最終章#10 女子会④
SIDE:澪
からんころん、とグラスの中の氷が揺れる。
メロンソーダの中で浮かぶ小さな氷がエメラルドのように綺麗だと思うのは私だけだろうか。ストローでかき混ぜてはちゅるりと啜り、そんな益体のないことを考えていた。
明日は合宿。
今日私たちが呼び出した人を待つ間、私はここ暫くのことを思い返す――。
◇
――友斗が倒れる前日。
入江先輩との一件を済ませて家に帰ると、家には既に雫とトラ子がいた。二人と「ただいま」「おかえり」のやり取りを済ませ、荷物を部屋に置いてリビングに戻る。
「お姉ちゃん、ちょっといい? 大事な話があるんだけど」
と雫が言うので、私は冷蔵庫にある缶のコーラをぷしゅっと開けてから席についた。
三人でテーブルを囲む形になる。
何だか笑ってしまうような雰囲気が漂う中、こほん、と雫が真面目ぶって咳払いをした。
「今日集まってくれたのは他でもありません」
「雫、変な物でも食べた?」「雫ちゃん、急にかしこまってどうしたの……?」
「大河ちゃんの真似をしただけなのに二人とも酷い!」
「私ってこんな感じなんだ……」
あ、今のトラ子の真似だったんだ……道理でキリってキメ顔をしていると思った。可愛いなぁとニコニコ笑っている私の一方で、トラ子は複雑そうにしていた。
「ま、雫がトラ子の真似をしたところで無駄だよ。雫の可愛さは隠しきれないんだから」
「む……それ、澪先輩が言いますか? 澪先輩だってたまに雫ちゃんの真似しますけど、全然雫ちゃんの良さを引き出せてませんからね」
「トラ子みたいに硬い空気がない分、全然乙女だと思うけどね」
「澪先輩は一番女の子らしい部分が足りてないじゃないですか」
……ピキピキ。
この子、さてはケンカを売ってるな?
「ふぅぅん? 一番女の子らしい部分って、一体どこのことを言ってるのかな?」
「澪先輩がいつもいつも気にしてらっしゃるところです。別にどことは言いませんが」
「あー、はいはい、うぶアピール乙」
「うぶアピールじゃないですから! 澪先輩がうぶじゃなさすぎるだけなんです!」
「知らないの? 男子って意外とエッチな女の子の方が好きなんだよ?」
「エッ……っ!」
「そもそも大きさだけじゃなくて感度とか触り心地も大切だしね」
「う、うぅぅぅぅ」
ぷーくすくす。
顔真っ赤にしてやんの。自分から踏みこんできたくせに恥ずかしがるとか、超自滅じゃん。
さてどう弄ってやろうか、と思っていると、雫が私とトラ子の間に入ってきた。
「ストーップ! 私のレベルの低い物まねがきっかけでケンカしないの! っていうか、もうそれケンカするためにお互い言ってるでしょ?! 実はケンカするのがちょっと楽しいんでしょっ!? 久々にこうしてワイワイできるから楽しくなっちゃってるでしょ?!」
「「…………」」
ちょっと否定できなくて、私たちは黙り込む。
いやまぁね、絶対言う必要がない言葉を言い合ってケンカっぽくなってる自覚はあるよ? でも楽しいのだからしょうがない。トラ子を可愛がるのは、雫を愛でたり友斗といるのと同じぐらい楽しいのだ。
それに、昨日真面目に話しすぎたせいでお互いに若干気まずかったりもする。私も最近はトラ子に優しくしすぎた感があって、やや気恥ずかしい。
こほんと咳払いをし、とりあえず雫に主導権を渡す。
「まったくもう……じゃあ話に戻るよ? いや戻るも何も、始まってすらいなかったんだけどさ」
「それはトラ子が」「澪先輩のせいで」
「ふ・た・り・と・も?」
「「はい、ごめんなさい」」
トラ子と声がダブった。
ばつが悪くなって視線を逸らすと、雫ははぁと溜息をついて話を続ける。
「それで。今日話したいのはね、『ハーレムエンド』のことなんだ」
雫の言葉に、私もトラ子も居住まいを正した。
雫は何らかのきっかけで元気を取り戻し、トラ子も雫と話して復活した。私も美緒ちゃんを倒し、前に進む覚悟をした。
三者の準備が整った今、再び進む以外の選択はない。
「あのね。大河ちゃんには言ったけど……やっぱり私は、『ハーレムエンド』がいい」
「「うん」」
「でも言わなくちゃいけないこともあって……友斗先輩のことは『好き』で、お姉ちゃんや大河ちゃんのことも『好き』で。もしも誰かが友斗先輩に選ばれたら、私は他の『好き』を捨てなくちゃいけないのかも……って。そんな打算も、多分あるんだ」
「……うん」「う、ん」
「だって、もしも私以外が選ばれたら、私は友斗先輩に『好き』って言えなくなる。もしも私が選ばれたら、お姉ちゃんや大河ちゃんに今まで通り『好き』って言っていいのか、分からなくなっちゃう。それは嫌だから」
「「うん……」」
不揃いだったり、揃ったりする相槌を受けて、でもね、と雫が言う。
「そういう妥協だけじゃ、ないんだ。私は四人でいるのが好きなの。それは四人でいればいいってだけじゃない。お姉ちゃんも大河ちゃんも友斗先輩のことが好きで、三人で『好き』をあの人にぶつける。そんな、四人で恋をしていられる関係が大好きなんだ」
ああ、と思う。
雫はまた一段と可愛く、眩しく、強い女の子になった。
「私も」
と口を開くのは、トラ子だった。
「雫ちゃんと、考えてることは同じです。四人でいられないかもしれない、って。友情か恋か、どっちかを諦めなきゃいけないのかもしれない、って。そう思ったからこそ、四人がいいって思います」
