二章#05 生徒会の事
忙しい日々はあっという間にすぎる。使い古された言葉だが、それゆえに信憑性があると思う。
きっと数多の先人が締切に追われ、わんわん喚きながら仕事をし、時には締切をぶっちし、その度に『なんか時間がすぎるの早くなーい? 今回は余裕だと思ってたんですけど』とか言ってきたのだろう。
締切と言えばラノベ作家、ラノベ作家と言えばSNSによるエゴサ。これはラノベファンにとってはもはや常識と言ってもいい(違う)。それにしても締切ヤバいヤバいと言っているラノベ作家の数は異常。
そんなことを考えながらぼんやりと眺めるのは、我が校の生徒会のSNSアカウントだ。
アカウント名は『田々谷大学附属高等学校生徒会』とシンプルなもの。フォロワー数、フォロー数は共に1500を超えており、生徒会が運営するしがないSNSアカウントとしては立派な部類だろう。
現に今朝投稿した呟きはそれなりに拡散されている。
「先輩ってそーいう細かい作業得意ですよねー」
金曜日の昼休み。
早々に昼飯を食べ終えた俺がスマホを弄っていると、雫が呆れたような感心したような口調で言ってきた。
「雫が言うと『チマチマねちっこい作業ばっかりしてますよねー』的な副音声が聞こえそうになるんだけど」
「酷くないですかっ⁉ そんなこと思ってませんって!」
「ほんとかねぇ……」
いや、雫が人の頑張りを小馬鹿にする奴じゃないって分かってるんだけどね? 色んな意味でいい性格をしている奴なので不安になってしまうのはしょうがないと思うんだ。
「でも確かに百瀬ってハイスペックだよね」
と呟くのは、サンドウィッチを飲み込んだみお。
みおが義妹になってから数日が経ち、義妹としての自分とクラスメイトとしての自分を使いこなす彼女にも慣れてきた。おかげで雫の前ではきちんとクラスメイトとして振舞える。
「ハイスペックかどうかは分からん。基本こういうのは経験だしな」
「経験ですか……でもでも! 小学校のときは別に委員会とか入ってなかったですよね?」
「ん? あー、まぁそうだな」
厳密に言うと六年生の後期だけ体育委員だったのだが別に正すほどのことじゃないだろう。体育委員は授業内での仕事ばっかりだったし、六年生の後期だったから実際にはそれほど働いていないのだ。
「先輩が経験豊富になったのって、やっぱり霧崎先輩のおかげなんですか?」
「経験豊富って言い方はどうなんだよっていうツッコミはさておいて。確かに時雨さんに色々教えてもらった部分はあるな。去年一年あの人の手伝いをしてたけど、それで一気に色々学んだ感じはある」
「へー」
ふむふむと相槌を打つ雫。
持ってきていた紅茶のペットボトルに口をつけてから、あっ、と思いついたように声を上げる。
「先輩は生徒会に入ろうとしてたりしますか?」
雫が興味津々といった感じで目を輝かせる。
何故に……? と思ったが、考えてみればそれほど難しいことではない。ラノベにしろ漫画にしろギャルゲーにしろ、生徒会は物語の舞台としてよく使われる。雫の琴線に触れたんだろう。
俺自身、生徒会に魅力を感じていないかと言えば嘘になる。部外者として手伝っている日々もかなり楽しいし、仕事が終わった後の達成感も好きだ。部活に所属していない俺がコミュニティに属せるのは生徒会くらいだしな。
ただ一つ問題もあるのだ。
「入ろうと思ったこともあるが……そのためには生徒会選挙で勝たなきゃいけないからな。うちの場合、会長や副会長じゃなくても大抵二~三人は立候補者が出る」
何故かと言えば、それはうちが大学附属高校だからである。生徒会などの活動は内申にもプラスに働くため、進学時に自分が志望する学部に所属しやすくなる……らしい。
なるほど、と雫がこくこく頷いた。
「確かにそれなら先輩は勝てないですよね。人気集められなそうですし」
