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十章#08 姉たち

 SIDE:時雨


「三人とも、だよ。彼は選ばない」

「っっ……」


 恵海ちゃんも、心のどこかで理解していたのだと思う。

 三人で好きになってもらおうとした彼女たちのステージは、見事にその本懐を遂げた。友斗くんは、同時に三人を好きになったのだ、と。そうなるだけの魅力があのステージにはあったのだ、と。


「何よそれ……そんなの、最低じゃない」


 それでもなお、恵海ちゃんは激昂した様子を見せる。

 真っ当な反応だ。

 たとえ彼女たちの望み通りになったとしても、同時に三人を好きになるなんて常識とは外れている。

 だからこそボクは、頭の引き出しから知識を取り出して言う。


「ねぇ恵海ちゃん。ポリアモリーって知ってる?」

「……何よ、それ」

「合意の上で複数のパートナーと関係を築く恋愛のスタイル。日本国内では知られてないけど、海外だとそこそこ有名なんだよ」


 LGBT等の性自認的な問題と一括りにするべきではないが、考え方としては似たものがある。社会に認められているカタチとは違う愛を持つ、という概念のようなものだ。

 実際にアメリカではポリアモリーに合わせたパートナー制度などを導入している州もあり、何も異常な考え方というわけではない。まぁ人本国内だけでなく世界中を見ても、同性愛より受け容れられていないことは確かなわけで。


 おそらく知識として薄らとは知っていたであろう恵海ちゃんは、怪訝な表情で返してきた。


「それが何なの? だから認めろ、とでも言うつもり?」

「ううん、単に思い当たった言葉を口にしただけ。彼がそういう考え方を持っているのかは定かじゃないし、そもそもそういう考え方を認めるべきかどうかを論じるつもりもない。ただ、彼の状況を示すのに適切なのがそれかな、って」

「そう……」


 ボクがそう告げると、恵海ちゃんは自分を落ち着かせるように深呼吸をした。自分が冷静でないと気付いたのだろう。そうやって冷静であろうとできるところは凄く素敵で、頼もしいと思う。

 それでこそボクのパートナーだ。

 そもそもさ、とボクは続ける。


「善か悪かを決めるのは本人たちなんだよ。ボクも恵海ちゃんも、部外者でしかない」

「っ、それは……っ」

「『三人で好きになってもらう』ことを望んだ三人と、『三人を同時に好きになった』友斗くん。ぴったりとはまるパズルのピースみたいな状況がある。それは紛れもなく事実でしょ?」


 口にした言葉がなるべく冷たくならないようにと気を付けたけれど、それでもやっぱり、冷え冷えとして聞こえてしまった。

 ボクは悔いるように唇を結び、そして、今度こそ温かい言葉を、と口を開く。


「だからボクは、あの子たちが望むのであれば、彼らの恋を叶えてあげたい。たとえ世界に認めてもらえなくても……四人にとってかけがえのない恋心なら、それを結んであげたいって思う」

「そんなの――詭弁よ」


 ボクの言葉を、恵海ちゃんは真っ向から否定した。

 悔しそうに唇を噛み、彼女は言う。


「本人たちの望み通りだからって、周りから認めてもらえなきゃ意味がない。誰にも認められない恋を続けようとすれば、閉じた世界に落ちていってしまう。そんなの、本物とは言えない」

「うん」

「それにそもそも……大河は、彼らと一緒に落ちていけない。分かるでしょう? あの子は入江家の人間なのよ」

「うん」


 そう言ってくれる恵海ちゃんだから、こうして声をかけたんだ。

 許す許せない以上に、大河ちゃんのことを思ってくれる恵海ちゃんだからこそ、彼らの想いを結ぶのに大切な役割を任せられる。


「ボクもそう思う。だから、恵海ちゃんに手伝ってほしいんだ」

「私に……? それ、本気で言ってるの? 私がそんなことに手を貸すって本気で思ってる?」

「うん、思ってるよ。だって大河ちゃんが幸せになる一番の方法なんだもん。《《妹思いなだけじゃない》》。《《罪悪感を消すためにも大河ちゃんを幸せにしたいって思っている恵海ちゃんには》》、《《拒否できないはずだよ》》。

「――っ……」


 言えば、恵海ちゃんはボクを睨みつけてくる。

 軽蔑にも憎悪にも思えるその視線を、ボクはきちんと受け取った。言い訳をするつもりはない。恵海ちゃんの弱みを利用していることは事実なのだ。


 入江家は25歳までに結婚をしなければいけないというルールがある。それまでに未婚であればお見合いが組まれ、未婚のままでいることはできないのだ。

 けれども恵海ちゃんは女優という夢を追うから、25歳で結婚するつもりはない。何がなんでも有名になり、しきたりから強引に逃れようとしている。そうなればしわ寄せは当然、妹の大河ちゃんに行くから――だから、恵海ちゃんは断れない。


