九章#11 女子緊急会議
SIDE:澪
今朝の裁判からひと段落して。
お昼時になり、友斗は外出してしまった。入江先輩と霧崎先輩にクリスマスプレゼントを渡すらしい。美少女三人を置いて他の美少女のもとに行くとかどういう了見だ、というかそもそも美少女に囲まれすぎだろ、と少し思うけれども。
私たちとしても、実は友斗がいなくなってくれて大助かりだった。
……って、言ってしまうとまるで友斗が邪魔者であるように思えて嫌なのだけれど、決してそういうわけではなくて。
どういうわけかと言うと、それは昨晩からの友斗の一連の言動に由縁する。
「ということでお姉ちゃん、大河ちゃん。第二回会議を始めようか」
「……第二回? もう少し会議やってない?」
「あれは井戸端会議とニアリーだからいいの。こっちはカンファレンス的なあれだから」
「違いが分からないよ……」
友斗がいなくなった家にて、私たち三人はテーブルを囲んでいた。
雫の謎発言(可愛い)に対し、トラ子がこめかみに手を当てて苦笑う。その程度で雫の親友なんて片腹痛いね。ま、私もあんまりよく分かってないけど。
「ま、分からないなら分からないままでいな。それより雫、本題に入ろう」
「む……澪先輩だって分かってないくせにその反応されるのは甚だ不服なんですが。でも本題に入るべきだとは思うので、黙っておきます」
「黙ってないじゃん言ってるじゃん。口のチャック、ちゃんとついてる?」
「摘まもうとしないでください! 小言一つに耳を傾けるなんて、やっぱり小さいんじゃないですか。身体も器も」
「は? 別に小さくないんですけど。よしんば小さかったところで友斗はこれくらいのサイズがちょうどいいって思ってるタイプだからいいんですけど?」
「これくらいのさい――ッ!?!?」
私のサイズ感に触れた腹いせにダイレクトな下ネタで攻めると、カァァァっとトラ子の顔が赤くなる。ざまぁみろ――と思っていると、雫が私たちの間に割り込んできた。
「だーかーらっ! 当然のようにケンカの売買取引を行わないの!」
「雫が頭よさげなツッコミしてる」「雫ちゃんが知的なツッコミを……」
「二人して私をアホの子扱いしないでっ!? 私だってバカじゃないから!」
くっ、トラ子とボケが被ってしまった。
まぁいいや。話を進めるためにもここは矛を収めよう。
「まあ、冗談はさておいて。今日は友斗がいつ帰ってくるかも分からないし、本題に入るよ。今日話すべきことは二人も分かってるよね?」
「うん」「はい」
こくこく、と二人と頷き合う。
誰が言い出したわけでもないのに三人でこうして集まって会議を始めようとしている時点で、話したいことが一致しているのは明白なのだ。
二人を代表して、私がそっと言う。
「友斗が私たちに絶対惚れてるのに何故か全力で隠そうとしてるけど全然隠せてない件」
「ほんとそれ!」「ですよね!」
若干ラノベのタイトル調になってしまったが、つまりはそういうことだった。
全力で同意してくる二人。雫もトラ子もニヤケまくっていて、頭が回っている様子はない。雫可愛い……トラ子も悔しいけどうぶ可愛いな……。
この中では経験豊富なのは私なので、まずは昨日からのことを振り返るように一つ一つ確認していく。
「昨日、冬星祭の有志発表で私たちは歌った。その結果、おそらく友斗は私たちに惚れた。だよね?」
「うんうん。『友斗先輩メロメロ大作戦』大成功だったわけだよねっ」
「私、こういうことには疎いですけど…………あのときの反応は、どう見ても、そうだったと思います」
「ん。じゃあひとまず、そうだ、と仮定しておく」
仮定っていうか正解な気もしているのだけど、フレキシブルな思考のためには1%のネガティブな可能性を捨てない方がいい。
ふと、思い出してみる。
――別に何かあったとかじゃねぇよ。ただ……なんていうか。三人が……奇麗すぎて、一緒にいるのがきついっていうか……もう、今日は勘弁して
