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最終章#16 恋バナ

 SIDE:大河


 夕食を食べ終えてお風呂から上がった私たちは、脱衣場で髪を乾かして簡単なヘアケアを済ませてからヘアに戻ってきていた。

 五人一部屋の、それなりに大きい和室。

 部屋に到着すると、誰とも言わず、それぞれ髪と肌のケアを丹念にし始める。


「大河ちゃん、これ使うね」

「うん。私こっち」

「あ、トラ子。それさっき私が使って空になりそうだったから、こっち使いな」

「そうなんですか?」

「ん。髪長いと、どうしてもね」

「なるほど」


 と、私と雫ちゃんと澪先輩の場合、それぞれに道具をシェアしあっている。

 雫ちゃんの持ち物が多かったりもするのだけど、この辺は三人で使うことも多く、共同で一気に買っていたりする。

 ケアの仕方は、私も澪先輩も雫ちゃんに教わった。

 その前からやってはいたのだけれど、雫ちゃんに教えてもらった今となっては、あんなのを『やっていた』と言っていいのかすら分からなくなってくる。


 そんな感じであれこれとやっていると、


「あなたたち、こうして見ていると本当に三姉妹って感じよねぇ」


 と姉さんがしみじみ呟いた。

 三姉妹――響きが良くて、頬が綻んだ。

 澪先輩は皮肉げに口角を上げると、少し挑戦的な声で返す。


「この前お母さん役とか私に言ってたくせに、よくそんなこと言えますね。自分の発言には責任を持つんじゃなかったんですか?」

「あれは時雨に頼まれて、悪い先輩を演じてただけよ」

「にしては、私の指摘に反応してましたけどね。演技がまだまだなんじゃないですか?」

「あら。私に三連敗したのによくそんなことが言えるわね?」

「……っ、今度またリベンジを――」

「お姉ちゃん! どーどーどー!」


 澪先輩と姉さんの会話がヒートアップしてきたところで、雫ちゃんが落ち着かせるように間に入る。

 それでも澪先輩の中に熱が蟠っていそうだったので、私も口を開いた。


「まったく、澪先輩は血気盛んすぎです。そういう口ゲンカは私とだけにしてください」

「「「…………」」」

「トラ子、それ私にヤキモチやいてんの?」

「~~っ!? そんなわけないじゃないですか! 私となら幾らでもケンカしていいですけど、他の人とケンカをするのは色々とトラブルの種ですしやめてくださいって意味です。っていうか、今のをどう取ればヤキモチになるんですかっ?」


 一ピコメートルたりともヤキモチなどではないので、私が饒舌に反論する。

 しかし、それを見た雫ちゃんたちは何故かニマニマと口許を緩めた。

 くすくすと笑う澪先輩が、からかうような口調で続ける。


「だから、『澪先輩とケンカしていいのは私だけです。澪先輩を取られたくないです』みたいなことじゃないの?」

「――っ! 私の真似をして変なこと言わないでください! 違いますから!」

「ふぅん……?」


 ま、どうでもいいけど。

 澪先輩はそう肩を竦めると、残ったボディクリームを手に馴染ませた。もう手入れは終わりらしい。

 私と雫ちゃんも終わったので、道具を片付ける。

 見れば、姉さんと如月先輩は既に片付けていた。


「まぁ……私から見ても、三人はとっても仲良しさんに見えるわね」


 と言うのは如月先輩だ。


「雫ちゃんと澪ちゃんは姉妹だから分かるけれど」

「そうね。姉妹は仲良しだものね」

「姉さん、抱き着いてくるのやめて鬱陶しい」

「…………入江先輩、ちょっと黙っててもらっていいですか?」

「私の扱い!!」


 自業自得だと思う。

 抱き着いてくる姉さんを引きはがしている間に、如月先輩は話を続ける。


「雫茶と美緒ちゃんは納得いくとして……大河ちゃんは、何がきっかけで二人と仲良くなったの?」

「きっかけ、ですか……?」

「そうそう。雫ちゃんとはともかく、澪ちゃんとは学校でそこまで話してないわよね?」


 如月先輩に言われ、ああ、と納得する。

 傍から見れば、確かに私と澪先輩の関係には疑問を抱くかもしれない。

 んー、と一考し、私は答える。


「前提として、雫ちゃんも澪先輩も私が持っていない素敵なところを持っていて、そこに人間的に惹かれたっていうのもあるんですけど……やっぱり、大きなきっかけはユウ先輩だと思います」


