最終章#21 雪鬼
SIDE:友斗
朝食を終えて。
俺たちは再び道具一式をレンタルし、昨日と同じ場所で集まっていた。メンツも昨日と同じである。
改めてこうして見ると、マジで豪華なんだよなぁ。
男子も俺以外は人気者だし、女子だってそれなりに名の知られた奴ばかりだ。花崎と土井、雫あたりは知名度的には劣るだろうが、花崎と土井は「実は好きなんだよね」ってこういう合宿で名前が上がりそうなキャラだし、雫は人気自体はめちゃくちゃ高い。ただ、特別目立つことをしていないだけだ。
その中でリーダーシップをとるのは、やはり入江先輩である。
「さて……確認だけれど、昨日練習してみんなある程度は滑れるようになった、と思っていいのよね?」
入江先輩がそう聞くと、昨日教えてもらう側に回ったメンツがそれぞれに反応する。どれも肯定の意を示すものばかりだ。
おかしいぞ……たった二泊三日程度じゃ思う存分滑れるようにならないから合宿の参加者が少ない、とか思ってた俺がバカみたいになってしまう……。
まぁ如月は去年もいたから勝手が分かるはずだし、花崎や土井は入江先輩と時雨さんの完璧超人コンビニ教わったわけだからな。下手をすると、一番危うかったのは俺と大河のコンビだった説がある。
「みんな滑れるようになったんだし、どうせなら遊びたいよね。恵海ちゃん、なんかいい案ある?」
「っ、そ、そうねぇ……どうしようかしら。ただ滑るだけでもいいと思うけれど……この人数だしね。速さで競ってもしょうがないだろうし」
三年生ズが二人で並んで話す。
こういうとき、二人は先輩って感じがするな。なんだかんだ一~三年生が揃っているし、この合宿の本来の意義も果たせているのかもしれん。
そんなことを考えている間に、時雨さんは何かを思いついたようだった。
「そうだ! じゃあみんなで鬼ごっこをするのはどうかな?」
「……鬼ごっこ?」
「うん。スキーしながら鬼ごっこ。スキー場は広いし、ある程度滑る速さに差があっても大丈夫だと思わない?」
なるほどな、と思った。
そういえば某アニメでもスキーしながら鬼ごっこしてる描写があった気がする。時雨さんがそれを思い出したのか、それとも単に閃いただけなのかは分からない。
オリジナリティってやつは難しいしな……(ちょっと難しいことを語ってる顔)。
「なるほど。悪くないわね。鬼ごっこが嫌って人がいれば別のことにするけれど、どうする?」
入江先輩が全体に呼びかける。
三年生の先輩の意見には異論を出しにくいような気もするが、まあ、そもそも分かりやすく問題がある案でもない。
誰も異論を出すことはなく、鬼ごっこをやるってことで話がまとまる。
「じゃあ、鬼ごっこをやるということで。鬼は――」
「ボクがやるよ」「私、やりたいです」
入江先輩の言葉に反応して手を挙げたのは時雨さんと澪だった。
入江先輩は一瞥し、こく、と頷く。
「そうね。なら二人に任せようかしら」
「よりにもよって体力バカ二人が鬼なんですか!?」
「しょうがないでしょう、一瀬くん。この二人、多分どっちも譲らないわよ」
「当然だよ。鬼楽しそうだもん」
「ん。っていうか、霧崎先輩に譲るのは癪」
「ね?」
『ね?』じゃないんだよなぁ……。
10人ちょいしかしないのに、鬼がチート性能な二人で大丈夫?
