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最終章#20 二日目・朝

 SIDE:友斗


 冬の冷たい水道水が頬を伝い、ぽたりと滴になって洗面台の渦に巻き込まれていく。

 慣れない街のひときわ静かな朝。

 目を覚ました時間に、まだ世界が眠っている、と錯覚するのは珍しくない。用事さえあればどれだけ早くとも起きられる体質だし、ここ最近は早寝早起きを心がけていたのだから。


 しかし今日の静けさは、そして冷たさは、いつもの朝の比ではなかった。

 雪のせいなのかもしれない。

 音を吸い、温もりを奪い、朝に魔法をかけている。


 洗面台から顔を上げれば、ほんのり霞む視界のど真ん中に鏡の中の俺が入り込む。

 なんとも言えない顔だ。

 改めて見れば、確かに顔はいいのかもしれない。元よりそこそこ整っているという自覚はあったが、寝起きに見ても気色の悪さを感じはしないのだから、不細工よりはイケメンの部類なのだろう。


 あらゆるラブコメは、ルッキズムに侵されている。

 主人公はよく見ればかっこよくないとダメだし、ヒロインだって可愛い。

 ルッキズムを悪いとは思わない。所詮は創作物なのだ。不細工同士のラブコメより、顔がいい奴同士のラブコメの方が映える。創作物と現実は切り離して考えるべきだろう。


 ならば、現実ではどうか。

 たとえば俺が不細工なら、あの三人は俺を好きにならなかっただろうか? それともルックスは関係なかった?


「くだらないIFだな」


 鏡の中の少年が一蹴した。

 恋するか否かに関わらず、俺にはある程度の美的意識がある。他者から見られるか否かではなく自意識の問題として、不細工だとしても見てくれを整えていただろう。


 畢竟、顔などどうとでも誤魔化せる。

 化粧とか、服装とか、髪型とか。そうして飾り立てることは虚飾ではなく、なりたい自分になるための努力だ。

 そう教えてくれたのは、セルフプロデュースの魔人である雫なわけだが。


「……っくあぁ」


 欠伸を噛み殺し、ふと考える。

 部屋風呂でシャワーを済ませてもいいのだが、それで晴彦や大志を起こしてしまうのも申し訳ない。そうなると……。


「どうせだし、大浴場にいくか」


 温泉ではないが、あそこのお湯は気持ちよかった。

 朝風呂も5時からOKって言われたし、一人でまったりしてくるのもありかもしれない。折角の合宿なのだ。いつもとは違う贅沢をしよう。


 荷物をまとめ、俺は大浴場に向かう。

 幾つもの部屋の前を通り過ぎ、その静けさに妙な感傷を覚えた。

 

