八章#45 かっこつけないやり方
「はい、お疲れさまでした! いきなりギター演奏とは、素晴らしい! 一気にクリスマスムードになりましたね!」
如月のそんな進行を耳にしながら、俺は焦っていた。
当然である。
まさか杉山クンがギターを演奏するとは思ってもいなかった。しかもめっちゃ上手いとか、ズルいでしょ。どう見てもスポーツ少年だし、実際、どっかの体育会系の部活に入ってたと思うんだけどな……。
鬼に金棒、イケメンにギターである。ぱちぱち、ぱちぱち、ととめどない拍手が聞こえる。
「友斗って、何をやるの?」
次のクラスの代表者が出ていくなか、こそこそと澪が小声で聞いてくる。
俺は渋い顔をしつつ、
「んっと……ダンスを」
と呟く。
刹那、澪の顔に『?』が浮かんだ。ですよねー。その反応されると思ったから言いたくなかったんだよ。
「なんでダンス? 上手かったっけ?」
「いや、上手いわけじゃないんだが……できなくはないからな。晴彦と相談して、見映えがいいのを選んだ」
「ふぅん」
身体能力だけで言えば、俺はそれほど低くない。小学校の頃は運動会で踊らされたし、軽く動画を見て練習した感じではそれなりに上手くできるとは思う。
が、澪は、ダメだね、と首を横に振った。
「それって、今からでも変えられるんでしょ?」
「え、まぁ……音楽とかは自分のスマホで流すつもりだったし」
「じゃあちょっと待って。雫に相談するから」
「今から? 本気で?」
「ん。全力で斃す」
「絶対に不穏な字の『たおす』なんだよなぁ」
真剣な顔をした澪は、そのまま雫にメッセージを送る。
【MIO:ねぇ。雫に相談なんだけど】
【MIO:友斗って特技披露で何やればいいと思う?】
一年B組、C組の代表者が終わる。
ぽん、と返信が来た。
【しずく:急だね……】
【しずく:友斗先輩、変なことしようとしてたんだ?】
【MIO:そうそう。だから別のことさせようと思って】
D組、E組。
あと三クラス終われば俺の番になってしまう。それでも雫からのメッセージは返ってこない。きっと考えているのだろう。
F組の代表者の番が終わりそうになったところで、ようやく返信が届いた。
【しずく:んー、腹話術とか?】
「は?」
あんまりに急だったので、変な声が出た。
腹話術って、なんでだよ……いや、やったことはあるよ? でも美緒以外に見せたことは――あ、一度だけあるのか。
【しずく:小学校のとき、やってくれたんだよね】
【しずく:腹話術しながら話してればギャップで萌えると思う!】
なんとテキトーな……。
確かに、雫とまだ仲良くなかった頃、拒絶してくる雫に対してやってあげた覚えがある。でもギャップ萌えって狙うものではないのでは……?
「いいじゃん、腹話術。友斗はべちゃくちゃ喋るのも得意だし」
「べちゃくちゃって……つーか、あれって人形が必要だろ?」
腹話術自体は、できなくはない。特技にしては華やかじゃないが、美緒に誇れる数少ない特技だった。
だがミスターコンでやるにはパッとしたい気もする。それくらいならダンスの方が――って、やべぇ。もう一年H組が終わりそうじゃん。
「大丈夫。ほら、飾りってことでステージにぬいぐるみ置いてあるでしょ? あれ使えばいいじゃん」
「ぬいぐりみって……それ、もうヤバい奴だろ」
「ヤバくないヤバくない。それに――」
澪はスマホの画面をこちらに見せながら、言った。
【しずく:変にかっこつけるより、素のままの友斗先輩の方がかっこいいもん】
「友斗はかっこつけたがるけど、本当はかっこつけなくてもかっこいいから」
「っ」
あー、くそ。
そう言われたら抵抗しにくいじゃねぇかよ。
と、思っていると、無慈悲にも一年H組の番が終わってしまう。
「さて、続いて二年生の番です! まずは二年A組! さぁ、出てきてください!」
「っ、行ってくる」
「ん、がんば」
ろくに考える時間も与えられず、俺は渋々ステージの中心に立つ。
ぱっ、とスポットライトに照らされた。
手元にあるのは、舞台袖を出る瞬間に渡されたマイクだけ。あと、制服のポケットのスマホか。
「ははっ」
自然と笑みが零れる。
どいつもこいつも、本当に凄ぇよな。自分の持ってるもので戦えるとか、羨ましくてしょうがない。
――私、ユウ先輩の目が好きです
大河はそう言ってくれた。
雫と澪も、背中を押してくれるのなら。
俺は俺で、時雨さんみたいに、俺が持つもので戦ってみるか。
「あー、どうも! 二年A組、百瀬友斗です。綾辻雫と綾辻澪のマネージャーだとか、選挙のときに美少女に囲まれてトリを飾った黒一点だとか、まぁそんな感じで覚えてもらってるかもしれないんですけど。今日はですね、ジャンケンで見事に負けたんでミスターコンに出ることになりました、はい」
話せ、話せ、へらへら笑え。
特別パフォーマンスでは絶対に負けないんだから。
「で、どうせなんでかっこつけたいじゃないですか。クリスマスイブですしね。ダンスでもクールに決めて、モテたいなぁ、告白されたいなぁ、どっかの誰かの専属サンタになりたいなぁ、と」
ステージ上には、確かにぬいぐるみがあった。
時間は残り1分ちょい。余剰時間を考えれば90秒超か。俺はにへらっと笑ったまま続ける。
「でも直前に『ダンスは似合わないからやめろ』と言われまして。まぁこうべちゃくちゃ喋った後にダンスをやってもかっこがつかないよなぁ、ってことで……もう面倒なので、このまま喋り続けようと思います。ですが、流石に一人で喋るのはきついですから。ここで皆さんに俺の友達を紹介しましょう」
ステージのぬいぐるみを抱き上げ、その口もとにマイクを近づける。
頼む、ウケてくれ……!
