。

 厚着だし、さっきまで動いていたし、体に熱がこもる条件を満たしまくっているのも理由だろう。しかしそれ以上に、どうしようもなく狭くて雫との距離がほぼゼロなのがよくなかった。


 スキーウェア越しだから、肌の柔らかさとかそういうのはちっとも感じない。

 それなのに感覚だけは嫌に鋭敏になって、距離の近さを否応なしに意識してしまいそうになる。


「…………」

「………ぁ」

「…ぁ……」


 かまくらの中は、音がこもるのだろうか。

 雫の吐息を、身動ぎの音を、一つ一つ拾ってしまう。触れあう箇所は焼けるように熱く、雫の唇や睫毛一本一本に目がいった。


「あ、あぁ……これ、小さくないか?」

「ですねぇ。元々、小さい子とお母さんが二人で入ってたので」

「雫が作ったわけじゃないのか」

「そりゃそーですよ。かまくらを10分そこらでは作れません」


 ま、そういうものか。

 かまくらとか作ったことないし、どれだけ時間がかかるのかは知らないんだけどさ。


「じゃあ譲ってもらったのか」

「ですです。ちょうど一回戻るところみたいだったので」

「ほーん」

「あっ、でも無理やり奪ったわけじゃないですからね? ちゃんとお礼に、ヘアゴムをあげました。切れちゃったみたいで、困ってたので」


 別に奪っただなんて思っちゃいない。よしんば奪ったところで、戻るところだったなら躱す手間が省けただけだしな。

 なのに、それだけじゃなくて素敵なことをしているところが、何だかとてもほっこりする。その小さい子にとって、お姉ちゃんにかまくらを貸してあげる代わりにヘアゴムを貰った、って経験は代えがたいものになるに違いない。


