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最終章#15 風呂場

 SIDE:友斗


 結局、一日目は各自バラバラに遊ぶことになった。

 ずっとフルメンバーでいてもツッコミどころ的な意味で疲れそうだし、大人数で遊ぶときにはそれが必然なのかもしれない。


 雫と大河が無事に滑れるようになると、澪はスキー板をスノーボードと取り換え、颯爽と一人で上級者コースを滑っていた。マジでかっこよすぎてヤバい。

 大河はもちろん雫も上級者コースで平然と滑れるほどではないようで、そこそこの斜面を何回も滑って時間を潰した。


『……ねぇ友斗先輩。滑ってるだけで楽しいなら、売れないお笑い芸人は楽しくてしょうがないですよね』


 と、インドア派の雫が残した迷言は今でも頭に残っている。

 それ、スキー来ていっちゃアカンやつや。

 ただ滑るだけのスキーはそれほど楽しくなかったらしく、その後は三人で遊んだ。割と広いから、滑る以外にも色々できるしな。


 そんなこんなで、時間が過ぎて。

 スキー場から帰ってきた俺は今、服を脱いでいた。

 ……やばい、テンションがおかしすぎて変な表現をしてしまった。

 違う違う、お風呂に入るべく脱衣場に来てるだけだからな。


「いやぁ~楽しかったなぁ、今日」


 隣で服を脱ぎながら言うのは晴彦だ。

 なんで友達多い奴って、広いのにすぐ隣で着替えたり脱衣したりしたがるんだろうな。嫌じゃないからいいんだけどさ。

 ちなみに流石はサッカー部というだけのことはあり、かなり引き締まった体をしている。うん、俺が見込んだイケメンだ。


「まぁずっと如月とイチャついてたもんな」

「イチャついてたわけじゃねーし! スキー教えてたんだし!」

「今日日スキーを教えながらイチャつくなんて分かりやすいカップル行動をする奴がいることに驚いたぞ俺は」

「ぐぅ、い、いーだろ別に!」


 ま、ダメとは言ってないけどね?