「こんばんわだクマ! クリスマスの妖精、テディクマだクマ!」
どっ、と笑いが起こってくれる。
ミスターコンに求められているものが笑いなのか問題はさておいて、俺は腹話術を続ける。腹話術っつーか、ぬいぐるみと喋ってるだけな気もするけど。
「お前はぼっちだから話す相手がクマしかいないクマ?」
「うるせぇ! 友達はいるから!」
「ああ、知ってるクマ。『掃除、代わりにやってくれるよね? 友達だし』って言うあれクマね」
「うん、違うからねッ!?」
……ミスターコンってか、漫談だけど。
とりあえず俺は、最後まで続けた。
◇
「……死にたい」
「あ、あはは……よかったよ、友斗。面白かったし」
「いや幸いなことにウケてはくれたけどね? でもコレジャナイ感凄いんだよ」
「まぁね」
まぁねって言っちゃってるし。
ぎろりと澪を睨むと、音の鳴らない口笛でひゅぅと誤魔化される。それが、拭い切れないコレジャナイ感の証左となっていた。
現在、自己紹介と特技披露は三年G組までが終わっている。今やっているのがH組で、それが終われば特別パフォーマンスだ。
ネタに走った参加者もいたが、なかでも俺が一番際立っていたように思う。印象に残ったという意味では大成功だが、かっこいいって思ってもらえるかは微妙なラインだろう。まぁ特別パフォーマンスの原稿はとっておきだし、何より澪がいるからな。どうとでもなるだろう。
と、思っている間にH組の代表者も終わった。
いよいよ特別パフォーマンスだろう。できれば最後の方だといいんだが――と、考えていた、そのとき。
「これで最後、と言いたいところですが! 今回は初回ということで! 急遽、もう一人参加していただくことになりました!」
「「「おおおおおっっ???」」」
「は?」
盛り上がる観客と、唖然とする俺。
それら全ての注目をかっさらって、上手袖からその人が現れた。
「皆さん、メリークリスマス。三年F組、入江恵海よ」
「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」
二年連続ミスコン2位&今年3位&演劇部の元看板《《女優》》の入江先輩が、レギュレーションなんてお構いなしで、そこに立っていた。
髪を束ね、服は男装に近い。ジーンズとMA1がめちゃくちゃクールで、化粧もどこかかっこよさ重視だった。
「キミが教えてくれたからね。キンさんギンさんコンビの初陣だよ」
「なっ、時雨さんっ?!」
突如現れた時雨さん。
驚いて振り向き、そして息を呑んだ。或いは、《《呑まされた》》。
だって――見たことがないくらいに、こてこてに可愛らしさを意識した服装だったから。
もこもこなパーカー、ふわふわなスカート。女の子を具現化したような姿はともすればあざとさと捉えられるのに、銀髪が持つ異世界感によって違和感が殲滅されている。
「キミたちはボクらに、勝てるかな?」
「「……っ」」
お膳立てなしの、本気の勝負。
しかも今度は入江先輩と時雨さんがタッグを組んでると来た。もはやミスターコンじゃないじゃんって思わなくもないが、そう挑発されたら黙ってもいられない。
「勝つよ、俺たちが」
…………杉山クン、悪いけど気にしてる余裕ないわ。
だってラスボスが来ちゃったし。
ステージでは、おそらく時雨さんが書いたであろう脚本を、入江先輩が見事に演じ切っていた。




