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九章#08 裁判

 父さんが仕事に行ってから、約三時間が経った朝9時。

 テレビでは、学校がある日には見ることのできない時間帯のニュース番組をやっている。クリスマスの話が三割、年末の話が二割ってところなのが25日らしいと言えよう。

 最高気温はギリギリ二桁。暖房をつけた部屋はほかほかと温かく、外に出るのが億劫に思える。


 そんな今日、俺は――正座していた。

 より正しく言えば、正座させられていた。

 誰に?

 あえて言おう。好きな子たちに、と。


「さて。これから裁判を始めようと思います。それではまず、検察側。被告人の罪状を述べてください」


 クソ真面目に茶番を進行するのは大河。

 雫に渡されたブルーライトカットの眼鏡をつけているせいか、いつも以上に真面目っぽさが滲み出ている。どうやら裁判官のつもりらしい。

 それにしても、何故この茶番を大河が……? と思っていると、雫が立ちあがり、畏まった口調で話し始めた。


「はい、裁判官。被告人の犯行は12月25日未明。私とお姉ちゃんの部屋に忍び込み、とあるものを置いていきました」

「とあるものとは何でしょうか」

「これです」


 雫は、三人分のマスコットを取り出した。キーホルダー型になっているそれは、ぐらんぐらんと宙を揺れる。

 ダサくてしょうがないその人形を見ていると、父さんが残していきやがった恥ずか死さがふつふつと蘇ってきた。裁判じゃなくて拷問だぞこれ。


「このダサ可愛いトナカイの人形が私とお姉ちゃん、そして大河ちゃんの枕元に置いてありました。ラッピングには、『サンタより』と」

「なるほど。つまり被告人こそがそのキーホルダーを置いていったサンタクロースである、というわけですね」

「その通りです♪」


 ぐぬぅ……消えてぇ、消えてぇ……!

 っていうかこれ裁判なんだよな? もしかして弁護人は澪なのか……? 不安要素すぎるんだけど。

 と思っていると、


「弁護人……は、いないようなので証人喚問に移ります」

「検察の横暴だぁ!?」

「……ユウ先輩がどうしてもと言うのでしたら、澪先輩に弁護人を任せても構いませんが」

「…………なしでお願いします」


 澪に弁護人をやられる方が無理だ。俺は項垂れるように頷いた。

 では、と大河は話を進める。進めなくてもいいけど進める。


「証人喚問に移ります。証人、前へ」

「了解」

「澪が証人なのかよっ!」

「ま、ね」


 不安要素しかなかった。裁判擬きは進んでいく。


「検察側からの証人喚問を始めてください」

「はいっ! それでは証人にお聞きしたいと思います。証人は本日未明、部屋に入ってくる誰かを見た。これは間違いありませんか?」

「うん、間違いないよ」

「その人物の背恰好について、分かることをお願いします」

「身長は170cm前後かな。それなりに体格はよかったと思う。成人男性かそれに近い人だろうね」

「なるほど。つまり、被告人だと考えて間違いありませんね?」

「間違いないと思うよ」

「っ、ま、待て! それには異議があるぞ」


 びしっと手を挙げると、大河がこちらを見遣った。


「異議ですか?」

「ああ。父さんも、二人の部屋に入ったはずだ。父さんと義母さんからのプレゼントを部屋に置いたらしいからな」

「語るに落ちたね」「語るに落ちましたね」「瞬殺でした」

「えっ何を――ああ~!!」


 やべぇ、当然のように『父さん《《も》》』とか言ってしまった。雫の言う通り、瞬殺すぎる。ここまで簡単にゲロる犯人もなかなかいないだろう。

 ぐぬぬ……。


「ああそうだよ! 部屋に忍び込んだのは俺です悪かったな! でも誓って、変なことはしてない。だから許せ!」


 いやね、俺も女子の部屋に入るのはどうかなぁって思ったんだよ? でもマフラーを貰ったわけだし、折角買っちゃったしで、引くに引けなかったのだ。

 俺が開き直って言うと、はぁ、と雫が溜息をついた。


「あのですね友斗先輩! 私たちが言ってるのはそこじゃないんですよ!」

「そこじゃない……?」

「そうですよ。ユウ先輩が寝込みを襲うなんて思ってません。もしそうなら、そもそも一つ屋根の下で眠らないです」

「あっ、そ、そうか」


 その信頼は、それはそれで胸を抉るんですけど。

 でも、じゃあ俺は何故にこんな風に言われてるんだ?

