最終章#11 女子会⑤
SIDE:澪
「主人公の復活と覚醒、それからラスボスの退治かな」
私が言い切ると、雫はふむふむと首を縦に振り、トラ子はよく分からなそうに首を傾げた。む……こういうとき、一人だけこの手のネタが分からないと面倒だよね。やっぱりトラ子には暇ができたときにオタク知識を植え付けるか。
そんなことを考えつつ、私は説明を始める。
「具体的には、まず友斗が私たちを避け続ける状況をどうにかする。その上で友斗には『ハーレムエンド』を迎えるに足る覚悟をもって貰う」
「つまり、友斗先輩の捕獲と調教?」
「言い方が酷すぎないかな、雫ちゃん。……せめて逮捕と説得じゃない?」
捕獲の代わりに逮捕って言ってる時点でトラ子も割と酷いんだよなぁ。
私なら逮捕と調教って言うけど。
いやだって、あいつの頑固さは折り紙付きだし。
「ま、二人が言ってるようなこと。これに関しては、一つ作戦がある」
「作戦?」
「そ。来月、合宿があるでしょ? だからまずそのときに友斗と関われるように仕向ける。友達とかを絡めればあいつだって避けにくいはずだからね」
「お~! なるほど!」
「確かにユウ先輩はその手のことに弱いですもんね」
そうそう、と私は肯う。
この辺りは割とチョロいと踏んでいる。友斗は本当に八雲くんに懐いていて、修学旅行の件を一週間くらい引きずっていたからだ。
「でも、それだけで足りるかなぁ……たった一回の行事でどうにかなるような人じゃない気もする。友斗先輩、めんどくさいし」
そこは私も懸念点だった。
そもそも、合宿中はスキーがメインになるし、部屋は男女別々だ。先生たちの目もあるしトラブルを起こして来年に響くのは本意ではないので、どうしたって交流の機会は限られる。
そのときトラ子が、あっ、と声をあげた。
「それだったら、私に少し考えがあります」
「考え?」
「はい。実は生徒会で少し話があって。まだおおよその目処しか立っていないんですが、合宿の後に――」
と言って、トラ子は合宿の少し後のとあるイベントについて話す。
おおよそ、と言う割には輪郭がはっきりした企画だった。
これも友斗の教育の賜物なのかもしれない。
「――と、いう感じなんですが……どうでしょう?」
私たちの顔色を窺うトラ子。
私は雫と顔を見合わせ、うん、と頷いた。
「いいと思う!」
「うん、悪くない。普通に楽しそうだしね。問題は友斗が参加したがらなそうなことだけど」
何せ、明らかに警戒されてしまいそうなイベントだ。
何かと事情をつけて逃げる可能性も……と考えていると、
「大丈夫! 私に切り札があるから」「大丈夫です。いい手があるので」
二人が声を合わせて言った。
ふぅん……?
