八章#30 経過報告
SIDE:友斗
「ふぅ……」
平日と比べ、休日はまとまった時間が取れる。今月は学期末だということもあって土曜授業がないため、いつも以上にまったりとした休日が過ごせていた。
今日は雫と澪が朝から家にいなかった。大河の家で遊び、泊まってくるつもりらしく、今の我が家には俺一人しかいない。何気にこれって久々だよな。
一人っきりの夜のリビングは、いつもとは違って寂しくて、寒くて。
暖房の温度を調整しながら俺はソファーに寝転がった。
なお。
一人だからと勘違いされるかもしれないので言っておくが、先ほどの『ふぅ……』は一人でシおえたあとのやりきった感のある声ではない。賢者モードには入っていないので早とちりしないように。
では何の声かと言えば、むしろ賢者モードの逆。自分がどれほど愚かなのかを痛感した声だった。
テーブルに置いたスマホ画面には壬生聖夜のユーザーページが表示されている。
平日にチマチマと読み、今日も朝からぶっ続けで読んで、午後11時。
ついに12作品全てを読み終えた。
ファミレスで晴季さんも言っていたことだが、壬生聖夜の作品はそれぞれが12の月のどれかをテーマにしている。異世界ファンタジーでも暦は現代社会に対応させ、そこに意味を持たせていた。
『君と迎える1月がこんなに嬉しいなんて、思いもしなかった』
『カカオの匂いで目が眩みそうな、苦い28日間。今年はもう1日おまけがあるらしくて、嫌気が差した』
『12月じゃなくて、3月が本当の終わり。僕はそう思っていた』
『4月――カミサマが死んだのは、この月の初めらしい』
それぞれの月に対しての印象は、がらりと異なっている。
作品の雰囲気も、違う。
どの作品も、こう言うと語弊を生みそうだが、ラノベっぽさがあった。めちゃくちゃ難しくて理解しにくい作品はなく、読みごたえもあり、スルスルと読め、時には感動できた。文化祭で脚本を書いた身としては、マジで時雨さんへの尊敬の念が止まらない。
だがその一方で、まるで別の人が書いたかのように話の雰囲気は別々だった。
メリーバッドエンドで終わるものもあれば、バッドエンドとしか思えないものもあり。かと思えばハッピーエンドの作品もあって。悲しい空気感がずっと漂っているものも、ずっと可笑しいコメディ調の作品も、どちらもきっちり面白くて。
そりゃ本当に書くのが上手い人は、ここまでバラバラな空気の作品が書けてもおかしくないのかもしれないけれど。
俺にはどうにも、気にかかった。
「何か、意味がある気がするんだよな……」
俺はスマホを手に取り、メモに打ち込む形で12か月を整理してみることにした。
時雨さんの作品のうち、特に喜劇的な空気なのは――
「5月、7月、8月……あと12月と1月か」
春、夏、冬。季節もバラバラで法則性もない。
逆に悲劇的な空気が満ちているのは――
「4月、9月と……2月と3月か?」
うん。それで間違っていない。他の月はどっちにもなったり、何とも言いにくかったりする。6月と10月はどちらかと言えば寂しげで、11月は期待に満ちている感じがしなくもないが……これは自信がない。
「うーん、分からん」
パッと見た感じでは、何らかの法則を見つけることはできない。一度きちんと計算してみれば何らかの決まりがある数列なのかもしれないが、たった12個の数字で数列を作ったところで何か意味を込められるとは思えなかった。
あとは、と数字以外のことに思考ソースを割こうとしていたところで、ぶるるっ、とスマホが振動した。
見れば、晴季さんからメッセージが来ている。
【ハルキ:夜分遅くにすまない。少し話せるかな?】
【ハルキ:できれば電話で】
電話か……十中八九、バイトの件だろう。
【ゆーと:話せます】
短くそう答えると、間もなく晴季さんから電話がかかってきた。
「もしもし」
『もしもし、聞こえているよ。夜遅くにごめん。何か用事あったかな?』
「いえ。ちょうどバイトのことで、色々考えてました」
そうか、と電話の向こうから真剣な声が聞こえる。
寝転がったまま話すのも変な気がしたので、俺はソファーから起き上がってキッチンに向かう。冷蔵庫にストックしてあった缶コーラを見つけ、かしゅ、と栓を開けた。
『ちょうどよかった。その話をしようと思ってね。経過はどんな感じか、聞いてもいいかな?』
「っ、そう、ですね」
冷え切った缶が唇に触れる。
