二章#07 新入生歓迎会
縁も高輪プリンスホテル。そんな使い古されたジョークが似合うくらいには、新入生歓迎会は盛り上がっていた。
うちの高校では生徒会と同様、部活もかなり活動的だ。特に文化系の部活はコンクールで賞を取っているところも少なくはない。それらの部活が出し物をするのだから盛り上がらないはずがないのだ。
演劇部のショート劇は十分で終わる短編だったのに泣けて笑える凄いクオリティだったし、フォークソング部の演奏も超エモかった。アイドル部がきゃぴきゃぴっと可愛くミニライブを始めたときにはサイリウムを振りたくなっちゃったのだから凄い。
……とか言って、俺はもちろん会場の真後ろにいるんですけどね。
パーティー系の中に入っていってワイワイ盛り上がるのとか、俺のキャラじゃない。クールで寡黙な俺は、喧騒の外で『頑張れよ、お前ら……』とプロデューサー面していればいいのだ。
取り留めもなくくだらないことを考えていると、からかうように声をかけてくる奴がいた。
「あー! 先輩が捻くれたことを考えてそうな顔してる」
「……開口一番それとか普通に傷つくからやめようね?」
「でも本当のことじゃないですかー。わ・た・し、嘘つかないピュアガールなんです♪」
「ぶん殴りてぇ」
ぷるぷると拳を震わせる俺の傍できゅるるんっと笑顔を作っているのは雫。
やたらと腹立つ笑い方だが、捻くれたことを考えていたのは事実なのでここは拳を引いておく。
それに……、と雫の横を見遣る。
そこには雫の友達、入江妹がいた。射すくめるようなその視線を受け止めながら雫にデコピンを放つ度胸はない。
「今日も雫と一緒なのか。仲がいいんだな」
「……えぇ、まぁ」
「大河ちゃんと私は親友ですからねっ! 前から一緒に行こうって約束してたんです」
「ほーん」
友達が行くから自分も行く、みたいなことを昼間に話していた覚えがある。入江妹かもしれないと思ってはいたが、まさか本当にそうだとは。二人はかなり仲がいいらしい。
「そういうことなら、俺なんかに構わず出し物見とけよ。ほら、落語部がやってるぞ」
「いや落語はどうでもいいので。話すのもそれほど上手くないですし」
「正直すぎるんだよなぁ……」
しれっと冷たい顔で酷いことを言う。
確かに落語部は文化系部活の中でも一番パッとしないし、廃部寸前のピンチな部活なんだけどな。それでもちゃんと聞いてあげてほしい。話してる題材が去年の文化祭と同じなので、俺は聞く気ないけど。
「まぁそんなわけで、興味なさげな出し物が始まったので先輩に会いに来たわけですよ。ちゃんと働いてるかなーって」
「お前は俺の上司か」
「実はそうなのです」
雫が演技がかった声を出す。
んんっ、と喉の調子を確かめると、何か小芝居のようなものを始めた。
「もも……友斗くん。昨日頼んだ仕事はやってくれた?」
「え、なにこれ。もしかして付き合わなきゃいけない感じのアレ?」
こくこくと頷く雫。
じとーっと冷たい目を入江妹が向けてくるので絶対に付き合いたくないんだが、雫の本気度を見るとちょっとだけ付き合ってやってもいいかな、と思えてくる。
これが先輩クオリティ。
「あー、それって昨日2時に頼まれた仕事っすか? すんません、あの後うっかり意識が落ちまして。起きようと思ったんですけど体が言うことを聞かず、仕事に着手できませんでした。っていうかぶっちゃけ、今も軽く幻聴が聞こえてるんですよね」
「なんで続ける気ゼロで重い展開にするんですか?! 完全に鬱的なあれですよ、それ!」
「いやー、ついうっかり」
まぁ流石にそんなブラックな経験はしたことない。あくまで創作から仕入れたブラック(企業)ジョークである。
俺がてへっと惚けると、雫は呆れたようにくすくす笑った。
「まったくもう……そういう捻くれたところ、普通の女の子だったらドン引きですからね」
すぅと優しく微笑む雫の口の端にだけ、悪戯心に満ちた小悪魔が顔を出す。
にぃっと蠱惑的につり上がった口角のまま、雫がそっと呟いた。
