最終章#14 スキー
SIDE:友斗
それぞれスキー用具をレンタルした俺たちは、ひとまずスキー場の広場で集まることにした。既に気が早く走り始めている奴らもいるが、俺たちの中には未経験者もいる。まずはその辺を確認しよう、ということになったのだ。
……なったのだ、とか偉そうに言ってるけど、その辺のことは全部澪から聞かされたんだけどな。俺のいないところで諸々の打ち合わせをしていたらしい。
そんなわけで、スキーウェアを着込み、スキー板とストックを手に持って集まると、そこには既に女性陣がいる。
っていうか、そのメンツが割と凄いんだよなぁ……。
「なぁ晴彦、大志。スキーウェア着てても、美少女って隠れないよな」
「分かる。一発で白雪のこと分かったし、めっちゃ可愛いってなったもん」
「俺も分かるっすね。ってか、こんなこと言うのはあれっすけど、集まってる女子の美少女度がやばくないっすか?」
「「それな」」
のっそのっそと歩きながら、男子の間でうんうんと頷き合う。
雫と澪と大河の三人は言わずもがな。如月だってかなり器量はいいし、今回はそこに入江先輩と時雨さんもいる。加えて花崎と土井の二人も参加しており、明らかに女子の比率が多くなっていた。
なお、奇しくも生徒会が書記クン以外集まってるが、別にはぶっているわけではないぞ。あと伊藤はサークルが忙しいらしく、今回は参加を断念した。
「ふぅ……ようやく男三人も来たわね」
「あっ、すみません。待たせちゃいましたか?」
「そうね、少しだけ。まぁ急いでいるわけではないし、構わないわよ」
「ならよかったです」
入江先輩は俺らを一瞥すると、こくと首を縦に振ってから話し始めた。
あっ、入江先輩が仕切るんすね……。
まぁ時雨さんには能力以前に性格面で仕切らせたくないし、大河は一年生で仕切りにくいだろうし、澪はそういう性格じゃないので妥当か。
「ということで改めて確認するけれど……この中でスキーをやったことない人や苦手で教えてほしいって人は何人いるかしら? 手を挙げてもらえる?」
入江先輩が聞けば、ぽつぽつと手が挙がる。
大志を除く一年生と如月か。
「大志、スキーできんのか?」
「そうっすね、前に家族で来たので。あと中学の卒業旅行でも」
「マジか……お前、なんで坊主なの?」
「坊主関係なくないっすか!?」
いや、坊主以外イケメン要素を揃えすぎなんだもん。この際、坊主も一周回ってイケメン要素に見えなくもないからな。
と、べちゃくちゃ喋っている間に入江先輩が話をまとめる。演劇部元部長ということもあってか、この手の話を進めるのはお手の物のようだ。
「じゃあそっちの一年生二人は私と時雨で教えるわ。雫ちゃんと大河は、綾辻澪と一瀬くんに任せる。それで――」
「白雪は俺が教えます。去年もそうだったんで」
「――分かったわ。杉山くんは……そうね、私たちと一緒に来てもらおうかしら」
「了解です!」
……なんで入江先輩には普通の敬語なんだ?
もしかして俺、実は尊敬されてない……?
