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十章#21 入江大河は、諦めない。②

 SIDE:大河


 生徒会用のパソコンでSNSにログインする。

 このアカウントを創設したのはユウ先輩だ。ログインIDやパスワードに何となくあの人の気配を感じて、私は顔をしかめずにはいられなくなる。

 如月先輩、花崎さん、土井さんの三人がパソコンの画面を覗き込む中、私はDMを開いた。


 受信しているDMは三件。

 12月中に二件、1月に入ってから一件届いているようだった。


「あら、意外と少ないわね……」

「DMするとなると、やっぱりある程度は敷居が高くなるんじゃないですか? 質問箱だと完全匿名ですけど、DMはそうじゃないですからねー」


 花崎さんの指摘に、なるほど、と思った。

 当初の予定では、この施策はSNSにある質問箱という機能を用いて行う予定だった。でもそれでは匿名性が高すぎて無意味な荒らしが来る可能性がある、と言って、アカウント名だけでも分かるDMに切り替えることになったのだ。

 言い出したのは……もちろん、ユウ先輩。

 曰く、


『ま、質問箱だとお手軽だから数が来て面倒くさいってのもあるけどな』


 とのこと。

 そうやって変なところで悪ぶるところも好きなのが、タチが悪かった。


「では、一件ずつ見ていきますね」


 意識を逸らし、マウスに集中する。

 まずは一件目。12月中に来ているものから。


【期末テストの結果があまりよくありませんでした。学年末テストでいい結果を残さないと、塾に行かせると親に言われてしまいました。いい勉強方法を教えてください】


 …………。


「あの、これ趣旨と違いませんか? 目安箱ではなくお悩み相談になっている気がするんですが」


 堪らず眉をひそめて言うと、んー、と如月先輩が考えてから返してきた。


「まあ『いい勉強方法を教えてください』っていう要望と言えなくもないし、いいんじゃないかしら?」

「折角相談してくれたんだし、答えてあげるくらいならいいと思う」

「うんうん」

「えぇ……」


 それはちょっと、拡大解釈がすぎるのではないか。

 ユウ先輩がいたら、「そうやってドンドン仕事を増やして……誰にしわ寄せが行くか考えろ」とかぶつくさ文句を言いそうだ。言ったうえで、まあいいか、って協力してくれる気がする。

 ……っ。

 気付けば、また考えてしまっていた。爪を掌に食い込ませて自罰し、こほん、と咳払う。


「そういうことでしたら、返答だけしておきましょうか。でも……なんて書けばいいですか?」

「うーん……それはやっぱり、勉強が得意な大河ちゃんなりの勉強方法を書けばいいんじゃないかしら。ほら、前に雫ちゃんに勉強を教えたりもしていたでしょう?」


 如月先輩に言われて、記憶がチリチリと頭を焼いた。

 七夕フェスの前。

 如月先輩や八雲先輩も含めて、みんなで勉強会をした。その後も家に泊まったときとか、休み時間とか、ちょくちょく雫ちゃんに勉強を教えている。


 けれど――今は……。

 三学期に入ってから、雫ちゃんと話せてもいない。私が逃げてしまっているのだ。家のことを言えないくせに友達ぶっているのが居た堪れなくて、消えてしまいたくなるから。


「き、如月先輩……! 今綾辻さんの話はダメですよ」

「百瀬先輩の次に地雷ですから、それ」

「そうだったの……? ごめんなさい、知らなかったわ」


 三人が、こそこそと囁き合っている。

 距離が近いせいで聞こえてしまっているのだけど、聞こえないふりをしておくことにした。

 こうしてまた私は、嘘を、秘密を、重ねていく。

 返信が遅れた謝罪と共に適当に返答を打ち込み、次のDMの確認に移った。


【彼氏が人気者で、周りに他の女の子ともよく遊びに行くのが少し嫌です。でも嫉妬しているって言って嫌われたらと思うとなかなか言えません。どうしたらいいですか?】


 ……今度も、意見要望というよりお悩み相談だった。しかも今回は学校にほとんど関係がない恋愛相談だ。

 けれど、言えない、という悩みを抱える相談者の気持ちが私には少しだけ分かる気がした。


「ええっと……これは、どう返せばいいんでしょう?」

「一気に難しくなったわねぇ。でも、ちょっと気持ちは分かるかも」

「そうなんですか?」

「ええ。晴彦って百瀬くんとよくつるんでるってだけで、他にも友達はたくさんいるからね。色んな女の子が周りにいるし、たまにちょびっとだけモヤモヤっとすることもあるのよ」


