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【完結】 腐れ縁のセフレと小悪魔な後輩が義妹になったんだが、どうすればいいと思う?  作者: 兎夢
第三部 八章『亡者の国のアリスと恋人未満はサンタクロース
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八章#36 クリスマス間際

 欲しいものが簡単に見つかれば、誰も苦労はしない。

 サンタクロースに頼めばいいのだから。

 もしも貰えないのならそれは、サンタクロースがいないのではない。

 欲しいものを本当に欲しいと望んでいないからなのだ。


 ――だから、あの日も今も、欲しいものが何なのか分からずにいる。


 けれど、もしもその欲しいものが分かったとして。

 その欲しいものが酷く醜くて認めたいものだったのなら、どうすればいいのだろうか。サンタクロースは実在して、本当に欲しいものをプレゼントする魔法があったとして。プレゼントされたものを欲しがってたなんて認めたくないときは、一体どうすればいいのか。


 認めたくない恋心だとか。

 恥ずかしいエッチな本だとか。


 そういう可愛げがあるものならまだいい。

 でも、例えばそれが――“依存対象”みたいな、醜いもので。

 欲しいものをプレゼントされたとき、自分が未だ何かに依存しているのだと無理やり実感させられたら。


 時雨さんに突き付けられた事実が、棘のように刺さって頭から離れない。

 あの人の言う通りだった。

 俺は、美緒の兄として生きてきて。

 だから誰かを守ることで自分のアイデンティティを保持することしか知らない。それ以外の方法で、自分だけでちゃんと生きていくことが想像できない。


 未だに遠い未来のことを想像できないのは、それが理由だった。

 俺は生き方が分からないのだ。


 ふと、入江先輩の言葉が頭をよぎって、スマホで調べてみる。

 ――メサイアコンプレックス。

 その意味を知って、かはっ、と喉の奥から苦笑が零れた。


 曰く、満たされない自分を満たすために人を助けようとすること。

 なるほど、見事に俺のことを言い当てている。あの人はつくづく目がいい。


 ならば。今がやっていることも、メサイアコンプレックスから来る行動なのではないか。そんな浅ましい行為を続けていいのだろうか。


 終業式の翌日。

 俺は体育館にて、クリスマスツリー組み立ての指揮をしながら、そんなことを思った。


「あの、これって――」

「それはあっち。説明書を持ってる三年生がいるはずだから、その人の指示に従って」

「分かりました」

「すみません。これは――」

「今はまだそれは要らないから、端に寄せといてくれ。ありがとう」

「了解です」


 学級委員長兼生徒会庶務である俺は、当然のようにクリスマスツリー組み立ての現場指揮に任命された。

 俺はちょいちょい質問に来る人に指示を出し、全体を統括していく。


 動員されているのは学級委員会と幾つかの手が空いてそうな部活。晴彦たちサッカー部もおり、いつぞやの新入生歓迎会を彷彿とする部分もある。 

 だから、余計に胸が痛んだ。

 あのとき、俺は澪に零した。自分はやりすぎなのではないか。本来いるべきじゃない部外者が手を貸していいのか、と。


「あのときから変わってないんだな、俺」


 自己嫌悪が先に立つ。

 結局昨日、澪には「届かなかった」と告げざるを得なくて。

 そんな自分に嫌気が差す。


「あの。友斗せんぱーいっ!」

「ん……ああ、雫」


 壁に寄り掛かって溜息をついていると、雫が近寄ってきた。

 雫にも当然、クリスマスツリーの組み立てに参加している。


「どうかしたのか?」

「んーっと。これが出てきたんですけど、どーすればいいかな、と思いまして」

「これ?」


 言うと、雫が手に持っていたダンボールを見せてくれる。その表面にはツリーの絵が描かれており、その頂点にある星が矢印に指されている。『トゥインクルスター』の文字を見て、俺はそれがなんであるかを察した。


「ツリーの星か」

「そですそです。流石にまだ使わないですよね?」

「そうだな……今日のうちは使わないはずだ」


 組み立てスケジュールを頭の中で確かめ、頷く。

 わざわざ全て組み立ててから乗っけるわけではないが、それでも土台がちゃんと完成するまでは使う予定はない。かといって変なところに置いて場所が分からなくなったり、壊れたりしたら困るしな……。