「まぁ、私的にはそういうところもポイント激高なんですけど」
「……そ、そうか」
ギリギリ俺に聞こえるくらいの声量だったのはきっと偶然じゃない。雫の計算だろう。そう分かっているのに、心臓は雄弁な反応を見せてしまう。
顔を逸らすのに、脳裏にはニタニタと笑う雫の顔がチラついた。まんまと術中に嵌っている。
「雫ちゃんと随分仲がいいんですね」
火照りそうだった頬に冷や水みたいな言葉をかけたのは入江妹だった。
疑るような鋭い目をこちらに向け、眉間に皴を寄せている。
「ああ。それなりに長い付き合いだからな」
「へぇ。そうですか」
ぼそりと呟くと、入江妹の視線は雫の方に向かう。俺から半歩ほど距離を取った気がしないでもないが、別に気にすることでもないだろう。
気まずい空気が漂い始めると、雫がそれで、と言って話を戻した。
「先輩はこんなところで何をしてるんですか? 私は先輩の働いているところをお姉ちゃんに送るっていう仕事があるんですけど」
昼間に約束してたのは本気だったのかよ。
スマホを構える雫を見てそう思いながら、俺は答えた。
「今は休憩中なんだよ。歓談タイムになるまでは適当に休んでいいことになってる」
へぇ、と雫が納得するように相槌を打った。
その横の入江妹が怪訝な顔で俺に聞いてくる。
「百瀬先輩は生徒会なんですか?」
真っ当な質問だった。
ふるふると首を横に振ってから俺は言う。
「いいや、俺はヘルプ要因だな。生徒会長と付き合いがあって、それでちょこちょこ頼まれてるんだよ」
「……そうですか」
落胆するように、或いは安堵するように、入江妹は肩を落とした。
その態度を見た雫が付け加えるように口を開く。
「先輩。大河ちゃん、生徒会に興味があるみたいなんです。今日この会に来たのも、生徒会について知りたいっていうのが大きな理由だったらしくて」
「ほーん。そうなのか?」
「……はい」
意外だ、とは思わなかった。
言われてみればという話にはなるが、入江妹はしっかりした雰囲気の生徒だ。第一ボタンまできちんと締めているし、スカートも膝小僧を隠すほどに長い。
比較的緊張感のある一年生の中でもここまで真面目なのは稀有な部類だろう。
「それじゃあ俺のところに来たのも、生徒会のことを聞きたかったからなのか」
「そんな感じです。大河ちゃんは渋ってたんですけど、先輩なら何か力になってくれるんじゃないかなーと思って、一緒に来ちゃいました」
「来ちゃいましたって、お前な……」
文句を言いたい気持ちはあるが、雫も俺のことを考えてくれたのだろう。自分の友達と俺が仲良くなれたらいい。そんな風に考え、俺と入江妹を結ぶ生徒会というカードを切ったはずだ。
雫を見れば、色々な感情が入り混じったような瞳を向けてきている。
期待、不安、申し訳なさ、その他諸々。
きっと俺を困らせてしまうかも、と懸念してもいたのだろう。それでも橋渡しのために動いてくれた雫は、やっぱりとても眩しい。
ったく、しょうがねぇな。
心の中で呆れたように呟き、入江妹に告げる。
「そういうことなら今度、放課後にでも生徒会室に来ればいい。話は通しておくから」
努めて明るく言うと、流石に入江妹も僅かに警戒を解いてくれた。
ありがとうございます、と丁寧にお辞儀をしてくる。律儀ってかクソ真面目だな、と俺は苦笑した。
パンパン、と場の空気を切り替えるように手を叩く。
「ま、その辺の話はここまで。俺のことはいいから二人は楽しんでこいよ。次はチャラチャラしてる奴らが内輪ノリで始めた有志による漫才だから」
「……先輩の声にちょっと憎悪がこもってるんですけど」
「そんなことない、そんなことない」
有志だからまとまりなくて必要書類の提出が遅れたりリハーサルがグダグダだったりしたからって憎悪とか抱いてないよ。
苦笑い交じりの雫が入江妹の手を引いていく。
「雫のそういうところも俺的にポイント高いんだけどな」
一人になった体育館の後ろ。
別に誰に聞かせるわけでもない独り言は、妙に口の中をゾワゾワと痒くさせる。
歓談タイムに仕事があってよかったな、と思った。