後ろめたさで言葉に詰まりつつも俺は素直に答えた。
「すみません。まだ答えは出てないです。気になることは二つほどあったんですけど……それがどういう意味を示すのかは分からなくて」
『そっか。じゃあ、気になることを教えてもらってもいいかい?』
「……そう、ですね。話します」
まず話すのは、先ほど考えていた12か月それぞれの空気感のこと。
これに関してはプロの視点で聞いてみたい部分でもあった。
あくまでたまたまで、こんなことに意味を見出すのはおかしいのかどうか。俺がそんな感じのことを尋ねると、晴季さんは苦笑した。
『そうだね……確かに、特にこだわりがない、という場合もある。ジャンルやストーリーによって作品全体の雰囲気が変わるのは当然だし、〇〇節などと言われるようなその人らしさがある作家の一方で、逆に変幻自在な人だっているからね』
「です、よね。じゃあ考えすぎですか」
『とは、言い切れないんじゃないかな』
晴季さんは、力強くそう言った。
『あくまで僕は、の話だけれど。編集者って仕事は、作家の「意図的」に気付き、「無意識」を見つける仕事だと思う。物語は何十万文字もあるんだ。なかには全てを「意図的」で埋め尽くす化け物もいるけれど、大概は「無意識」が入りこむ。そしてその「無意識」は「無意味」ではない』
「潜在意識、みたいなことですか?」
『そうだね、それに似ているのかもしれない。本人が意図していなくとも、本人の人生が影響している可能性はある』
なるほど、と思う。
つまり今回のことで言えば、時雨さんが意図したかに関わらず、あの人のこれまでの人生経験から「この月は哀しい、この月は嬉しい」と無意識に判断している可能性はある。
『それで。もう一つ、気になることがあるんだよね?』
「あ、はい。それは――」
それは、12作全てに共通するもう一つのこと。
「――どの作品も主人公とその妹、それとその二人の姉のような立ち位置のキャラクターが登場しました」
ジャンルを問わず、そこが共通していた。
兄、妹、それから遠い親族の姉。妹は作品によって義理だったり、血が繋がっていたりしたが、どれも三人の関係性はほとんど同じだった。
まるで――俺と、美緒と、時雨さんみたいに。
『……そうか』
「ただ、まだ分からないんです。それがどういう意味を持つのか。俺がどうすればいいのか」
『…………うん』
美緒を登場させた。
それは一体、どんな意味を持つ?
浮かんでいる考えはないわけじゃないけれど、俺の知る霧崎時雨という人物と乖離し、どうにも違和感があるのだ。
晴季さんは、分かったよ、と言った。
『そこまで気付けたのなら、課題自体は合格でいい』
「えっ。いや、俺はまだ何も――」
『――していないと思うかもしれない。事実、出した課題は達成していない。でも下読みとして雇うのに必要なスキルは十二分にあると判断できた。だからバイト代は数日中に払うし、来月からは下読みのバイトとして雇わせてもらうよ』
但し、と晴季さんは慎重を期すようにして続けた。
『ここからは友斗くんに任せるから……《《あの子》》を、頼めないかな』
「それは――」
仕事っていう建前は、もう抜きで。
あくまで父として時雨さんのことを俺に任せている。
そんな感じがした。
『ここからはバイト代は発生しない。守秘義務さえ守ってくれれば、他の人に頼っても構わない。その条件で……どうにか、できないかい?』
晴季さんがそこまで言うほどに、時雨さんには心配すべき何かがあるのだ。
一週間向き合ってきて行き詰っている部分はあるけれども、だからといって諦める理由にはならないだろう。
「分かりました。善処を尽くします」
『……助かる』
元より、問題を見つけて解決するまでが課題だったのだ。断る理由などない。
『――と、それじゃあよろしく頼むよ』
「はい。失礼します」
『うん。あまり夜更かししないようにね』
ぷつ、と通話が切断される。
俺はソファーの背もたれに身を委ね、天井を見上げた。
「届かない……どうすればいいんだろうな」
天井のLEDは夜空の月のように見えて。
だから当然手を伸ばしても届かないけれど、あくまでそれは夜空とは違うから、何か台でも持って来れば届くわけで。
その曖昧な距離感が、時雨さんの存在と被る。
あと少し、もう少し――。
一人ぽっちのリビングで時雨さんに思いを馳せた。




