最終章#17 恋バナ②
SIDE:大河
「それじゃあ恋バナスタート♪」
「いえーい!」
「『いえーい!』」
「い、イエーイ……?」
ノリノリな如月先輩に続いて、雫ちゃん、雫ちゃんの真似をした澪先輩、戸惑いがちな姉さんが言った。雫ちゃんの真似をしないと恥ずかしいなら澪先輩はやらなきゃいいのに……。
苦笑しつつ、私は口を開く。
「といっても、どんな風に話を進めるんでしょう? 私、あまり恋バナってしたことなくて」
もちろん、雫ちゃんや澪先輩とは話したことがある。
でもそれは同じ人を好きになった者同士の話であって、普通の恋バナとは少し違うように思う。
私が言うと、そうねぇ、と如月先輩は首を捻った。
「テーマを決めて順番に言っていくのはどう?」
「テーマ……」
「たとえば、好きな人との出会いとか、第一印象とか」
「なるほど」
それなら納得できる。
異論はないようで、他の三人も肯った。
「ならそういうことで。最初のテーマは好きな人との出会いにしましょうか」
じゃあ私から、と言って口を開く如月先輩。
その瞳はとても綺麗で、大切な宝箱を開けるような慈しみと優しさに満ちた表情のまま、話してくれた。
「好きな人というか、彼氏の晴彦となんだけど……彼とは、小学校が同じだったのよね。一年生のときに同じクラスで」
「おお~! つまり幼馴染ってことですね!」
「そうなるわねぇ。だから幼馴染ヒロインは応援したくなっちゃうの」
「分かります!」
ぶんぶん、と頷く雫ちゃん。
雫ちゃんはユウ先輩のことを小学校の頃から好きだったようだし、幼馴染と言って相違ないのだろう。
如月先輩は微笑をうかべながら続けて言う。
「一番最初に話した日は今でも覚えてるわ。体育の授業のとき、マラソンをやらなきゃいけなくてね。私、その頃は今より体力がなくて倒れそうになったのよ」
「それを助けてくれたのが?」
「そう、晴彦なの。倒れる前に駆けつけてくれてね。まぁ小学一年生の子供にできることなんて支えてくれることくらいだったのだけれど……それが、凄く嬉しかったの。誰かに頼っていいんだな、って子供ながらに思ったのよね」
何となくその気持ちは想像できる。
うっとりするような声色で語られた素敵な出会いのお話に、自然と頬が緩んだ。
「さて。それじゃあ次は雫ちゃん」
「はぁーい♪」
次いで、雫ちゃんの話になる。
両腕を頬杖にして、足をぱたぱたさせながら話し始めた。
「私が友斗先輩と出会ったのは、小学校四年生のときです。その頃の私は、なんというか、今よりもずっと暗くて……校庭の隅で本を読んでるような女の子だったんです」
「へぇ……意外ね」
「いつも通り本を読んでいたら……友斗先輩が、私に話しかけてきたんです。なにやってるの、って」
「うんうん」
「けど、私そのときは、どっか行って、って言っちゃって。その日は友斗先輩どっかに行ったんですけど、その次の日も、次の次の日も、たくさん話しかけてきて。気付いたらたくさんのことを教えてもらって、今に至るんです」
雫ちゃんの目は、恋する乙女のそれだった。
絶対無敵の、女の子の目。
ガラス玉みたいなその瞳を見て、奇麗だな、って思う。
「じゃあ次は私が」
言って、澪先輩が話を継ぐ。
如月先輩と姉さんが興味深そうに見遣った。
「私の出会いは、中一のとき。まあ簡単に言っちゃうと、私が学級委員になってさ。そのときからそこそこ目立ってたから相方が見つからなくて、微妙な空気になってたときにあいつが手を挙げたんだよ」
「へぇ……友斗くんはそのときから澪ちゃんのことをどう思ってたのかしらね」
「さあ、どうだろ。でもまぁ色々と手伝ってくれたのは確かだったかな。ちょっと過保護なくらいだったけど」
「なるほど」
澪先輩は、そこで話を終わらせた。
流石にせ…セフレの話はしないらしい。まあ出会いには関係ないし、当然なのかな。
そうこう考えていると、他四人の視線が私に集まった。順番的に、次は私だ。
少し迷って、私は話す。
「私は……実は昔、一度ユウ先輩に会っていて」
「お~」
「そのときにユウ先輩が言われたことをずっと覚えていて……それで、高校に入って再会したんです。再会した当時は雫ちゃんを悲しませるかもしれない人、って思ってたんですけど」
そういえばあのとき、私はユウ先輩が三股しているかも、と思ったんだった。
雫ちゃんと澪先輩と霧崎先輩。
実際には誰とも付き合っていなかったのだけれど、断片的な噂や情報から判断して、三股をかけているかもしれない、とか思ったのだ。
懐かしいなぁ……。それが今、むしろ三股してほしいと思っているなんて、人生何があるか分からない。
「さて。残りは入江先輩ですね」
「うっ……やっぱり私のことはいいんじゃないかしら」
顔をしかめ、逃げようとする姉さん。
澪先輩に目配せされて、私は追い打ちで言う。
「姉さん。妹の私が言ったのに姉さんが逃げるなんて言わないよね?」
「なっ。そう言われたら、逃げられないじゃない……」
「それはそれでチョロすぎませんか?」
「白雪ちゃん。それがシスコンっていう生き物だよ」
「お姉ちゃんがそれを堂々と語るのは私的に複雑だなぁ」