「友斗先輩。私、ちょっと夏休みのことが頭をよぎったんですけど気のせいですかね?」
「大丈夫、絶対気のせいじゃないから」
「ですよねぇー」
そうだよ、この二人ビーチバレーで大人げも容赦も完全にロストしたプレイをして、遊びのつもりのゲームを軽いデスゲームに変えたコンビなんだよ……。
しかし、そのことを知っているのは当人たちを除けば俺と雫と大河だけである。
他のメンツは「問題あるの?」みたいな顔で(顔ほとんど隠れてるけど)首を傾げている。
「十瀬くん、諦めなさい。二人に任せなければこの二人で不毛な勝負が始まるわよ」
「悲壮感漂う言い方だなぁ……」
流石、時雨さんに振り回されてきただけのことはある。
「なら俺に異論はないです。二人に鬼は任せます」
「やった」「っし」
やべぇ、二人の笑顔が悪魔にしか思えない。
苦笑している俺たちをよそに、入江先輩はルールを説明しはじめた。
斯くて、鬼ごっこが始まる。
◇
鬼ごっこのルールは簡単だ。
スキー板をつけ、滑りながら鬼ごっこを行う。但し、これは場合によって外してもいい。着脱するタイミングでタッチをするのは面白くないのでなるべく自重すること。これは時雨さんと澪の裁量である。
鬼の交代はなし。他のスキー客と見分けるために各自時雨さんが用意したリボンを腕に装着し、タッチされたらリボンを外してスタート地点で戻る。30分で全員が捕まらなかったらリセット。鬼が全員を捕まえるか、四回リセットになるまで鬼ごっこが続く。
やったことがないため、このゲームのバランスがこれでいいのかはイマイチ分かっていない。まぁ時間はあるし、ルールに欠陥があれば別のことをやればいい。
そんな勢いで始まったゲームだったのだが、
「くっそーっ! 捕まった!」
「なっ、速すぎ!?」
開始から10分ほどが立ち、既に半分以上が二人の鬼に捕まっていた。
鬼は英語ではデーモンと呼ぶらしい。某人気アニメの英語版タイトルを見て、「いやこれじゃ別の漫画だろ……」と思ったことが、何故か頭のよぎる。
時雨さんも澪も、どちらも容赦がなかった。
何ならゲームが始まる前に、
『ねぇ澪ちゃん。どうせだし、どっちが何人捕まえられるか勝負しようよ』
『いいですね。今回も負けませんから』
『ふふっ、そっかそっか。でもボクも負けないよ? スキーと銀髪美少女の親和性は高いからね』
なんて会話をしてた。
もはや俺たちは獲物でしかないんだよなぁ。超特殊部隊がミッションをこなしながら敵を殺した数で競う、みたいなクレイジーな空気を感じる。完全に悪役だからね?
あと、スキーと銀髪には何の関係もないから。逃げるのに必死だったのでツッコめなかったが、そういうキャラ崩壊するようなジョークはやめようね? いやラノベ作家的には全然しっくりくるけども。
「って、こっち来るし」
くだらないことを考えている場合ではない。
鬼の接近を察知した俺は、バレないように移動する。
鬼ごっこではなくかくれんぼになりつつあるわけだが、そこを気にしてはいけない。すいーっと滑って逃げ、ちょうどいい物陰を探す。
「見つからねぇ……」
一応、かまくらはある。
だがかなり小さく、あれを物陰にするのは難しそうだ。中に入れば隠れられそうだけど、流石に勝手に使うわけにはいかないしな。他人様に「ちょっとだけ入れてもらえません?」とか申し出る図々しさも持ち合わせてはいない。
どうしたものかなぁ、と思っていると、
「せんぱーい。おーい、友斗せんぱ~い」
と、どこからか声が聞こえた。
この甘ったるい声、雫だよな? キョロキョロと辺りを見回すが、雫の姿を確認できない。ゴーグルをつけた程度じゃ雫たちを見失うことはなかったはずなんだが――ってあれ? なんか、かまくらから手が出てね?
「もしかして……」
まさか、と思いつつかまくらまで近寄り、中を覗き込む
するとそこには、
「えへへー。雪の妖精、雫ちゃんですっ♪」
「…………」
「あっ、ちょっと待って! なんで何も言わずに出ていっちゃうんですかぁー!」
「深刻なデスゲームの最中に電波ちゃんと出会っちゃった気分だったから」
「酷くないですっ?!」
可愛らしくちょこんとしゃがみこんでいる雫がいた。
まったく、何をやっているのやら。
俺が呆れて肩を竦めていると、雫がむぅと頬を膨らませる。
「そんなこと言ってると中に入れてあげませんよ? お姉ちゃんと霧崎先輩と地獄の鬼ごっこします?」
「うっ」
「あと20分くらい逃げ続けないとリセットになりませんよ? 逃げ続けられますか?」
「うぐぅ…………」
ごもっともだった。
双鬼から逃げ続けるなんて無理である。かといって、いざ遊ぶのであれば本気で勝ちに行きたいし……。
「すみません、入れてください」
「はいっ、いい子ですね。スキー板外して上手いこと中に入ってください♪」
鬼から逃れるために俺は小悪魔の手を取ることにした。
どっちも悪魔なんだよなぁ。




