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一章#01 父親の相談

 昼飯を食い終え、俺はなんだかんだ雫の買い物に付き合わされた。

 まぁ一度外に出てさえしまえば怠さも半減するからな。可愛い後輩の気晴らしになるなら、となし崩し的にOKを出したのである。


 春物の服を何着か買い、俺の提案で本屋にも寄り、最後には洒落たスイーツ屋でケーキを食べてお開きとなる。

 空は茜色。予定よりも随分遅くなったが、俺も楽しんでいた節があるのでよしとしよう。


 さて夕食はどうしようか。ケーキがボリュームあったし、軽めのものでもいいな。

 そんなことを考えながら家に帰ると……玄関に、俺のものではないスニーカーがあった。


「おかえり、友斗」

「ああ、父さんか。この靴、流石にボロいし新しいの買った方がいいよ。金欠ってわけじゃないじゃん?」

「いきなりファッションチェックしてくる息子って……父さん、泣いちゃうぞ?」

「まぁ我ながらちょっと何だこいつとは思ったけど。でも、父さんだってよく見られたい相手がいるんでしょ。仕事仲間とか……好きな人とか」


 最後に一言付け加えたのは単なる気まぐれではない。

 こんな時間に家にいて、しかも俺を出迎えているのだ。その時点で何かしら用件があることは分かってる。すっげぇそわそわしてるし。

 で、その用件が何かと言えば……再婚のことだろう。


「――っ、し、知ってたのか」

「超分かりやすかったし。逆になんで気付かれてないと思ったのか聞きたいくらいなんだけど」

「ま、マジか……これが悟り世代」

「悟り世代って単語もだいぶ死語と化し始めてるから使うのやめといた方がいいと思う」

「辛辣! あれか、反抗期なのか? 盗んだバイクで――」

「はいはい、もうこの会話はやめとこう。無駄なジェネレーションギャップに傷付くだけだから」

「うっ……そ、それもそうだな」


 先に殿に死なれて行き場を失くした武士みたいな顔をしている。

 無念さは分かるけど、いちいち相手にするのはめんどいからスルーの方向で。


「話すなら、その前に着替えてくるわ」

「あ、いや、それなんだが……よかったら、今日は外で食べないか? ほら、ちょっと歩いたところに回転寿司があっただろ」

「あー……」


 やたらとモジモジしているのは気になるが、魅力的な提案だ。このまま行けば冷凍食品のパスタとかで済ませていた可能性が高い。冷凍食品が悪いわけじゃないが、回転寿司と比べたらゴブリンと魔王くらい違いがある。最近はゴブリンの方が強くなったりするけど、それをツッコんではいけない。


「分かった。荷物置いて、ちょっと準備してくる」

「おう。時間も時間だし、まだそこまで急がなくていいからな」

「了解」


 時刻は五時。回転寿司に着くころには五時半過ぎ頃だろう。六時に夕食を摂るのが習慣になっているのでそれほど早くはない。

 現金なもので、回転寿司と言われると俄然食欲が湧いてきた。軽めでもいいかな、という考えはもうすっかり消えてしまってる。


「何食おっかな~」


 楽しい夕食になればいいな、と。

 色んな意味で祈った。



 ◆



 地元愛なんてものはほとんどないけど、俺が住んでいる地域はかつて高級住宅街と呼ばれていたらしい。今も日本車より外車の方が見かけるし、量より質を重視した店が多い。その意味ではまだ高級住宅街なのかもしれない。


 そんな地域から少しだけ離れたところに駐車場付きでオープンしたのがオキ寿司という回転寿司だ。

 オープンしてから五年ほど経っても潰れる気配がないということは、それ相応に需要があったのだろう。まだ夕食時ではないのにそれなりに客がいるのを見て、改めて思い知った。