もにょりつつ、入江先輩が仕切った通りに分かれる。
「さてと……とりあえず分かれたけど、どうする? 俺も滑れるには滑れるが、澪の方が上手いのも確かだろうし、澪が二人に教えるか?」
「ん……別に私はどっちでもいいけど」
「っていうか私的に、友斗先輩が滑れることが驚きなんですけど」
「だね……。ユウ先輩、スキーみたいなことはできないかと思ってました」
「ちょっと待て。その『スキーみたいなこと』ってもしかして『リア充っぽいこと』って意味で使ってないか?」
「あー、えっと……」
「おいこら目を逸らすなぁっ!」
大河が正直すぎる。
俺が言うと、雫と澪がけらけらとお腹を抱えて笑った。なんだかこの笑われ方は不服だ。
「ったく、しょうがない。そこまで言うなら俺がスキーをできるってことを証明してやるよ」
「あの。別にユウ先輩が嘘をついてるとは思ってないんですが」
「でも侮られたら見返したいのが俺だからな……よし、じゃあこうしよう」
えっへん、と胸を張って三人に提案する。
「澪は雫に、俺は大河にスキーを教える。雫と大河でどっちが上手くなったかで勝負しようぜ。競争は発展を生む、って歴史も証明してるからな」
「また胡散臭いこと言ってる……」
「しかも地味にフェアじゃないし」
「うぐっ」
雫と澪の毒舌がグサグサ刺さってくる。
が、知ったことではない。勝てばよかろうなのだ、のテンションで行きたい。
そう思っていると、大河が冷静なトーンで言う。
「真面目な話、マンツーマンで教えていただいた方がすぐに習得できそうな気がするので澪先輩とユウ先輩がいいなら私はそれでお願いしたいです」
「ん~、私もかなぁ」
「二人がそう言うなら、別に私はそれでいいよ。勝負にも乗った。負けた方が後で全員分のジュース奢りね」
「ジュースか……了解。じゃあとりあえず二時間後に一回ここに集まるってことで」
「ん」「はぁーい」
と、いうわけで。
意外とスムーズに話がまとまった。雫と澪の二人を分かれ、俺は大河と二人っきりになる。
…………二人っきり。
い、いや、別に特別な意味はない。ただのマンツーマンレッスンだ。今更意識するようなことではない。
「ユウ先輩、楽しそうですね」
「ん? 藪から棒だな……まだ滑り始めてもないし、楽しいも何もないだろ」
「ですが、さっきからずっと声のトーンが高いですよ。足取りも軽いですし」
「あー」
大河に指摘され、はたと気付く。
無意識だったわけではないが、思っていた以上に俺は気分が高揚しているらしい。いやまぁ、理由は大体察しが付くし、驚くほどでもないのだけど。
「修学旅行行けなかったの、割とマジでショックだったしな」
「行けなかった、ではなく、行かなかった、では?」
「……まあ、そうなんですけどね」
「ユウ先輩、ほとんど意味ないのに雫ちゃんのもとに颯爽と駆けつけましたもんね。私がいたのに、自分で行きたがって」
「そのときのことは割と黒歴史でもあるからあんまり抉らないでもらえると助かるんだけど?」
後悔しているわけではない。
あのとき駆けつけたからこそ、雫と向き合えている部分もある。
あれを悔いるのであればそもそも雫に最初に話しかけたこと自体を悔いねばならず、それはひいては澪や大河との関係にさえも疑問を呈することになる。
だが冷静になればどう考えてもバカな行為だったわけで。
吶々と言う大河に抗議をすると、
「知りません。自業自得です」
と、ぷいっとそっぽを向いた。
……あれ?
「勘違いだったらごめんだけど……あのとき、実はちょっと怒ってたか?」
考えてみれば、ではあるが。
あのときの俺は雫以外のことをほとんど頭から追い出していた。計算に入れず、想定から排し、そのせいで言葉の裏どころか表ですら正しく読解できていなかったように思う。
俺の言葉を受け、大河はちょこんと俺のスキーウェアを摘まんできた。
「別に、そういうわけじゃ……ないわけじゃ、ないです」
「っ、そう、か」
「風邪で駆けつけてもらえたのは、私の大切な思い出ですし。ちょっとはヤキモチだってやきます。と同時に、私の誕生日も、って言ってもらえてすごく嬉しかったです」
「え……?」
言われて、ああ、と思い出す。
そういえば俺はあのとき言ったんだっけ。
誕生日を雫と一緒に越すのは俺でありたい、って。
大河の誕生日のときにも同じことを思うだろう、って。
「あのときにはもう、ユウ先輩は私たちのこと好きでいてくれたんですよね」
「……っ、違うからな? 友達としての『好き』だからな?」
「別にそれ以外の『好き』だなんて言ってませんよ。わざわざそう言うのは何かしら自覚がおありなんじゃないですか?」
「ぐぬぅ……」
正論すぎて太刀打ちできない。
