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十章#16 綾辻雫は、諦めない。②

 SIDE:雫


 土曜日。

 私は鈴先輩が所属しているサークルの会議に参加するべく、電車に揺られていた。開催場所は蒲田にある鈴先輩の家らしい。

 窓に微かに映る自分と睨めっこして、頭の中に「なぜ?」という問いが浮かんでいることを再認識する。


 昨日は鈴先輩に圧に流されて頷いちゃったんだけど、よく考えると本当に「なぜ?」だ。サークルの会議なんて行ったところで、私にできることはない。それなりのパソコン知識はあるけど、それだってゲーム作りに役立つようなものではないだろう。


「うーん……?」


 私を励ましてくれるつもりなのだとしたら、すっごく申し訳ない。

 とか言いつつ、オシャレに気を遣って、何となく浮足立っている自分もいるのだから、ちょっぴり嫌になる。


 だってサークル活動だよ?

 クリエイターモノであれば、割とありがちな場面だ。生徒会がそうであるように、サークルだってロマンがある。否が応でも胸が躍ってしまうのだ。


 まぁだからこそ、ずぶの素人で役立たずな私が邪魔をしていいのかな、とか思っちゃうんだけど。


 なーんて言ってる間にあっという間に蒲田駅に着く。

 改札をくぐると、


「あっ、しずちー! やっほー!」


 と、鈴先輩が出迎えてくれた。

 っていうか、うわぁ……本当にギャルっぽい……! この寒さでもミニスカだし、ちょっとえっちぃ。この服は私には着れないなぁ。


「ん? しずちー、どうかした?」

「な、なんでもないです!」

「そう? なんか視線が変態チックだったんだけど」

「なんでもないです! 本当です!」


 可愛い人に目がないのはしょうがない。

 顔の前で手をひらひらさせると、ん? と鈴先輩が目を細めた。


「えっと、どーかしましたか?」

「いや、それ、綺麗だなぁって思って。ピンキーリング?」

「あっ……」


 何てことのない雑談の延長線上のはずなのに、鈴先輩の言葉が思わぬところに突き刺さってしまう。

 そうだ。

 今日私は、ピンキーリングをつけてきた。

 ううん、今日だけじゃない。学校にいるだって持ち歩いてるし、学校から出たら忘れずに指にはめている。


「……ごめん、あんまり言われたくない感じだった?」

「それは、その……ごめんなさい。じゃあ着けてくるなよって感じですよね」


 ピンキーリングなんて、どうしたって目立つ。

 それを着けてきておいて、触れられたくないと思う方が筋違いだ。私が外そうとすると、鈴先輩はその手を掴んで止めた。


「ううん、別にそんなことないよ。似合ってると思うし、しずちーだって嫌な思い出があるわけじゃないんでしょ?」

「……はい」

「なら着けてればいいじゃん。根掘り葉掘り聞かれたくないけど身に着けていたい、って普通だからさ」

「そ、ですかね……?」

「もち!」


 ぶいっ、と鈴先輩がピースして見せてくる。

 瑞々しいその笑顔を真正面から受け止めた私は、そっと指輪を撫でた。


「じゃあ着けておきます。とっても大切なものなので」

「うん、それでよーし! 大丈夫だよ。今日は脱いだりしないから」

「……え? あの、今変なこと言いませんでした?」

「言ってない言ってない。じゃあレッツゴー!」

「レッツゴーしませんよッ!? 『今日は脱いだりしない』ってなんなんですかっ?!」


 え、私脱ぐの……?

 目をぱちぱちさせる私をよそに、鈴先輩はグングン進んでいった。



 ◇



「というわけで! ウチの高校の後輩のしずちーちゃんです! はいみんな、拍手~!」

「拍手以前に今日締切の作業を終わらせろメスガキ」

「はぁ~? そっちだってメスガキじゃん? っていうかなんならウチと一個しか違わないじゃん???」

「カスおっと間違えた鈴が今日までに仕上げてくるって言ったんだよ。サークルリーダーは悪くない」

「酷い言い間違えすぎないっ!? 間違ったことは言ってないけど!!」


 鈴先輩の家は普通の一軒家だった。

 でもその一室である鈴先輩の部屋は、ちょっと普通ではなかった。

 たくさんの本とピアノと色んなオーディオ機器と……明らかに芸術的な空気が漂う部屋。それだけでも「クリエイターモノ!!!」ってなるんだけど、それ以上に異質なのは部屋にいる三人の女性だった。


 一人は仁王立ちで腕を組んでる背の高い女の人。

 学ラン姿なのを見るに学生なんだろうけど……っていうか、鈴先輩の話を聞くに、もしかして高三? なんかそれにしてはすっごい圧があって、大人って感じがするのに。


 もう一人は……ここからがヤバい。

 姉ちゃんぐらいの体の大きさの女の人。何故か全裸なあたり、めちゃくちゃにキャラが濃い。ちなみにさっきから何も言わず、黙々と背の高い女の人を見つめながら液晶タブレットを弄っている。


 最後の一人は布団にくるまってヤドカリみたいになっていた。

 家庭用ゲーム機をぽちぽちと弄っている。鈴先輩をカスって呼んだのもこの人だ。っていうかこの人、凄いな。手首と頭以外が見事に布団の中に収まってる。地味に技術がいるのでは……?


「うぅぅ……待って、三人とも! 気持ちは分かる。ウチが嫌いなのは分かるよ! でも企画書は今から爆速であげるし、手土産だってあるの!」

「手土産? 手ぶらに見えるが?」

「そりゃ、ものじゃないもん。ねっ、しずちー?」

「へっ?」


 えっ、ここで私?