 意外だった。

 如月先輩と八雲先輩の関係は良好で、そこには悩みなんてないと思っていたから。

 でも――きっと、それは傲慢な考えなのだろう。自分は悩んでいて、周りは悩んでいない。そんな風に視野狭窄に陥るのは間違いだ。

 未熟だな、と思いながら、尋ねる。


「やっぱり秘密を抱えたままお付き合いするのは不誠実ですし、嫉妬してしまうならそのことを伝えるべき、なんでしょうか……?」


 不恰好な聞き方になってしまったのは、おそらく自分の抱える罪悪感と綯い交ぜになってしまったから。

 如月先輩ははてと首を傾げ、そうねぇ、と言って続けた。


「別に隠し事してるから不誠実ってことはないんじゃないかしら。特に嫉妬とか、そういうことは隠すことが相手のためになる、って場合もあるでしょう?」

「だとしても……相手と、お付き合いしてるんですよね? 思っていることも言えないような関係が本物なんでしょうか?」

「そう言われると……」


 言葉に詰まる如月先輩の代わりに口を開いたのは、土井さんだった。


「でも入江さん。何でもかんでも思っていることを言えばいいってことでもないんじゃないかな。相手のことを傷つけたくないって思うからこそ言えないことだって、多分あると思う」

「うん……私たちもそうだもん」


 花崎さんが、そう続ける。

 その目を見て、何を想っているのかを何となく察した。

 もしも思っていることを言えない関係が偽物なのだとしたら、私を心配しながらも直截なことは何も言わない三人と私との関係だって偽物ということになってしまう。

 それは――悲しいことだ。

 じゃあ、本物の関係ってなんなんだろう。


「ま、まぁ難しいことは分からないけれど……この話に限って言えば、嫉妬してるって言っちゃったほうがいい気がするのだけどね」

「えっ、そうなんですか?」

「もちろん。ヤキモチって言うのは、好きだって証拠でしょ? やかれたら嬉しいに決まってるわよ。私だって嬉しいし」


 但し、と如月先輩は明るく付け加える。


「問題は伝え方ね。なるべく可愛く、甘えるように言うのがポイント」

「……なるほど」


 相談の返答としては妥当なところだろうか。

 これ以上私の私情を挟むわけにもいかないので、かたかた、と返答を打ち込んで送信した。


「最後、確認します」


 言って、三件目のDMをチェックする。


【振られた相手と友達になるためにはどうすればいいですか?】


 一言そう書かれたメッセージに続いて、長文が届いていた。


【二学期にクラスの好きな子に告白しました。でも振られてしまい、その後もアプローチをしすぎてしまったせいか、教室でもほとんど話さなくなってしまいました。もう恋を叶えるのは諦めています。でも人として素敵な相手だから、友達としてあと二年間一緒にいたいんです。振られた相手と友達になるためにはどうすればいいですか?】


 その文章からは、切実な思いが伝わってきた。

 友達になるためにどうすればいいのか。

 いよいよ答えられるはずがなかった。私は雫ちゃんと友達になれているのかすら怪しいのだから。


「これは……もしかして……」

「うん? 花崎ちゃん、どうかした?」

「いえ。そのですね――」


 ごにょごにょ、と花崎さんが如月先輩に言う。

 その声は本当に小さくて、流石に聞き取ることができなかった。土井さんは一度はてと首を傾げ、そして、ああ、と小さく漏らした。


「……? この相談、何か変なところでもありましたか?」

「あっ、えっと」

「変なところはないわよ。ただこれだけ真摯にメッセージをくれる相手の相談なら、一度会って話を聞いた方がいいような気がしたの」

「如月先輩っ?! それは――」

「――大丈夫よ。きっと、その方がいい」


 花崎さんと如月先輩が何やら揉めている。

 イマイチ何を言いたいのか分からないけれど……でも、如月先輩の言うことはその通りかもしれない。

 これだけ切実なメッセージを送ってきているのだ。相談者の人はかなり悩んでいるのだろう。


 共感できる、なんて烏滸がましいことを言うつもりはないけれど。

 理解はできる。

 何か……できることをしたい。


「分かりました。そういうことでしたら時間を調整して会ってみることにしましょう。少し前に来ているメッセージなのですぐに予定がつくかは分かりませんが、確認してみます」


 相談者のアカウント名は『杉山クラーク』

 私は彼(もしかしたら彼女)にメッセージを送った。

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