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【完結】 腐れ縁のセフレと小悪魔な後輩が義妹になったんだが、どうすればいいと思う?  作者: 兎夢
第三部 八章『亡者の国のアリスと恋人未満はサンタクロース
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八章#39 ドライブ

 SIDE:友斗


『よく分からないけど……30分! 30分待って!』


 電話の向こうから、どこにでもいる女の子みたいな声と言葉が返ってくる。車の運転席に座る人に、だそうです、と視線で合図をすると肩を竦められた。

 分かった、待ってるよ。そう告げて通話を切ってから、ふぅ、と溜息をついた。


「ははっ。時雨が焦ってるところなんて初めて見たわ。本当に愉快だったわね?」

「はぁ……ま、焦ってるところを見たのが初めてなのは否定しませんけど。よくもまぁ、そこまで悪役っぽく笑えますよね」

「主役よりも悪役の方が演技力が求められるのよ。……というか、急に丸投げされたのに車を出してあげた私に対して悪役っぽいって言うのはどうなのかしら?」

「ははは、すみません。あんまり悪役っぽいもので」


 俺がてへっと舌を出して誤魔化すと、入江先輩は愉快そうにくつくつと笑う。ハンドルに手をかける彼女を見て、この人は凄いわ、とつくづく思った。



 ◇



 さて。

 こんな脈路も伏線もフラグも一切ないイベントが発生しているわけだが、そもそもどうしてこうなったのかを説明しなくてはならないだろう。

 と言っても、説明するほどのことではない。


 あの三人に背中を押され、今一度時雨さんに踏み込むことを決めたのが18日の夜。

 それから結構考えた。

 大河に言われた通り、まだ俺の生き方は見つかってないわけで。美緒の生と向き合い、誰かの力にならずとも自分の「生きてていい」と言ってやれるような“何か”を見つけたいと思ったりして。

 延々と考えたが、たった数日で見つかっていれば苦労も苦悩もしない。分かるわけないんだよな。だから、今は保留にした。これこそもっと真摯に向き合うべきことだろう。


 そもそも、澪が言っていた。

 俺が今までしてきたこと全て、俺には資格も謂れも何もなかったのだ。なら自分のことを棚上げにしても何ら問題はない。自分ができないことは言ってはいけないのなら、スポーツの監督やコーチは言えることが限られてしまう。


 悪いこのままじゃ、サンタは来てくれない。

 クリスマスまでにこの件を解決したいのであれば、俺に残された方法は二つだけ。


 一つは、ピンチに陥って覚醒すること。だが覚醒できる気がしないので、こっちは諦めた。俺ってそもそも主人公っぽくないし。

 なのでもう一つの方法を使うことにした。


 即ち、人を頼る、である。

 だが誰に? 澪や雫、大河に頼れることではなさそうだ。

 考えて、すぐに答えが出た。


 入江恵海先輩だ。

 やたらと意味深発言をしやがったんだ。もうサブキャラのままでいさせるわけにはいかない。きちんと出てきて、助っ人キャラとして粉骨砕身働いてもらわなければ。

 そんなわけで、大河に入江先輩の連絡先を教えてもらい、俺は入江先輩に電話をかけた。


『もしもし……?』

「あ、どうも。入江先輩ですよね?」

『ええ、そうだけれども。突然電話をかけてきて、どうしたのかしら?』

「いやぁ。ちょっと頼みたいことがあるんですよね」

『…………頼みたいこと?』


 怪訝そうな声に、はい、と答えて続ける。


「俺と時雨さんに、生き方を教えてください」

『………………は?』

「えっと、電波悪かったですかね? 俺と時雨さんに――」

『聞こえてるわよ! 聞こえてはいるけれど急すぎて理解ができないの! 生き方を教えてくださいって言われても意味が分からないのだけれど!?』


 流石は看板女優。めちゃくちゃ声の通りがいい。ガンガン響く声に指で耳栓をしながら対応する。まぁ、この反応になるのは分かってた。でもこういうノリでいかないとな。何事もコミカルに。