 恥ずかしそうに顔を赤くし、それでも開き直るその姿勢がちょっといい。やっぱり晴彦はこうでなくっちゃな。かっこいいところを見せてもらっては困る。

 そんなことを考えながら俺も服を脱ぐと、何やら不躾な視線を感じた。


「……どうした晴彦。その目、もしかして」

「もしかしてとか言いながら服で胸隠すのやめてくんない?! 俺は白雪一筋だから!」


 そこで、男同士だから、じゃなくて、彼女一筋だから、ってのを言うあたりが人の心を慮れる友達多いマンたる所以なんだろうな。

 こっそりそう思いつつ視線の意図を尋ねると、晴彦は答えた。


「文化祭のときより体格よくなったなぁって思って。この前入院したって聞いてたから、てっきり体細くなってるのかと思ったんだけどな」

「入院って言ってもたった二日だぞ……」

「ま、そーなんだけどさ。筋トレ、前より増やしたりしてんの?」


 晴彦が聞いてくる。

 なんか男同士っぽい会話だ。

 鏡に映る自分を一瞥し、答える。


「多少はな。体が負荷に慣れたらよくないって聞いたから、必然的にハードにはしていってる。倒れてからはランニングも始めたしな」

「へぇ、そうなのか」

「あぁ。健康に気を付けようって、本気で思い始めた」

「あれ、急におっさんみたいな話になった……?」

「まぁな」


 何せ、こっちは最近体壊して入院した身ですから。

 俺は、肩を竦めながらズボンと下着を脱ぐ。下半身をタオルで隠そうか迷ったが、晴彦みたいな奴相手にそれをするのもダサい気がして、タオルは肩にかける。


 ちょうど大志も脱ぎ終わっていたらしく、ちょこちょことこっちに近づいてくる。

 おぉ……大志も鍛えてる。細マッチョって感じだ。って、人の体をジロジロ見るのもマナー違反だな。

 なんてことを思っていると、


「すげぇ……流石、百瀬先輩っす……!」


 と、大志が目をキラキラさせた。


「まあな。でも、大志だって鍛えてるだろ?」

「鍛える? やっぱ、男たるもの鍛えるべきなんすか?」

「へ? あー、それは人それぞれじゃないか? サッカー部なら鍛えてんじゃねぇの?」

「サッカー部で!? そうなんすか、ハル先輩?!」

「お手本みたいな会話のすれ違いをすんなよ……」


 何故か噛み合わない俺と大志の会話を聞いて、やれやれ、と晴彦は肩を竦めた。

 晴彦は俺の体を上から下までじーぃっと見て、うお、と変な声を漏らす。


「確かに凄いな。これ、大志は悪くねぇわ」

「え? 何の話してんの?」

「何の話って……そりゃ、男同士で風呂に来たら見るだろ。な、大志」

「そうっすね。やっぱ、見ちゃうっす」

「……?」


 だから、さっきその話をして――と考えて、気付いた。

 青春ラブコメの男同士のお風呂イベントであったらちょっと楽しくて可笑しい、下ネタ系のイベント。

 小学生や中学生のノリだし、嫌な奴は嫌だろうが……まさに男同士って感じがするアレである。


「おお……! 今、めっちゃ男友達と話してるって感じがする!」

「急に目が子供みたいにキラキラしだした!? てか、反応するところそこかよ!」

「え? きゃー、えっち、とでも言えばいいか?」

「それはそれでぶん殴りたくなる」「キモイっすね」


 晴彦はまだいいとして、大志はいよいよ俺のこと尊敬してないだろ。

 別にいいけどね。男で懐いてくれる後輩っていなかったから嬉しいし。後輩なら無条件に好きだし。


「まあ、別に恥ずかしがることでもないしな」

「堂々としてる……これが大きい奴の貫禄か」

「そうかもな」


 ちなみに、恥ずかしがることでもなければ、誇ることでもない。

 あそこのサイズは個人差があって当然だし、そのサイズでどうこうって話でもないし、セフレ時代に調べたがサイズは重要じゃないらしいしな。

 と、思いつつも賞賛されるのは気持ちがいい。

 二人のあそこをチラ見してみる。……別に小さくはないな。


「ちなみに、隣に女子風呂があるから興奮してるってわけじゃないよな?」

「それでこの場で堂々とできてたら相当な変態だろ……」

「友斗ならワンチャンありそうじゃん?」

「百瀬先輩っすからね」

「オーケー、お前らが俺をどう思ってるのかよ~く分かった。言っておくが、デフォでこれだからな?」


 言って、二人の背中を叩く。

 このやり取り自体は楽しいが、変態の烙印を押されては敵わない。さっさと風呂に入るに限る。

 浴場には、既に先客もいる。

 ちなみに、大浴場と部屋風呂はどちらを使ってもいいことになっている。大浴場の場合は時間である程度区切られてはいるが、基本的にはいつ入ってもいい。温泉ではないので、結構部屋風呂で済ませる奴も多いようだ。


 体と髪を洗い終え、俺はタオルを持って湯船に浸かる。

 しゃばーっと少し溢れるお湯。

 家の風呂よりもかなり熱いお湯が体に染みて、あぁぁ、と自然と声が漏れた。

 湯船から見えるように、大きな窓がある。

 露天風呂ではないけれど、外の景色は充分に堪能できた。雪ばかりだけどな。


 それでも、と思う。

 こうやって窓から外を覗くと、色んなことが想像できる。

 雪の向こうにある広い空とか、瞬く星とか、空の透明さとか、宇宙の果てしなさとか。

 昔、世界はもっと狭かった。

 家と学校と通学路。それだけ世界で、けれど、気付けばだんだん世界が増えていった。それはストーリーが進むにつれていける場所が増えるゲームみたいなもので、とても素敵なことなんだと思う。


「はぁ~。気持ちいいな~」

「だな」「っすねぇ」


 気付けば、隣には晴彦と大志がきていた。

 三人並んでこうしていられることが、無性に嬉しかった。

 晴彦は、この一年間一緒にいてくれて。大志は逆に今日までほとんど関係なかったのに、友達みたいになっている。


 いつか、大河が言ってた。

 百人の友達より、五人の親友を、みたいなことを。

 いや……昔の俺が言ったのか?


 多分、百人の友達も五人の親友もどちらも俺にとっては大切だ。

 友達は量より質だなんて、思わない。量も質も問わない。友達は友達だ。色んな人と関わるのを、俺は楽しいと思える。


「今、女子ってどんな会話してんのかな?」

「さあ。そもそも女子は食事終わってから風呂行くと思うぞ。髪乾かしたり、ボディケアしたり、色々と時間かかるだろうし」

「お、おう……」


 女子の風呂での会話を妄想したかったんだろうが、素で一蹴してしまう。

 いやほら、知ってることを知らないまま話すのもあれだからさ……。


「食事っすか……合宿の食事って、バイキングっすよね?」

「だったな」

「マジ腹減ったし、食うしかないよなぁ」

「っすね」「マジそれ」


 あぁ……お湯が気持ちよくて会話の知能指数がどんどん落ちていく。

 元から知能指数が低かっただろってツッコミは受け付けない。


「ふわぁぁ~」


 大志が、大きく欠伸をする。

 ぐいーっと体を伸ばして、湯船のへりに頭を乗せた。汗を掻いた天井を見上げた。


「なんかさ」


 晴彦が囁くような声で言う。

 うん? と視線を向けると、そのまま照れ臭そうに続けた。


「やっとだな。友斗とこうして、風呂に入ってまったりできたの」

「そんなに俺と風呂に入りたかったのか?」

「そーいうことじゃねーよ?」


 もちろん分かってる。

 肩を竦め、そうだな、と俺は返す。


「色々悪かったな。ほんとなら修学旅行で思い出作るはずだったのに」

「そのことは気にすんなって。友斗は友斗がしたいようにしたわけだしさ。それにこの旅行も、後輩も先輩も一緒で楽しいし」

「……だな」


 そういえば以前、澪と話した。

 雫や大河とは修学旅行に行けないし、時雨さんと卒業までの時を惜しむことはできない。

 たった一年の日々がもどかしい、って。


「意外と、人生って何とかなるものなのかもな」


 晴彦は、ちょっとセンチメンタルな声で言った。

 違うだろ、とか、それは人生舐めすぎだろ、とか。

 普段なら言っているであろう言葉が、喉元にさえせりあがってこない。だって、晴彦の言葉を否定する気にはなれなかったから。


「だといいな」


 何もかもの帳尻が最後には合って、望む場所に辿り着ける。

 そんな風に世界ができていたらいい。

 たとえばこんな、色んなものを詰め込んだ合宿みたいに。

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