「雫はほんと、いい子だよなぁ」

「むぅ。それ、ちょっとバカにしてません?」

「してないしてない。本当にいい子だなって思ってるぞ」


 ぽんぽん、と雫の頭を撫でる。

 ふんありと破顔した雫は、にまぁとからかうような顔をして言った。


「まあ、私だって悪い子になるときもありますけどね?」

「ちょっ――」

「しぃー、ですよ。大声出すと二人に気付かれちゃうかもですから」


 雫は、ぎゅっと俺に抱き着いてきた。

 腕をホールド、とかの次元じゃない。

 これは俺たちが以前付き合ったときに家の前でした、足りない何かを埋めるようなハグに近い。


 スキーウェアを着たままでも、決して誤魔化せない女の子的な柔らかさ。

 脆さ、華奢さ、強さ、冷たさ、温かさ――。

 はぁ、とか、ほぅ、とか甘やかな息を雫が漏らす。


「ふふっ、友斗先輩ったら顔が真っ赤ですよ」

「っ、うっせぇ。暑いせいだっつの」

「そ、ですか。じゃあ冷やしてあげましょうか?」

「冷やすって?」

「声、出さないでくださいね」


 しぃ、と雫が唇に指を添える。

 そして、ぴと、と俺の頬を両手で挟み込んだ。


「――っっ」

「ふふー。どーですか?」

「……どうもなにも。冷たいってこと以外に感想があるか?」

「ドキドキするとか、可愛いとか、抱き締めたいとか、最高とか」

「手、関係なくね?」

「さっきから私が当ててる胸のことでも可ですよ」

「…………スキーウェア着てるんだからそんなのノーカンだろ」


 どく、どくどく、どくどくどくどく――。

 鼓動がうるさい。

 痛いほどにうるさくて、うるさいほどに痛い。

 跳ねた分だけ甘くて、返ってきた分だけ『好き』を実感する。


 雫の、ビー玉みたいな瞳と向き合う。

 とろんと蕩けた眼のまま、雫はそっと口を動かす。


「う・そ・つ・き♡」

「――ッ……!?」

「友斗先輩、めっちゃドキドキしてますよね? さっきからすっご~く視線感じますよ?」

「うっ、それは、だな……」

「友斗先輩ってぇ、友達と一緒にいるだけなのにぃ、こんなにドキドキしちゃうんですかぁ~?」


 耳朶を溶かす甘美な毒。

 胸に言葉が詰まって、俺は――


「私たちのこと、好きだって認めちゃえばいいのに。いいんですよ? 私たち、待ってるんですから。何にも悪いことなんてないんです」

「…っ、……ぁっ」


 いっそのこと、認めてしまいたくなる。

 三人のことが好きだ、って。

 選ばないことを許してくれ、って。

 『ハーレムエンド』なんて男の妄想を許してくれ、って。


 でも、そんなのは許されないんだ。

 たとえこの子たちが許したとしても――


「雫、友斗。見つけた」

「「へ?」」


 その刹那、勝ち誇ったような声が聞こえた。

 俺と雫が間抜けな声を漏らしながらかまくらの入口を見遣ると、そこにはドヤ顔に澪がいる。


「これで私が六人。勝った」


 ……ふぅ、なんとか助かった。

 そう思ってしまった俺は、多分どこまでも最低だった。



 ◇



 鬼ごっこは、一度もリセットされずに全員が捕まって終わった。

 瞬殺すぎだから、と今度は時雨さんと澪がそれぞれ一人で鬼をやって二ゲーム行い、澪を除いて全員が疲れ果てたところで別のことをすることになった。


『かまくら入ってたら雪遊びがしたくなったので、みんなで雪だるまを作りましょう!』


 雫の一声で、今の俺たちはぼーっと雪だるまを作っていた。


「――ぱい、ユウ先輩!」

「うおっ……悪ぃ、聞いてなかった」


 大声で言われ、俺はびくっと肩を震わせた。

 顔を上げれば、むっとした顔の大河がいる。ころころと雪玉を転がす手を止め、言ってきた。


「さっきから様子が変ですが……もしかして、体調悪いんですか?」

「え? いや、別にそういうことじゃないぞ」

「じゃあ、何があったんですか?」

「何もないって」

「雫ちゃんとかまくらで密着してたって聞きましたけど」

「知ってんのかよ!?」


 くっそぅ、澪が話しやがったな……?

 当の本人は、体力を持て余しているからと走りながら雪を転がしている。デカい雪だるまを作るつもりらしい。

 ちなみに、今の俺たちは班で別れて雪だるまを作っている。

 俺と大河は、花崎と土井と共に生徒会四人で一班だ。如月は晴彦とイチャついてる。実にご馳走様だ。


「というか、別にやましいことはしてないぞ? 澪と時雨さんから隠れるためにかまくらに入ってただけで……」

「抱き締められていたことは『やましい』の範囲にならない、と」

「うっ」


 隠し事はできないらしい。

 真実を言えば、俺はあくまで抱き締められてただけだ。俺自身は特に何かをしたわけではない。

 しかし、あのときの雫の背徳的な感覚が頭にこびりついて離れないのも事実。

 つい顔をしかめてしまうと、ツンとした声で大河は続けた。


「まぁ、別にやましいことをしていてもいいと思いますけどね」

「……は?」

「雫ちゃんにやましいことをしたら悪い、なんて思いませんよ。ま、まぁ……私もやましいことをしてもらえると嬉しいのですが」

「…っ」


 これはずるい。

 そんなこと言われたら、色んなことを想像したくなるじゃないか。

 湧き出す欲を抑えるように唇を噛み、かはっ、と喉奥から息を漏らした。


「アホ。顔赤くしてるくせに何言ってんだよ」

「なっ、そ、それは慣れてないんですから許してください。澪先輩とは違うんです」

「だったら言わなきゃいいだろうに。つーか、俺なんかにそういうことやったって――」

「ユウ先輩相手だから言うし、やるんです。バカにしないでください」

「っ……!?」


 くっそ。

 どうしてそんな風に、真っ直ぐにぶつけてくるんだよ。

 揺れるだろ、どうしようもなく。

 ぐわんぐわん揺れて、おかしくなるだろ。


「はぁ――っ!!」

「ちょっ、ユウ先輩!?」


 熱くなりかけた自分を冷やすように、俺は頭から雪に突っ込んだ。

 柔らかな雪はキンキンと頭を冷やして、ニット帽越しにぐじゅぐじゅと濡らす。


「くぅぅ……冷てぇ」

「当たり前です。そんなことして、風邪引いても知りませんよ?」

「大袈裟だな。この程度で風邪なんて引かねぇよ」


 引くわけには、いかねぇよ。

 そんなことしたらまた先延ばしにせざるを得なくなる。そんなの、俺が自分を許せないんだ。

 心配半分、怒り半分の大河の言葉をにへらっと笑って受け流す。


「ほら、雪だるま作ろうぜ。こういうのも楽しいだろ?」


 はい、と(わら)う大河は。

 とても魅力的だった。

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