表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
404/478

十章#35 進路と合宿

 SIDE:友斗


 気付いたってどうしようもないことに気付いた日から二日が経った。

 週の折り返しの水曜日。

 日に日に悪化していく倦怠感と共に、俺はチャイムの音を聞いていた。

 今日のこの時間はLHRだ。とはいえ、毎度のように学級委員が働かなければいけないわけではない。今日は珍しく、担任が長々と話していた。


 話の内容は……ある意味、この時期ならば当然されるべきもの。

 進路に関する話だった。

 曰く、


「みんなの中には、とりあえず大学への推薦を貰っておけばいいって思っている人も多いのかもしれないわ。進学だけなら、それでもいい。でもよく言うように、大学に行って足を引っ張るのは推薦入学をした人なの。だからこそ、将来どうしたいのかを考えておいてほしいのよ」


 とのことだ。

 なるほどな、と思わされる。

 推薦入学者は、入学試験を受けてくる学生に比べればどうしたって能力意欲共に劣ってしまう。それは別に推薦入学が悪いからとかではなく、入学が決まる時期の違いゆえだろう。


 入試を受ける奴でも、途中でやる気をなくして足を引っ張る奴はいる。逆に推薦で入学しても、意欲的な奴はいる。結局のところ、将来のビジョンが見えてない奴はサボるし、見えてる奴はがんがん進む。それだけのことでしかない。


 まぁ俺は入試を受けても大丈夫な学力はつけておきたいと思ってるし、大学に行ってもサボるつもりはないからあまり意味ないんだけど。


 でも……正直なところ、担任の言葉は響いた。


 将来、俺はどうしたいんだろう。

 以前時雨さんに問われてから、ずっと考えてきたことでもある。俺はどんな風に生きていくのか。何をやって、何を考えて、どこへ進んでいくのか。


 時雨さんはちゃんと見つけた。

 今や作家としてデビューしようとしているし、入江先輩と一緒に大学で色々やっていくこともあるのだろう。


 でもあの人が進んでから一か月以上が経った。

 俺も進まないといけない。なのに未だに進むことができず、立ち尽くしている。


「はい」

「ありがとう」


 担任が配ったプリントが回ってくる。

 そこには、『進路希望調査』と書かれていた。未来への紙飛行機みたいなたった一枚のプリントが、妙に触れがたいもののように思えた。

 将来のビジョンと話しているだけのことはあってか、一般的な進路調査よりも記入しなければならない欄は多い。

 進学するか否か。進学する場合は推薦を希望するか否か。希望する場合は学部、希望しない場合は進学を希望している大学名を三つまで書くことになっている。進学する場合もしない場合も、現時点で考えている具体的な進路やその理由などを書くことになっていた。


 まるで小学生の作文だな、と思う。

 『将来の夢』とでもタイトルをつけておけば、2分の1成人式あたりで使えそうだ。まぁ俺の場合は本物の成人式が三年後に控えてるけど。


「もちろん具体的な進路と言っても、明確な職種である必要はないわよ~。どんなことをしたいか、どんな風に生きたいか。そういうことをぼんやりとでも思い浮かべてほしいだけだから」


 そりゃそうだろう。

 高校二年生。将来何をやりたいか決まっている奴の方が意識が高いだけで、全く見通しがない奴だってうようよいる。俺みたいに生き方だなんだと哲学じみたことを考えもしない奴だって多いはずだ。


 でもそういう奴は、既にちゃんと生きている。

 だから具体的な職業である必要はない。必要なのはきっと、10年後の自分を思い描くことで――。


「っと、真面目な話はさておいて! 続いて直近に迫った合宿の話をしましょうか♪」


 担任が言うと、張り詰めていた空気が弛緩した。

 思考の沼に沈みかけていた俺の意識も引っ張り出される。


 合宿。

 それはそれで苦々しい単語だが、答えの出ない袋小路で迷子になっているよりはマシだろう。笑う門には福来る、とも言うしな。努めて笑顔を作り、教室の緩んだ空気に乗っかる。


「合宿のことはみんな知ってるわよね? 今年も行く場所はおんなじ。いつもと同じスキー場よ。参加は自由だから、参加したい人は今週中に答えを出すように。来週は丸々休みになっちゃうからね~」


 来週が丸々休みなのは、入試諸々の関連だ。

 ちなみに今月土曜授業が一度もないのも、その影響だったりする。来月は第一週の他にも下旬に休みが多く、結構気の抜けた月になることが多い。

 が、その中で異彩を放つイベントが合宿だ。


 正式名称は、卒業前交流合宿。

 卒業する前の三年生と下級生との最後の交流会的な立ち位置の、二泊三日のイベントだ。まぁ、2月下旬から3月にかけて、本当に仲がいい奴らは勝手に三送会を開くんだけどな。卒業式もやるし、生徒会でもチマチマした小イベントは企画する。