何故かドヤ顔の澪先輩と、苦笑交じりの雫ちゃん。
はぁ、と溜息をつくと、姉さんは不承不承といった感じで話し始めた。
「その人との出会いは、高校に入学して最初のテストが終わったときだったわ」
つまり……相手は三年生か。
となると、私が知っている人は限られてくる。
姉さんは瞳をキラキラと輝かせた。
「私は中学校の頃からテストでは万年1位で、入学試験でも1位だった。だからテストでも1位になれると思っていたのだけれど……負けたのよ、その相手に」
「「「えっ」」」
私、如月先輩、雫ちゃんの三名の声が被る。
だって、姉さんに勝ったことのあるその人って――
「悔しくてしょうがなくて、すぐに1位の生徒の名前を見て教室に乗り込んだ。それで言ってやったのよ。『霧崎時雨、三年間かけてあなたを倒してみせる』って」
「「「…………」」」
「ん? 三人とも、変な顔してどうしたの?」
「いーや、何でもないですよ。三人とも、入江先輩の恋の話に聞き惚れてるんです。ぜひその続きも聞かせてください」
「あら、そう?」
澪先輩は鬼だった。
既に語るに落ちている姉さんは、落ちたことにすら気付かず、澪先輩の口車に乗ってしまう。恋が絡むとここまで姉さんがポンコツになるとは……我が姉ながら恥ずかしい。
けれど、私の顔を見ることもなく、姉さんは饒舌に語り始める。
「そうしたら時雨がね、言ってきたのよ。『頑張って。なんだか楽しそうだし』って。舐めてるでしょ? 絶対に一泡吹かせてやるって思って事あるごとに挑み続けてきたのだけど……ことごとく全敗してね。でもそうして一方的に敵視している間に時雨の可愛いところとか、ダメなところとか、尊敬できるところとか、色々と見えてきて……気付くと好きになってたのよ」
ぺらぺら、ぺらぺら。
全てをちゃんと聞き取ろうとしたらこっちが居た堪れない気持ちになってレベルで、姉さんは語り続ける。
もはやそれは出会いの場面ではなかった。
一年生のときの生徒会選挙がどうだったとか、文化祭はどうだったとか、食事の好みとか、歩いているときの癖とか……ちょっと気持ち悪いほどに、姉さんは語っていた。
それはやっぱり、聞いているだけで恥ずかしくてしょうがないもので。
だからこそ強く実感する。
『好き』がどれだけ強力で、人を変えてしまえるだけの力があるのかを。
「――と、こんな感じかしらね」
やがて、姉さんはなんてことなさそうな顔でそう話を締めくくる。
どう反応したらいいか迷う私たちをよそに、澪先輩はニマーっと悪い笑顔を浮かべた。
「霧崎先輩の話、とても興味深かったです。ありがとうございます」
「へ? い、いや、誰も時雨の話だとは――」
「「言ってましたよ!」」「言ってたから!」
流石に黙っていられなくて、三人のツッコミが揃った。
え、ほんと? とでも言いたげな間抜け顔になったので頷いて見せると、カァァァと音が鳴るくらいに顔を真っ赤にした。まるでゆでだこだ。
「あ~~~~! もう私はダメ、無理、ライフゼロよ」
「あっ、逃げた」
姉さんは子供みたいにベッドに潜り込む。
ある意味その反応は清く正しく恋バナらしいのかもしれないけれど、実際にやってる身内を見ると恥ずかしくてしょうがない。
呆れていると、澪先輩が横目で私を見てきた。
「入江家ってこの手の話に免疫なさすぎない?」
「……家柄的に、恋とは縁遠いので」
「ふぅん」
家柄のせいだけではないかもしれないけど、家柄が完全に関係ないわけではない。
枯れ笑いをしている如月先輩は、こほん、と咳払いをして話を切り替えた。
「こ、恋といえば……冬休みから気になってたのだけど、三人に聞いてもいい?」
「えっ、私たちにですか?」
「そうそう。ほら、『ハーレムエンド』を目指してる、みたいな話をしてくれたでしょう?」
冬休み。
ユウ先輩を篭絡するための件のゲームをするにあたり、事前に如月先輩には私たちが望むものについて話していた。
そですね、と雫ちゃんが相槌を打つと、如月先輩は尋ねてくる。
「『ハーレムエンド』っていうことの現実性っていうのかな。そういうのは、聞かない。野暮だし、あんまり興味ないし。ただ一つ疑問で……あなたたちみたいな可愛い女の子が彼を好きになる理由って何なのかな、って」
それは、恋バナらしい質問だと言えるのかもしれない。
ユウ先輩を好きな理由。
あの最低な人のどこがいいのか。
私は二人と顔を見合わせて、首を傾げた。
「『好きだから好き』以外の理由ってありますか?」
雫ちゃんが、私たちの気持ちを代弁してくれる。
顔が好き、声が好き、頑張ってるところが好き、無茶をしてくれるところが好き。
そういうのはたくさんあるだろうけど、好きな理由ではなく好きなところでしかない。
『好き』を捨てたくなくて泣いちゃうくらいに好きなのに、その『好き』の理由は多分もう、見つからない。
好きになった瞬間には確かに理由があったのだろう。
けれど好きすぎて、理由なんてどうでもよくなってしまった。
ぷっ、と如月先輩が吹き出す。
けらけらとお腹を抱えて笑った後、如月先輩はニィと口角を上げる。
「百瀬くんは世界一の幸せ者ね、絶対に」