顔を赤くした、ほどけるような顔。
まさか友斗があんなにも分かりやすく恋に落ちるとは思っていなかったけれど、時折美緒ちゃんについて話す顔にちょっと似ていたし、多分あれは恋だと思う。
「っていうか、あの顔はズルいよね。あの『限界』って感じの顔、ドキッとしちゃった」
「その気持ちは私も分かるかも。ユウ先輩、ちょっと涙目になってたし。あんな顔、初めて見たよ」
「それね」
友斗とシたとき、何度か似たような顔を見た覚えはある。
が、それを言ってからかうほど余裕もないので話を進める。
「友斗は私たちのことが好き。あの目からして、私たちの誰かではなく、三人のことが好きになったんだと思う。つまり、ここまでは計画通りだった」
「『ハーレムエンド』を目指す、でしたよね?」
「そうそう」
トラ子の言葉に、私は首を縦に振る。
『ハーレムエンド』を目指す。これは私たち三人の共通の目的だ。それは決して妥協の産物ではなく、あくまで最良の幸せがそこだ、という合意に基づいたもの。ここまでは冬星祭以前に話をついていた。
「問題は、明らかに好きなのに何故かその好意を隠そうとしてること」
「しかも隠そうとしてるのに隠せてないから私たちがダメージを食らうんだよね~」
「あはは……確かに。今まで以上に純粋な反応をされてしまうせいで、ダイレクトに来るよね」
昨晩から今朝までの時間だけでも、友斗の反応にはドキドキさせられっぱなしだ。特にプレゼントを渡したあとの反応は心臓によくなかった。あと、今朝のサンタ事件も。
だが、幸いなことにそのドキドキだけならばいいのだ。喜ばしい反応だし、今まで悩んだりしたことがあった分、幸せでいいと思うし。
一番の問題は、何故友斗が好意を隠そうとしているのか、ということ。
「どうして友斗は好意を隠そうとしてるんだと思う?」
それこそが、私たちにとっての一番の想定外だった。
はい、と生真面目にトラ子が挙手をする。ん、と指名するとトラ子は口を開いた。
「真っ先に思いつくのは、恥ずかしいから、ですよね。誰かに好きだというのは恥ずかしいことですし。いざ好きになってみたら恥ずかしくて言えない、ということはあるんじゃないでしょうか」
「んー、どーだろ。私は違うと思うな」
否定の意見を出す雫。
話の先を促すと、雫は、思い出すように言う。
「友斗先輩の今までの言動を考えると、好きって言う程度のことを恥ずかしがるかなーって。告白擬きみたいなことは何度も言われた覚えがあるし」
「私も、雫に同意。美緒ちゃんへの好意をあそこまで隠してなかった友斗が、恥ずかしいから好意を隠すというのは辻褄が合わないと思う」
友斗は『好き』とは言ってこなかった。でも大切だとか、魅力的だとか、そういうことは今までにも口にしてきている。
トラ子もそれには納得できたようで、確かに、と小さく呟いていた。
しかし、こうなると話が詰まってしまう。真っ先に思いつくのはトラ子が出した説だったからだ。それ以外に思いつくのは……と一考し、私は口を開く。
「一つ、思いつくのはさ。三人のことを好きになるのは不誠実だ、みたいなことを考えているってことなんだけど」
言いながら、口の中で違和感がざらつく。
雫とトラ子もそれは同じらしく、うーん、と険しい顔をした。
「普通に考えたら妥当、というか当然なんですが……今更ユウ先輩がそんなことを考えるでしょうか?」
「うんうん。だって、友斗先輩だし。美緒ちゃんへの気持ちをちっとも隠さないのに、私たちだと『不誠実だ』ってなるのかな……?」
「やっぱりか」
本来なら、そこは不誠実だと思って然るべきなのかもしれない。
でも相手は友斗だ。今までだって私たちが四人だ、と言っていたし、そもそも美緒ちゃんを好きなのは周知の事実。しかもまだその恋に吹っ切れているわけではなく、死後の再会を本気で信じている。
そんな友斗が、三人を同時に好きになった程度で迷うか……?
