最終章#13 スキー合宿
SIDE:友斗
スキー場近くの宿泊施設は、新しくも古くもない。
小学生で言えば2分の1成人式を受ける頃、中学生で言えば三年生0学期と呼ばれる頃のような感覚だ。
「友斗先輩、なんかアホっぽいこと考えてません?」
バスから降りると、外に広がるのは一面の雪景色。
てっきり雪が降っているのはスキー場だけかと思っていたが、今日はそもそもこの辺り一帯で雪が降っているらしかった。
おかげで空気が冷え冷えしていて、体がキンキンに凍えている。
ただでさえ寒いというのに、隣に立つ雫は何とも冷たい視線をプレゼントしてくれていた。
「アホっぽいって……別にそんなこと考えてないぞ?」
「ほんとですか~? 友斗先輩って、しょうもないこと考えてるときにしょうもないことを考えてる目をしてるので分かるんですよ?」
「しょうもないことを考えてる目ってどんなのだよ」
「鏡見ます?」
はい、と雫がポシェットから手鏡を取り出した。
そこに映っているのは、普通に俺である。
あー、でもちょっと目がぬぼーってしてるかもしれん。いやまぁバスの中でバカみたいに澪と張り合った代償であって、しょうもないことを考えていたせいではないと思うけどね?
「はいはい、鏡はもういいからしまえ」
「むぅ、なんかあしらい方が釈然としません。そこは『ふっ、やっぱり今日も俺はかっこいいな』とか言うべきじゃないですかねぇ」
「言わねぇよ! 雫の中で俺、ナルシストすぎるだろ!」
そりゃ、最近は容姿に気を遣ってるし、鏡と向き合う時間も多くなったけどさぁ……。
でもナルシストではないと思う。せいぜい自己陶酔のうざい奴。充分最悪なんだよなぁ。
と、考えていると、
「雫ちゃん、とりあえず部屋行こう。ここで話してると迷惑になっちゃうから」
と、大河が雫を呼びに来る。
見れば、そこには彼女たちが一緒に過ごす部屋のメンツが集まっていた。
この合宿では、三~五人で一部屋を使うことになっている。雫たちは最大人数の五人班だ。雫、大河、澪の三人に加え、入江先輩と如月が入っている。
ちなみに時雨さんも合宿には来ているが、普通に元生徒会長として同学年から慕われており、自由時間に俺たちと過ごす代わりに同学年の友達とは相部屋をすることで合意したらしい。久々に時雨さんの人気者らしい一面を垣間見た気がする。
「あっ、じゃあ私は行きますね」
「おう。とりあえず、部屋で荷物片付けて少ししたら集合な」
「りょーかいですっ!」
言って、雫はびしっと敬礼した。
他の班メンバーにも適当に挨拶をし、彼女たちと別れる。俺は別にサボって無駄話をしていたわけではない。先んじてルームキーを取りに行った晴彦と荷物を受け取るのに時間がかかっている杉山クンを待っていたのだ。
「友斗、ルームキー貰えたぜ~」
「お疲れさん。あとは杉山クンだな」
「俺ならさっきからずっとここにいるっすけどね」
「「えっ」」
突如横から聞こえた声に、俺と晴彦は驚く。
おずおずと横を向くと……そこには、丸坊主の少年がいた。いや、彼がいること自体はさっきから気付いていたのだ。なんでずっと無言で立ち尽くしてるんだろうなぁ、修行でもしてんのかなぁ、とぼんやり思っていた。
「えっと……は? 君が杉山クンだって言うのか?」
「そうっすよ」
「そうっすよって……いやいや、冗談だろう? 俺の記憶では杉山クンは生意気な噛ませ犬ってこと以外に何のキャラ属性も持たないモブキャラだったはずだ。『っすよ』なんて特徴的な語尾に男の子じゃないはず……」
「俺の扱いが最低すぎるんすけどっ!? っていうか俺、尊敬してる相手にはこういう喋り方なんで!」
「それはそれでどうなんだよっ?!」
ツッコミにツッコミが被さり、ボケとボケがとめどなく続く。
アンリミテッドコミュニケーションが始まろうとしていた。
マジで? と晴彦に視線で尋ねると、晴彦はこくこく頷く。
「こいつ、喋り方自体はこんな感じだぞ。体育会系を変な方向に勘違いしてる奴だから」
「なんとまぁ、エキセントリックな……」
「けど、こんな坊主は知らねぇ。この前会ったときには普通の髪だったはずだぞ」
「じゃあ……中身だけ入れ替わったのか」
坊主とイケメンの入れ替わりとか、誰得だよ。前世以前に、今世で罰が当たるわ。
こそこそと晴彦と話していると、坊主が言ってくる。
「この髪は、昨日剃ったんすよ。ほら約束したじゃないですか」
「は? 剃った? 約束?」
「そうっす! ミスターコンで負けた方が坊主、って」
坊主が目をキラキラと輝かせて言ってくる。
はて、そんな約束をしただろうか……あっ。したわ、めっちゃしたわ。あの後入江先輩&時雨さんが出てきたし、それ以降も色々とあったから忘れてたけど、言われてみたらめっちゃ約束したわ。
