九章#35 きっとこの気持ちは、
SIDE:友斗
参拝を終え、脇に避ける。
見れば、何人か巫女姿をしている女性がいて、お守りだとお札だとかを売っていた。なかには男性もいるみたいだが……やはり、巫女さんが売った方が売り行きがいいのだろう。あまり好きな手法ではないが、しょうがないことはどうしたってある。
澪も雫も、明日(というか今日)はあの中に入るんだなぁ……。
そう思うと、途端に巫女さんたちのバックグラウンドを想像して、大変だなぁと思えてくる。バイト代は弾むんだろうけど、こういう場所だと面倒な客もいそうだし。
それでも折角来たのだ。
先日のバイト代もまだ幾分か余裕があるので、お守りぐらいは買おうか、と店(?)先で商品を眺めてみる。
交通安全、安産祈願、学業成就。願い事を叶えます、なんてアバウトなものもあって、神様も大変だなとちょっと同情する。
「ユウ先輩も、何か買うんですか?」
「ん、ああ。悪い、待たせてるか?」
「いえ。雫ちゃんと澪先輩も見てますし、私も買う予定だったので」
「そっか」
待たせているならやめようかとも思ったが、そうじゃないみたいだ。大河の視線は、ずらりと並んだお守りに注がれている。
「色々あるんですね」
「だなぁ。高二なら学業成就買うのがベストかもしれないけど、俺は推薦貰うつもりだし」
「うちの学校は大学に行く人が多いですもんね」
余程成績が悪い場合を除けば、大学への推薦が貰える。
もちろん推薦に胡坐をかいていると入学後が大変なのでサボるつもりはないが、学業成就を願うほど不味い状況でもない。
「大河はなに買うんだ? 仕事運とか?」
「……ユウ先輩、私のことなんだと思ってるんですか」
じと、と咎めるような視線が突き刺さった。
申し訳なさでへにょりと口もとが歪んでしまう。
正直なところ、分かってはいるのだ。大河がどんなお守りを買うのか。予想がついてしまう。
「学校のこと程度で『仕事』なんて言ってしまうのは色んな人に申し訳ないですし、お守りに頼るつもりもありません」
「そか」
「はい」
「…………」
「…………」
沈黙が落ちるのは、お互いに何と言えばいいのか分からないからなのだろう。
大河はチラとこちらを一瞥し、それからお守りに視線を戻した。
そっと手に取ったお守りの色は赤く、『恋愛成就』と書かれてる。
「わ、私は先に買って待ってるので」
「お、おう……」
言うと、大河は三人分のお守りを手に、雫と澪のもとへ向かった。
「三人分、か」
誰用か、なんて。
考えるまでもないことがわざわざ頭をよぎり、ふるふると首を横に振った。
代わりに俺は、ふと目についたお守りを手に取る。
『家内安全』。
きっと、これが一番無難だ。
◇
お守りを買い、ついでにおみくじを引いてから隅の方に避けた。境内で先んじて集まっていた三人と合流する。
ちなみにこの神社、二年参りの参拝者用におしるこか甘酒を配っているのだが、時雨さんと入江先輩は既に受け取り、ちょっと離れたところで飲みながら喋っていた。なんとなく保護者をされているような気分でくすぐったかったけれど、事実気を遣ってもらっているのだから何とも言えない。
「すまん。ちょっと手間取った」
「いえいえ、全然オッケーですよっ! それより友斗先輩、おみくじ引きました?」
「ん? まぁ引いたけど。そっちは?」
「もちろん引きました! 今からみんなで一緒に見ようって話してたんですよ」
ね、と雫が言うと、澪も大河も頷いた。
なんとまぁ、仲がよいこと。
と、思うのも束の間、澪がにやーっと悪戯っぽく笑った。
「負けた人がそこの帰りにコンビニでホットスナックを奢るってルール。友斗もやる?」
「おみくじに勝ち負けとかないし、正月早々絶対罰当たりだからやめなさい」
「ちぇっ」
ぴしゃりと注意をすると、澪が不服そうにむくれた。
うーむ、可愛い。そしてお腹空いたんだな……地味にそういう、食欲旺盛なところも好きだから敵わない。大晦日はコンビニも24時間営業だったと思うし、ホットスナック一つくらいなら奢ってもいいかもしれん。
「はあ……だから言ったじゃないですか。それに、この時間に色々と食べるのはあまりよくないですよ?」
「む……トラ子はほんっとクソ真面目だね。一人暮らしをしてるくせに、夜中のラーメンの良さが分からないの?」
「分かる分からないの話と、健康や体重のことを考えて理性的な判断をするのとは別問題です」
「まるで私が太ってるみたいな言い方じゃん。言っとくけど、スタイルなら私の方が絶対にいいから。そこそこ筋肉つけてるし」
「わ、私だって気遣ってます……っ!」
…………。
雫の方を向くと、当然の如く目が合った。考えていることは同じらしい。
「澪、もう絶対このやり取りが不毛だって分かっててわざとケンカを買いに行ってるだろ」
「大河ちゃんも。どんどんヒートアップしないの!」
「うっ」「……はい」
仲がいいのか、悪いのか。
前者であることは分かってるけど、それはそれとして、ケンカをするのは控えていただきたい。つーか、スタイルの話になると俺が入りにくいし色々想像しちゃうからやめてね?
