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二章#02 二人きり

「はぁ……やっと来たね、ピザ」

「ああそうだな」

「誰かさんが意地を張ったせいでもう9時だけどね」

「……はい」

「こんな時間からピザ食べるとか乙女的に複雑だなぁ」

「本当にごめんなさいっっっ!!」


 風呂上り。

 30分ほど前に注文したピザを受け取った俺は、リビングでみおに土下座していた。なんか一気にコメディなノリになってしまってゴウハラなんだが、俺に非があるのは事実なのでしょうがない。


 いやほんと、どうして無駄に抵抗したんでしょうね。ピザを注文するくらい躊躇うことでもないのに……。


「全く兄さんは……。まぁ怒ってもしょうがないし、いいよ。素直に私が作ればもうちょっと早く食べられたしね」

「それはしょうがねぇよ。疲れてクタクタになってるのに夕食を作ってくれとか言うつもりはない」

「その気遣いを」

「他のところに回せればよかったですね! 分かってるからもう食べよ???」


 俺が言うと、みおはクスっと笑う。からかうようなその笑みを見て、ただの冗談なんだな、と安堵した。

 台所から持ってきたピザカッターでピザを切り分ける。正三角形もどきになったピザが合計十八切れ。みおはピザが好きなので多めに頼んだが、ちょっと二人では食べきれない気がしてくる。


 自分とみおの分を更に取り分けていると、みおは一人で熱いお茶を淹れ始めた。急須ではなくティーパックなのが不服なのか、少し顔をしかめている。

 って、そーでなくて。


「ピザに緑茶って……正気か?」

「正気だけど。だって緑茶美味しいじゃん」

「いや美味しいけどさ……」


 みおと同年代の女子は緑茶より紅茶やオサレなミルクティーとかを好みそうだよな、というツッコミはさておいて。

 ピザに熱々の緑茶とか結構勇者だと思うんだが。


 俺の反応を見て、みおはふふっと可笑しそうに頬を綻ばせた。


「まぁ、雫にも変だって言われたことはあるよ。でも意外と合うし、兄さんも試してみたら?」

「あー……やめとくわ。俺はコーラでいい」

「そ。ま、いいけどね」


 そう言ってから湯呑に口を付けるみお。

 こじんまりとした姿がなんだか可愛らしい。更に取り分けたピザを渡すと、ありがと、と返ってきた。


「んじゃまぁ、いただきます」

「いただきます」


 二人でこうして『いただきます』を言うのは少しだけ懐かしくて、とても新鮮だった。セフレとして一緒に過ごしたときには何度か言ったし、最近は雫を入れた三人で言っているから。


 雫。その名前が出て、はっと思い出す。雫は先ほど、義妹ゲームの前と最中に電話をかけてきていた。

 一度目は葛藤したし出ようとした。でも二度目は考えることすらせずに無視し、それどころか着信音をうるさいと感じてしまったように思う。


 ずくん、と胸が痛む。


 俺を好きだと言ってくれた女の子に、俺はなんてことをしてしまったのだろう。気付くとプラスチックのコップを握りしており、中に注がれたコーラがシュワシュワと気まずそうに音を立てている。


「兄さん、酷い顔してる。雫のこと、思い出した?」

「……あぁ」


 気付かれてしまったことに唇を噛む。

 できればこの後悔をみおに悟られたくはなかった。みおは俺に共犯者だと言ってくれたけど、やっぱりこの罪は俺が背負うべきだと思うのだ。

 だって――綾辻澪が綾辻雫を裏切るようなことがあってはいけないから。


「時間的には……もう電話ができそうじゃないな。あいつのことだし、多分友達と話してるだろ」

「私や兄さんと違って、ね」

「やかましい。俺は話しかけられたらちゃんと雑談するからな。みおとは違う」

「こういう合宿系でぼっちが話しかけられるのって、大抵は気を遣われてるだけだと思う」

「辛辣なこと言わないでね⁉ 自覚してるから!」


 こんにゃろう……。一から十まで事実なのでぐうの音も出ない。せめて負け確定でチョキの音でも出てくれればいいんだが、そうもいかないのが現実だ。って、意味の分からないラノベ的モノローグをしてみたりするのも俺がぼっちである理由ですねぇ……。