 テーブル席に案内されたところで、ふと給湯器が目についた。

 ぱしゃりと写真を撮り、雫にお決まりの定型句を送ってみる。


【ゆーと:回転寿司に来てるんだが、これって何に使う奴か分かる?】


 あいつもそれなりにネットスラングを知ってるし、ネタだと分かってくれるだろう。くすっとでも笑ってくれたなら先輩冥利に尽きる。


「何やってるんだ、友斗」

「ん、ちょっとお決まりのアレをな。それよりどうする?」

「そうだな……先に話をしたい。いいか?」


 妥当なところか。食い終わった後に話す内容でもないもんな。


「了解。でも何にも食わないのも迷惑だし、何皿か取っとくよ」

「ああ、そうだな。父さんもタブレットで茶碗蒸しを頼む」


 それぞれに食べたいものを取り、アツアツのお茶をずずずっと飲んで一息つく。

 明らかに挙動不審な父さんがむせたので、自然と溜息が零れた。

 そのやり取りとも言えないやり取りがちょうどいい折り目になったようで、父さんは覚悟を決めたように口を開いた。


「あのな。父さん、再婚しようと思うんだ」

「さっきも言ったけど、なんとなく知ってた」

「軽いなぁ……もうちょっと驚いてくれてもいいんだぞ?」

「いや、そういうのはいいや。玄関で出迎えられてからここに来るまでの間の超気まずい空気でお腹いっぱい」

「あっ、そう……」


 自分でもちょっと淡泊かな、とは思う。

 けど考えてみてほしい。ここで騒いだところであんまり意味ないし、話題が変な方向に行って惚気とか聞かされたら嫌じゃん? 流石に実の父親がデレる話はしんどい。まぁ、たまに萌えアニメ見てデレデレしてるんだけどね。


「それで、相手はどんな人? あ、惚気るのはNGだから。職業、年齢、性格を簡潔に述べよ」

「取り調べなのか、これっ⁉」

「恋の取り調べみたいな部分はあるかもしれない」

「……友斗、割とノリノリか?」

「若干テンションは高い」


 綾辻に胸の内を吐露し、逆に雫の相談に乗った。

 昨日からついさっきまでにかけての行動が、期せずしてプラスの方向に働いている感はある。

 くすっと笑った父さんは、茶碗蒸しを一口食べてから言った。


「同業者だな。三つくらい年上で、端的に言うと好きなものに真っ直ぐな女の人だ」

「……つまり、父さんと同じくがちがちにオタクとして業界に入った系?」

「有り体に言えば」

「へぇ」


 職場の人だとは予想していたが、それ以上に父さんと似た者同士っぽい。

 それなら上手くやれそうだ。


「ちなみに、その人は再婚しても仕事続ける?」

「そうだな。何なら父さんより優秀だし、やめたら現場が死ぬ」

「…………」


 ブラックな発言はネタだと思っておこう、うん。


「なるほど。じゃあ再婚とは言っても、結局俺は今までと変わらない感じか」


 綾辻と話していたときに予想していた通りだ。これなら今後もホテルを使わなくてよさそうだな。

 そう思っていたのだが、父さんが言いにくそうに待ったをかけた。


「いや、あのだな……そうはならないんだ。実はその……再婚する場合、友斗に義理の妹ができる。同い年の子と一つ年下の子の二人」

「へぇ……ぇぇええっ⁉」


 再婚のことについては驚かなかった。

 まさかと思いつつも、相手に連れ子がいる可能性だって心のどこかでは考えていた。


 けれど――。

 かちゃり、と何かがはまる音がした。

 スルーしていた違和感が、私を見てよ、とヤンデレ少女みたいに告げてくる。


「あれ、先輩?」

「……百瀬」


 ――声が聞こえた。

 聞き馴染みがある声。いつもなら、その声を聞いて安らぎを覚えていた。

 でも、今だけはその声が余計に頭を混乱させる。


「嘘、だろ……?」


 綾辻澪(セフレ)綾辻雫(後輩)が、そこにいた。

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