 それを利用するなんて最低だけれども。

 これからすることに比べれば、ずっとマシだ。


「大丈夫。現実的な方法は一つあるんだ。彼らにしか使えない方法だけど、四人で結ばれる方法は確かにある」

「はっ……? そんな方法、あるわけが――」

「――あるんだよ。たった一つの冴えた方法が」


 或いはそれは、歪んだ方法かもしれないけれども。

 恵海ちゃんは、そう、と諦めたように頷いた。


「分かったわよ。時雨がそう言うなら信じる。どうせまだ教えてくれないんでしょう?」

「全ての準備が整うまでは、ね」

「そう……じゃあ、私に何をしてほしいの?」


 何だかんだ、そうやって話に乗ってくれる辺りはチョロ――っと、流石にそれは可哀想か。ボクが恵海ちゃんの弱い部分をこちょこちょしまくってるのは事実だしね。

 ボクは、うん、と頷いて続ける。


「長い話になるから……そうだな。コーヒーでも飲みながら話そうか」

「…………そう、ね。聖夜を時雨と二人っきりで過ごすのは嫌だけれども」


 そうしてボクらは自販機で買ったコーヒー片手に、学校を後にした。

 夜に染まった公園で話したのは、ヒール(治癒)ではなくヒール(悪役)に回るようなやり方で、恵海ちゃんは当然渋ったけれども。

 最終的には首を縦に振ってくれたのだった。



 ◇


 ――そして、今日。

 ボクは全てを終えた恵海ちゃんと電話をしていた。

 冬休みも残り数日になった今日、ボクは友斗くんと接触し、恵海ちゃんはボクが渡した情報通りに美緒ちゃんを演じた。イヤホン越しに適宜ボクが指示を飛ばしていたけれど、大半を恵海ちゃんに任せてしまったからか、恵海ちゃんの心中は荒れている。


『本当に……最悪の気分よ。気に入っていた後輩を傷つけて、愛しの妹に毒を吐いて……本当にこんなことする意味があるの?』


 苛立ちのこもった声は、とことんボクに不満をぶつけてくる。

 意味があるの、か。

 真っ当な問いだ。


 わざわざ美緒ちゃんを演じさせて、友斗くんを好きになってくれた素敵な女の子たちを傷つけた。あの子たちをどれほど苦めてしまったのかは、恵海ちゃんの話を聞くまでもなく想像できる。


『だいたい、悪いのは彼よね? ずっとあの子たちの想いを保留し続けて、挙句の果てに同時に三人を好きになった。そんな彼が悪いんじゃないの?』

「その問答、何回繰り返すの? そんなの分かってるよ。友斗くんが一番悪い。誰が悪いかって話をして彼を責めたいだけなら、そういうのは全部が終わってからにしてほしいな」

『っ……』


 友斗くんが悪い。

 そんなの、もう言うまでもない。

 それを大前提にした上でボクらは話しているのだ。


『じゃあ、あの子たちを苦しめることに何の意味があるの? あんな滅茶苦茶なことを言って……それでもしもあの子たちが立ち直れなくなったらどうするの?』

「二つ」


 言えることがあるかな、とボクは言う。


「まず、恵海ちゃんに言ってもらうように頼んだことは滅茶苦茶なことではないよ」


 但し、正しいわけでもない。


「あれは『問い』なんだよ。四人で生きていくなら『問い』は絶対あの子たちの頭によぎる。だから今、『問い』をぶつけた。ボクらが壁になった。それだけだよ」

『っ……それでも、あんな立ち直れなくなったら――』

「それもない。あの子たちは大丈夫。そうじゃなきゃ、まだ友斗くんを好きでいられていないから」


 間違いに直面し、苦しみ、それでもあの子たちは四人でいたいと願った。

 そう願える彼女たちがこの程度で折れはしない。


「それに折れたとしても……今はボクらが傍にいる。周りにも、あの子たちを大切に思っている人がいる。今折れなきゃ、ダメなんだよ。春が桃色に染まる前に、まだ青いうちに、トコトン間違えておかなきゃダメなんだ」

『……っ、そう、ね』


 分かったわよ、と恵海ちゃんが言う。

 まだ思うところはありそうだったけど、引っ込めてくれたみたいだ。それよりも、と話の矛先を変える。


『そっちはどうなの?』

「聞こえてた通りだよ。今、友斗くんとホテルに泊まってる」

『そこがそもそもおかしいってことに気付きなさい。ホテルって……変なことするつもりじゃないでしょうね?』

「まさか。そんなことしないよ」

『あなたがそのつもりでも、彼は――』

「――彼なら、ボクに見向きもせず眠ってる。変なことに発展しようがないぐらいに、ね」


 それどころか彼は、あの子たちの名前を呼んでいた。

 雫、澪、大河、って。恋しそうに寝言を口にしていた。

 ごめんごめん、って死んでしまいそうな声で謝っていた。

 はあ、と電話の向こうから溜息が聞こえる。


『本当に大丈夫なんでしょうね? 時雨と付き合うなんて……そんなの、最善手から一番反してると思うのだけれど。間違いを繰り返すだけじゃないの?』

「大丈夫だよ。これが最適解で間違いない」


 どうしようもなく間違えることこそが答えだなんて矛盾極まりないけど。

 友斗くんは知らなくちゃいけない。

 愛のカタチを、家族のカタチを。

 絡まった赤い糸を一度ほどかなければ、きちんと結びなおすことはできないから。


「よろしくね、恵海ちゃん。最低な恋を叶えるために」

『……えぇ』


 さあ友斗くん。

 これが最後の間違いだよ。

 澪ちゃん、大河ちゃん、雫ちゃん。

 これが最後の問いだよ。


 間違いに気付いて、問いに答えて、どうか永遠の愛を見つけて。

 いつか美緒ちゃんがそこに混じれるように。

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