 ともあれ、みおのおかげで少し気が楽になった。いつまでもクヨクヨと罪悪感で悩んでいても仕方がない。まだ消灯時間には遠いだろうし、とりあえずメッセージを飛ばしてみることにする。


【ゆーと:悪い、ちょっと用事があって電話出られなかった】

【ゆーと:今って何やってる?】


 ペンギンが謝るようなスタンプを送ると、既読の二文字がぽつんと付いた。


【しずく:もーっ! 心配しましたよ!】


 ぷんぷんと怒るサメのようなスタンプが送られてきた。アメコミ調のオノマトペがセットになっていて、自然と笑みが込み上げてくる。


「どうだった?」

「ん? ああ、怒られた」


 トーク画面を見せると、みおは優しく微笑んだ。


「雫らしいなぁ……」


 と、誰かに向けたわけではない小さな声を零す。その言葉に反応していいのか分からなくて、スマホに意識を戻した。


【ゆーと:悪いって。家事とか風呂とか、色々あったんだよ】

【しずく:むむむ……そう言われちゃうと何も言えませんね】

【ゆーと:なら何も言わなくていいんだけど?】

【しずく;それはフフクなので、おみやげはなしにしたいと思います】


 ……いや、勉強合宿におみやげとかなかった気がするんだけど。

 関東からは出るが、別に観光地に行くわけではない。学校が連携している宿泊施設で進路指導とか勉強とかをするだけだ。


 呆れながらピザをはむりと食べる。思いのほか伸びたチーズが口に纏わりつく。もごもごと口元を動かしている間にも、みおは熱い緑茶とピザを満喫していた。


【しずく:そういえば、お姉ちゃんからもさっきライン来ましたよ】


 ぽちょん、と新しいメッセージが表示される。


「みおはもう雫に連絡してたのか」

「うん。ちょっと後ろめたかったけど……だからこそ逃げちゃいけないんだよ。私はあの子の、お姉ちゃんだから」


 みおの真っ直ぐな視線が望月のように煌々として見えた。

 そっか、と相槌を打つことしかできない。

 俺にとっての義妹であるみおは、雫の前ではちゃんと姉をする。酷く倒錯した関係性のはずなのに、みおにはどちらもよく似合っているように思えた。


【しずく:先輩とお姉ちゃんがちょっと仲良くなれたみたいでよかったです】

【しずく:私がいないとギクシャクしちゃうかな、とか心配してたので】


 指先が雪に触れたみたいに冷える。

 仲良くなれた、どころの騒ぎではない。恋心を打ち明けられ、そのうえで亡き妹の代わりにしてしまった。


 それでも俺は、


 ――だからこそだよ! 雫は世界で一番大切な妹だからっ! この瞬間を逃したらもう、私は何もできない! あなたに『愛してる』って言えなくなって、関わり続ける理由すら失くしちゃうのッッ!


 悲痛な叫びを聞いてしまった。

 だからもう、後戻りはしない。俺がこれからすべきなのは後戻りではなく前進することのはずだ。早く答えを出せるように。


【ゆーと:安心しとけ。俺たちは仲がいい義兄妹だよ】

【ゆーと:せいぜい友達作りに励んでこい】


 了解です、と犬のお巡りさんが敬礼をする。


【しずく:先輩と違ってもうたくさん友達いますけどねー】


 …………。


「みお。二人きりのとき以外は友達になってくれよ?」

「何となくそんなこと言う理由は察したけど嫌だ。友達としてはちょっと関わりたくない相手だし」

「幾ら何でも酷くないっ?!」


 いずれ歪な関係に自分から終止符を打てるように。

 女の子の小さな背中に寄り掛からずに済むように。


 少しは大人になりたい、とチープに思った。

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