いい笑顔じゃん。私が知らない、二人それぞれのトクベツってやつなのかな。だとしたらちょっと嫉妬するけど……それと同じくらい、嬉しい。
「分かった。じゃあその件は、二人に任せる。企画の方は私も手伝うよ。あいつがいない分、色々と足りないことはあるでしょ?」
「いいんですか?」
「ん。白雪ちゃんがいるなら私もやりやすいしね」
私の方が遥かに経験不足だから、不恰好にはなるだろう。
けどあくまでサポートであれば、大きな問題にはならない。
「ならそれはいいとして……もう一つ、お姉ちゃんは言ってたよね?」
「ラスボスの退治、でしたっけ」
「そ。ラスボスの退治」
と、いうのはもちろん言葉の綾で。
ラスボスだと思っていたキャラが味方だった、みたいなありがちな展開だったりするのだけれど。
それでもあえて、悪辣に言おう。
私は根に持つタイプだからね。
「霧崎先輩に返してもらうんだよ、友斗を」
◇
――あれから、一週間ほどが過ぎた。
この一週間はトラ子と一緒にイベントの準備をしたり、八雲くんと雫と三人で合宿での作戦を考えたり(トラ子はこの手の話では役に立たないので除外)、かなり忙しい日々を過ごしていた。
珍しく頑張ってるんだし、毎朝ランニングで友斗に会えてるくらいの役得は許してほしい。
まぁ頑張ってるのはトラ子も雫もなんだけどね。
トラ子は生徒会長として学校が休みの中でもやれることをしてたし、雫は私たちが無理をしすぎないように、家事全般をやってくれたりとサポートをしてくれている。
友斗が倒れたときは色々と思うところがあったわけだけど、全部あいつが最後に告げた言葉のせいで吹き飛んだ。
『冬星祭のとき、ようやくその気持ちに名前をつけられただけで……本当はずっと前から、好きだった』
絶対に、こっちを振り向かせてやろう。
もう誤魔化せないくらい、惚れさせてやろう。
私たちはそう考え、色々と画策してきた。
だからこそ、
「やあ。ごめん、お待たせしちゃったかな?」
「いいえ。時間どおりですよ、霧崎先輩」
合宿が始まる前に、この人と決着をつけにきた。
隣には雫とトラ子。向かい側に座った霧崎先輩は、やってきた店員にホットココアを注文する。
「こうやって会うのは……彼が倒れた晩以来かな」
「ですね。えと、お久しぶりですっ!」
「うん、久しぶりだね」
「あの。霧崎先輩……その節は、色々とお世話になりました」
「ううん、気にしなくていいよ」
雫とトラ子と、ひらひらと挨拶を済ませる霧崎先輩。
その節、というのは友斗が倒れた日のこと。家族以外は面会時間が制限されていたなか、私と雫が語った何故トラ子が必要なのか、という話を彼の周りの人に言って聞かせてくれたのが霧崎先輩だった。
あの話術を見て、敵わないな、と軽い畏怖を覚えたのは事実なのだけれど。
今日は議論をするわけではないので気にすることはないだろう。
話している間に、ココアが到着する。
霧崎先輩はカップに口を付けて目を細めると、コースターに置きなおした。
「それで……今日はボクに何の用なの? こう見えてボク、今はちょっとだけ忙しいんだよね。締切とか、明日の準備とか、色々あって」
後者はともかく、前者はよく分からない。
が、この人の事情は知ったことではないので私は答える。
「答え合わせをしに来たんです」
「……そっか」
霧崎先輩の表情は晴れやかだった。
ともすれば、嬉しそうにも見える。様々な事項を踏まえて答えは出ていたけれど、それが正しいことを改めて実感する。
「思いのほか遅かったね。もっと早く来るかと思ってたよ」
「本当は、友斗が倒れたときには答えが出てたんですけど……こっちにも色々事情があったので。急いでくる必要もないかな、と」
「そっかそっか」
眩しいなぁ、と霧崎先輩は目を細めた。
「じゃあ、答えを聞かせてくれるかな」
「……はい。ならまずは、どうして入江先輩に美緒ちゃんを演じさせたのか、から」
どうして入江先輩が霧崎先輩に手を貸したのか。
今それに触れてもしょうがないため、私はそこを飛び越えて本題に入る。
いや、これはあくまで前菜か。
……友斗風の言い方、ダサいな。
「理由は単純です。あなたは私たちが『ハーレムエンド』を目指していることに気付き、その上で私たちにはまだ足りないものがあると見抜いた。だから私たちにとって最大の恋敵である美緒ちゃんに代弁させることで、私たちそれぞれに課題を突き付けた」