「なぁ雫。真実は時に人を傷つけるんだぞ」
「てへっ」
「笑って誤魔化しても一度ついた傷は消えないんだからなッ!」
と言いつつも、俺だって自分に人望がないことは自覚している。全ての役職に人気者が立候補するわけではないが、やはり俺からはぼっちなオーラが滲み出てしまうのだ。
孤狼は雰囲気を身に纏ってしまう俺、かっこよすぎる。
まぁ去年立候補したわけではないので、この辺りの話はあくまで俺の主観だ。立候補さえしていれば選挙で勝てていたかもしれない。可能性は無限大だ。応援演説者が見つからないって理由で立候補を断念しているという事実を除けば希望に溢れている。
くすくすと楽しそうに笑った雫は、目元を指で拭いながら言う。
「でも生徒会の行事には参加するんですよね? 今日の放課後とか」
「あぁ、そうだな。なんだかんだ役割も貰ってるし」
今日の放課後というのは、言わずもがな新入生歓迎会のことだ。
この告知のため、チマチマとSNSアカウントを動かしていたのが何を隠そう俺なのである。本番である今日はケータリング関連のチェックなど細々とした使い走りをやることになっていた。
ふむと唸った雫は、ニヤニヤと悪戯っぽく笑う。
「それは楽しみですね。先輩がへこへこ働いているところを見に行こうと思います」
「言い方が最悪なんだよなぁ……。けど新入生歓迎会に参加してくれるのは運営として嬉しいからぜひ参加してくれ。ああいうのは人が少ないと空気が重くて最悪だからな。呟きを拡散してくれた奴らは何だったんだよってキレそうになる」
「歓迎する理由がマイナスな方向すぎるんですけど……。まぁもちろん行きますよっ! 私の友達も行くらしいので」
友達。そう言われて思い浮かぶのは、やたらと俺を警戒している入江妹だった。
姉の方は演劇部でショート劇をやりにくることになっているはずだが、入江妹も来るのだろうか。まぁ来ても来なくても俺がやることは変わらないんだけど。
来る来ないの話を考えたところで、ふとみおに目を向ける。まだ昼食を摂っているみおは、さっきから基本だんまりを続けていた。
ごくんとサンドウィッチを飲み込むと、俺の視線に答えるようにみおが口を開く。
「私はああいうの苦手だし、行かないかなぁ」
「えー、そうなの? お姉ちゃんも来ればいいのに」
新入生歓迎会には、もちろん二年生や三年生の参加も認められている。その場で発表をしたいという部活はもちろん、ただ話にくるだけの生徒も毎年いるそうだ。
ううん、とみおが申し訳なさそうに続ける。
「去年行ったけど、あんまり空気が好きじゃなかったんだよ。だから雫は友達と楽しんできて」
「そっかぁ……分かった!」
残念そうにする雫だったが、すぐにぱっと明るい笑顔に戻る。
大好きな姉と楽しみたい気持ちはあるけど、無理強いしたくもないのだろう。みおがそういうのを苦手だってことも分かっているだろうしな。
「じゃあ先輩が働いてるとこ、写真に撮ってくるね!」
「うん、楽しみにしてる。できれば怒られて謝ってるところがいいなぁ」
「俺に何か恨みでもあるのっ?! っていうか二人して俺をオチみたいに使うのやめてねっ?」
みおと雫がぷっと吹き出した。
けらけらと可笑しそうに破顔する姿は、本当に仲良し姉妹に見える。和んでいると、みおと目が合う。
その瞬間、みおはこっそりと口だけを動かした。
『頑張って、兄さん』
視線と口の動きだけが、俺とみおを兄と義妹に変える。
みおと雫を見て姉と妹だと感じていたからこそ余計に心が揺さぶられた。みおが俺の義妹なのだ、と改めて再認識させられる。
ああ、くそ。
どうしようもなく心が悦んでいる。
いつも以上にやる気が出てしまっている。
気まぐれで買ったミルクティーは物凄く甘くて。
苦く感じられたらよかったのに、と思った。