 球技大会を除けば、最初で最後の学校側が完全主導する行事。

 そういう捉え方をするのが一番手っ取り早いだろう。


 と、考えている間にプリントが回ってくる。

 『卒業前交流合宿要項』とタイトリングされたプリントには、題名通り、合宿の要項が色々と書かれている。日程や参加費、持ち物などなど。

 プリントの下の方には切り取り線が引かれており、参加希望者のみがそこを切り取って提出するようになっていた。


 参加費は割と格安。

 というのも、宿泊先の施設をこの高校を運営している法人が所有しており、諸々の事情もあってめちゃくちゃ安く使えるのだ。


 担任の話がひと段落すると、あとは自由時間になる。

 一瞬眉間に皴を寄せてスマホを見た後、晴彦は俺の方を見遣った。


「なぁなぁ。友斗は合宿どうする?」

「ん? あぁ……どうするかな」


 聞かれるとは思っていたが、答えを出せてはいなかった。

 実質中身のない返事をすると、晴彦は顔をしかめた。


「あ~。まああんまり人気ないもんな」

「そうだよなぁ……時期も時期だし、行く場所もスキーだしな」

「そうそう」


 スキーを悪く言うつもりはないが、今日日の高校生にとっては縁遠いものであることは間違いない。行ったことがない奴が二日程度で思う存分滑れるようになるかと言えば微妙なところだし、めっちゃ寒いし、終わった後は筋肉痛でヤバいから意外とこの行事の参加者は少ないのだ。

 まぁ休みが続く時期だから合宿なんか行かず個別に旅行に行く奴が多いってのも理由の一つだけどな。


「友斗って、去年はどうしたん?」

「ん、俺は行ったな」


 ちょうど見てたアニメでスキー回があって、「行ってみてぇ!」ってなったからだけど。


「そっちは?」

「俺も行ったぜ。白雪がスキー行ってみたいって言うからさ。アニメか何かの影響で」

「お、おう……」


 オタクって同じこと考えるのね。

 苦笑していると、そんでさ、と晴彦が続けた。


「意外と楽しかったし、今年も行くつもりなんだよなぁ。だからどうせなら友斗と……あと、友斗と会いたいっていう後輩がいるから三人で相部屋申請しようかなって思ったんだけど」

「俺と会いたい後輩……?」

「そうそう。前に雫ちゃんと付き合ってるって噂が流れた後輩」

「ああ……」


 噛ませ犬くん、もとい杉山クンか。

 俺と会いたいって……また変な勝負でも吹っ掛けてくるつもりじゃないだろうな。自然にくしゃっと顔が歪むと、晴彦は慌てたように首を横に振った。


「あっ、変なことはしないってちゃんと約束してるぞ? ただあいつはあいつで謝りたいって言ってて。部活の後輩だからさ」

「……なるほど」


 謝りたい、か。

 多分、謝ることなんてどこにもありはしない。けど杉山クンは杉山クンで色々と気にしているのだろう。だとしたら俺がどうこうではなく、彼のためにも一度会うべきなのかもしれない。


「それにさ。修学旅行、友斗と一緒に行けなかったじゃん? だから行きたいな、って。これ逃したら来年の合宿しかねぇじゃん?」


 晴彦の言葉にハッとさせられる。

 俺の身勝手な思いで勝手にサボった修学旅行。俺がそうだったように晴彦も修学旅行を楽しみにしてくれていたのなら、俺も行きたいかもしれない。


 正直なところ、迷っていた。

 ぱーっと遊ぶ気分じゃないし、もしもあの三人も行くのであれば、三人の楽しい思い出を台無しにしてしまうかもしれない。だったら行かない方がいいだろう、って、


 でも……晴彦は、こんな最低な俺のことをそれなりに知ってもなお、親友でいてくれる大切な存在だ。杉山クンも色んな意味で可愛げがある後輩だし、俺が謝るべきことだってたくさんあるだろう。


 なら、


「そう、だな……じゃあ一緒に行くか」

「マジで?! いいのか?」

「お、おう。そんなに驚くか?」

「そりゃ驚くだろ! 友斗、最近めっちゃ元気なかったし。ブラックガム中毒みたいになってるし」

「元気がなかったのは認めるけどブラックガムに罪はないだろ……」


 でも、そんな風に嬉しそうにしてくれるならよかった。

 頬を綻ばせていると、晴彦は何故かまたスマホに目を落とす。杉山クンとでも連絡しているのだろう。


「じゃ、そういうことで。楽しもうな!」

「ああ」


 きっとこんな風に普通の青春を享受する資格なんてなくて。

 それでも今は、晴彦の優しさに甘えることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