「そういうことなら、生徒会室まで持って行ってくれ。場所は分かるよな?」

「そりゃ分かりますよー。会議室の隣じゃないですか。過保護ですねぇ~」

「あっ……そう、だな」


 しまった、と頬が強張った。

 今のはどう考えてもやりすぎだ。雫が生徒会室の場所を分からないわけがないのに、無駄な心配をしてしまった。

 自己嫌悪が余計に募る。いざ意識してみると、俺がどれだけ依存していたのかを痛感せざるをえない。

 雫は、ふっ、と微笑むと俺の手を取った。


「なーんて、嘘です。やっぱり分からないので一緒についてきてもらってもいいですか?」

「会議室の隣だよ。場所、分かるだろ」

「ニホンゴワカリマセーン! ツレテイッテクダサーイ」

「何故に外国人風……?」

「むぅ。ノリが悪くありませんかねー」


 むすぅ、と膨らむ頬はほんのりピンクに染まっている。恥ずかしかったらしい。俺はくすりと笑い、しかし、ぽんぽんと手に持っていたファイルを叩く。


「悪いけど、俺は現場指揮を任されてるから離れられないんだ。トラブルが起きたら対処しないといけない」

「ぐぬぅ……それは分かってるんですけど。折角勇気を出して声をかけたんですし、来てくれてもいいじゃないですか」

「そうは言っても――」

「お姉ちゃんも、副会長として頑張ってくれてますよ。少しの時間だけ。ね?」


 上目遣いでおねだりをしてくる雫。

 く、く、と袖を引っ張られると、断るのも心苦しくなる。

 それに、雫の言葉も結構胸に来た。

 澪が頑張ってくれてるのに何がなんでもここにいようとするのは、それだってメサイアコンプレックスじゃねぇか。


 ああ、ダメだ。

 誰かの力になりたくて、求められたくて色んなことをしてきたから、もう何がなんだか自分でも分からない。


「分かった。でもあんまり長い間離れるのは生徒会としてどうなんだって話になるから、すぐに戻ってくるぞ」

「はぁーいっ!」


 嬉しそうに笑う雫は、本当に眩しくて。

 零れるような優しさに、うっかり泣きそうになった。



 ◇



「なんだか、いよいよクリスマスーって感じになってきましたよねー!」


 体育館を出ると、雫は無邪気な声で言った。

 来週の今日はもう25日。クリスマスムードのピークも過ぎ去り、むしろ年末年始に向けておめでたい空気になっているに違いない。

 ツリーの用意も始まったわけだし、有志発表の練習の様子も校舎内でありありと感じとられるようになった。確かにクリスマスって感じがする。


「雫は……クリスマス、好きだもんな」

「そーですよ。クリスマス、すっごく好きです。だって素敵じゃないですか。一年間ずっとサンタさんが見ていてくれて、いい子だったね、って褒めてくれるんですよ?」

「そっか」


 本当にピュアで眩しい子だな、と思う。

 もちろん雫も、サンタの存在を信じてはいない。創作と現実の区別がつかない子ではないし、むしろはっきりと見極めていることだろう。

 俺がそうであるように、きっと雫と澪もクリスマスを親と過ごした経験は乏しいのだと思う。それでも心からクリスマスを好きだと言える雫は、素敵な女の子に映る。


「雫は、いい子だったもんな。きっとサンタが来てくれるよ」

「もちろんです♪ 私ほどいい子もなかなかいませんからね~♪」


 むふーっと満面の笑みを浮かべる雫に、俺は苦笑を返す。

 雫はそんな俺をじっと見つめ、俺の手を握った。


「友斗先輩は、どうでしたか? 今年一年いい子にしてましたか?」

「……どうだろうな。少なくとも自分じゃいい子だとは思えないけど」

「でしょうね。友斗先輩の悪事を数えればキリがないですし」

「悪事て」


 苦笑いが零れる。が、確かに今年は悪いことをたくさんした。雫にも澪にも大河にも、他の色んな人にも。

 こんな俺にサンタクロースが来るくらいなら寂しくて泣いている子供に手を差し伸べてあげてほしい。


「ねぇ友斗先輩」

「ん?」

「昨日、何かありましたよね?」

「――っ……」

「隠してるつもりかもですけど、丸分かりですよ」


 ぎゅっ、と手を握る力が強くなる。

 その分温もりを感じた。


「友斗先輩はね、辛いときに辛いぞって顔ができる人なんです。助けてほしいって言わなくても、友斗先輩を大切に思ってる人ならすぐ気付けるようなメッセージを自然に出してるんですよ」

「はっ、そっか。そりゃ情けないな」

「情けないですね。でも――そーいうところも、好きです。辛いんだな、助けてほしいんだな、って。分かってあげられると、ちょっぴり心が満たされるんですよ」


 ぽかぽかと温かくて、寄り添ってくれる声。

 半歩分、雫は俺に近づいた。こつこつと互いの肘が内側で当たり、雫の存在が伝わったきた。


「聞かせてくれませんか、何があったのか。力にはなれないかもしれないけど。私の自己満足かもしれないけど。それでも好きな人のこと、知りたいんです」

「っ、でも」

「話してくれるまで、私は帰りません。このお星さまも隠しちゃいます。冬星祭なのにツリーの星ないなんて大変ですね。サンタさんも怒っちゃうかもしれません」

「……いい子でいた方が、いいんじゃないのか?」


 何とか、なけなしの抵抗を絞り出す。

 けれど雫は、くしゃっ、と笑って答えた。


「いいんです。今年の私はサンタさんになるって決めたので。あわてんぼうのサンタクロースに働かせてもらえませんか?」


 そんなことを言われて、嫌だ、なんて突っぱねられるわけがない。

 雫なら……照らしてくれるだろうか。

 道を教えてくれるだろうか。

 微かな祈りを胸に抱き、俺はこくと頷いた。

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