「実はですね、俺と時雨さんには共通のとても大切な人がいたんです。その子の兄をやって、姉をやって、そうすることで俺と時雨さんは生きてこられたんですよ」

『きゅ、急な話ね?』

「いつだって人生は急ですよ。で、その大切な人ってのも急に死んだんです。もう何年も前の話ですけどね」


 そうだ、いつだって人生は何が起こるのか分からない。

 脈路も伏線もフラグもなく、どんどん物事は進んでいく。


「それ以来、俺と時雨さんは生き方ってやつが分からないんです。だから俺は人を助けることで自分を認めようとして……時雨さんはおそらく、贖罪をすることで自分を認めようとしてるんだと思います」

『…………』

「だから俺も時雨さんも、空っぽなんですよ。生き方が分からない抜け殻なんです。だから『私は私』って言い切れちゃう入江先輩に、生き方ってやつを教えてほしいんですよ」


 認めよう、何もかもを。

 強欲も、かっこ悪さも、空虚さも。

 澪が、大河が、雫が、苦悩しながらも向き合ってきたように。


 はぁ、と溜息が聞こえた。


『明日、ドライブに連れて行ってあげるわ。一瀬くんの生き方なんてどうでもいいけれど、あの霧崎時雨がいつまでもうだうだやっているのはムカつくもの』

「えっ、ドライブですか……?」

『えぇ。朝10時、時雨の家の前。それまでに準備はしておくわ』


 そう言い残して、ぷつりと電話を切る入江先輩。

 マジでかっけぇ……と俺はしみじみ思った。



 ◇



 ――斯くして、今俺はここにいる。


「それにしても入江先輩。車の免許なんていつ取ったんですか?」


 時雨さんを待つ間、俺は入江先輩にそう尋ねる。

 ドライブと言われただけでほとんど理解してなかった俺は、先ほどクールに車を乗りこなして時雨さんの家に到着した入江先輩を見て、『????』となった。


「春にちょっとね。何度も通わなければいけないのは面倒だったけれど、免許を持っておくと行動範囲が広がるでしょう?」

「広がるには広がりますけど……そんな時間ありました?」

「なかったけど無理やり作ったわ。したいことをするっていうのはそういうことよ」


 にっ、と入江先輩の口角がつり上がる。

 んだよ、時雨さんよりよっぽど自由じゃねぇか……。

 スマホで調べてみたところ、どうやら教習所には17歳の時点でも入れるらしい。仮免取得試験のときに18歳であればいいのだとか。バイタリティ半端ねぇ。そりゃ大河も色々と思うわ。残念美人とか思って申し訳ない。


「ってことは、結構乗るんですか?」

「そうね。といっても車はレンタルなのだけれど」

「あー、まぁそうでしょうね」


 入江家が割と裕福だ、みたいな話は夏休みに聞いたことがある。大河があの家で一人暮らしできてるわけだしな。かといって高校生が自前で車を用意するのは難しかろう。


「休みの日とかは車を借りてドライブするのよ。都会をぐるぐる回ったり、関東から出て自然を感じたり、色々と」

「へぇ……マジでドライブを楽しんでる感じですか」

「えぇ。そうすると見えなかったものが見えたりするのよ」

「なんと胡散臭い」

「そう。胡散臭い。けれど、実際見えるんだからしょうがないのよね。考えてもずっと出てこなかったアイディアが、よりにもよってメモできないドライブ中に出てきたりするの。ふざけてるわ」

「ははっ、そりゃ大変ですね」


 大変だけど、でも楽しそうだった。

 入江恵海という人物は、おそらく本気で演技に人生をかけている。

 それはあらゆるものを演技に費やすという意味ではなく、あらゆることを演技に昇華するって意味で。

 生きるとは、こういうことなのだろう。


 俺は、どうやって生きていくのだろう。

 どうやれば、生きていけるのだろう。

 入江先輩にはどうでもいいって言われたけど、俺だってこのドライブで答えが見つかることを期待してるんだ。


 こんこん、と。

 思考を遮るように、窓が叩かれた。

 見遣れば、時雨さんが水色の傘を差して立っている。


 何やらぷりぷり怒っているように見えるけど。

 そんなことお構いなしで車内に招き入れた。


「とりあえず出ちゃうわよ。公道に駐車し続けるのは邪魔になるから」

「はい、お願いします。行き先は――」

「雨の終わり、でしょう? いいわ、連れて行ってあげる。恰好のつかない気障男くん」

「……お願いします」


 いざそう言われると、アホほど恥ずかしいな……。

 苦笑しながらも。

 俺と時雨さんと入江先輩という謎メンバーによるドライブが始まった。

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