「あぁ、思い出した! って、だからってマジで坊主にするか?」
「するっすよ! 男に二言はないっす! 俺、百瀬先輩のことはマジで尊敬してるんすから」
「あっ、そう……」
なるほど、確かに体育会系を変な方向に勘違いしている。
なんだか大型犬に懐かれた気分だ。
……後輩に懐かれるのは気分がいいし、別にいっか。
「よし分かった。じゃあこれからお前のことは大志と呼ぼう。行くぞ、大志」
「うっす! 部屋行きましょう!」
「うわぁ……友斗の目が引くほど活き活きしてる」
「晴彦うるさいぞ」「ハル先輩、うるさいっすよ」
「一年間サッカー部で面倒を見てやった恩が一瞬で負けたし!!」
晴彦が叫び、三人でぷっと吹き出す。
けらけら笑いながら、俺たちは部屋に向かった。
◇
当然だが、申請しておいた部屋の人数に応じて割り当てられる部屋のサイズも変わる。
俺、晴彦、大志の三人で申請したので結構小さな部屋かと思っていたのだが、訪れた部屋は意外と大きかった。
シングルベッド二つとエクストラベッド一つの他、テレビや戸棚などが置いてある。それでもそれなりにスペースに余裕があるってことを考えると、結構贅沢な気がする。
「あー、普通のホテルって感じなんだな」
「だなぁ。ベッド、どうする?」
「あっ、じゃあ俺がちっちゃいベッド行くっすよ」
「お、悪いな。じゃあ俺こっちで」
「りょーかい。明日はテキトーに交代しよーぜ」
「うい」
三人でべちゃくちゃ喋りながら、今日眠るベッドが決まる。
先輩風を吹かしたみたいで申し訳ないが、大志から言い出したことだしな。明日は変わってやればいいだろうってことで、適当に荷物を置く。
「いやっほー♪」
荷物を片すと、我慢しきれなかったとばかりに晴彦がベッドに飛び込んだ。
くふぁっと枕に顔を埋め、ごろんごろんと転がる。
「ハル先輩って、アホなんすか?」
「お前にだけは絶対言われたくねぇわ!」
それな。
3人中2人がちょっとバカっぽいし、このままでは俺までバカな可能性が出てくる。類は友を呼ぶ。割とこの一年で実感し続けた言葉が頭をよぎるので、無理やりに追いやった。
「それはそうとさ。テキトーに流しちまったけど、大志はちゃんと謝らなくていいのか? 謝りたいって言ってたじゃん」
「えっ、あ~……そういえばそういうことになってたっすね」
「そういうことになってた?」
「ばっ、バカ!」
「あ゛」
やべ、って顔をする大志。
晴彦は、はぁ~と深々と溜息をつく。
なんだこいつら、挙動不審なんだけど。
「なーんて、冗談っすよ。謝りたかったし、言いたいことがあったのも事実っす。みんなと合流する前に聞いてもらってもいいっすか?」
戸惑っていると、大志は割と真剣な声で言ってきた。
急なシリアスムードに戸惑いつつも居住まいを正すと、大志は続けて言う。
「まず――ミスターコンの件、マジですんませんでした」
「お、おう……いや、あれに関してはこっちこそすまん。名指ししてもらってたのに気付いてなかったし、勝負するとか言っておいて大志をそっち抜けにしちゃったし」
「いや、それはいいんすよ。完全に俺のひとり相撲だったんで。あのときの俺は百瀬先輩のことを何にも知らなかったっすから」
ふるふる、と大志が首を横に振った。
その爽やかな所作を見て、ははっ、と俺は笑みを枯らしてしまう。
ネタ枠とか噛ませ犬とか思ってたが、いい奴じゃないか。こんな風に自分を俯瞰して反省できるなんて、羨ましくてしょうがない。
俺はいつまでも足踏みしては自己嫌悪してばかりで、一歩も前に進んでないんだから。
「そんで、俺マジで尊敬したっす。あの三人のクリスマスライブを見て、本気で凄ぇな、って」
「それ、凄いのは俺じゃなくないか?」
「それはまぁ、そうなんすけど。でもあのライブって百瀬先輩のためだったわけじゃないっすか! ってことは、百瀬先輩も凄いんだな、って思えたんすよ」
「……っ」
言われて、俺は顔をしかめる。
それは違うと思う。
凄い人に愛されたからって、愛された存在が凄いなんてことはない。
もしかしたらその凄い人とやらがダメ人間好きなのかもしれないし、凄すぎて評価基準がおかしくなっているのかもしれないから。
「ま、そーゆうことなんで! この合宿で仲良くしてもらえたら嬉しいっす」
「……あぁ、そうだな」
俺は大した奴じゃないよ。
そう言ってしまうのは簡単なのに口にしないのは、そうやってハードルを下げ続けて楽をしようとしている自分に気付いているから。
大した奴じゃないなら、大した奴になれよ。
自分を叱咤して、にかっと作り笑う。
「んじゃ、ちょっと休んだら行きますか」
「そーだな」「そうっすね」
二泊三日の合宿。
雪の降る街で、俺は何かを変えられるのだろうか。