「うん」「……ん」
「私には事情があって、そのせいで四人でいられないかもしれません。けど――それでも、嫌です。三人と一人になるのも、二人ぼっちになるのも、絶対に嫌です」
だから、とトラ子は強い目で言う。
「ユウ先輩も雫ちゃんも……澪先輩も。三人のことが大好きだから、三人と一緒にいる方法を模索したいです。この関係は本物だ、って信じてるので」
それはきっと、トラ子がもがいて、色んな人と話して見つけた結論。
踏み込むことで私たちを変えた強い女の子が、踏み込んでもらうことで一層強くなっていた。
本物、か。
偽物と本物――その違いは、果たしてどこにあるのだろう。
ふとそんなことを考えながら、次は私の番だ、と口を開く。
「私は、もしかしたら二人とはちょっと考えが違うかも」
「「えっ?」」
言うと、二人が驚きと不安に満ちた視線を向けてくる。
それらにかぶりを振って応じ、私は言う。
「私は友斗も雫もトラ子も……程度の違いがあるだけで、多分本気で好きなんだと思う」
「……? えっと、それってどう違うの?」
「んっと……雫が思ってる好きじゃなくて。恋愛的な意味での『好き』。LIKEじゃなくてLOVE」
「へ?」「えっ??」
私の告白に、雫もトラ子も変な声を出す。
ま、当たり前か。私も入江先輩と話しててようやく気付いたって感じだし。
目をぱちぱちさせる二人に向けて、私は続ける。
「あ、勘違いしないで。割合的にはLIKEが九割、LOVEが二割って感じだから」
おまけの一割は、抑えきれない想いの分。
「え、えっと、それって……え? 澪先輩は、私のことが好き……?」
「あ、トラ子はLOVE一割くらいだから。可愛がるのが楽しいとかそういう意味だから。勘違いしないで」
「って、反応もツンデレ?」
「うぐっ」
雫、適応してからかうのが早すぎない?
ジト目を向けると、雫はきゅるるんっと笑って言った。
「でもでも、私もお姉ちゃんの言うことはちょっと分かる! もし友斗先輩がいなかったら、大河ちゃんと付き合いたいかもだもん。三人で百合百合しく色々したい!」
「なる、ほど……?」
更なる雫の追撃に、トラ子は目を回す。
そんな様子が心底愛らしくて面白いなぁと思いつつ、私はまとめるように告げた。
「まぁ結局のところさ、LOVEとLIKEの境界線なんて曖昧なんだよね。そもそもLOVEだって、恋愛的な意味で使うだけの言葉じゃないし」
「それは……なんとなく、言いたいことが分かります」
「でしょ? だからまぁ、そういうこと。私は雫のこともトラ子のことも、それくらい好き。だから友斗だけじゃそもそも満足できない。あんな最低な男だけで満足できるほど、安い女じゃない」
「同意できてしまうあたり、ユウ先輩は色々とアレですよね」
「ほんとね~! あんな人のことをこんな美少女三人が好きになるとか奇跡だよ」
うんうん、と三人で頷き合う。
本当にそうなのだ。
友斗は、あまりにも幸せすぎる。
でも同時に……多分私たちも、幸せすぎるんだ。
いっぱい迷惑をかけて、困らせて、振り回して、裏切って、傷つけて。
それでも私たちはお互いのことを嫌えない。どうしようもなく、愛し合っている。だからこそ、欲しいものを全部手に入れたい。
「ってことで、確認。二人とも『ハーレムエンド』を目指し続けるってことでいいんだよね?」
話を区切るように雫が言う。
うん、と肯いつつも、私は返した。
「でも、やっぱり現実的にどうするかは考えなきゃいけない。それは今回のことではっきりしたよね?」
だって、美緒ちゃんに指摘された。
トラ子の家の件だってある。
妄想の世界で生きていけるわけじゃない以上、現実的にどうするかは考えなければいけない。
二人は頷き、代表するように雫が言った。
「それなんだけどね。私、忘れてたんだ」
「忘れてた?」
「そう。美緒ちゃんに言われて結構悩んでたんだけど……でも前にこーやって話したとき、言ったじゃん? 四人になってから話し合わなきゃ意味ないって」
「あ~」
そう言えば、そんな話をした。
それから色々なことがあって失念していたけれど、言われてみればそうだ。どうして四人のことなのに三人で悩まなきゃいけないんだ、って話だし。
「だからね、やっぱり狙うべきは友斗先輩だと思うの。友斗先輩に『ハーレムエンド』を認めてもらって、四人で話し合うこと。それが一番大切じゃないかな、って」
「それは納得できるんだけど……じゃあその場合、私たちはどうすればいいのかな?」
雫に対して疑問を口にするのはトラ子だ。
そう、それが問題。
私たちはそこで失敗した。
「そこなんだよねぇ~。友斗先輩が『好き』を抑えきれなくなるくらいにグイグイいけばいいのかな、って思ってたんだけど。どうしてこうなっちゃったんだろ」
「それは……やっぱり、私の家のことをユウ先輩が知ったからじゃないかな」
「ん~、そうなのかなぁ。じゃあ、大河ちゃんが家のこと込みで一緒に考えたいって言えばオッケー?」
うーん、と頭を抱える二人。
私はクスッと笑み、
「それだけじゃないと思うよ」
と、告げた。
「そうなのかな?」
「じゃあ、どうすればいいんだと思いますか?」
委ねるような目を向けてくる二人。
一つ年下の妹分たちに愛らしさを覚えつつ、私は答える。
「主人公の復活と覚醒、それからラスボスの退治かな」