「「あっ」」


 そうして、大浴場の前まで来たとき。

 俺と一人の少女の声が被った。

 ぱち、と合う視線。僅かな沈黙の後、彼女は口を開く。


「あ、あー……こんなところで会えるなんて運命ですね♪」

「分かりやすく動揺しておいて、そういうムーブメントしても無駄だからな」

「無駄とは何ですか無駄とは!」

「事実を言っただけだからな」

「事実じゃないですし! 事実だとしても言っていいこととダメなことがありますし!」

「はいはい、折角静かでいい雰囲気なんだから大声を出して壊すなよ」


 どこまでも俺たちらしい会話だった。

 ぴょこんと可愛らしい寝ぐせをつけた《《雫》》は、むくぅと頬を膨らませつつ、うんしょうんしょと寝ぐせを手で押さえる。


「まったくもう……来るなら来るって言っておいてくださいよぅ。そうしたら寝ぐせだって直してきたのに」

「わざわざ朝風呂に行くとか宣言する方が変態じみてるだろ……。っていうか、これから風呂に入るなら寝ぐせとか気にする必要なくね?」

「ありますよ! 好きな男の子に可愛い姿見せたいじゃないですかぁ!」

「ぅぐ」


 ピュアな雫の言葉を受け止め切れず、変な声が漏れた。

 こいつ、小悪魔な攻め方よりこういう素の方がよっぽど強力なんだよなぁ……ったく、昨日から考えていたことのせいで余計に抉られる。

 そんな俺の胸の中を知ってか知らずか、雫は分かりやすく小悪魔っぽい笑みを浮かべた。


「あっれぇー? 友斗先輩、今照れちゃいました? 私の好きな男の子扱いされて、照れちゃいましたぁー?」

「っ、うぜぇ……別に照れてねぇよ」

「またまた~。照れてもいいんですよ? だって私のこと、好きなんですもんね? ずっと前から好きだったんですもんねぇ~?」

「いや、だからそれは」

「あー、はいはい、分かってますよ。友達としての好き、ですもんね?」

「――っ」


 自分で使った言い訳に火傷しそうになる。

 雫は一瞬、ふっ、と微笑むと、元の悪戯っぽい笑顔に戻って言った。


「まあ? 友達としてずっと前から好きだった美少女と旅先で偶然出会っていつもと違う姿を見たら、恋に落ちちゃってもしょうがないですけどねぇ?」


 言って、雫はその場をくるりと一回転する。

 ツインテールでもサイドテールでもなく、カーテンのように下ろされた髪がさらさらと靡いた。


「お風呂上がりでも基本的には上げてますし、何気に髪下ろしてるのって初めてじゃありません?」

「そうでもねぇよ。昔何回かあったし、髪上げるの面倒で下ろしたまま出てきたときもあっただろ」

「あ~、確かにそんなときもあったかもですね」


 だからといって、見慣れているわけではなくて。

 そりゃもう、心臓はバクバクと動くのだけれども。


「やっぱり、同棲してると『普段と違う姿にドキっ』みたいなことって難しいですよね」

「……かもな」

「これ以上の意外性を出すとなると……混浴して、想像以上に私が女の子だってことを教えてあげるしかないですかね?」

「言いながら顔赤くなってるし早口になってるぞってツッコミはしてもいいか?」

「むぅぅぅぅ。女の子が頑張って誘ってるんですからたまにはノッてくださいよぅ」

「乗るか、アホ」


 雫が女の子だなんてこと、分かってるんだよ。

 だって雫は最強のヒロインだから。


「つーか、ここ混浴ないだろ」

「ふむふむ。あったらしたいってことですね」

「言ってないからな?」


 雫のおでこをパチンと弾く。

 抗議の視線に肩を竦めて返すと、仕返しのように胸元を猫パンチされた。


「ふっ、今日は引き分けってことにしておいてあげますよ」

「今日は始まったばっかりだし、引き分けも何も勝負になってないんだよなぁ……」

「細かいことは気にしないでくださいっ! っと、あんまり長話をしてもしょうがないので、私は行きますね」

「あ、おう。そうだな」


 朝風呂はさっさと済ませる主義だが、今日は大浴場でまったりするつもりだったのだ。確かにここでベチャクチャ喋ってもしょうがないだろう。


「じゃ、またな」

「はいっ! 後で遊びましょうね!」


 そう言葉を交わし、俺たちはそれぞれ脱衣場に向かった。



 ◇



「ユウ先輩。ここ、座ってもいいですか?」


 朝食の時間。

 適当に選んだ席で朝食を摂ろうとしていると、そう声を掛けられた。

 誰か、なんて考えるまでもない。


「別にいいけど、雫たちと食わなくていいのか?」

「昨晩はそうしたんですが……澪先輩が、運動したからと言って凄い勢いで食べるせいで目立つんです。朝くらいは人の目を気にせずに食べたいな、と」

「ああ、なるほど」


 大河の明け透けな言い分に、俺はくすりと笑った。

 そういえば昨日の夕食のとき、澪がかなりの量を食べてて話題になってたな。いつもの弁当だとやや多いくらいの量しか食わないし、学校の奴らからすれば意外な一面だったのだろう。


「澪先輩、本当によくあれだけ食べてて太りませんよね」

「まぁあいつの運動量はえげつないからな……筋肉があると代謝も激しくて脂肪も燃やしやすいし」


 時雨さんのハイスペックさ、入江先輩の演技力、澪の常識外の身体能力と体力。

 この三つは俺の周りにある非現実的な要素だ。いやまぁ、他にも言い出せばキリはないんだけどな。それこそ、うちの学校のお祭り度とか。

 テーブルにお盆を置いて席につくと、大河は逆に聞いてくる。


「そう言うユウ先輩はどうしてお一人なんですか?」

「俺は……ほら。俺と同じ部屋の奴らはどっちも人気者だろ? だから飯は別の奴と食ってんだよ」


 何せ晴彦は友達百人の男だし、大志もミスターコンで下馬評上位になるぐらいには人気者だ。俺ばかりに構っていいわけがない。

 俺も友達はそれなりにいるが、わざわざ一緒に朝ご飯を食うほどかって言うと微妙なところだからな。


「なるほど……友達がいない者の寂しいところですね」

「うっせぇ。お前には言われたくねぇんだよ」

「失礼なこと言わないでください。私にだって友達はいます。最近はクラスの子と話すことも多くなったんですよ」

「お、おぉ……マジか」

「その感動したような顔は酷くありません?」


 いや、そう言われてもな……大河=ぼっち、みたいな構図が頭の中で完成しているせいで、驚かずにはいられない。

 大河は誇らしげに胸を張った。


「自慢ではありませんが、いずれ遊ぶ約束だってするつもりなんですよ」

「すげぇマジで自慢じゃないじゃん。約束してるわけでもなく、約束するつもりなだけって」

「うっ、そ、それは最近忙しいせいで予定が立たないだけと言いますか……」

「あー、まぁそんなこと話してたな」


 まぁ絶対それだけじゃなくて日和ってるのもあると思うんだけどな。

 と考えて、俺はふと「お前はどうなんだ?」と自問した。

 俺はきっと変わったのだろう。だって冬星祭のとき、俺は晴彦を誘ってプレゼントを買いに行けた。前ではありえなかったことだ。


 そっか、変われてるんだな、俺。


「……ユウ先輩、そう笑われると私も異議申し立てたくなるんですが」

「え? ああ、悪い悪い。今のは大河を笑ったわけじゃないぞ?」

「本当ですか?」

「本当だ。つーか、さっさと食おうぜ」


 くすりと笑い、俺はお盆に並んだ朝食を指さす。

 大河は頬を緩めると、そうですね、と頷いた。


「「いただきます」」


 二人で声を揃えて言う。

 こんな日々がずっと続けばいいのに、って思うけれど。

 きっと変わらなくちゃいけないんだと知っているから、俺は今を惜しむようによく噛んで食べた。

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