 手探りで口にした言葉は、思っていた以上に納得できるものだった。


「百瀬くん?」

「そうです。もちろんユウ先輩がいなくても友達にはなれていたと思うんですけど……やっぱり、同じ人を好きになったからこそだと思うんです」

「同じ人を…………それって、逆じゃないの?」

「逆じゃないです」


 私がはっきりと言い切ると、雫ちゃんが話の続きを引き取った。


「如月先輩もある程度は分かると思うんですけど……友斗先輩って、割と最低なんですよね~。そんな最低な人を一緒に好きになれたからこそ、仲良しになれたんだと思います」

「共通の敵がいると一致団結する、ってやつだね」

「百瀬くんは三人にとって敵なんだっ?! え、嫌いなの?」

「大好きですよ」

「好きに決まってるじゃないですか~♪」

「愛してるよ。当然じゃん」

「え、えぇ……?」

「師走ちゃん、この子たちはちょっとおかしいから諦めた方がいいわよ」


 酷い言われようだ。

 如月先輩はこくこくと頷くと、ぱん、と何かを思いついたように手を叩いた。


「じゃあちょうどいいし、恋バナしましょうか!」

「恋バナですか」

「いいですねっ! やっぱりお泊まりの夜と言えば恋バナですもん」

「彼氏持ちが言い出す恋バナって、その時点でアレだけどね」

「澪ちゃんの言いようが酷いわ……」


 がっくし、と如月先輩は肩を落とす。

 まぁ、如月先輩は八雲先輩と上手くいっているみたいだから、恋バナと言ってもただの惚気になる気がするんだけど。


「あっ、でもそうなると入江先輩が……」


 雫ちゃんが、申し訳なさそうに姉さんの方を見る。優しいなぁ。


「雫ちゃん、姉さんのことはどうでもいいから気にしなくていいよ」

「そうねぇ。私は四人の話を聞いているだけで――」

「え、何言ってるんですか? 折角あの人は別部屋なんですし、あなたの話もするに決まってるじゃないですか」

「「「えっ?」」」

「なっ、何を言っているのかしらねぇ~?」

「惚けないでくださいよ。教えてくれたじゃないですか。あなたの《《好きな人》》」

「「「えっっ????」」」


 姉さんの好きな人?

 悪戯猫みたいに笑う澪先輩と、分かりやすく慌てる姉さん。

 まさかと思ったけれど……どうやらこれ、本当のことらしい。


「入江先輩、好きな人いるんですかっ?」

「姉さん……姉さんが人を好きになれるの?」

「ちょっと待って大河の驚き方はおかしいわよねッ!?」


 妥当だと思う。

 だって、姉さんが恋をするなんて思ってもいなかった。この人が女優になるべく頑張っていることは知っているし、私のことを大切に思ってくれているのも知っている。

 だから恋をしてるなんてこと、知りもしなかった。


「うぅぅ……綾辻澪? 恨むわよ?」

「さっき私に色々言った罰です」

「あっそう。やっぱり胸だけじゃなくて器も小さいのね」

「表出ます? エチュードでもランニングでも筋トレでも何でもやりますけど」

「スポーツしすぎて脂肪を消化しすぎ――」

「姉さん、澪先輩を挑発しないで」


 これ以上放置してると全然話が進まなそうなので、姉さんの脇腹にチョップを入れながら睨んだ。

 姉さんはばつが悪そうに口を噤み、はぁーい、と白々しい返事をした。


「ま、まぁ……そういうわけなら入江先輩も一緒に話せるってことで」

「ですね~!」


 うんうん、と頷き合う如月先輩と雫ちゃん。

 私も俄かにテンションが上がった。中学時代、宿泊行事で同じ部屋の子たちが私を除いて恋バナをしていた苦い記憶を払拭するチャンスだし、姉さんを弄り返すいい機会だし、折角だから楽しもうと思う。


 そんなこんなで。

 私たちの合宿の夜は、まだ終わらないようだった。

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