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十章#27 綾辻雫は、諦めない。⑤

 SIDE:雫


「ってわけで、どーん! これがウチが考えた最強の企画書だよ!」


 えっへんと腕を組みながら、鈴先輩は企画書を見せてきた。

 私は印刷されたものを、猿さんはパソコンの画面に映っているものを確認する。他二名はマイペースに色々やっていた。企画の内容には興味ないらしい。蝉しぐれさんはシナリオ担当なんだし、無縁ってわけじゃないと思うんだけどなぁ……。


 そうこう考えつつ、企画書を確認してみる。

 タイトルは未定。ゲーム形式はADV。いわゆる紙芝居ゲーというやつで、私もよくプレイするノベルゲームの体を取るらしい。

 ストーリーの始まりはそれほど難しくない。

 とある街のとある高校。

 主人公は三人の少女と出会う。彼と彼女らはあれこれと事件を乗り越えつつ青春を過ごしていき、互いに惹かれ合っていく。


 そんなある日、異変が起こり始める。

 伝奇的、セカイモノ的な展開のスタートだ。

 目まぐるしくストーリーの筋が移り変わり、学園青春モノかと思えば異能バトルモノへ、そうかと思えば今度はスポコン展開に……と、THE闇鍋なストーリーだ。


 要所要所に「ここはシナリオがなんか頑張る」とか「演出でそれっぽく」とか「絵で雰囲気を出す」とか書いてあるのだけど、そういう但し書きみたいなところを気にかける次元のものではなかった。


 ――なんだ、これ……?


 っていうのが、私の率直な感想だ。

 途中まではよかった。でも途中から色んな要素がごった煮になって、やりたい放題な感じがする。全体を通底する基礎はあるし、面白くなるだろうなってビジョンも見えるけど……なんというか、無茶な企画って感じだ。


「どうよどうよっ? ここ最近ウチがハマってるものを入れてみたんだけど」

「ハマってるもの……ここで急に野球を始めるのは?」

「今更だけど野球アニメにハマったんだよね」

「鬼が出てくるのは?」

「そりゃ流行りのあれだよ。流行ってるものでも面白いしね~」

「学園が舞台なのは?」

「学校楽しいし、青春ラブコメは王道だし!」


 猿さんの質問に、ぽんぽんと鈴先輩が答えていった。

 そのやり取りは、大して詳しくない私でも苦笑してしまうほど。ハマってるものを入れるって……そんなんでいいのかなぁ?

 けど、存外、企画書なんてこんなものなのかもしれない。

 あくまでこれが叩き台。好き勝手になってる企画書を猿さんがチェックして、まともな形にしていくんだろう。


 そう思っていると、


「で、面白くなるのか?」


 と、猿さんが鈴先輩に短く尋ねた。

 にやっと笑うと、鈴先輩はサムズアップして見せる。


「もちろん! 野球アニメ見まくったし、鬼退治の漫画は全巻読破済み&鬼の歴史を調査中だし、青春については絶賛エンジョイ中! 大まかなプロットは書けるから、蝉ちーに丸投げ可能!」


 それは『もちろん!』って言える状況じゃない気がするんだけど。

 はてと首を傾げていると、猿さんが私をじぃと見つめた。


「雫クン。なにか意見があるのか?」

「えっ? えっと……逆に、猿さんは何かないんですか?」


 話を振られて、咄嗟に打ち返してしまう。

 意見がないわけじゃないけど、これは流石に私だけが思ってることじゃないだろうし、猿さんに言ってもらった方が良い気がする。

 けれど、


「オレはないな。鈴が面白くなるって言うなら任せる。シーラカンスは絵を描ければいいし、蝉しぐれはプロットに合わせて文章を書ければいいからな。鈴がそれでいいなら、オレは信じるだけだぞ」

「えっ……そう、なんですか?」

「んふ~、そーだぜ、みおちー! ウチ、結構このサークルの中で影響力があるんだよ!」


 えっへん、と誇らしげに胸を張る鈴先輩。

 猿さんは面倒そうに、けど否定できないから渋々ながら、といった感じで首肯していた。意外な返答に、私は少し呆気に取られた。

 だってこの企画書はごった煮がすぎる。

 『好き』は詰まってるけど、どう考えても詰まりすぎだ。制作面でも、内容面でも、パンパンすぎて現実的に難しい気がする。


「うんっと……的外れなことを言ってたら申し訳ないんですけど、一つ、言っていいですか?」


 大河ちゃんを見習うわけじゃないけど。

 でも思うことは言った方がいいような気がしたから、声を上げる。

 二人とも頷いてくれたのを見て、私は続けた。


「この企画書って……なんというか、『好き』が詰まってるじゃないですか」

「うんうん、そだねー」

「それはすっごくいいと思うんですけど、詰まりすぎてて現実的に難しいのかなぁ……って」

「えっと、どゆこと?」


 鈴先輩がじっと私を見つめてくる。

 私は居住まいを正して、頭の中で言葉を整理しながら続けて言う。


「色んな要素がごった煮になってて、まとめるのが大変かな、というか。全部を楽しめたらいいと思いますけど、やっぱり時間も容量も有限ですし、現実的に不可能なことってあるんじゃないかなぁって」