俺はこほんと咳払いをし、話題転換のついでとばかりにさっき引いたおみくじを開いて見せた。
「俺は……吉だな」
「あ~、『微妙だよね』『でも二番目に凄いんだぞ』『あ、そうなんだ』ってやり取りをしやすいから逆に定番になりつつあるあれですね」
「間違ってない部分も無きにしも非ずだけど、その言い方は絶妙に嬉しくないんだよなぁ」
上から二番目なのでそれなりにいいはずなのに、一気に微妙な気がしてきた。大凶とかの方がネタになってよかったかもしれん。
ちなみにこまごまとした説明を見ると、その微妙さを加速させるような文が書かれていた。もうちょっといい感じの運勢を示してくれませんかねぇ……なに、吉の中でも最弱なの?
「……っ」
「ん~? どーかしました?」
「いや、何でもない」
恋愛の部分が、グサリと刺さった。
ただそれだけのことだ。
それよりも、と三人に視線を遣る。
「三人の結果も見ようぜ」
「それもそですね。じゃ、せーの、で開けよっか」
「「うん」」
せーのっ。
雫が言って、三人とも手元のおみくじを開く。
結果は……雫が大吉、澪が吉、大河が末吉だった。
「やった! 一番~♪」
まずは雫が、ピースをして喜ぶ。
まぁ大吉だしな。場所によってはそれほど珍しくない場合もあるが、ここの神社は大吉の数が多かったりしないはずだ。
しかしおみくじってやつは難儀なもので、大吉だからと言って内容がいいとは限らない。最高レアリティがガチャで出ても狙ってたのとは違うキャラが出てしまうのと一緒だ。俺の方がよっぽど罰当たりだとか言ってはいけない。
雫は、むむむ……と唸ってから口を開いた。
「大吉だけど微妙……素直に喜んでいいのか分からないかも」
「あはは……そういうことあるよね。まぁ、大吉には変わらないんだし、いいんじゃないかな」
曖昧な顔をする雫を、大河が枯れた笑みと共に慰める。
それから末吉の自分のおみくじを見て、こくこく、と頷いた。
「末吉は末吉で微妙だよな」
「そうですね……凶になる一歩手前で踏みとどまった、と思っておきます」
「そうだな」
その考えが健全だろう。
結局のところ、この手のものって全部解釈次第だし。
そう思っていると、澪がむふーっと満足げな吐息を漏らした。
「ま、私の勝ちには変わりないけどね」
「一度出た吉だと話題的には美味しくないですけどね」
「っ……トラ子にそれ言われるのはすっっごいムカつく。間違ってないから余計に」
「どんまいお姉ちゃん」
見事に返り討ちに合い、ぐぬぬ、と悔しそうな顔になる澪。
おみくじで一喜一憂しながら、ああ楽しいな、と思った。
時雨さんともやらないわけじゃないけど、あの人は何故か大吉しか出ないから面白みがないのだ。ほんとあの人、謎なチート要素が多いよな。
「さて、と。それじゃあおみくじも見たところで、帰るか」
「それもそーですね」
「あ、でもおしるこは飲むから。甘いの欲しいし」
「澪先輩、本当に食欲凄いですよね」
「別にいいでしょ」
いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかない。
時雨さんと入江先輩を待たせてしまっているし、もっと言えば大河と入江先輩はあまり遅くなっても困るはずなのだ。両親が気を利かせてくれたのなら、なるべく早く帰った方がいい。
だから――名残惜しいけれど、俺たちはゆっくりと帰途についた。
◇
神社から少し離れたところで大河と入江先輩と別れ、帰路についていた。
行きとは違い、今は雫と澪が前を歩き、隣には時雨さんがいる。
「おみくじ、どうだった?」
騒がしさより静けさを感じる住宅街の一本道。
時雨さんは何の気なしに、そう聞いてきた。
「その話、時雨さんとしても不毛だからしたくないんだけど」
「酷いなぁ」
「毎度の如く大吉を引き当てる人に言われたくないんだよなぁ」
くすくすと笑う時雨さん。
白銀の髪はゆらりと靡き、夜闇に溶けていた。
「まぁ今年も大吉なんだけどね」
「ほら……そんなところでチート性能を発揮しなくていいんだけど?」
「そう言われてもね。ボクは何でもできちゃうからしょうがないよ」
「何でもの範囲が広すぎじゃない?!」
くつくつと肩を震わせたかと思うと、だからね、とどこか物語るような声で時雨さんは続けた。
「当ててあげるよ、キミのおみくじ。恋愛のところに何て書いてあったのか」
「……局所的すぎない?」
「詳らかに当ててもしょうがないでしょ? おみくじってどうでもいいこと多いし」
「それを言っちゃおしまいだ!」
それに、当てるなんてできるわけがない。
そう思う俺をよそに、時雨さんはあっさりと看破してみせた。
「『茨の道です』」
「……っ」
「当たりだったみたいだね」
渋い顔をしながら頷く。
「どうして……?」
「何となくキミの顔を見て予想しただけ。カマをかけたつもりだったんだけど、面白いぐらいにひっかかってくれてよかったよ」
「っ。ずるいよ、それ」
堪らず、俺は視線を逸らした。
その先には雫と澪がいて、楽しそうに話している。
まさに茨の道を強引に通るみたいに心が痛む。それでもなけなしの抵抗に、俺はにへらと笑った。
「まあ美緒との恋は茨ばっかりだからね。法とか倫理とか。そういう意味じゃ、この結果も当然だよ。分かり切ってることを言われても『あっ、そう』って感じ」
「…………そっか」
間違いではないと思う。
だってこの道は、端から通ってはいけない道だ。茨程度で済む道ではない。
時雨さんはじっと俺を見つめると、はぅ、と白い息を吐いた。
「キミがその道を通るって決めたときは、ボクに言うといいよ。茨が素敵な花のアーチに変わるような魔法をかけてあげるから」
「………………うん」
はぁ、と吐いた息は白くて煙みたいで。
そんな風に消えてくれればいいのに、と最低なことを思った。