雫の中で未だ蟠っていた劣等感を突き、
トラ子が話せなかった家の問題を指摘し、
私が認めなかった優越感を暴露した。
あのやり方が正しいとは言わない。
しかし、ああして間違いを正してくれたからこそ、私たちは一度バラバラになり、それぞれに自分と向き合えたのだと思う。
「ご明察。無事こうしてボクに向き合ってくれてるってことは……乗り越えてくれたんだね。お疲れ様」
霧崎先輩が、綿毛のように笑う。
あの、と口を開くのはトラ子だった。
「霧崎先輩のやり方が正しいかは分からないですけど……でも、霧崎先輩のおかげで雫ちゃんや澪先輩を向き合うことができました。ありがとうございます」
「私も! 多分、霧崎先輩があんな風にしてくれなかったら、いつか勝手に悩んで、答えを見つけられずにいたかもしれないです。なので……ありがとうございます」
トラ子に続き、雫も感謝の言葉を告げる。
この子たちはいい子だな。
まぁ、あいにく私はお礼を言う気にはならないのだけど。だってこの人、諸々の事情があれど、友斗とホテルで過ごしたわけだし? ちょっとムカつくので許しはしない。
「ううん、乗り越えたのは君たちだから。ボクはただ、君たちが乗り越えるところを見たかっただけ。……それで? もう答え合わせは終わりかな?」
霧崎先輩は、私に挑発的な視線を向けてくる。
ったく、よくやるよ。
肩を竦め、いいえ、と答えた。
「次に、どうして霧崎先輩は友斗と付き合ったのか、です」
霧崎先輩はおそらく、友斗のことを憎からず思っている。
だが付き合いたい、とは思っていないはずだ。付き合いたいと思うなら、もっと卑怯なやり方は取れたのだから。
「理由は大まかに四つ」
「……うん」
「一つ、友斗があなたにそうしたように、友斗を導くため。これは私たちではなく、自分にしかできないと考えた。美緒ちゃんと友斗と、三人での記憶を持っている自分にしかできないと思った」
霧崎先輩がココアに口をつける。
私もストローでメロンソーダを飲み、口を潤してから続けた。
「二つ、友斗に正しい家族のカタチを教えるため。うちは、家庭状況に問題があるわけではないですけど、一般的な家族とは違いますから。両親がいて、家族揃って食事をする。そんな家族のカタチを教える必要があると考えた」
友斗は私や雫以上に家族を飢えていた。
それは様々な彼の行動を見れば分かる。
「三つ、友斗の想いがいつ始まったのかを自覚させるため。もっと言えば、私たちへの想いが最近生まれた薄っぺらいものではない、と彼に自覚させるため」
友斗は言っていた。
ずっと前から好きだった、と。冬星祭で名前を付けたに過ぎないのだ、と。
それはおそらく事実だ。だって、彼はずっと前から私たちを特別扱いしていた。あれは紛れもなく『好き』だったのた。
「四つ、友斗が《《最低に耐えられるようにするため》》。あなたと付き合うこと自体が、私たちに出したような課題だった。違いますか?」
霧崎先輩は、ぴくりと眉を動かした。
ココアをコースターの上に載せると、ふぅ、と吐息を零す。
そして碧い瞳をこちらに向け、月光のように微笑んだ。
「四つとも正解だよ。びっくりしちゃった。すっかりボクのことを見透かすんだね。もしかして、恵海ちゃんから聞いた?」
「いいえ、聞いてません。ただ色んな人の話や態度を合算して気付きました」
そしておそらく、最後の一つを除けば、友斗が倒れたあの日に決着していた。
だからあの日、友斗は私が演じる霧崎先輩に《《キミと呼ばれても不思議に思わなかった》》。あの時点で既に、霧崎先輩は友斗の彼氏をやめていたのだ。少なくとも心の中では。
くすくす、くすくす、と霧崎先輩が肩を震わせる。
口許に手を添えた彼女は、一度うんと頷いた。
満足がいったような表情だ。
だが、まるで終わりみたいな顔をされても困る。むしろここまでは全部前菜。私は雫とトラ子の言葉を代表して口を開く。
「そういう狙いがあって友斗の彼女のふりをしてくれたのは感謝します。だからそういう意味では、あなたにとっては恩を仇で返されるようなことなのかもしれません。それでも、あえて言います」
どうせあなたは、この一言を待っているから。
あなたは立ち塞がることしかできないという意味に於いて、友斗以上に不器用で不完全だから。
美緒ちゃんと戦ってきた私が、言ってあげる。
「彼を返してください」