 迂遠で分かりにくい言い方になっているな、と自覚する。

 それが何故なのかも気付いてしまった。

 多分私は、無意識のうちにあの雪の日に言われたことに重ねてしまってるんだ。

 状況も何もかも違うのに、全部の『好き』を取ろうとしてる鈴先輩たちを、『ハーレムエンド』を望んだ私と重ねている。


「えと、すみません。今のは違くて」


 だとすれば、そんなのは八つ当たりだ。自己満足だ。

 この人たちの『好き』が詰まったサークルを逃げ場として利用しておいて、挙句の果てにこんなことをしてしまうだなんて、恥ずかしくてしょうがない。

 せりあがってくる羞恥心を誤魔化すように、私は頭を下げた。


「うんっと、よく分かんないんだけど……つまりしずちーは、もっとスッキリしてる方が《《好きってこと》》?」


 そんな私に、鈴先輩が尋ねてくる。

 それは責めるような口調ではなく、むしろとても優しいものだった。


「ええっと……そういうわけでも、なくて。どっちかって言うと私も、こういう『好き』が詰まってるようなちょっと滅茶苦茶でカオスな感じの方が好きなんですけど……」


 『好き』は大切にするべきだから、もし本当にできるなら一つだって『好き』を捨てたくない。ごった煮でも、カオスでも、私はそれがいい。

 でも――それはきっと、現実的ではなくて。

 だから、と口にしようとした私に先んじて、鈴先輩が言った。


「ならいいじゃん? というか、アレね。ウチの経験上、中途半端に『好き』を諦めたっていいことないから。だったら最初っから頭使って計算づくで作るよ。ウチ、別にそーゆうのができないわけじゃないし」


 にかっと笑って、言葉を続ける。


「それでもウチは『好き』を我慢しないやり方を選びたい。それで拒絶されるなら、そんな器の小さい相手はこっちから願い下げだよ」


 その言葉は、とくん、と心に染みた。

 特別なことを言ってるわけではない。むしろどちらかと言えばありふれているだろう。

 それでも――鈴先輩の言葉は、私の奥に確かに届いた。


 『好き』を我慢なんてしてやるものか、と。

 全部の『好き』を守る私を認めないなら、こっちからお前は願い下げだ、と。


 それはともすれば無茶苦茶で、わがままとしか言いようがない考え方で。

 けれど、とっても素敵なことだと思った。


「ってゆーわけなんだけど。しずちーは、他に意見ある?」


 優しくて期待に満ちた眼差し。

 キラキラしてて、凄く憧れる。

 こんなにも憂いなく『好き』を叫べる人たちを見ていると、あの雪の日に言われた言葉を否定する気もなくなってくる。


『雫さんは確かに凄いです。自分の愛を心から叫べるあなたは、本当に凄い。眩しいと思います。でも、《《もうそれ》》、《《澪さんや大河さんもできることですよね》》?』


 そんなの、当たり前なんだ。

 『好き』を叫ぶのには覚悟がいる。でも覚悟さえ決めれば『好き』を叫ぶのはちっとも難しくない。お姉ちゃんは大河ちゃんができるのは当たり前。

 当たり前だけど、《《それがなんだ》》?

 別に私は『好き』を叫べることを誇ったりなんてしない。ただ私は叫びたいのだ。好きなものに『好き』って言いたい。それが言えない未来なんて、絶対に認められない。


 だから、


「ありますっ! えっとですね――」


 私はとことん、『好き』を叫ぶ。



 ◇



「いやぁ凄かったねぇ! しずちーのおかげで企画書がよりよくなったよ!」

「あはは……なんかごめんなさい。自分は書いたりしないくせにたくさん言っちゃって」

「ううん、いーのいーの! 今後も絵のモデルはやってもらうつもりだしねっ!」


 会議が終わって家を出ると、もうすっかり辺りは夕暮れ色に染まっていた。

 すっかり熱中してしまっていたらしい。冬の空気が体の火照りを取ってくれるけど、それでもまだまだ暑かった。

 鈴先輩は楽しそうにくすくすと笑う。

 私もそれにつられて、けたけたと笑みを漏らした。


「まあでも、次に来るのは色々と片がついてからかな」


 鈴先輩は、軽々とそう呟いた。

 色々に何が入るのかは……ここで言うべきじゃないし、言わなくても鈴先輩は察してるんだと思う。だって友斗先輩とお姉ちゃんの友達だもん。

 だからこそ、はいっ、と元気に肯定する。


「今度は私が欲しいエンドに辿り着いてから、ここに来ます。逃げ場とかじゃなくて、遊び場として」


 サークルを遊び場なんて言うのは間違いかもしれないけど。

 逃げ場にはしたくないと思った。

 ここには『好き』が詰まってる。

 『好き』を叫べる人たちが集まっていて、我慢しないことこそがルールみたいな場所だ。だからこそ、鈴先輩たちはキラキラしているんだろう。


「うん、そっか。今のしずちーなら、本当に大丈夫そうだね」

「はい、大丈夫です。正常運転に戻るので」


 だって、私は気付いたから。

 私は何も間違ってなかったんだ、って。


「じゃあ私は帰ります」

「うん。気を付けてね」

「はいっ!」


 言って、私は鈴先輩と別れる。

 駅までの道のりは綺麗に夕焼けていた。

 そういえば去年は、こんな時間に友斗先輩と一緒に歩いてたっけ。

 受験の追い込みで、ギリギリまで友斗先輩は図書館で勉強に付き合ってくれた。


 でもあの頃と今では、何もかもが違う。

 お互いの関係も、周りにいる人も、抱えてる想いも。

 ただ一つ変わらないのは私はばかで、困ったらいつだって友斗先輩に頼っていいんだってことだけ。


 私は、難しいことなんて考えない。

 最初から自分で言ってたじゃないか。


『友斗先輩なら小難しいことはなんとかしちゃいそうだからねっ!』


 だから――綾辻雫は、諦めない。

 ほんとの本当に欲しいトゥルーエンドにたどり着くまで。

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