 戸惑っている間に、ぐいぐいっ、と鈴先輩が私の背中を押す。必然的に、他三人の視線が私の方に向いた。嘘。全裸さんは液タブに集中してるし、ヤドカリさんもゲームやってる。3分の1しか見てないや……。


「ええっと……ど、どうも。もも――綾辻雫って言います。一年生です……えと、鈴先輩に一度来てみたら、と言われたので来たんですけど」


 何これめっちゃ気まずいんですけど。

 あははーっと作り笑顔を浮かべてみると、高身長さんがニヤリと笑った。


「なるほど、手土産か。こりゃいいな」

「でしょー? だから企画書が遅れたのは――」

「チャラにはしないから今からやれ。後はこっちで色々話しておく」

「私の扱い!」


 と言いながらも、鈴先輩はすごすごと机に向き合った。

 パソコンを起動し、何やらカタカタと打ち込み始める。

 

「ええっと……」

「ああ、すまないね。オレはこいつのモデルになってるから動けないんだ。視線だけ動かすから、それで察してくれると助かる」

「あっ、そうなんですか……」


 なるほど、だからずっと動いてないんですね。

 さぞモデルに慣れているのか、本当に身動ぎ一つしていない。感心している間に、高身長さんは話を進める。


「オレは猿だ。サークルのリーダーをやっている」

「猿、ですか?」

「ああ。で、絵を描いてるのがシーラカンス」

「シーラカンス?????」

「ゲームをやってるのが蝉しぐれだ」

「ごめんなさい、呼び名がちょっとツッコミどころ多すぎて受け入れられないです」


 ハンドルネームってやつなんだろうけど……奇抜すぎない?

 っていうか、どうして私がツッコミ役に回っているのか。こういうのは友斗先輩の役目な――っ、ああ、これ考えるのやめ!

 猿さん(?)はこほんと咳払いをする。


「あれだ。『さしすせそ』、なんだよ」

「『さしすせそ』……ああ! ()シーラカンス()()蝉しぐれ()、ですか」

「そうそう、と答えるところまで含めて『さしすせそ』だったりする」

「ちょっと強引ですねそれ」

「それな」


 また『さしすせそ』ができた。

 なるほど、『そ』は利便性が高いし、『さしすせそ』は作りやすいのかもしれない。オタクってそういう言葉遊びが好きだよね。

 って、そーじゃなくて。


「雫クンと言ったかな」

「あ、はい。雫です。ごめんなさい、なんか部外者なのに来ちゃって。私、あんまりよく分かってないんですけど……ここって、どういうゲームを作ってるサークルなんですか?」


 まずは分からないことを一つずつ減らしていこう。

 私が聞くと、ああ、と猿さんが視線だけで頷いた。


「うちは同人ゲームを色々と手がけている。いわゆるギャルゲーだな。たとえば――」


 と、言って猿さんは幾つかゲームのタイトルを口にする。

 それは、私でも一度か二度聞いたことがあるものだった。


「あの! 私、多分体験版やったことあります。同人ゲームにあんまり詳しくないので買えてないんですけど……結構クオリティが高かった覚えがあります!」

「おお、そうなのか! そう言ってもらえると嬉しい!」


 この会話をしてても表情を変えない猿さん、すごい。

 でもそんな風にクオリティ高めの同人ゲームを作ってるサークルだって知ると、余計に申し訳なくなってくる。私なんかがここにいていいのだろうか。

 そんなことを思っていると、


「終わった」


 と、シーラカンスさんが呟いた。

 猿さんはうむと頷き、こちらに一歩近づいてくる。


「それで、だな。急で申し訳ないんだが、もしよかったらシーラカンスの絵のモデルになってもらえないだろうか」

「えっ、モデルですか?」


 またしても唐突な申し出。

 けど、そういえば駅で鈴先輩が妙なことを言っていた。

 もしかして――


「ぬ、ヌードですか?」

「なぜそうなる!?」

「だ、だって鈴先輩が……」

「ああ、なるほど」


 ひゅーひゅる~と机の方から口笛が聞こえた。

 ぴくり、と猿さんの眉が苛立たしげに動く。が、こめかみに手を添えて頭痛を堪えるような仕草をした後、猿さんは首を横に振った。


「安心してくれ、ヌードじゃない。さっきのオレみたいに止まっていなくてもいい。ただ、如何せんオレたちはあまり発育がよくなくてな。雫クンのような逸材を探していたんだよ」

「発育……」


 そういえば、猿さん、背は高いけど胸はあんまりだ。

 鈴先輩はそこそこだけど、それでもお姉ちゃんよりちょっと大きいかなって感じ。そういう意味では私は逸材なのかもしれない。何とも複雑な逸材だけど。


「ま、まあそういうことなら……」

「おっ、いいのかっ!?」

「は、はい」


 そんな風に喜んでもらえるのなら、渋るほどのことではない。

 折角来たんだし、何か力になりたいとも思うから。


「助かる! なら……そうだな。そこに座って楽にしていてくれ。二時間もあれば終わるから」

「了解です」


 言われた通りに私は腰を下ろす。

 モデルってことは、可愛く見えた方がいいよね……?

 女の子座りで、ぺったん、とカーペットの上に座る。どうやったら可愛く見えるのか、ずっと考えてたから分かるんだ。


「おお……描く」


 シーラカンスさんの視線を受けて、私はしゅわっと笑って見せた。

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