「だとしたら心理的な問題じゃない、ということはあるんじゃないでしょうか」
迷いように告げたのはトラ子。
雫がこてりと可愛らしく首を傾げる。
「んーっと、それってどーゆうこと?」
「えっとね。私たちに対して不誠実だ、って考えが心理的な問題でしょ。そうじゃなくて、現実的に四人でいる方法がないから、どんなに好きでもどうしようもない。むしろ私たちを困らせて、四人でいられなくなるかもしれない。そんな風に考えてるのかも」
「つまり、『ハーレムエンド』が現実的じゃないから足踏みしてる、みたいな?」
そうだね、とトラ子が頷く。
なるほど、真っ当な考え方だ。そもそも『ハーレムエンド』の現実性については私たちも解決できていない。友斗が気にかかり、結果として恋心を隠すようなことになってもおかしくないかもしれない。
でも、
「それこそ友斗が考えそうにないことじゃない?」
「そうでしょうか?」
「ん。だって、友斗は実の妹のことが本気で好きなんだよ。義理の姉妹である私たちと違って、友斗は美緒ちゃんとは結婚できない。それでも好きなのに、三股が現実的じゃないからって隠そうって話になる?」
「……確かに。そういえばユウ先輩、言ってました。『好き』って気持ちは色んな事をどうにかできる魔法だ、と」
「うわっ、友斗先輩が言いそう~!」
雫がくすくす笑う。私もつられて笑った。ほんと、友斗が言いそうなセリフだ。私はふと思いついて、んんっ、とのどの調子を整える。
「友斗ってさ、『こんな世界なんだ。愛一つで全部をどうにかできる。そんな奇蹟の一つや二つくらい、あってもいい』みたいなポエミーで大袈裟なこと言いそうだよね」
「分かる!!! 日常に生きてるくせに終わりゆく世界のセカイ系みたいな台詞を吐きそう」
「……?」
トラ子は訳が分からなそうに首を傾げるけれど、私には雫の言いたいことがよく分かる。友斗は世界と女の子どっちを選ぶかって聞かれたときに迷わず後者を選ぶことで前者だって救えるって思うタイプの奴だから。
それは楽観的なのかもしれないし、過剰に愛を信じていると言ってもいいのかもしれない。でも、だからこそ友斗の今の行動はらしくないのだ。如何なる理由でも愛を抑えつけるべきじゃないと思いそうな奴だし。
だとすると……ダメだな、やっぱり答えが出てこない。
それは二人も同じようだ。首を右に、左に傾げ、眉をひそめている。
「答えは出ない、か。かと言って本人に聞くわけにもいかなそうだよね」
「うん。聞いて教えてくれるなら、『3分の2の縁結び伝説』の話をした時点で教えてくれそうだもん」
「なら…………今後、どうすればいいと二人は思う?」
肝心なのはこちらだ。
本来なら、友斗が何故恋心を隠そうとしているのかは分からない。でもその結果、やっぱり私たちは好かれてないんじゃ、なんて考えるのは笑えない滑稽話だろう。
私たちは好かれている。それを見紛うほど、友斗との関係は浅くないつもりだ。だからこそ、今後どうするか、ということに目を向けるべきだと思う。
私は、と挙手をしながらトラ子が言う。
「やっぱり、三人を好きになったことに対して何かしら思うところがあって、今のユウ先輩の言動になっているんだと思います。それがどんな思いなのかは分かりませんが……その屈託がなくなるようなことをするべきじゃないでしょうか」
「私も似たような感じかなぁ。色々と迷ってるんだとしたら、迷う余裕がないくらい好きになってもらえるよう頑張ればいいのかな、って」
「そっか」
二人は、攻めの姿勢で言っているように見えなくもない。けれど私はむしろ、二人が抱える一抹の不安を汲み取れてしまった。
仮に友斗が三人を好きになったことに対して戸惑っているのだとしたら、私たちの方から『ハーレムエンド』の話をすればいい。その上でどう付き合っていくのかを話し合うべきだろう。
それをしないのは――きっと、怖いからなのだ。
本当は好きになってもらえていないかもしれない。好きになってもらえたとして、それは自分以外の二人に対してなのかもしれない。友斗は一途で、『ハーレムエンド』なんて望まないかもしれない。
様々な不安があって、その『かもしれない』が一つでも当てはまれば、『ハーレムエンド』は瓦解する。その先に待つのは失恋だ。失恋するのが自分だろうと他の二人だろうと、そんなことはこの際変わらない。『ハーレムエンド』を目指すとは、そういうことなのだ。
「……分かった。なら、攻勢に出よう。友斗が迷ってる暇がなくて、つい『好き』って言いたくなるくらいに、私たちに惚れさせてみせよう」
友斗のことが、世界一好きだ。
でも今は、1位タイになっている。しかも雫だけじゃなくて、大変不本意ではあるけれども、トラ子も並んでいる。
なら私にできることは、全ての『好き』を守ること。そして『ハーレムエンド』にたどり着くこと。
「分かりました。私も、異論はありません」
「私も! 実はね、一つもう作戦を考えてあって――」
それから、雫は昨日考えた作戦を私たちに説明する。
それはなかなかの妙案で、こういうときの雫は凄いよなぁ、と感心した。
だから――待ってて、友斗。
あんたが何を思ってるか知らないけど、私たちのことどうしようもなく好きにさせてやるから。