あと可愛すぎて無理。
こほん、と咳払いをすることで俺は誤魔化した。
「まぁあれこれと話すのはやめにして、いよいよスキー教えるぞ」
「あ、逃げましたね」
「だんだん追い込み方が雫に似てるから気を付けようナ!」
◇
「――ふぅ、どうでしたか?」
「ああ、上出来だ。まさかここまで習得が早いとは」
「ユウ先輩の教え方が上手かったからですよ」
あれから一時間半ほどが経ち、大河はだいぶ滑れるようになっていた。
まだ自由自在とまではいかないが、ある程度は思いのままにブレーキもかけられるし、斜面でも上手く滑れている。
二泊三日程度ではそこまで上達しないと思っていたが、やはり体も頭も若い高校生だと習得が早いんだろうな。俺だって前回の合宿と事前に見ていた動画で習得したし。
「あの。ユウ先輩」
「ん、どった?」
「あの、そのですね……頭を、撫でてほしいです」
「は?」
俺がおっさんじみた分析をしていると、大河がそうお願いをしてきた
咄嗟に出してしまった声にびくっと反応し、しかし、堂々と続ける。
「頭を撫でるのは親愛の証です。友達としてずっと前から好きなら、そういう気持ちをきちんと行動に出すことは大事だと思います」
「おぉ、割と無茶苦茶な論法だな」
「道理は通っています。頑張った後輩兼友達を労うのは当然じゃないでしょうか? 私が雫ちゃんより上達していなければユウ先輩がジュースを奢ることになるんですし」
「む……そう言われると、そんな気もしてくるな」
問題は大河がどうしてこうもアタックしてくるか、なんだけど。
俺と同様、合宿でテンションが上がっているのかもしれない。
或いは、好きだから、とか。
だとしたら、俺は――。
胸に広がるチクリとした痛みと甘やかな感覚と向き合いながら、俺は大河の頭に手を伸ばして――
「はいはい、そこまで言うなら撫でてあげるよ。トラ子お疲れ」
――澪に、先を越された。
「ありがとうござ――って、澪先輩!? どうして邪魔するんですかっ!」
「ん~? 別に邪魔じゃないし? しれっと役得で頭撫でられようとしてるからズルいなぁと思って。ね、雫」
「うんうん! 役得するつもりなら、もっと上手くやらなきゃだよ♪」
「うっ、それは確かに……けどそれ、作戦的にどうなのっ?!」
「頭なでなで程度を作戦のうちに入れられても……せめて押し倒しなよ」
「まぁこういう取り合いも友斗先輩的にポイント高いからオッケーだよ!」
「いやお前らなに言ってんの?」
やってきた澪と雫と、大河がむぅと抗議の意をぶつける。
ガヤガヤとしたやり取り自体は楽しげなのだが、それはそうと話の内容が不穏すぎるのでストップをかけた。
すると、三人が一斉にこちらを向く。
「ユウ先輩が頭撫でる程度で日和ったのがいけないんです! もう知りません」
「え、えぇ……なんと理不尽な」
「いや、正論でしょ」
「今更頭撫でる程度で日和る友斗先輩も友斗先輩ですよねぇ」
「俺の味方がここに誰もいないんだよなぁ」
ま、いないのが当然だって分かってはいるんですけどね。
ぶつくさ心中でつぶやきつつ、ぷいっ、とそっぽを向く大河の頭をニット帽越しにぽんぽんと撫でた。
「大河、お疲れさん」
「……ありがとうございます」
顔がほとんど隠されるゴーグルをつけててなかったな、と思いつつ。
こほん、と咳払いをする。
「あー。それはそれとして、そっちはどんな感じだ?」
「声が上ずってますよ、友斗先輩」
「……やかましい。雫は滑れるようになったのか?」
「あ、それはもちろん!」
「元々、ちっちゃい頃に一回に来たことあったしね。そのときの感覚が戻れば、友斗より上手く滑れるんだよ」
「そーゆうわけです」
じゃじゃーん、と言いながら少し滑ってみせる雫。
あっ……ターンとかできてるし、普通に上手いじゃん。
俺は大河と顔を見合わせ、大河の思いも代弁して言う。
「いやそれはズルくね!?」
「えー、そーですか~? 小学校のときとかなんで、全然感覚覚えてなかったですし。っていうかそもそも、大河ちゃんと私じゃ元々の運動神経が違うのに勝負しようとしたのは誰でしたっけ?」
「…………だ、ダレカナ?」
反論できなかった。
まぁ実際、小さい頃に一度やったことある程度なのに「やったことある!」って手を挙げるのって無理だよな。教えてもらわなきゃいけないのは事実だし。
「ユウ先輩……策士策に溺れる、ですね。お疲れ様です」
「ほんとそれすぎてやばいわ」
同情と憐憫のこもった声に、はは、と枯れ葉のような笑みを返す。
まったくもってその通り。
策で溺死しそうな勢いである。
肩を落としていると、澪が満足そうに言ってきた。
「というわけで。ジュースごち」
「………………いちごオレ買ってやるからな」