 首を傾げると、あのね、と澪が呆れたような声で言う。


「私たちが稼いだポイントを、たった一晩で取り返すのやめてくれない?」

「は?」

「だ・か・ら! プレゼントくれた後にサンタのフリしてサプライズとか卑怯だから! 不意打ち食らって今日ランニング行くのが遅れたんだけど?」

「っっ、んなこと言われてもな」


 点数って、つまりなんだ。

 三人は喜んでくれてるってことでいいのか……?


「こほん……それでは判決を下します」

「あ、まだ裁判の体続けるんだ」

「当然です。ということで被告人を……えっと、雫ちゃん、なんだっけ?」

「『三人でありがとうの刑』だよ!」

「それ、刑なのか……?」


 ただのありがとうだよなそれ。

 そんな俺の言葉をスルーし、三人はこちらを向いて言ってくる。


「友斗先輩、ありがとうございますっ! そーゆうとこも大好きです」

「ありがとうございました、ユウ先輩。ありきたりな言い方ですけど……とてもときめきました」

「友斗、ありがとね。やってることは割と痛いけど、大好き」

「~~~~っ!?」


 ……十二分に刑になった。



 ◇



「――ってことくらいですかね」


 同日、昼。俺は入江先輩に今朝の一連のことを話していた。もちろん俺の胸の内や最後の三人のお礼については言っていない。恥ずかしくて言えない。

 まぁ本当のところは全部恥ずかしいから言いたくなかったのだが……入江先輩に睨まれてしまうと、話さないわけにはいかなかった。


 雑踏の中、トレンチコートとハットでめちゃくちゃエレガントに決めた入江先輩は、俺の話を聞き終えるとはっきりと言った。


「羨ましいからWEB小説投稿サイトでスコップしても一生当たりを引けない呪いにかかりなさい」

「地味にオタク的に痛い呪いやめてもらっていいですか?」


 あと、そのエレガントさでWEB小説投稿サイトとか言うのもやめてほしい。あそこはもっと日陰者が使うところだから(ド偏見)。

 だいたい、話せって言ったのはそっちだろうに……。

 俺がジト目を向けると、入江先輩は肩を竦めた。


「ま、大河が楽しんでくれているようでよかったわ。もうすぐ年末だしね」

「年末……なんかあるんですか?」

「実家に帰るのよ」

「あー」


 めちゃくちゃ渋い顔で言うので、すとんと納得できた。

 そういえば入江家は実家がちょいとばかし難ありなんだっけ。具体的なことは聞いてないが、だいぶステレオタイプな家だ、みたいなことを聞いたことがある。


「あの子、うちにはたまに顔を出してくれるのだけれどね。あっちに帰るのは好きじゃないみたいなの。だからそれまでに楽しいことがあるのは姉として嬉しい」

「さいですか」

「もっとも、あっちに帰るのが好きじゃないのは私もなのだけれどね。あの家があまり好きではないのは事実だし」

「ははは……」


 あいにく俺は、その手の話には縁がない。

 父さんも義母さんも放任主義だし、実家もかなり柔軟な人たちだ。大河の悩みを共有してあげられないことがもどかしくて、苦笑する。


 これもメサイアコンプレックスなのか、それとも好きな子に寄り添いたいだけなのか。いずれにしてもむき出しにしていい感情でないのは確かだ。

 そもそも、俺にどうにかできることでもないし。

 だからせめて、


「俺たちもあっち行くんで、現地で色々遊びましょうよ。そのときは入江先輩も一緒に」


 今はこれだけでも、と俺は言った。

 入江先輩はニヒルに口の端を上げ、そうね、と呟く。


「……で。おそらくそのときに一緒にいることになるであろう時雨はまだ?」

「あー。あの人、早くも遅くもなくジャストで時間厳守な人なので。ぴったりになるまでは来ないですよ」

「あっ、そう……時雨のそのこだわりは何なのかしらね、一体」

「それ、割と長い付き合いの俺でも分かってないです」


 ま、そんなわけで。

 早め早めに行動するタイプの俺と入江先輩は、時間ぴったしにくる時雨さんを待っているのだった。

 待ち合わせ時刻まであと10分。

 めっちゃ気まずいので早く来てほしい。

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